作戦が完了し、蜘蛛の巣に戻る。
「主様、ご気分は如何でございましょうか。」
「問題ない。」
レンも別の入り口から戻ってきた。
「勝手に喧嘩とはな。」
「…申し訳ありませぬ。」
「だが、ヨシヒデの記憶を多少は取り戻せたことは良くやった。」
レンが目を瞬かせ、恭しくお辞儀をする。
「レン、これを。」
「これは…。」
私はレンに小さな、小さな機械と緑の液体が入った注射器三つを渡す。
「お前はヨシヒデにアラヤを合わせることが任務だ。これはお前の命があるかどうかがわかる機械とK社アンプルだ。」
「と、申されますと…?」
きっと、姉たちはこちらに乗り込んでくるだろう。殺し、殺されるが繰り広げられるはずだ。
「お前がアラヤを無事に守れるかどうか、だ。」
「……。」
私は懐からもう四つの、レンに渡した機械を出す。
「これを他の子方たちに。」
「何故でございましょうか。」
これは私の我儘だ。
「言い方は悪いが子方が憐れに思えてな。教本として生きながらえさせられている哀れな子たちだ。」
だから私は子方を名前で呼ぶ。大人たちの都合で人生を狂わされているかもしれない者をただの教えるモノとして扱わないために。
「お前は他の子方を嫌っているからな。それを渡すかどうかはお前が決めろ。」
レン、あなたにも私の役割が終わった後で自由に生きて欲しい。小指は何者にでもなれるから。
「私としてはお前との付き合いが長いから優先度は低い。」
レンは覚悟を決めたようだ。
「小生は主様の願いを叶えるためにここにおりまする故、他の子方どもに渡してきまする。」
「…そうか。」
姉たちがくる前に鍛錬も大切だがまずは体の汚れを落とそう。返り血がこびりついた白無垢を脱ぎ、風呂に入る。
「この傷も、本当に嫌な思い出だなあ。」
鏡を見るたびに思い出す。私の肩にある螺旋状の傷ができた時を。
「アラヤ。ちょっと良いかな。」
「どうしたの姉さん。」
アラヤを呼び出す。
「アラヤの部屋にレンがつくことになるんだ。いずれ姉さんにも会える。」
「お母さんにも!」
きっと、私たちが仲睦まじく暮らしていることを想像でもしてるのかな。
「でもねアラヤ。姉さんは事故で少し、いやかなり記憶が朧げなんだ。自分に子どもがいたことはわかってるんだけど。」
「そ、そっか…。」
「だからアラヤ。姉さんがどれだけ記憶がなくなっていても、仲良くしてね。」
「もちろんだよ!」
人差し指の大人から連絡がかかる。今日、姉たちがこちらに襲撃を仕掛けるとのことだ。準備はずっとしてきた。今までのことも、これからのことも。
「レン、今日で全てが決まる。」
「はい。」
「もしかしたら地慧星の名を継げるかもしれない。」
「……はい。」
大人たちはそれぞれの部屋で子方と待機している。機械を見ると子方の生命反応が見れた。
「レン、ご苦労だ。アラヤのことも頼んだぞ。」
「ありがたき幸せにてございまする。」
小指の部屋で待機をしていると、足跡が複数聞こえてきた。
「レン、来客だ。」
「はい。」
姉たちから見えない場所で様子を伺う。
「この場所には…そなたらが失ったものがございます。」
レンが意地悪な対応をしてる。
「黄金の枝と子ども。どちらか…一つだけ持ち帰れるとしたら…、どちらを選ばれますかな。」
「そんな謎かけ遊びをするつもりなら、付き合う気はない。」
「どちらも諦めない、小生が解してもよろしいでしょうか。」
私がレンに言わせた質問に返す言葉がそれか…。顔を見ればわかる、それは……。
「黄金の枝が、お前にとってそんなに大事だったのか?」
姉の前に現れる。ほら、顔の皺が深く刻まれる。
「…レン。あやつらは私の言葉に、何と答えを出した?」
「…返答はございませんでした。両方を取るおつもりだ、そう捉えるのが…。」
きっと慰めの言葉を考えてくれていたんだね。でも…。
「いいや。ただ復讐に目が眩んで…どうでもいいだけなんだろう。わざわざ蜘蛛の巣に入ってきた答えがそれだ。」
せめて答えさえ言ってくれれば納得はしたのに。
「全てを断ち切ってしまえば、お前にこんな苦労もなかったろうに。」
全て忘れてしまえば、アラヤも私も、あなたを見限ることができたのに。
「アラヤがいる場所を言わないのなら…、今度こそ、二度と口も利けないように…。」
そうやってあの子のことを徐々に思い出してくれるから。
「総てを、斬ってやる。」
姉たちもK社アンプルを持っていて、何度切り裂いてもすぐに再生をする。動きも格段に上がっている。攻撃を続け、避けて、受け止める。
「………。」
姉が鍔迫り合いをしている最中、気付いたようだ。
「どうした。」
「あんた…、俺の攻撃を待ちながら、納刀してるのか…。」
私にはわからない母のこと。他の大人からしか聞いて、習ったことしかわからない母の戦い方。
「刀を鞘に納め、待っていれば時間が過ぎる。そんな悪い癖が身についた。」
「てめぇの些細な癖なんて知りたくもない。なんでそんな剣術を…今さら…。」
「剣術を教えるのは、我ら親方の役目の一つだからな。お前が忘れても、私は忘れなかったからな。」
「…何回言ったらわかる。」
姉が手を握りしめて震える。
「手放したことも、忘れたこともないって。"私"の娘と、もう一人を返せ。あの子たちは隠れるのは得意だったけど、待つのは好きじゃないんだ。」
私はその一言で気持ちが大きく揺らぐ。
「(思い出した?嬉しい。遅い。もっと早く。口に出してくれれば。いつから?わからない。)」
数多の気持ちが私の視界を遮り、動きを止める。
「…!」
その隙をついた姉が私の体に刀を突き刺す。その衝撃でベールが脱げ、私の顔が顕になる。母に似せた顔を。
「あんたは俺に…、顔を見ることすら許さなかった。俺のせいで醜くなったツラを隠したかったから。」
「いいや…。この目に宿った世界を…ぼやけたまま見ていたかったからだ。」
もし今が夢で、目が覚めたらまた姉とアラヤで話してる現実があったらって何度も思ってた。あなたが去って、私が大人たちの仲間にならざるを得なくて。長い時間が夢のように見るために、ベールが大事だから。でもあなたは戻って来ずに、私はアラヤが不安にならないように、いつまでも優しい姉で居続けた。
「…レン、親指の子方の生命反応が消えかけている。急げ。」
『承りました。』
姉たちに気づかれないように静かに無線で伝える。私の後ろにある扉を開き、姉たちを見ながらゆっくりと入っていく。
「待て…!俺は…俺は確かに、あんたを…。」
「私は…この場所がずっと嫌だったんだ。」
母の…塩見ヨルの仮面が剥がれてくる。だけれど忘れるな。私の役割を。
「分かってる。蜘蛛の巣のど真ん中で育てられたのは俺だ。怨むんなら、俺を恨むのが筋だ。」
「分かっている。お前は自由を求めて外にでて、本物の空を見ることができた。」
私はできていない。
「あの時、確かに殺した。なのに、なぜ…生きている。」
「お前の記憶は確かか?その恨みも、あの子を思うその気持ちも、お前の全ての感情は本物か?」
見て見ぬふりをするのも、過ごしてきた記憶がなくなるのも…。
「元からないのも同義だ。それがお前と私が辿り着いた結末だ。」
「俺にとっては終わりでも、あの子たちにとっては違う。」
姉は泣きそうな声で言う。
「アラヤたちは…まだ…待っているんだ。」
いつまでも昔の記憶に縋り、期待を込める。
「あの子は…アラヤは待っているかもしれない。」
人差し指の大人と一緒だ。姉をまだ小さな子どもの様に接する。
「だが…。」
本人の気持ちを知らず、主観で考えるのは…蔑ろだ。体のノイズが気持ちと共に激しくなる。
「そのもう一人はどうなんだ!居たことだけを思い出して、約束すらも忘れているなら、アラヤを守るための過程など消え去ってしまうんだ!」
白無垢を切り捨てる。体が現在の姿に戻る。黒から白い長髪へ、皺の化粧が落ちる。下に来ている藍色のスーツが顕になった。
「…………!」
努力はした。約束も守った。大人たちの言いなりにもなった。でも、それすら忘れていたあなたは…。
「私のことすら忘れてもらおう。」
総てを断ち切って、このことすら夢にしてくれ。
妹、ついに我慢の限界です。次回は良秀の記憶編やるかもです。