「いやーそれにしてもボロボロだね」
くるみさんがそう言います。
襲撃が会った次の日。私達は校庭から辺りを見回します。
傾いて壊れたフェンス。破れた金網。突き破って壊れたガレージのシャッター。ベコベコの軽トラック。最後の二つはこむぎさんの仕業ですが、学校の外周が見るも無惨な姿になっていました。昨日までいつもの学校だった場所とは思えません。壊れたフェンスから入ってきたのか、普通にゾンビが校庭をうろついています。
「とりあえずゾンビを片付けようか。あずき、なめこちゃんよろしく」
「わかった」
「おう」
そう言って二人はゾンビに襲いかかります。もう立場が逆です。
「壊れたフェンスはどうしようか……もう支柱が折れて使い物にならないし」
「ふんっ! バイトで足場作りやったことあるけどよ。単管パイプとクランプがありゃ、仮設の柵くらいすぐ組めるぜ」
ゾンビの頭を叩き潰しながらなめこさんが言います。
「ふむ。ホームセンターに資材があるから有りだね。じゃあ壊れてしまったところと大きく曲がったところの金網フェンスは単管パイプの柵で代用しようか」
くるみさんが考えながらそう言います。
「それだけじゃ今回の二の舞よ。今あるフェンスの支柱自体をなんとかしないと」
きなこさんがそう言います。
「そうだね。仮設の柵を建てる過程で余った単管パイプで補強しようか」
くるみさんがそう言います。何やら色々決まっているようですが、私にはわかりません。チンプンカンプンです。
「よくわかりません。どういうことですか?」
「私もわかんなーい!」
私とこむぎさんが尋ねます。するとくるみさんは簡単な絵を描いて図解してくれました。
「わかりやすく言うと、ゾンビはフェンスを壊したんじゃない。支柱を倒したんだ。だからその支柱を倒されないように単管パイプを斜めに固定してつっかえ棒のようにするんだ。控え柱っていうんだけど」
そう言って絵を見せてくれます。なるほど。そういう意味ですか。
「つまり、支柱さえ守ればいいんですね」
「そうそう。まあ金網を破ってくる可能性はあるけどそこは別のトラップか何かで防御すればいいんだ。簡単なのは杭を使ったトラップとかだね」
「それならゲームで見たことある! Xの字みたいに木材を組んで先端を尖らせるやつだね!」
「多分合ってると思うよ。とりあえずここの防衛はあずき、さおり、なめこちゃんにまかせて僕らはホームセンターに行こっか」
「『ケイちゃん二号』でね」
くるみさんがこむぎさんを見ながらケイちゃん二号と強調して言います。それを聞いてこむぎさんは冷や汗を流しながら下手な口笛を吹きます。いや、ほとんど吹けてませんでした。
ケイちゃん一号は私達のために大破したようなものなので、そのうち直してあげないといけませんね。
♢
『ケイちゃん二号』を走らせること十分ほど。見慣れたホームセンターへ到着しました。私は辺りを見回します。
「あれ?」
「どうしたの?」
運転席のくるみさんが尋ねます。
「ゾンビがほとんどいません」
駐車場は静まり返っていました。以前なら車の間をうろうろしていたゾンビも、今日は数体しか見当たりません。
「まだゾンビが補充されていないようね」
助手席にいるきなこさんがそう言います。
「リポップって言うんだよー」
私と同じく荷台にいるこむぎさんがゲーム用語で言います。
「昨日あれだけ学校へ集まったからね。街中のゾンビがごっそり減ったのかもしれない」
くるみさんがそう言います。
「ゲームっぽい世界だから、一定時間でまた湧くのかもしれませんね」
「その可能性はあるね。だから今のうちに急ごう」
最低限のゾンビだけを片付けると、私達は建築資材売り場へ向かいました。
「おー……」
そこには銀色の鉄パイプが何十本も並んでいました。
「これが単管パイプですか?」
「そう。欲しいのは長さ三メートルと四メートルのやつ」
くるみさんが一本持ち上げます。
「で、これを繋ぐのがクランプ」
棚にはいくつもの金具が並んでいました。ですが私には全部同じに見えます。
「……何が違うんですか?」
「いい質問だね」
くるみさんが一つ目を手に取ります。
「これは直交クランプ。九十度で固定するやつ」
今度は別の金具を持ちます。
「で、こっちが自在クランプ。好きな角度で固定できる」
手元で動かして見せてくれました。
「あ、本当に動く」
「支柱と横棒だけなら直交クランプで十分。でも単管パイプの補強で控え柱を作るなら自在クランプが必要なんだ」
「へぇー」
私は感心してしまいます。ホームセンターって生活用品や農業用品だけを売ってる場所じゃなかったんですね。勉強になります。
「つまり真っすぐなら直交、斜めなら自在ですね」
「その認識で大丈夫」
「なるほどー!」
隣で聞いていたこむぎさんが元気よく頷きました。
「つまり私は可愛い担当!」
「話理解できてませんね?」
「うん!」
「可愛い担当はしぐれでしょう。こむぎ。あなたは道化担当よ」
「酷い!?」
ツッコむきなこさんとショックを受けるこむぎさん。遊んでいる暇があるなら運んで欲しいんですがね。
私達は三メートルの単管パイプを次々と荷台へ積んでいきます。一本一本は持てなくもありません。ですが数が増えると流石に迫力があります。
「これ全部使うんですか?」
「足りないくらいだよ」
くるみさんが真顔で答えます。そうですね。学校って広いですもんね。
最後にクランプやボルト、工具箱を積み込みます。
「よし。出発」
荷台には単管パイプが斜めに山積みになっていました。私とこむぎさんはその下へ座ります。
「……」
「……」
二人同時に真上を見上げます。何十本もの単管パイプが頭上にあります。物凄い圧迫感です。いや、これ普通に危ないですよね。
「しぐれちゃん」
「はい」
「これ崩れてきたら潰れるよね」
「考えないようにしてたのに言わないでください」
「大丈夫大丈夫」
運転席からくるみさんが笑います。
「ちゃんとロープで縛ってあるから」
その言葉が終わると同時に。ガタっと荷台が大きく跳ねました。
「ひっ!」
「うわぁぁ!」
私とこむぎさんは同時に頭を抱えてしゃがみ込みます。数秒待っても何も落ちてきません。
「……生きてる」
「生きてるね」
顔を見合わせてほっと息を吐きました。前の席からくるみさんの笑い声が聞こえます。笑い事では有りません。労災案件です。
「あははは! 二人とも怖がりすぎ!」
「笑い事じゃないよ!」
「寿命が縮みました!」
「しぐれ。そこが怖いなら私の膝に来なさい」
きなこさんがそう言います。ううむ。今ならその選択肢もやぶさかではありません。
「きなこちゃん! 私を膝に乗せて!」
「いやよ」
「何でさ!?」
そんなやり取りをしながら学校へ戻ります。もちろん一回で運び切れる量ではありません。
私達はホームセンターと学校を何度も何度も往復し、単管パイプとクランプを運び続けたのでした。
♢
学校へ戻ると、くるみさんはすぐに全員を集めました。
「よし。まずは壊れたフェンスを全部撤去しよう。使える金網は残して、曲がった支柱は全部抜くよ」
「了解」
「おう」
あずきさんとなめこさんが返事をします。
フェンスの前へ行くと、改めて被害の大きさがわかりました。支柱はぐにゃりと曲がり、金網は破れ、地面から引き抜かれた場所まであります。
「よくこれで持ちこたえましたね……」
「逆によくこれだけで済んだよ」
くるみさんが苦笑しました。
「じゃあ始めるよ!」
まずは針金をペンチで切り、金網を外していきます。いつか再利用するそうです。
私はペンチを握って悪戦苦闘していました。予想以上に硬かったのです。いや私の力がなさすぎるせいかもしれません。
「か、硬い……!」
「しぐれちゃん頑張れー」
こむぎさんは応援だけしています。何してんですかこの人。
「手伝ってください!」
「えへへ」
「笑って誤魔化さない!」
その頃。
「ふんっ!」
あずきさんが曲がった支柱を力任せに引き抜きました。コンクリートごと地面から飛び出します。
「……」
何なんでしょうあの人。人間じゃないですよね。やっぱり経験値やレベルの概念がある説が濃厚になってきました。あれ、それなら私も強くなっている筈ですけど。
「ほら、手を止めない」
「あ、はい」
私は何も考えないことにしました。
その隣では。
「せーのっ!」
さおりさんがスコップを地面へ突き刺します。ザクザクと物凄い速度で土が飛んでいきます。
「……え?」
掘るというより、削っています。きなこさんが手伝っているとはいえ、ものの数十秒で丸太一本は入りそうな深い穴が完成しました。きなこさんが唖然としています。
「次いくえー」
「……これ私いるかしら」
唖然としているきなこさんを尻目に、さおりさんはまたザクザク掘り始めます。
「しぐれちゃん」
こむぎさんが小声で囁きます。
「はい」
「あれユンボじゃない?」
「人間重機ですね」
「聞こえとるよー」
笑いながらさおりさんが返してきました。関西人は耳までいいのでしょうか。普段から皆のために洗濯や掃除をやっているので、見た目と違って力があるようです。可憐な印象と違って実際はパワフルなさおりさんでした。
やがて古いフェンスが撤去されると、いよいよ組み立てです。
「よし、ここからあたしの出番だぜ」
なめこさんが腕を鳴らしました。
「まず支柱を立てるぞ。あずきは単管ベースをここに置いてくれ」
「わかった」
あずきさんがコンクリート製の単管ベースを軽そうに持ってきて、穴の底に置きます。そしてそのベースに単管パイプを突き刺しました。
「本当は砂利やコンクリで埋めたほうがいいらしいけどな」
そう言って皆で単管パイプを埋めます。すぐに埋まりました。他の穴にも単管パイプを埋めていきます。一本、また一本と支柱が立っていきます。
「よし、仮止め完了」
なめこさんが支柱を軽く揺すります。少しは揺れますが、頑丈そうです。
「次は横棒だ。直交クランプで固定していくぞ」
単管パイプを横へ渡し、クランプを当てます。
「しぐれ、インパクトレンチ」
「はい!」
私は工具箱から、指さされたインパクトレンチと呼ばれるものを渡します。ドガガガとうるさい音がなります。なめこさんは慣れた手付きでボルトを締めていきます。
「へぇ……」
「どうした?」
「組み立てるの早いですね」
「足場屋のバイトなめんなよ。これくらい身体が覚えてる」
そう言うと、ものの数分でフェンスの土台が完成しました。
「もう終わったんですか?」
「まだまだだ。この横棒一本じゃ意味ねぇ」
さらに二本目、三本目と横棒を追加していきます。あっという間に銀色の単管が格子状になり、壊れていたフェンスの代わりになっていきました。
「おぉー!」
こむぎさんが目を輝かせます。
「なんか工事現場みたい!」
「実際工事してるからね」
くるみさんが苦笑します。
「次は補強だ」
自在クランプを取り出し、支柱と地面の間へ斜めに単管を一本取り付けます。
「これが控え柱って言うんだ」
なめこさんが軽く叩きました。
「斜め一本入れるだけで全然違うんだぜ」
「へぇ……」
私も軽く押してみます。さっきまで少し揺れていた支柱が、ほとんど動かなくなっていました。
「すごい」
「しぐれちゃん、しぐれちゃん」
こむぎさんが私の肩をつつきます。
「はい?」
「私も控え柱欲しい」
何を言っているんでしょうかこの人は。
「何にですか」
「人生」
「諦めてください」
「即答!?」
後ろでくるみさんが吹き出しました。
「ははっ、こむぎちゃんは補強しても曲がりそうだけどね」
「ひどーい!」
皆が笑いながらも手は止めません。支柱を立て、横棒を固定し、控え柱を取り付ける。その作業を何度も繰り返し、昼過ぎには壊れていたフェンスはすべて単管パイプへ置き換わっていました。余った単管は既存のフェンスの控え柱として使いました。銀色の支柱が一直線に並ぶ様子は、以前よりも無骨で頼もしく見えます。
「よし」
くるみさんが汗を拭います。
「これで応急補修は完了。昨日よりはずっと守りやすくなったよ」
私は新しい柵を見上げます。
昨日は絶望しか見えなかった学校が、今日は少しだけ要塞らしく見えました。