軽くて重いものってなんだよ 作:見切り発車太郎
深夜。バイトの帰り、羽の生えたピンク髪の女が路上で突っ伏して寝ていた。
凄えと素直に感心する。人間ここまで尊厳を失えることってあるんだ。
道行く人々は美人局やトラブルを警戒しているのか誰も見て見ぬふり。俺は世知辛い世の中を適当に悲観してみたりして、人の流れに逆らわず女の前から立ち去った。
「一度は去ったのに。なんでわざわざ戻ってまで持ち帰っちゃったかなあ」
自分でもわからない行動の矛盾を声に出してみる。
理由その一。顔がタイプだから。
その二。体がドチャクソにエロいから。
その三。見返りを期待している。
どれも理由が明確でわかりやすい分、俺にとってはむしろ健全だった。
楽に生きたい。
面倒事とは疎遠でいたい。
貧乏くじ引く善人なんて死んでも御免な俺にとっては。
風呂を沸かす間に夕飯の支度をする。二人分となると昨日の残りだけでは足りなそうなので。いや、そもそも食える状態にあるのだろうか。いやいやそもそも目を覚ますかどうか。
カチャカチャと慣れない調理器具を鳴らしながらの調理工程にも動じず、女はすやすやと健康的な寝息を立てている。やはり酔っ払いか。それにしてはアルコール臭くなかったが、居酒屋のバイトで鼻が慣れてしまったのだろう。
夕食を机に並べても、女が目を覚ます気配はなかった。風呂に入ってそれでも起きてこなかったら叩き起こそう。そう決めて俺は浴室に向かった。
体を洗う順番で性格が出るという話を耳にしたことがある。俺は尻尾から洗う派だ。これがどんな人間性を指し示すのか。特に気になりはしなかった。
ドライヤーでまず尻尾を、それから耳と髪を同時に乾かす。先ほどからリビングがにわかに騒がしい。どうやら叩き起こす必要はないようだ。
タオルを若干湿り気のある頭に乗せたままリビングへ。ピンク髪の女も状況は理解しているのか、気まずそうにソファに座っている。俺が姿を見せると、途端に顔を真っ赤にしてわなわなと震えていたが。まさか体目当てで連れ込んだことが早くもバレたのだろうか。
「起きました? とりあえずお水飲みましょ。いくら美人でも酔っぱらいの相手は御免なんで。詳しい話は酔いが覚めたらたっぷり聞きますから」
「いやごめんまず服着てよ!?」
あ、やべ。そっか、いくら自宅でもこんな格好で歩き回るのはマナー違反か。
叱ってくれる人がいないという一人暮らしの弊害を今初めて実感した。
「ああ、でもこの場合そっちの方が年上っぽいんで、俺のセクハラにはなりませんよね。てか俺まだ高校生だし」
「わかった。もう私の負けでいいからとりあえず服着て! ほんと、今すぐ!」
はい。シャツ着て半ズボン履いて再開。クソ恥ずかしいが意識すると余計クソ恥ずかしいので、ここは気にしていない風を装う。
机を間に一個挟んで向き合い、俺の用意した夕食を食べながら事情を訊く。
「まずなんであんなとこに倒れてたんですか? やっぱり飲み過ぎました?」
「やっぱりってどういう意味? アルコールは入ってないよ。君がそう考えちゃうのも無理はないけど、うん。ちょっと疲れちゃって……」
「疲れたからって普通は路上で寝ないでしょうよ」
嘘の香りしかしない理由だが、彼女は全くの無味無臭のまま、アルコールの香りもないので俺の鼻は全然慣れてはいなかった。
今更だけど、これって面倒事なのでは? それもかなりの。まあ今になって追い返すのも可哀想だし、話だけでも最後まで聞こう。
「今度はこっちから質問していい?」
「あ。え? まあ。いいですよ?」
思わぬ言葉に素で答えると、何が嬉しいのか、細い口元の輪郭を緩く持ち上げた。よくわからない。掴めない人だ。
「まず、君は私を助けてくれたってことでいいんだよね」
「ええ、まあ。俺がやらなくても治安局が回収したんでしょうけど、何となく目覚め悪かったんで」
「そっかそっか。ありがとね。それじゃあ次は君のターン。私に質問していいよ」
「じゃあ。なんでそんなに疲れてたんすか」
「一週間くらい街を見て回ってたんだけどね。如何せんお金がなくてさー。実はこれも三日ぶりくらいの食事なんだよね」
「三日間何も食えないレベルの金欠って……まさか家無しとか言わないですよね」
「それは質問かな? でもまだダメ。二連続の質問はルール違反だよ。君の質問は私の質問に答えてから」
そんなルールがあったのか。全然知らなかった。しかし有無を言わせぬ気配と何故か憎めない人となりなので、身に覚えのないルールでも大人しく従うことにした。
「…………」
「そんな迷います?」
「えっと〜……じゃあ、君って恋人とかいる?」
苦し紛れがすぎるだろ。何故に何も思いつけなかったのか。ましてこの状況で。
「黙秘権を行使します」
「あ〜いないんだ」
「追い出しますよ」
「ごめんごめん! 君も同じこと聞いていいから、ね?」
「聞きませんよ」
めっっっちゃ気になるけど。
いなければ俺が嬉しいけど。
「代わりにさっきの質問に答えてください。家、ないんですか」
「ないねー。金なし宿なし職なしの顔だけが取り柄の女だねー」
「……、…………、……」
「ちょ、ちょっと、黙らないでよ。今の突っ込むとこだよ」
「真に迫りすぎて突っ込めねえよ。てかどこに突っ込めばよかったんですか」
「え? 顔だけが取り柄の女のとこ」
逆にそこだけはねえよ。可哀想だけどアンタ今んとこ顔だけが取り柄の女だよ。
「はぁ……もうルールとか抜きにして聞きますけど、マジで行く宛ないんですか」
「あるにはあるけど……ちょっと連絡取るのが難しいんだよねえ。時間をかければいいだけの話なんだけど、今はその時間が惜しいというか……」
「はあ……」
つまりワケありと。あまり深入りはしたくないので、表面だけを掬って理解する。時間をかければ衣食住の目処は立つと。
「あの、提案なんですけど」
らしくないことをするものではない。なんで俺はこの日に限って気まぐれを起こしたのだろう。
「あなたさえよければ、うちに居候します?」
それからラミルと名乗った彼女との、不思議な共同生活が始まった。
「ねえねえ。これってなあに?」
好奇心旺盛なラミさんは、様々な物を指しては俺に質問した。好奇心旺盛な子供のように。容姿端麗で気品のある女性という意味では、世間知らずのお嬢様って見方もできたが、俺の見解は一貫して子どものままだった。無邪気で好奇心旺盛な悪戯好きの子ども。
風呂上がりの乾ききってない羽を俺のベッドで拭かれた時とか羽全部毟って追い出してやろうかと真剣に思った。チキンな俺はそれを言葉にさえできず、無言で睨むことしかできなかったけど。
それから俺は風呂上りのラミさんの羽を乾かす要員になった。仕事が増えたと当初は不満しかなかったが、普通にこれはご褒美だった。露になった女の人の背中って綺麗で、ぶっちゃけエロいよな。
そんなこんなでギクシャクしつつも、着実に互いを知っていく共同生活が、楽しかったのは間違いなくて。終わって欲しくないと思ったのも本当で、だからラミさんの家が決まってうちを出て行った後も、定期的に会って遊ぶ関係性になれたことは間違いなく幸運だった。
ラミルという名前が偽物で、俺に語った素性が偽物で、彼女との会話の中にあった真実と嘘の割合を可視化すれば、圧倒的に嘘の量が勝るだろうということもわかっている。
その上で、彼女が見せてくれた笑顔は本当だと、真実から騙されていたいくらい。俺はこの人が好きだったのだ。
♢
取調室。ほら、ドラマとかでよく見る。冷たいコンクリの壁で四方を囲まれた空間に、机と椅子が置いてあるだけの無粋な部屋。
俺はミス・サンブリンガーの暗殺を企てた初代虚狩り───今はもう元虚狩りか───ラミル改め、レミエール・ダンの犯罪を幇助した容疑で取り調べを受けていた。正確にはまだ事情聴取の段階だが、事がここに至ってはもうどちらの意味も変わらない。
「だから何にも知りませんって。レミエール? 俺が聞いた時はラミルって名乗ってましたけど、俺も騙されてたんですよ。わかるでしょ、善意を利用されたんです。ホント、あんな手羽先と顔しか取り柄のない女なんて助けなきゃよかった。とんだ貧乏くじですよ」
我ながらスラスラと噓を言えたものだ。将来は役者になれるかもしれない。
もちろん俺の容疑は晴れた。
なにせ俺は行き倒れを助けただけの善良な市民に過ぎないのだ。ラミさん……もうレミさんか。とにかく彼女の住む場所について目途が立ってからは、友達として遊びに行くくらいしかしてない。それでも十分怪しいけど、参考人として呼び出されるくらいで、その時にもこんな圧迫面接レベル百を受ける謂れはない。
聴取を終えて建物から出る途中、左に折れてトイレに立ち寄った。持ってるだけで足がつく
「直前暗記でも意外と何とかなるもんだよな……」
流したのはレミさんに貰った台本だ。こう喋れば俺の容疑は晴れるだろうと、事前に伝え聞いていた。
貰った当時は意味がわからなかったし、意味がわかった今でも全く信用していなかったが、結果はご覧のとおりである。あの人のセリフ選びがいいのか、それとも単に公僕が税金泥棒なのか。
ここは幸運だったということにしておこう。
俺とあの人はもう無関係だ。無関係になってしまった。よって他人となったレミさんを持ち上げる必要も、善良なる一般市民としてお世話になってる組織を下げる必要もあるまい。
トイレの個室の壁は、やたら白くて目に痛かった。蹴とばしてみたい気持ちを抑えて外に出た。去り際、台本を流した水音が、しばらく耳から離れなかった。
帰り道。
スマホのニュースアプリを開く。指名手配という見出しが流れてくる度、いちいち中身まで読んでしまっている自分に気づいたのは、もう三本目の記事を読み終えた後だった。
♢
「はあ……」
「……ねえ、さっきからうるさいんだけど。マジでなんなの? 構って欲しいの?」
「無視して欲しいけど構っても欲しい」
「え、なにそれウザ……」
これだもんな。いやでも今のは確かにウザ絡みだった。
メイド服なんて温かみのあるコス着ておきながら、根っからの冷血動物であるエレン・ジョーは、俺と同じ学校に通うクラスメイトである。けれど教室で話しかけに行くことは互いになくて、今みたいな仕事中の会話も基本的には必要最低限のもの。
にも関わらず、エレンと下の名前で呼ぶ事を直々に許可されたりしてるので、やはり関係性は依然として謎のままである。
「あ、そこ曲がるとヤバい。こっち裂け目あるからそこ抜けようぜ」
「ん。リョーカイ。なんやかんやでちゃんと仕事はするんだよね」
「そりゃあしますよ。これで金もらってるわけだし。てかプロとして体調云々の言い訳は通らないだろ」
「あっそ。けど、言い訳じゃないならなんなの? それってこの前あんたが治安局に連行されてったのと関係ある?」
俺としてはさっさと忘れたいんだから思い出させないで欲しい。
あの日の事情聴取は一応、俺の任意同行という名目だった。エレンと今やってる仕事の話をしながら帰ってる途中。レミさんに負けず劣らずのスタイルをした銀髪の気品溢れる女性が、厳つい男性を複数名引き連れて俺たちの前に立ち塞がり、任意同行をお願いしますと迫ったのだ。
マジでふざけてる。
あの方々には任意同行の意味を百回調べてから出直して来て欲しい。いや、やっぱり出直さなくていい。正直トラウマ一歩手前だから、もうお互い忘れて手打ちにしよう。
「まあそれ」
「あれあたし関係ないよね」
「無関係だから安心しろよ。お陰様で俺は今も気が気じゃない」
「ご愁傷様……っと、あれじゃん?」
エレンが視線の先を指す。
今回の依頼はエーテル盗掘業者の捕縛。
個人的に一番美味い仕事はこういう行政の管理が行き届かない末端の駆除で、逆に渋いのは、目の前でやってる盗掘だったりホロウに残った遺失物及びガラクタ漁りである。
しかし、だからって連中を仕事も選べぬ弱者と蔑むことはできない。だって俺には、エーテリアスに襲われる恐怖。浸蝕で怪物に変じる恐怖。それらと戦いながら、大して金にもならない命懸けの仕事を続けるメンタルの強さはない。
「じゃあ後はエレンよろしく」
「あんたも働くの」
「へいへい」
いつぞやの仕事で一緒になったレイダーから借りパクした
何名かいる見張り兼護衛が俺たちに気づいて銃口を向けたが、トリガーを引く速度よりこちらが間合いに入れるスピードの方が早い。身体能力の高いシリオンの利点だ。
「テメェらなにも────ごぶっ!?」
殺しが依頼ではないので峰で打って気絶させる。まあ、強さ云々の前に、単に目先の金でしか動けない程度の知能しかないとも言えるのだが。
そのまま右半分の制圧はエレンに任せ、俺は残る左半分の制圧に注力する。ハサミ振り回すサメとナタ振り回すキツネに翻弄されて、盗掘業者さんは一分と持たなかった。
「今日はあたしが引き渡すよ。分け前は折半でいいでしょ。明日振り込んでおくから」
「いいのか?」
「疲れてるんでしょ? だったら早く帰って寝ちゃえばいいんだよ。寝て起きれば大抵の悩みは解決するし。あたしはそう」
「そういうことならお言葉に甘えさせてもらおうかな。サンキュー。エレン」
「うん。ホント。早く寝なね」
エレンがそう念を押すくらいなので、やはり今日の俺は本調子からあまりにも程遠かったのだろう。
家に帰ると、部屋の空気が妙に湿気ってる気がした。外気を取り入れよう。そう思いカーテンを開ける。
「やっほー。遊びに来ちゃった。鍵、開けて?」
「……、……、…………!」
驚きで出しかけた声は、滑稽な程に高い調子になった。ベランダの向こうでへらっと笑うレミさん。馬鹿じゃねえのかと、真剣に呆れる。漏れた溜息はエレンの時より遥かに重い。その癖、ガラスに反射した顔はニヤついているのがイヤに確信的だった。
鍵を開けて中に入れると、レミさんはそのままソファに寝転がる。胸を下にしたうつ伏せ。据わりが悪いのか、もぞもぞと姿勢を何度も変える。最終的な姿勢は横ばい。それはちょうど生前の親父を彷彿とさせるスタイルで、百歳超えた虚狩りの哀愁が漂っていた。
「む。今失礼なこと考えてなかった?」
「いえ何も。ところで質問いいですか?」
「いいよ。ターン的にもこの前は私の番で終わったし。次は君のターン」
「サンブリンガーの件。冤罪だったりします?」
「君は冤罪であってほしいの?」
「……ルール違反ですよ」
抗議と牽制の意味を視線に込める。なんやかんやでルールに厳格な人なので、これで大人しく引いてくれるだろう。
「冗談。質問にはちゃんと答えるよ。冤罪ではない。ちゃんと私の意志で殺しに行って、失敗しちゃった」
それは、この人の口から聞きたくなかった言葉。
真正面から受け止めることを恐れた俺は、軽口に逃げた。
「そうっすか。ダサいっすね」
もちろん、それは俺のことだった。
「え、ひどい。お姉さん傷ついちゃうよ。よよよ?」
「はいはい勝手に傷ついといてください。あとそのソファクリーナーかけるんで退いてください」
情けない己への苛立ちからか、酷く投げやりな口調になってしまった。情けない。これでは俺がまるでレミさんに八つ当たりしてるみたいだ。
「なんか塩対応じゃない? ……もしかして怒ってる?」
「怒ってませんよ。なんで俺があなたなんかの為に怒るんですか。ありえないでしょ。もし仮にそんなことがありえちゃったら、今まで俺が遊んでた人が初代虚狩りだったってこともありえちゃいますよ」
「えっと……ならありえるんじゃない?」
「だからそれが一番ありえねえんだよ」
歴史の教科書からでてきたわけでもあるまいに。初代虚狩りが現代に蘇って、しかもかつての仲間と殺しあってるときた。
今流行りのインターノット小説でならありえたかもしれないが、生憎とここは現実なのだ。現実とフィクションは違う。しかし困ったことに現実は時に、フィクションさえも上回る。
「……で、なんで目つむって歯食いしばってんですかアンタ」
「だって殴るんじゃないの……?」
「は? え。なんでそうなるんですか?」
「だって……怒ってるんでしょ? いろいろ、黙ってたこととか……巻き込んじゃったこととか」
「だからって女殴りませんよ。それと、ホントに怒ってません。これはイライラというよりモヤモヤです。それも自己処理できる範疇なんでお構いなく」
「そっか……いや、やっぱりダメだよ。君は迷惑をかけられたんだから。ちゃんとケジメはつけないと」
普段ちゃらちゃらしてる癖にと、ここで言うのは流石に性格が悪い。この人もこの人で俺に許されようと必死なのだ。それは見当違いにも程があるが、それでレミさんの罪悪感がいくらかマシになってくれるなら、やる価値は十分にある。
「わかりましたよ。そこまで言うならちゃんとケジメつけさせてもらいます」
ふと、脳裏を掠める閃き。
慣れないストレスで普段よりも理性が後退しているせいか、俺は思いつきを何のフィルターにもかけずそのまま言葉として出力する。
「ほら、目つむって。あ、両手はこう万歳して」
「ん、こう?」
「いや。やっぱりタオルで目隠しの方がいいな。ケジメならそこら辺もちゃんとしなきゃですよね」
「あ。うん」
立ち上がって洗面所からタオルを取ってくる。戻ってくると、レミさんはまだ言われた姿勢のまま、律儀に待ってくれていた。
「持ってきました。あ、擦れると危ないんで途中で目開けちゃダメですよ」
「わかった。……なんか随分手馴れてない?」
「気のせいです。それとハッキリさせておきますけど、これはレミエールさんが望んだことですから。俺は仕方なくやってあげてるんです。だって俺は言いましたもんね。お構いなくって」
「う、うん。そうだね……」
「ちゃんと言葉にしてください。レミエールさんがケジメ、というか俺にお仕置きされたいんでしょ?」
一拍の沈黙。レミさんの肩がわずかに強張るのがわかった。
「は、はい……君に、お仕置きされたい、です……」
何をされるかわからない緊張からか、微かに声が震えている。だが裏腹な期待感もまた、悩まし気な吐息と共に漏れていた。
本人はあれで隠してるつもりだろうか。何も恥ずかしがることはないのに。当然の二律背反。恐怖と快楽。俺だって、先ほどまでそこにあった筈の理性の場所を思い出せない。
「……おお、すげえ」
「な、何その感想? あと凄く恥ずかしいから、やるならもう一思いにサクッと終わらせて欲しいかな……!」
目隠しした年上の女性が、俺の指示通りの姿勢で待てをしている。字面にすると凄まじいが、実際の絵面は更に凄まじい。いや素晴らしい。なんだあの巨乳。無抵抗をお願いする意味での万歳姿勢が、双丘の豊満さをより強調する役割も果たしている。腕組姿勢ってやっぱり寄せて上げるしかない持たざる者の思想だったんだな。真の強者はそんな小細工を必要としないのだ。
というか何すればいいんだこれ。ノリノリで支度したけど一番肝心なところが抜けていた。いや待て、そもそも俺は助けた見返りももらっていなかった。うろ覚えだが、最初は体目当てで拾った気がする。ケジメという名目で当初の目的を済ませるのもありだろう。
「ふぇにゃ!? ひょ、ひょっと! にゃんでほっぺひっぴゃってるにょ?」
「ごめんなさいこれで許してください」
圧倒的反省。というか自主規制。
あのまま行ってたら俺が落とし前つける羽目になってた。虚狩りのケジメとか俺死ぬだろ絶対。
「よふわからにゃいふぇど、ゆりゅひれもりゃりゅのはわらひのほうひゃない?」
「ごめんなさいマジで何言ってるかわかんないんで黙っててください」
「ひでょい!」
虚狩りの頬の感触をひとしきり堪能した。素晴らしい時間だった。次に似たような機会がもしあれば、もう少し勇気を出して胸に行ってもいいかもしれない。それは勇気というより蛮勇だけど。
「うぅーほっぺの感覚がないよう……」
「ごめんなさい……調子乗ってました。俺にも同じことしていいんでホント」
「あはは。別にいいよ。むしろこれくらいで済んでよかった。君との最後の思い出が、顔面パンチじゃあんまりだしね」
「最後? どういう意味ですそれ」
「だってもう会えないでしょ。私たち」
「そっか。レミさん指名手配犯ですもんね。今までみたく遊ぶのは難しいか」
「え? 私は全然遊べるけど。君の方はいいの?」
「え? 俺は全然遊べますけど。てか遊んでいいんですか?」
パチクリと瞬きを数回。
なんか、話が微妙にすれ違ってないか?
「待ってください。整理しましょう。まず俺はレミさんとこれからも遊びたいです。これはいいですよね?」
「うんいいよ。いやよくないって。私指名手配犯だよ。君に迷惑かけたよ? それなのにまだ遊びたいの……?」
「ええまあ、ダメですか?」
「ダメなんじゃない……? だってほら、犯罪者とつるむのはさ。教育上よろしくないというかなんというか……」
曖昧に目を逸らすレミさん。今更言い難いことがあるのか、ベランダから侵入してきた時の図々しさはどこへやら。あと、一番教育上よろしくないのはレミさんの普段着だよ。
「別に今更でしょ。あと犯罪者云々って話をするなら、俺だって同じです。無許可でホロウに潜っては小遣い稼ぎしてるし、お酒だって飲んじゃうし、タバコもカッコつけたくて吸ったことあります。ほら、レミさんに負けず劣らずの悪党でしょ?」
「……もしかして寄り添おうとしてくれてる? 私、あのサンブリンガーを暗殺しようとしたんだよ? 失敗したけど、またやるかもしれないよ?」
「ぶっちゃけ他人じゃないですかサンブリンガーなんて。俺は身内以外がどうなろうと基本知ったこっちゃないです」
身内、と口にしてから、今それが具体的に誰を指すのか自分でもよくわからないことに気づく。まあいいか。深く考えるだけ無駄だ。
「ドライだね」
「クールって言って欲しいです」
「小悪党だね」
「大悪党って言って欲しいです」
それはないよと、屈託なく笑うレミさん。確かにだいぶ無理があった。けれど、この人がこんな感じで笑うと、何故かはわからないが、俺も嬉しいのだった。
「じゃあ、仲直り?」
「今までのって喧嘩だったんだ」
「友情のすれ違いって意味じゃ、似たようなものじゃない?」
確かにそうかもしれない。すれ違いに行き違い。そして仲違いか。こうして言葉を並べてみると、成程、仲直りという言葉がしっくりくる。
「あれ。もう行っちゃうんすか?」
「うん。同じ所に留まっちゃうのはね。これでも結構危ない橋渡ってるんだよ? ベランダに取り残された時も気が気じゃなかったんだから」
「わざわざベランダで待ってる意味ありました?」
「だって久々に会うし。せっかくなら君を驚かせようと思って」
「バカアホマヌケ」
「あはは。それじゃあまたね」
来た時と同じベランダから飛び去った。そして部屋中に散らかる羽根。天使の羽根なのにありがたみもクソもない。そういうのが一番迷惑だってわかってくれさえすれば、俺も素直にレミさんのことを応援できるのに。
「いや待て待て。応援しちゃダメだろ。それこそ共犯者じゃあるまいし」
そもそもの話。犯罪者と友達というだけで共犯を疑うのは理屈としておかしい。しかし困ったことにそのおかしな理屈は、俺に当てはめた途端に、凄まじい説得力を発揮するのだった。
レミさんが散らかした羽根の後始末をする。それは見た目通り羽毛の軽さでありながら、見た目通り羽毛の重さが確かにある。
軽くて、重い。そんな矛盾。
楽して、生きる。そんな矛盾。
とりあえず俺は、箒ではなくスマホを手に取り、羽根の後片付けをエレンに手伝ってもらうことにした。
見切り発車太郎なので続くか未定です