「検証しましょう」
作戦会議室兼校長室で私は言います。皆の頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えます。
「検証って具体的に何を検証するんだい?」
くるみさんが尋ねます。
「検証したいことはいっぱいありますが、今検証したいことはゾンビのリポップ条件です」
「あー確かに同じ場所でも多いときと少ない時があるな」
なめこさんが頭を掻きながら言います。
「ホームセンターへ行った時もそうでした。以前は駐車場に何十体もいたのに、襲撃の翌日は数体しかいませんでした」
私が言うと、皆も思い出したように頷きます。
「あれはびっくりしたねー」
こむぎさんが椅子にもたれ掛かります。
「前まであんなにいたのに、急にスカスカだったもんねー」
「学校へ集まった影響かもしれないし、倒したゾンビはしばらく復活しないのかもしれないわ」
きなこさんが腕を組みます。
「体感ではそんな感じはしてたんだけどね」
くるみさんも頷きました。
「一度掃除した場所は数日は安全な気がする。でも、ちゃんと調べたことはないんだ」
「つまり経験則だけってことですね」
「そういうこと」
ゲームなら敵が一定時間で復活するのは珍しくありません。しかし、この世界はゲームそのものではありません。ゲームのような部分もあれば、現実のような部分もあります。だからこそ私達は調べる必要があります。
「ちゃんとルールを知っておく必要があります」
私はそう言いました。
「もしリポップの法則が分かれば、安全なルートを作れます」
「逆に危険な場所も予測できるかもしれないね」
くるみさんが地図へ目を向けます。
「例えば、ホームセンターを昨日掃除したなら、今日も少ない可能性が高い」
「それなら物資も取り放題じゃん!」
こむぎさんが目を輝かせました。
「そんなに甘いかは分からないけどね」
くるみさんは苦笑します。
「ちょうどケイちゃん一号を直したいと思ってたんだ」
校舎のガレージには、ゾンビを何十体も轢き飛ばした結果、見るも無惨な姿になった軽トラックが停まっています。
「バンパーもライトもラジエーターもボロボロだからね。交換部品はいくらあっても困らない」
「じゃあこの前、救援物資を拾った時に行った郊外の車屋ですか?」
「そうだね」
くるみさんは首を縦に振りました。
「前回あそこのゾンビを全部倒したからね。あれからしばらく経った今、またゾンビが増えているのか確かめるにはちょうどいい場所なんだ。ついでに展示車や整備待ちの車から使える部品が取れるかもしれない」
「なるほど」
くるみさんは立ち上がり、パンと手を叩きました。
「よし、決まり!」
「今日は車の部品集め兼、リポップ検証ツアーだ!」
「ツアーって響きだけ聞くと楽しそうですね」
「実際はゾンビ観察会やけどねー」
さおりさんの一言に、部屋の中へ笑いが広がりました。
♢
『ケイちゃん二号』は住宅街を抜け、人気のない道路を走っていきます。
運転席にはくるみさん。助手席にはなめこさん。荷台には私とこむぎさんが揺られていました。八月の中旬に入り、だいぶ暑さが和らいできたような気がします。
「今日は平和だねー」
こむぎさんが寝転がりながら空を見上げます。ぽかぽかの陽気です。
「その台詞はフラグですよ」
「え?」
「そういうこと言うと大体何か起きます」
「ゲームじゃあるまいし」
「いや、ゲームなんですよ」
その数分後、目的地付近に到着しました。
「いるな」
なめこさんが前を指差しました。道路の先に一ヶ月ほど前行った中古車販売店が見えてきます。しかし以前と違っていました。展示車の間を、大量のゾンビが歩き回っています。
「……増えてる」
私は思わず呟きます。
「前に全部倒したはずなのに」
「やっぱりリポップしてるね」
くるみさんが車を停めました。
「検証その一終了」
「しばらく行かない場所は元通りってことか」
なめこさんが釘バットを肩へ担ぎます。
「じゃ、掃除すっか」
全員が車を降りました。戦闘開始です。
「行くよ! しぐれちゃん! 右から三体!」
「了解!」
私は槍を突き出します。槍の扱いもだいぶ様になってきた気がします。素早い突きで頭を貫かれたゾンビが次々と倒れていきます。
「どりゃああ!」
隣ではなめこさんが釘バットを横薙ぎに振るいます。骨が砕ける鈍い音。二体まとめて吹き飛びました。打撃系武器も気持ちいいかもしれません。
「やっぱバットで殴るのは気持ちいいな!」
「危ない人みたいですよ」
一方その頃こむぎさん。
「やーいやーい!」
こむぎさんはバール片手に展示車の間を走り回っています。
「ほらほら追いかけておいでー!」
ゾンビを引き付けながら器用に避けています。
「こむぎちゃん! あんまり奥へ行かないで!」
「大丈夫大丈夫!」
そう言った次の瞬間でした。ゴンと鈍い音。こむぎさんが後ろ向きのまま何かへぶつかります。
振り返るとそれは真っ白な高級キャンピングカーでした。
「あ、やべ」
次の瞬間、けたたましい警報音が辺りへ響き渡りました。
「…………」
全員が固まります。
「やっちゃった!」
「おばか!」
こむぎさんが舌を出しました。私は叫びます。
「盗難防止装置だ!」
くるみさんの顔色が変わります。
「止めないとまずい!」
警報音の大音量に、周囲の森から唸り声が返ってきました。
「おいおい来たぞ!」
なめこさんが頭を抱えます。木々の間から、何十体ものゾンビがこちらへ歩いてきます。動きはのろいですが、数が多いです。
「森にもいたの!?」
「車屋だけじゃなかったのか!」
くるみさんはキャンピングカーへ飛び乗ると、運転席の窓から身を乗り出しました。どうやら警報音を止めるための鍵を探しているようです。
「鍵……鍵……!」
車内を漁ります。
「お願い、お願い!」
数秒後、幸運なことにリモコンキーを見つけました。すぐにボタンを押します。警報音が止まりました。
「助かったぁ!」
しかしもう遅かったようです。森から大量のゾンビが姿を現します。
「完全に呼んじゃったよ」
くるみさんはため息をつきながらキャンピングカーの屋根へ登りました。
「ここなら全体が見える。私が指示を出すよ!」
「あ、このシチュエーション映画で見た!」
「こむぎちゃんは反省して!」
こむぎさんを叱りつつ、改造ネイルガンを構えます。
「しぐれちゃん左!」
「はい!」
「なめこちゃん右から六体!」
「任せろ!」
「こむぎちゃん! 逃げ回らない!」
「はーい!」
「返事だけ元気!」
戦場が一気に騒がしくなりました。私は槍で近付くゾンビを突き、なめこさんが豪快に薙ぎ払い、こむぎさんが囮になって走り回ります。くるみさんはゾンビの目や足を狙って打ち、時間稼ぎをします。
くるみさんは屋根の上から全体を見渡し、危険な場所へ的確に指示を飛ばしていきました。さすが三年生。落ち着いて行動しています。
「しぐれちゃん後ろ!」
「なめこちゃん右!」
「あと二体!」
二十分ほど戦い、最後の一体が倒れます。静寂が戻りました。
「ふぅ……」
私は槍を地面へ突き立てます。汗が止まりません。
「終わったー!」
こむぎさんはその場へ大の字になって寝転びました。
「映画だったらさ」
空を見上げながら言います。
「このあと変異体が出てくる流れなんだよね」
「映画は映画だ馬鹿」
「ですよねー」
こむぎさんは立ち上がりました。くるみさんはメモ帳へ何かを書き込みます。
「これで一つ分かったね。前に掃除した場所でも、しばらく来なければゾンビは元の数近くまでリポップする。まあリポップ時間までは分からないけどね」
「でも収穫は大きいよ」
くるみさんはそう言って展示車から外せそうなライトやラジエーター、バンパーなどを軽トラックへ積み込んでいきます。キャンピングカーを持って帰りたいとこむぎさんが騒いでいましたが、肝心のエンジンが空っぽだったので諦めました。
持てる荷物を車に積んで、学校へ帰ろうとしたその時。
「皆さん」
私は口を開きました。
「一つ気になることがあります」
「何?」
「ここは一度全部倒した場所でした」
「うん」
「じゃあ、一匹も倒していない場所はどうなっているんでしょうか」
くるみさんが少し考えます。
「例えば……」
私は地図の一点を指差しました。
「あのパチンコ屋です」
以前見かけた、大量のゾンビが溜まっていた建物です。
「一度も掃除していない場所なら、最初からずっと同じ数なのか、それとももっと増えているのか……」
「確かに気になるね」
くるみさんが頷きます。
「じゃあ行ってみようか。」
「今日の検証、第二ラウンドだ」
「うわー、今度は何体いるんだろ」
こむぎさんはそう言いながら荷台へ飛び乗りました。
私達は回収した車の部品を積み込み、次の検証場所――パチンコ店へ向けて軽トラックを走らせたのでした。
♢
パチンコ店は大盛況でした。
開店待ちのゾンビたちが駐車場に数百人単位で綺麗に並んでいます。これらのゾンビが一度に動き出したら大変なことになるでしょう。今のところこちらに興味を示していないのが唯一の救いです。
「うん。増えてるね」
「だな」
「だね」
「そうですね」
全員の意見が一致します。ただここのゾンビは手を出さなければ無害ということが前回で判明しています。パチンコ店に用事でもない限り放っておいていいでしょう。
「くるみ。また呼ぶなよ」
「もうそんなミスはしませーん」
からかうなめこさんにこむぎさんが頬を膨らませて反論します。
私達は物陰へ身を隠したまま、駐車場を眺め続けます。
「……何待ちなんだろ」
私がそう呟きます。
「開店じゃね?」
なめこさんが当たり前のように言いました。
「いや、誰が開けるんですか」
「知らん」
その瞬間でした。店内から、軽快な音楽が流れ始めます。
『♪ピンポンパンポーン。本日もご来店ありがとうございます――』
「え?」
全員の声が揃いました。
「流れたー!?」
こむぎさんが驚愕します。
「誰もいないだろ!? というか電気は!?」
なめこさんが素っ頓狂な声を上げます。
すると。今まで微動だにしなかったゾンビ達が、一斉に店の入口へ歩き始めました。
「うわぁ……」
まるで本当に開店を待っていたお客さんです。
「律儀ですね」
「いや律儀ってレベルじゃねぇぞ」
なめこさんが苦笑します。
しかし次の瞬間。入口付近で先頭のゾンビが将棋倒しになりました。
「うおっ!」
後ろから来たゾンビがその上へ乗り上げます。さらに後続。さらに後続。入口はあっという間にゾンビ団子になりました。
しかも。横のガラスへ突っ込んだ個体が、そのまま大きなガラス片を胸へ突き刺して倒れます。
「自爆しました!」
私は思わず叫びました。
「押されたんだな」
なめこさんが冷静に分析します。入口では押し合いへし合い。転んだ個体は踏みつけられ。ガラスへ突っ込んだ個体は刺さり。狭い入口では互いを引っ掻き合い、殴り合うようにもつれ合っています。並んでいる時は皆静かだったのに、今では皆が暴走状態です。そこまでして入店したいのでしょうか。
「ゾンビ同士で喧嘩してる……」
こむぎさんが呆然としています。
「並ぶのは得意でも、入店は苦手なんだね」
「そこは人間と変わりませんね」
「いや、人間でもガラス突き破ってまでは入らねえよ」
なめこさんがすかさずツッコミます。
数分もすると、入口付近には何体ものゾンビの死体が積み重なっていました。それでも後ろから来た個体は、その死体を踏み越えて店内へ消えていきます。
「……なるほど」
くるみさんが腕を組みました。
「どういうことですか?」
「最初は無限に増えてるように見えたけど、実際は違う」
店を指差します。
「増える一方じゃない。入店するときに一定数が勝手に減ってるんだ」
「あー」
私は納得しました。
「だから前回来た時も、駐車場には同じくらいの数しかいなかったんですね」
「そういうこと」
くるみさんは頷きます。
「リポップで増える。でも店へ入る時に事故や共倒れみたいなので減る。結果として、見た目の数がほぼ一定になる」
「ゲームのスポーン調整みたいだな」
なめこさんが笑います。
「なかなか雑なシステムですね」
「でも助かるシステムでもあるね」
くるみさんがそう言って軽トラックへ向かいます。
「もし減らなかったら、この辺一帯ゾンビで埋まってる」
「確かに」
私達は改めて整然と並び直し始めたゾンビ達を見つめました。不思議な世界です。
ゲームのようでゲームではなく、現実のようで現実でもない。ですが一つだけ、今回の検証で分かったことがあります。
「ゾンビは時間が経てば補充される。でも場所によっては、勝手に数が調整される。これだけでも大きな収穫だね」
くるみさんは満足そうに頷きました。
「さて」
荷台へ積んだ車の部品を軽く叩きます。
「学校へ帰って修理を始めようか」
「帰ったらケイちゃん一号復活だー!」
こむぎさんが両手を上げて叫びます。
「今度はぶつけないでね」
「努力はする!」
「努力じゃ困る! ……まあ前回は仕方ないけど」
こむぎさんの威勢だけはいい返事に、皆が笑いました。