翌日。
私達は三日連続で同じ山道を走っていました。そろそろこの道に名前を付けてもいいかもしれません。ガス欠街道とかどうでしょう。主に一名のせいです。
「しぐれちゃん、今すごく失礼なこと考えてなかった?」
運転席のこむぎさんが聞いてきました。こういう時だけ勘が鋭くなります。
「気のせいです」
「絶対嘘!」
「前見てください」
「またそれ!」
運転中の人に対しては便利なんですよね、この言葉。
今回こそ、本当に今度こそ目的はケイちゃん二号の回収です。しかも今日は新人研修も兼ねています。昨日仲間になったばかりの、中学二年生二人。いちごさんとカヌレさんです。
「……眠い」
荷台で膝を抱えているいちごさんが呟きました。
赤髪のボブカット。黒いカーディガン。白いセーラー服。相変わらず猫背です。目の下にはくま。朝から生気がありません。生きているのにゾンビより元気がありません。
「昨日ちゃんと寝ました?」
「……寝た」
「何時間です?」
「……三時間」
「ちゃんと寝てないじゃないですか」
「……パンクロック聴いてた」
「原因分かってるじゃないですか」
隣では金髪サイドテールのカヌレさんが、流れる景色を楽しそうに眺めています。
「山デス!」
「昨日も見ましたよね」
「日本の山は何度見ても風情がありマス!」
「そうですか」
この杉だらけの山がそんなに風情があるでしょうか。春になったら花粉地獄で、全部切り倒したくなると思いますよ。ちなみに私も花粉症です。
「この辺りには忍者の里はありマスカ?」
「ありません」
「即答デスネ」
「少なくとも私は見たことありません」
「では隠れているのデス!」
「便利な理屈ですね」
ゾンビの死体が消えても忍者のせいで片付けそうですね、この人。
「今日の目的は二号の回収だけじゃないからね」
助手席のくるみさんが振り返りました。
「二人には、うちの遠征がどんな感じか見てもらう」
「研修デスネ!」
「……了解」
「戦闘もあるかもしれないから、その時は二人の実力も見せてもらうよ」
「任せてくだサイ!」
「……うん」
温度差がすごいです。サウナと水風呂です。
「しぐれちゃんも見ててね」
「私がですか?」
「一応先輩だから」
「学年的には後輩ですけど」
「学校生活では先輩でしょ」
そういうものですかね。まあ確かに二人は恐らくボス戦を経験してないでしょうし、ゾンビ殺しの先輩と言ってもいいかもしれません。
実際ボスを倒したのは私だけですし――と心のなかで胸を張ります。
「じゃあ先輩として一言どうぞ!」
こむぎさんが言いました。
「死なないでください」
「重っ!」
「昨日死んだばかりの人達ですから」
「あ」
新人二人が黙りました。事実です。私達が気まぐれで中学校に寄らなければ、あのまま誰にも倒されずに、ゾンビとして徘徊していたことでしょう。
それを理解したのか、二人がブルっと震えます。
「善処しマス」
「……気をつける」
素直でよろしい。
♢
しばらくして、例のガソリンスタンドが見えてきました。相変わらずボロボロの廃墟です。恐らくパンデミック前から無人だったのだと思います。こんな田舎の山の中にあっても需要と供給が釣り合いませんからね。
「あった!」
こむぎさんが指差します。
「ケイちゃん二号!」
いました。昨日。いえ、一昨日から置き去りにされていた軽トラックが、変わらぬ姿で駐車場に停まっています。
「無事ですね」
「よかったぁ……」
こむぎさんが胸を撫で下ろします。
「何に安心してるんです?」
「盗まれてなくて」
「誰が盗むんですか」
「ゾンビとか?」
「運転できたら怖いですよ」
それはもう別のゲームです。ゾンビレーシング。クソゲー確定ですね。
車を停めると、くるみさんがすぐにケイちゃん二号へ向かいました。
「まず状態確認するよ」
「はーい」
「分かりマシタ」
「……了解」
くるみさんが慣れた手つきで点検します。ボンネットを開け、そしてタイヤの状態を見ます。それから車体の下を覗き込みました。その間、私達は周囲を警戒します。
「しぐれちゃん」
「何です?」
「なんかさ」
こむぎさんがケイちゃん二号を見ながら、しみじみと言いました。
「久しぶりに会った気がする」
「二日程度ですよ」
「もっと長く感じる」
「あなたが置き去りにしたからでは?」
「毎回刺してくるね!」
「事実確認です」
「毒が強い!」
その時でした。いちごさんが振り返ります。
「……音」
いちごさんが呟きました。
「え?」
「……後ろ」
皆が振り返ります。
道路の向こうから数体のゾンビがこちらへ歩いてきています。群れというほどの規模ではなさそうです。
「六体くらいだね」
くるみさんが車体の陰から確認しました。
「ちょうどいいかも」
「何がです?」
「新人研修」
「ああ」
なるほど。
「二人とも」
くるみさんが言いました。
「やってみる?」
「もちろんデス!」
カヌレさんが胸を張ります。
「……やる」
いちごさんも立ち上がりました。さっきまで眠そうだった目が、少しだけ開きます。
「武器は?」
こむぎさんが聞きました。
「……ある」
いちごさんが荷台からエレキギターを取り出しました。
「本当にそれで戦うんですね」
「……うん」
「壊れません?」
「……壊れないように金属で補強してる」
「楽器の扱いじゃないですよ」
一方、カヌレさんは日本刀を腰から抜きます。
「見ていてくだサイ!」
「怪我しないでくださいね」
「武士に二言はありマセン!」
「別に武士ではないですよね」
ゾンビ達が近づいてきます。カヌレさんが前へ出ました。
「いざ尋常に――」
「……邪魔」
いちごさんが横を通り過ぎます。
「エ?」
次の瞬間。
「ヒャッハァァァ!」
「!?」
私は思わず耳を押さえました。いちごさんがめちゃくちゃ大きい声で叫びます。さっきまでの眠そうないちごさんはどこへ行ったのでしょう。今は目をかっぴらいて邪悪な笑みを浮かべています。
「ライブ開始ィ!」
いちごさんがエレキギターを大きく振りかぶります。一体目の側頭部に直撃しました。ゾンビが横向きに吹っ飛びます。パワーだけならあずきさんの次に強いかもしれません。
「頭振れェェェ!」
二体目のゾンビの脳天をかち割ります。脳漿が飛び散りました。
「もっとノれェェェェ!!」
三体目のゾンビが顎を打ち上げられて、頭から地面に落ちました。あれは首の骨が折れましたね。
その様子を私達は黙って見ていました。
「……誰?」
こむぎさんが呟きました。
「昨日いた子ですよね?」
「多分ね」
くるみさんも若干引いています。
「キャラ違いすぎない?」
「別人格では?」
「本人デスヨ」
カヌレさんだけ冷静でした。流石、今まで一緒にいただけのことはあります。
「いつもああなりマス」
「先に言ってください」
「聞かれませんデシタ」
「確かに」
正論に対しては何も言えません。
「ヒャッハァ!」
四体目にもギターが振り抜かれます。ゾンビの顎が変な方向へ曲がりました。
「ロックンロォォル!」
「楽器で殴る行為をロックと呼ばないでほしいですね」
「聞こえてないデスヨ」
でしょうね。あの様子じゃ。
「では私モ!」
カヌレさんが刀を構えます。
「いざ尋常に勝負デス!」
残った二体のゾンビが呻きながら近づきます。
「名を名乗りなサイ!」
「ゾンビは名乗りませんよ」
「名を名乗らないのは、スゴイ失礼デス!」
一体目が腕を伸ばします。カヌレさんは身体を横へずらし、刀を振りました。ゾンビの首が大きく傾き、そのまま倒れます。
「おお」
こむぎさんが声を上げました。
「普通に強い」
「普通とは失礼デスネ!」
「褒めてるよ!」
二体目。カヌレさんは落ち着いて距離を取り、踏み込む。刀が頭部を斜めに切り抜けました。ゾンビが崩れ落ちます。
「これぞ武士道デス!」
「多分違います」
そして。
「ヒャッハ――」
「もういませんよ」
「……」
いちごさんの動きが止まりました。数秒後。
「……終わった」
「戻った」
こむぎさんが指差します。
「戻りましたね」
さっきまでの狂乱が嘘のようです。猫背。ジト目。無気力。完全に元通りです。
「いちごさん」
「……何」
「さっきの人、誰です?」
「……私」
「嘘でしょう」
「……ほんと」
「二重人格じゃないんですか?」
「ロック」
そう言ってサムズ・アップします。
「説明になってません」
カヌレさんが頷きました。
「これがいちごの通常運転デス」
「通常とは」
「戦闘時だけ異常に元気になりマス」
「それを通常運転と呼ぶんですか」
世の中の通常運転の概念がひっくり返りそうです。
「まあ」
くるみさんが苦笑しました。
「二人とも戦えるのは分かったよ」
「合格デスカ?」
「合格」
「……よかった」
「ただし」
くるみさんがいちごさんのギターを見ました。
「それ、本当に大丈夫?」
「……何が」
「壊れそう」
「頑丈」
「楽器だよね?」
「鈍器」
「楽器です」
そこは譲れません。
♢
確認が終わったケイちゃん二号へ、予備のガソリンを入れます。くるみさんが携行缶から慎重に給油しました。流石三年生、手際が良いです。
「十リットル入れれば、とりあえず学校までは余裕だね」
「今回は三十リットルも持ってきたもんね!」
こむぎさんが誇らしげに言います。
「あなたが誇るところじゃありませんよ」
「なんで!?」
「原因だからです」
「まだ言う!」
「まだ二日目です」
「いつまで言うの?」
「飽きるまでですかね」
「長そう!」
給油が終わり、くるみさんが運転席へ乗り込みます。
「じゃあ、かけるよ」
キーを回します。数秒後、エンジン音が轟きました。
「おおー!」
こむぎさんが拍手します。
「復活!」
「ケイちゃん二号、生還デス!」
「……おかえり」
いちごさんまで言っています。
「ただのガス欠ですけどね」
「感動の再会だよ!」
「二日ぶりです」
「しぐれちゃん情緒ない!」
無事にエンジンはかかりました。これで今回の目的達成です。
「じゃあ二台で帰ろうか」
くるみさんが言います。
「僕が二号運転するよ」
「私は一号ね!」
「新人二人は分かれて乗って」
「了解デス!」
「……うん」
こうして、ケイちゃん一号、ケイちゃん二号の二台揃って学校へ帰ることになりました。
♢
山道をしばらく走った頃。
前を走るケイちゃん二号が突然速度を落としました。
「ん?」
こむぎさんもブレーキを踏みます。二号が路肩へ停車します。
「どうしたんだろ」
「またガス欠ですか?」
「十リットル入れたよ!?」
「冗談です」
「怖い冗談やめて!」
私達も一号を停めます。くるみさんが車から降りてきました。
「パンクした」
「え」
後輪を見ると、タイヤがぺしゃんこになっています。
「……まじ」
いちごさんが覗き込みます。
「釘踏んだっぽい」
くるみさんが言いました。
「ほら」
タイヤに太い釘が刺さっています。
「うわ」
こむぎさんが顔をしかめました。
「……最悪」
いちごさんがだるそうに言います。
「まあ、スペアあるから大丈夫」
「交換できるんですか?」
「できるよ」
さすが整備担当です。頼もしさが違います。
「三人とも、ちょうどいいから見てて」
くるみさんが新人二人とこむぎさんを呼びます。
「遠征って戦うだけじゃないからね」
「勉強しマス!」
「……見る」
「はーい!」
「こういう時に自分達で対処できないと、帰れなくなるから」
ジャッキと工具を出します。くるみさんが一つずつ説明しながら作業を始めました。
「まず安全な場所に停める。それから車体をジャッキで持ち上げて――」
「ふむふむデス」
「……なるほど」
「ほうほう」
意外と三人とも真面目に聞いています。教育は大事です。
しばらくして、タイヤの交換完了しました。
「よし」
くるみさんが立ち上がります。
「これで帰れる」
「さすがデス!」
「……すごい」
「私もできるようになる!」
こむぎさんが言いました。ぜひ頑張ってください。
「まずガソリンを見る習慣から始めようか」
「はい!」
成長の第一歩です。
♢
その後は何事もなく、今度こそ本当に、二台の軽トラックは学校へ帰還しました。
「帰ったぞー!」
校門をくぐると、こむぎさんがクラクションを鳴らします。
「うるさいです」
「凱旋だよ!」
「近所迷惑です」
「近所に人いないじゃん!」
「確かに」
校舎から、なめこさん達が出てきました。
「お」
なめこさんが二号を見ます。
「今度はちゃんと持って帰ってきたじゃん」
「当然!」
こむぎさんが胸を張りました。
「ガス欠させた本人が威張るな」
「酷い!」
さおりさんも二号を見て笑います。
「やっと帰ってきたんやなぁ」
「長い旅でした」
「二日やろ?」
「体感一週間です」
きなこさんが新人二人へ目を向けます。
「研修どうだった?」
「楽しかったデス!」
「……普通」
「嘘つかないでください」
私は思わず言いました。あれが普通であってたまるものですか。
「戦闘中だけ別人でしたよ」
「ロック」
「だから説明になってません」
サムズ・アップで誤魔化されます。
「そういえば」
なめこさんがケイちゃん二号へ近づきます。
「これでまた二台使えるんだな」
「うん」
くるみさんが頷きました。
「パンクはしたけど、もう交換したし問題ないよ」
「よかったー!」
こむぎさんが二号へ抱きつこうとします。
「ケイちゃ――」
「触らないで」
くるみさんが止めました。
「え?」
「ガス欠させた人はしばらく反省」
「そんなぁ!」
「当然です」
「しぐれちゃんまで!」
ケイちゃん二号ようやく帰還。新人二人の研修も終了。今回はちゃんと目的を達成しました。
まあ、途中でパンクはしましたけど。