それから、数十分ほど経ちました。
「はぁ……はぁ……」
「重い……」
「押せ……押せ……」
三人は、ひたすらケイちゃん二号を押し続けていました。最初こそギャアギャア騒いでいましたが、今ではすっかり静かです。聞こえるのは荒い呼吸と、タイヤが道路を転がる音だけ。私は運転席でハンドルを握りながら、バックミラーを見ました。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫に……見えるか……?」
なめこさんが息を切らしながら答えます。
「見えません」
「じゃあ聞くな……」
「すみません」
こむぎさんも顔を真っ赤にしています。
「しぐれちゃん……」
「はい?」
「どれくらい進んだ……?」
私は道路脇の標識と地図を確認しました。
「二キロくらいです」
三人の足が一瞬止まりました。
「二キロ!?」
こむぎさんが叫びます。
「こんなに押して!?」
「はい」
「残りは!?」
「七十八キロくらいですね」
「増えてない!?」
「減ってます」
「誤差じゃん!」
再び三人が車体に力を込めます。
「もう無理……」
きなこさんが小さく呟きました。
「頑張れ、きなこ!」
「無理……」
「高校生だろ!」
「それ……関係ない……」
声に力がありません。さっきまで私の水着がどうこう言っていた人とは思えません。人は疲れると静かになるようです。
「おっ」
そのとき。なめこさんが前方を見ました。
「下り坂だ!」
「本当!?」
こむぎさんの顔に一気に生気が戻ります。道路は、ここから緩やかな下りになっていました。
「やった!」
「押せ押せ!」
三人が最後の力を振り絞ります。
ケイちゃん二号がゆっくりと坂へ差しかかり、ゴロゴロと音を立てて前進します。
「おお!」
速度が上がりました。時速十キロメートルくらいは出ているでしょうか。
「進むぞ!」
「やったー!」
私はブレーキに足を置きながらハンドルを握ります。
「少し離れてください」
「なんで?」
「轢かれますよ」
「それは嫌!」
三人が慌てて車体から手を離しました。ケイちゃん二号は坂道を下っていきます。さっきまでの苦労が嘘のようです。
「速い!」
「すげぇ!」
「文明……」
きなこさんが呟きました。まあ車輪も文明の賜物ですけど。
「文明じゃなくて重力です」
「どっちでもいいわ……」
数分後。坂の下まで辿り着きました。かなり距離を稼げた気がします。
「よっしゃ!」
こむぎさんが拳を上げます。
「この調子なら帰れる!」
「坂が続けばな」
なめこさんが言いました。
「余裕余裕!」
その直後。道路がゆっくりと上へ向かい始めました。見事な上り坂です。三人が一瞬で黙ります。
「なんでえぇぇぇ!」
こむぎさんの叫びが山に響きました。
「なんでこんなに山が多いの!?」
「東北だからな」
なめこさんが答えます。
「もっと平らになってよ!」
「山に言え」
「山ー!」
「本当に言うな!」
こむぎさんが道路脇の山へ向かって叫んでいます。かなり間抜けな行動ですし、ゾンビを呼ぶかもしれないので止めて欲しいです。
「平らになれー!」
当然ですが、山は動きません。動いたら奇跡です。
「駄目だ!」
「当たり前だろ!」
「融通利かない!」
「山に何を求めてんだ!」
その横できなこさんは無言でした。
「きなこ?」
「……」
「生きてるか?」
きなこさんがゆっくり親指を立てました。生きてはいるようです。
「喋る体力もないんですね」
私は言いました。きなこさんがもう一度親指を立てました。
「しぐれちゃん……」
こむぎさんがこちらを見ます。
「何かいい方法ない?」
「ありますよ」
「え?」
「あります」
三人が私を見ました。
「……何?」
なめこさんが聞きます。
「今更ですが」
私は道路の先を見ながら言いました。
「ケイちゃん二号を安全な場所まで運んで、置いていけばいいのでは?」
「だからそれはできな――」
「その後学校まで歩いて帰って、後でくるみさんにレッカーしてもらえば済みますよね?」
風が吹きました。木々の葉が揺れます。三人はその場で完全に固まってしまいました。いったいどうしたのでしょう。
「どうしました?」
こむぎさんが、ゆっくり私を見ます。
「しぐれちゃん」
「はい」
「それ」
「はい」
「もっと早く言えた?」
「言えました」
「……」
なめこさんが顔を覆いました。きなこさんは、その場にしゃがみ込みました。
「私達……」
こむぎさんが震える声で言います。
「なんで押してたの……?」
「さあ」
私は首を傾げました。
「皆さんが押すと言ったので」
「止めてよ!」
「やる気があったので応援してました」
「応援いらないよ!」
「でも二キロ進みましたよ」
「慰めになってない!」
山の中に、こむぎさんの悲鳴が響き渡りました。
♢
午後三時頃。
私達はようやく、ケイちゃん二号を置いていけそうな場所を見つけました。山道の高台にある、小さなガソリンスタンドです。もちろん営業はしていません。看板は色褪せ、給油機には埃が積もり、ガラス張りの事務所も薄暗いままです。駐車場の端からは雑草まで伸び放題。すっかり廃墟と化していました。
「ここなら……いいんじゃねぇか……」
なめこさんが地面に座り込みました。
「道路脇に置いとくより……マシだろ……」
「そうですね」
私はケイちゃん二号を給油機の邪魔にならない場所へ寄せます。
サイドブレーキを引き、念のためギアも入れます。これくらいは運転を見ているのでできます。
「これで大丈夫でしょう」
「つかれたー……」
こむぎさんがその場に倒れ込みました。
「もう一歩も動けない……」
「私も……」
きなこさんも地面に座り込み、壁にもたれています。
「水……」
「ありますよ」
「ちょうだい……」
「自分で取ってください」
「しぐれ……」
「はい」
「お願い……」
「仕方ないですね」
荷物の中から水を取り出し、三人に渡します。
全員すっかり疲れ切っています。まあ数十分とはいえ、軽トラックを山道で押していたのです。こうなるのも当然でしょう。私以外は。
突然、うめき声がしました。
ガソリンスタンドの裏手。建物の影から、一体のゾンビが姿を現します。
「ゾンビです」
誰も動きません。
「ゾンビですよ」
「見えてる……」
なめこさんが答えました。
「倒さないんですか?」
「無理だ……」
「こむぎさん」
「無理……」
「きなこさん」
「……」
返事すらありません。ゾンビがふらふらとこちらへ近づいてきます。
「仕方ないですね」
私はため息を吐き、槍を手に取りました。
「はいはい」
突っ込んできたゾンビを横へかわします。そのまま槍を構えて後頭部へ致命の一撃を入れます。ゾンビが地面へ倒れました。
「終わりましたよ」
「しぐれちゃん……」
こむぎさんが地面に寝転がったまま言います。
「強くなったね……」
「皆さんが弱ってるだけです」
「否定できねぇ……」
なめこさんも動きません。
女子高生三人が完全敗北です。ゾンビではなく、軽トラックに。
「……あ」
ふと、ガソリンスタンドの駐車場の端から、遠くの景色が開けていることに気付きました。山の木々の向こう。ずっと遠くに青い帯のようなものが見えます。
「海」
「え?」
こむぎさんが身体を起こします。
「あそこ」
私が指差します。
三人も振り返りました。遠くに青い海が見えています。霞んでいますが、間違いありません。私達がさっきまで遊んでいた海です。
「……あそこから来たの?」
こむぎさんが呟きました。
「そうですね」
「遠くない?」
「遠いですね」
「……」
なめこさんが無言で海を眺めます。
きなこさんも同じです。
「私達……あそこから軽トラ押してきたの?」
「途中からですけど」
「……」
こむぎさんが再び地面へ倒れました。
「もう嫌だ……」
「まだ学校までかなりありますよ」
「言わないで!」
「現実です」
「現実嫌い!」
私だって好きではありません。時計を確認します。もう午後三時を回っています。日が沈むまで、そこまで時間はありません。
「そろそろ行きましょう」
「え?」
こむぎさんが絶望した顔でこちらを見ます。
「もう?」
「もうです」
「もうちょっと休もうよ……」
「夜になりますよ」
「……」
「暗くなってから山道を歩きたいですか?」
「嫌だ……」
「ゾンビもいますよ」
「もっと嫌だ……」
「じゃあ行きましょう」
三人がゆっくり。本当にゆっくりと立ち上がりました。
「うぅ……」
「足いてぇ……」
「帰りたい……」
そして歩き始めます。
「…………」
私はその後ろ姿を眺めました。
前屈みで足を引きずり、両腕をだらんと下げてふらふら歩いています。
「皆さん」
「何……?」
「ゾンビみたいですよ」
「うるせぇ……」
「ア゛ア゛……」
こむぎさんがゾンビの真似をしました。
「余計似ましたね」
「しぐれちゃんもそのうちこうなるからね……」
「私はまだ元気です」
「小学生……体力ありすぎ……」
「皆さんが軽トラを押したからでしょう」
「誰のせいだと……」
三人の視線がこむぎさんに集まります。まあ、元はといえばこむぎさんがガソリンの残量を軽視したのが悪いです。私は悪くありません。
「ア゛ア゛……」
「誤魔化すな」
そんなわけで、ケイちゃん二号を廃墟のガソリンスタンドへ残し。私達は徒歩で学校へ向かうことになりました。
♢
午後五時頃になりました。
「……もう駄目」
こむぎさんが呟きました。
「さっきも聞きました」
「今度こそ本当に駄目……」
「さっきもそう言ってました」
「足が棒……」
「あたしも……」
なめこさんも疲れています。
きなこさんに至っては、もうほとんど喋りません。
あれから二時間。途中で何度か休憩を挟みながら、ひたすら道路を歩いてきました。まだ学校までは遠いです。持ってきた飲み物も、残りはほとんどありません。
「ん?」
そのとき道路の先に建物が見えました。
「あれ」
私が指差します。
「コンビニじゃないですか?」
三人が一斉に顔を上げました。
「コンビニ!?」
「どこ!?」
「食べ物!?」
突然元気になりました。現金な人達です。
道路沿いに、小さなコンビニがあります。当然、照明は消えています。駐車場には放置された車が何台か。ガラスも一部割れています。
「今日はあそこに泊まろう」
なめこさんが言いました。
「賛成!」
こむぎさんが即答します。
「まだ五時ですよ?」
「無理」
「まだ歩けますよ」
「無理」
「日没まで時間ありますけど」
「無理」
三回も言われました。
「私も賛成よ……」
きなこさんが弱々しく手を挙げます。
「もう歩きたくないわ……」
「学校までまだありますよ」
「いっそ死のうかしら」
「はい?」
「リスポーンしたら学校に戻れるんじゃない?」
「きなこさん」
「何?」
「目が本気ですよ」
「疲れてるのよ」
リスポーンできるからといって、積極的に死ぬのは何か違うと思います。
「とにかく中を確認するぞ」
なめこさんが釘バットを構えました。
「ゾンビがいたら?」
「……しぐれ頼む」
「もう戦う気ないじゃないですか」
「疲れてんだよ」
仕方ありません。幸い、店内にゾンビはいませんでした。私達は割れた入口から中へ入ります。
「食べ物!」
こむぎさんが真っ先に棚へ走りました。
「ない!」
すぐに悲鳴が上がります。
「そりゃそうでしょう」
パンやお弁当。おにぎりなどの物は、とっくの昔に腐っているか、誰かに持ち去られています。残っている棚もほとんど空。
「何かないの!?」
「バックヤード探してみる!」
こむぎさんがカウンターの奥へ消えていきました。
しばらくして。
「……あった」
戻ってきました。手に持っていたのは一袋のクラッカーと二リットルのペットボトルの水。
「おお……」
なめこさんが反応しました。
「食えるのか?」
「賞味期限は?」
私が袋を確認します。
「切れてます」
「どれくらい?」
「かなり」
「…………」
「でも未開封です」
「食おう」
「即決ですね」
「腹減ってんだよ」
袋を開けます。湿気てはいません。一枚食べてみます。
「…………」
「どう?」
「パサパサです」
「クラッカーだからな」
「いつも以上にパサパサです」
「食えるならいいだろ」
結局四人で分けることになりました。
「一人これだけ?」
こむぎさんが自分の分を見ます。
「四人ですから」
「足りない……」
「ないよりマシだ」
なめこさんがクラッカーを齧ります。
「水も少しずつな」
二リットル。四人で分ければ、一人五百ミリリットルです。歩いてきた身体には、正直足りません。
「生き返る……」
こむぎさんが水を飲んで呟きました。
「死んでませんよ」
「生き返った気分……」
「きなこさんは?」
「……」
「きなこさん?」
「食べてるわよ……」
クラッカーを小さく齧っています。
目が死んでいました。
「美味しいですか?」
「味がしない……」
「クラッカーですから」
食事とは到底呼べない夕食でしたが。お腹に何か入っただけでも、かなりマシです。
「もう寝る……」
こむぎさんが床へレジャーシートを広げます。
「早いですね」
「無理……限界……」
「私も寝るわ……」
きなこさんも横になります。
「あたしも……」
なめこさんまで。
「見張りは?」
返事がありません。
「寝るの早っ」
三人とも本当に数分もしないうちに眠ってしまいました。
「……」
静かになった店内。外では、夕暮れの光が少しずつ弱くなっています。私は三人を見ました。苦しそうに眠っています。
「よく寝られますね……」
まあ、疲れているのでしょう。
「仕方ないですね」
私は入口の近くへ座り、槍を手元に置きました。今日は長い一日でした。海で遊んでいたのが、ずいぶん昔のことのように感じます。
そして学校まではまだまだ遠いのでした。
♢
翌朝。
山の空気は、少しひんやりとしていました。東の空が白み始め、木々の間から朝日が差し込んでいます。道路脇の草には朝露が残り、遠くでは鳥の鳴き声が聞こえていました。昨日の暑さが嘘のようです。静かな朝でした。
私はコンビニの入口近くで目を覚ましました。店内はまだ薄暗いです。床にはレジャーシート。そして、その上には三人の女子高生が転がっていました。
「朝ですよ」
返事はありません。
「起きてください」
「……」
「朝です」
「……無理」
こむぎさんが小さく答えました。
「何がです?」
「起きるの……」
「起きてますよ」
「動くの……」
「動いてください」
「無理……」
隣では、なめこさんが仰向けになっています。
「あたしも……無理……」
「なめこさんまで」
「身体中痛ぇ……」
昨日、軽トラックを押したせいでしょう。
「きなこさん」
「……」
「起きてます?」
「……起きてるわ」
「じゃあ行きましょう」
「嫌よ」
「即答ですか」
「足が痛いの」
「歩けばほぐれますよ」
「鬼」
三人とも、全く動く気がありません。
私は時計を確認しました。まだ早朝です。今なら気温も低く、歩くにはちょうどいい時間です。日が高くなる前に距離を稼いだほうがいいでしょう。
「行きますよ」
「嫌ー……」
「帰りたくないんですか?」
「帰りたい……」
「じゃあ歩いてください」
「車がいい……」
「ありません」
「文明が恋しい……」
「昨日、自分達で置いてきましたからね」
「しぐれちゃん厳しい……」
仕方ありません。私はこむぎさんの足を掴みました。
「え?」
「起きてください」
「ちょ、待って」
そのまま引っ張ります。
「いたたたたた!」
「起きましたね」
「起こし方!」
「次、なめこさん」
「自分で起きる!」
なめこさんが飛び起きました。
「賢明です」
「お前、小学生のくせに容赦ねぇな!」
「小学生だから優しいとは限りません」
「きなこさん」
「……分かったわよ」
きなこさんもゆっくり身体を起こします。
「私も引きずられるのは嫌だわ」
「よろしい」
「しぐれ、絶対楽しんでるでしょ」
「気のせいです」
こうして全身筋肉痛の女子高生三人を無理やり立たせ、私達は再び学校へ向かって歩き始めました。
♢
「足いてぇ……」
「帰りたい……」
「眠い……」
歩き始めてしばらく。三人はずっと同じことを言っています。
「昨日からそれしか言ってませんね」
「じゃあ何か楽しい話してよ……」
こむぎさんが言います。
「学校まであと何キロでしょう?」
「楽しくない!」
「昨日よりは近いですよ」
「当たり前だ!」
「前向きに考えましょう」
「前向きに歩いてるだけで精一杯なんだよ!」
なめこさんが怒鳴りました。怒鳴れるなら、まだ元気そうです。
きなこさんはどうでしょう。
「…………」
「きなこさん?」
「……生きてるわ」
「聞いてません」
「今のうちに言っておこうと思って」
「縁起でもないこと言わないでください」
朝の山道を、四人で歩き続けます。昨日より涼しい分、多少は楽です。とはいえ学校までは、まだまだ距離があります。
「……」
このまま本当に歩いて帰るのでしょうか。少し不安になってきました。
そのときです。
「……ん?」
遠くから低い音が聞こえました。
「何です?」
三人も足を止めます。
「聞こえた?」
こむぎさんが顔を上げました。
「車?」
なめこさんが振り返ります。
山道の向こうから、まだ姿は見えません。でも間違いありません。エンジン音です。
「車だ!」
こむぎさんの顔に、一気に生気が戻りました。
「車!」
「誰か来るぞ!」
「人?」
「ゾンビじゃないわよね?」
「ゾンビが運転してたら嫌ですね」
「やめてよ!」
エンジン音が近づいてきます。カーブの向こうから一台の軽トラックが姿を現しました。
「……あ」
見覚えがあります。少しボロボロ。けれど、ちゃんと走っています。
「ケイちゃん一号!」
こむぎさんが叫びました。
「くるみ!」
なめこさんも叫びます。
軽トラックが私達の前で止まりました。運転席の窓が開きます。
「やっぱりいた」
くるみさんでした。
「くるみちゃああん!」
こむぎさんが走り出しました。
「うわっ」
運転席のドアに抱きつきます。
「助かったぁ!」
「くるみ!」
なめこさんも近づきます。
「本当に助かった!」
「僕、救世主に見える?」
「見える!」
「今だけな!」
「失礼だなぁ」
きなこさんも珍しく目を潤ませていました。
「くるみ……」
「きなこまで?」
「文明……」
「僕じゃなくて車に感動してる?」
「両方よ……」
「そっか」
私は少し離れたところから、その光景を眺めました。
「皆さん元気ですね」
「しぐれちゃん!」
こむぎさんが振り返ります。
「くるみちゃんだよ!」
「見れば分かります」
「助かったんだよ!」
「そうですね」
「もっと喜ぼうよ!」
「私は昨日から割と元気なので」
「温度差!」
くるみさんが車から降ります。
「で」
私達を順番に見ました。
「何があったの?」
三人が黙ります。
「海には行ったんだよね?」
「はい……」
こむぎさんが答えます。
「帰りは?」
「……」
「ケイちゃん二号は?」
「……」
「こむぎ?」
「……」
くるみさんの目が細くなりました。
「もしかして」
「……」
「ガス欠?」
「……はい」
静かになりました。
「で、出発する前にガソリンは確認したの?」
「……しました」
「誰が?」
「なめこちゃんが聞いてくれました……」
「それで?」
「私が大丈夫って……」
「大丈夫じゃなかったんだね」
「はい……」
「予備は?」
「ありません……」
くるみさんが深く息を吸いました。
「こむぎ」
「はい……」
「あとで話そうか」
「はい……」
「学校に帰ってから」
「はい……」
「今は」
くるみさんが、三人の姿を見ます。
髪は乱れ、服は汚れ。表情は疲労困憊です。立っているのも辛そうです。
「……やめとく」
「え?」
「説教しようと思ったけど」
くるみさんが苦笑しました。
「もう十分反省してそうだし」
「くるみちゃん……!」
「学校に帰ったらするけど」
「するんだ!」
「当然でしょ」
救いはありませんでした。当然ですね。
「それより、二号はどこ?」
「昨日寄ったガソリンスタンドです」
私が答えます。
「ここから結構戻りますよ」
「なるほど」
くるみさんが少し考えます。
「今日は回収しなくていいか」
「いいの?」
なめこさんが聞きます。
「牽引するなら道具もいるし、みんなこんな状態だし」
「賛成!」
こむぎさんが手を挙げます。
「今日は帰ろう!」
「お前が言うな」
「はい」
「二号は後日、僕と誰かで取りに来るよ」
「お願いします……」
「今度はちゃんとガソリン持ってね」
「はい……」
こむぎさんが小さくなっています。
「じゃあ乗って」
「やった!」
「車!」
「座れる!」
三人が一斉にケイちゃん一号へ向かいます。
「ちょっと待って」
くるみさんが止めました。
「二人しか乗れないよ」
軽トラックです。当然です。三人が荷台を見ました。
「……また荷台?」
きなこさんが呟きます。
「歩く?」
くるみさんが聞きます。
「荷台で!」
三人の声が綺麗に揃いました。
元気になったものです。こうして私達はケイちゃん一号に拾われ、ようやく学校へ帰れることになりました。
海水浴へ行っただけのはずなのに、一泊二日の大旅行になってしまいました。
「しぐれちゃん」
「はい?」
「次また海行こうね!」
こむぎさんが荷台から言いました。
「……」
「しぐれちゃん?」
「ガソリン確認するなら」
「する!」
「予備も積むなら」
「積む!」
「くるみさんにも確認してもらうなら」
「してもらう!」
「なら考えます」
「よっしゃあ!」
懲りていないようです。
まあ私もお魚は、また食べたいですけどね。