「予言しよう、マリスビリー。
そんな世界は、保証されない」
カルデア。
白い研究室の中で、マリスビリー・アニムスフィアは静かにこちらを見ていた。
「……予言?」
穏やかな声だった。
「私は、未来を保証しようとしているわけではないよ。ただ――保証される未来を、作ろうとしている」
「人類が滅びない世界。誰もが未来を享受できる世界。そして、私が定めた『正しい未来』へ到達する世界」
「さて、君はそれを否定するのかい?」
「僕だよ」
答える。
「君の理想の世界が完成した場合、僕が前進するだけのモンスターになって、人類を凍結させるから」
マリスビリーの表情が止まった。
「……君が?」
「そう。君の計画が達成されれば、その√は決して回避できないだろう」
しばらくの沈黙。
やがて彼は、こちらを見据えた。
「ならば、君はなぜ私にそれを教える?」
「君は失敗しない、と思っているのかい?」
こちらから問い返す。
「であれば、それは大きなミステイクだ」
そして、最後の警告を告げる。
「これは……友人としての中身の最後の警告だ。君が最悪な目に合わないためにね」
「それでも、先に進むのであれば……」
一拍。
「白銀の世界で、前進し続けるモンスターとして待つ」
マリスビリーは、しばらく何も言わなかった。
それでも彼は進むと言った。
「私は前へ進む」
「たとえその先に、君がいるとしても」
「……その世界において、人類は、人理は、保証されないぞ」
その言葉に、彼の表情から笑みが消える。
「……人類は、保証されない」
「人理も、保証されない……か」
それでも彼は、自らの計画を捨てなかった。
ならば、最後にもう一つ。
「……あと、この先主人公が来る」
マリスビリーが振り返る。
「主人公?」
「彼はただの一般人だよ。レイシフト適正とマスター適正がなぜか高いだけの、ね」
「そして――悪役というものは、主人公に敗北する定めなのさ」
マリスビリーは苦笑した。
「随分と物語的な予言だね」
「彼は勝利した、とは聞いている」
ただし。
「僕も最後まで彼の物語を読んだわけじゃないがね」
そして、もう一つ告げる。
「あの世界に、彼の物語に、僕はいなかった」
その言葉に、マリスビリーは黙り込んだ。
彼が知っている未来。
僕が知っている未来。
そして、これから訪れる未来。
それらは、決して同じものではない。
それでも僕は、最後に笑った。
「……まぁ、その時は」
「凍結しないように、気を付けなよ」
「おそらく無理だろうがね」
そして、僕は去った。
その背中を、マリスビリーは見送った。
* * *
その後。
カルデアの研究室に、一つのゲームが置かれた。
「……Deltarune?」
僕が渡したものだった。
「これをプレイしておくといいよ」
ただし、と続ける。
「Chapter 2で仲間になるキャラに指示して、モンスターをすべて凍結させ、前進させること」
マリスビリーは怪訝そうにゲームを見つめた。
「……趣味の悪い予習だね」
それでも彼はプレイした。
そして――
A√。
Chapter 2。
SnowGrave。
凍結。
命令。
前進。
その先へ。
Chapter 5まで。
すべてを見届けたマリスビリーは、ゲームを終了した。
「…………」
研究室に、静寂が落ちる。
「……なるほど」
彼は画面を見つめた。
「君が言っていた『凍結』という言葉を、私はもっと直接的なものとして考えていた」
「だが……これは力の問題ではない」
「誰が手を下したのか、という問題ですらない」
「命令する側と、命令される側」
そして。
「命令に従うことで、自分自身まで変わってしまう」
マリスビリーは、長く沈黙した。
「……君は、これを私に見せたかったのか」
答える者はいない。
ただ、机の上に置かれたゲームだけがある。
「『人類を正しい場所へ導く』という思想が、どこまで危険なものになり得るのかを……」
それでも。
彼は進んだ。
* * *
そして――
白銀の世界。
世界は、凍っていた。
街も。
大地も。
人々も。
人理さえも。
すべてが白い氷の中に閉じ込められている。
その世界で。
一つだけ、止まっていないものがあった。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
雪を踏みしめる音。
前へ。
ただ前へ。
立ち止まらず。
振り返らず。
白銀の世界を、一体のモンスターが進んでいく。
その姿には、かつての人間の面影が残っている。
けれど、もう人間とは呼べない。
そして、その先に――
一人の男が立っていた。
「…………」
マリスビリーだった。
彼は、ゆっくりと目の前の存在を見る。
「……やあ」
返事はない。
ただ、前へ進んでくる。
ザッ。
ザッ。
ザッ。
「君だったか」
「いつかここで待っていると言っていたね」
マリスビリーは苦笑した。
「凍結しないように気を付けろ、と」
「……無理だったよ」
足元には、凍りついたカルデア。
止まった時計。
そして、人理そのものの残骸。
「君の言った通りだ」
「私の理想は完成した」
「そして――」
「人類は保証されなかった」
モンスターは止まらない。
マリスビリーは、それを見つめていた。
「……あのゲームを最後までやっておいて、よかった」
「君が何を言おうとしていたのか、今なら少しだけ分かる」
凍結。
命令。
前進。
そして――戻れない。
マリスビリーは、静かに息を吐いた。
「君は、本当に最後まで私に嫌な予言をしてくれるね」
そして両手を広げた。
逃げない。
戦わない。
ただ、友人として目の前の存在を迎える。
「さあ」
「友人として最後に言った言葉を――」
「もう一度、聞かせてくれ」
モンスターが、ゆっくりと手を上げる。
白銀の世界に、冷気が走った。
「…………」
マリスビリーは、それを見ていた。
そして――
SnowGrave。
瞬間。
世界が凍った。
白い結晶が、マリスビリーの足元から広がっていく。
腕が凍る。
身体が凍る。
視界すら白く染まっていく。
「……これが」
マリスビリーは、かすかに笑った。
「君の言っていた……」
「SnowGrave……」
氷が身体を覆っていく。
それでも彼は抵抗しなかった。
「『凍結しないように気を付けろ』」
「……おそらく無理だろう、と」
最後に、彼は目の前の友人を見る。
そして――
「……友人として」
「最後に一つだけ――」
氷が、彼の全身を包み込む。
「君の予言は――」
「正しかったよ」
パキン。
白銀の世界に、静寂が戻った。
ただ一体のモンスターだけが。
何も言わず。
何も振り返らず。
ただ、前へ。
前へ。
前へ。
進み続けていた。