数日後。
私達は、いつものように学校周辺のゾンビ掃除に出ていました。
学校の周囲は定期的に見回って数を減らしています。放っておけばいつの間にか増えていますし、門の近くに何体も居着かれると出入りの邪魔になります。派手な遠征ではありませんが、安全に暮らすためには必要な仕事です。
今日のメンバーは、あずきさん、私、いちごさん、カヌレさんの四人。
あずきさんはスレッジハンマーを肩に担ぎ、私は短槍を手にしています。いちごさんはいつもの金属補強されたエレキギター。カヌレさんは腰に日本刀。
「今日は少ないですね」
校門から少し離れた道路には、数体のゾンビがふらふらと歩いているだけでした。どれも見慣れた普通のゾンビです。
「昨日も少し減らしたからな。このくらいならすぐ終わる」
あずきさんは少し物足りなさそうです。
「多い方が嬉しいんですか?」
「運動にはなる」
「掃除ですよ、これ」
「似たようなもんだろ」
違うと思います。
「……ライブ?」
隣でいちごさんが小さく呟きました。
「今日はライブじゃありません」
「……残念」
「残念なんですか」
「ゾンビ相手にライブするのは、いちごだけデスヨ」
カヌレさんが笑います。
「ロック」
「それで全部説明しようとするのやめません?」
そんなことを話しながら、一体ずつ処理していきます。
あずきさんが正面から頭を叩き潰し、私が少し離れた位置から槍で仕留める。いちごさんは普段の低いテンションからは想像できない勢いでギターを振り回し、カヌレさんは刀で確実に首を落としていきます。
十数分も経たないうちに、道路にいたゾンビの大半は片付きました。
「この辺は終わりですかね」
「もう少し先まで見るぞ」
「了解です」
そのまま住宅街の方へ進みます。
崩れた塀。放置された自転車。雑草の伸びた庭。道路脇には長いこと動いていない車が何台か並んでいます。
その先に、一体のゾンビが立っていました。
「……?」
少し変わった格好をしています。肩幅が妙に広い。いや、身体が大きいというより、防具を着けています。
「アメフト?」
思わず口に出しました。
ヘルメット。肩を覆う大きなプロテクター。厚いユニフォーム。泥と血で汚れていますが、どう見てもアメリカンフットボールの格好です。漫画で見たことあります。
「こんなところでアメフト選手を見るとは思いませんでした」
「そうだな」
あずきさんが言います。
「私はテレビで見たことありマス!」
カヌレさんが得意そうに言います。
「日本のスポーツ文化も素晴らしいデス!」
「アメフトは日本発祥じゃありません」
「細かいことは気にしないデス!」
「アメリカ人にキレられますよ」
そのゾンビはこちらに背を向けたまま、ゆっくりと歩いています。歩き方自体は普通。特別速いわけでもありません。
「防具が邪魔そうですね」
「頭を狙えばいい」
あずきさんがスレッジハンマーを構えました。
「ヘルメットありますよ」
「なら強く殴る」
「解決方法がいつも同じですね」
「それで大体なんとかなる」
否定しづらいのが困ります。いちごさんが前へ出ました。
「……先、行く」
「気をつけてくださいよ」
「……うん」
いつものゾンビ。少し防具が硬いだけ。
その時は、全員そう思っていました。いちごさんが数メートルまで近づいた時です。アメフト姿のゾンビが、ぴたりと動きを止めました。
「……?」
姿勢が変わります。
身体を低くし、片足を後ろへ引く。まるで。
「いちごさん、待って――」
次の瞬間。ゾンビが走りました。
「――速っ!?」
地面を蹴る音が響きます。今までのゾンビとは比較にならない速度でした。
「……っ!」
いちごさんが反応するより先に、肩からまともにぶつかります。鈍い音が響きます。
「いちごさん!」
小柄な身体が宙を舞いました。数メートル飛ばされ、そのまま道路へ転がります。
「ぐ……っ」
いちごさんの息が漏れました。ゾンビは止まりません。そのままこちらへ向かってきます。
「しぐれ!」
「はい!」
考える暇はありません。真正面から迫る巨体。私は咄嗟に横へ飛びました。風圧を感じるほど近くをゾンビが通過します。転がりながら受け身を取り、すぐに身体を起こしました。
「危な――」
「どけ!」
あずきさんの声。
ゾンビが足を止めて振り返った瞬間、スレッジハンマーが横殴りに振り抜かれました。硬いもの同士がぶつかる鈍い音。ヘルメットが大きくひしゃげます。
「よし!」
普通なら、それで終わりです。ですが今回は違いました。
「……まだ動いてます!」
「何?」
ゾンビの身体が揺れました。一瞬はよろめいたものの、倒れません。ひしゃげたヘルメットの下から低い唸り声が漏れます。
「耐えた?」
あずきさんが目を見開きました。あの一撃を頭に受けて立っている。それだけで異常です。
「防具だけの問題じゃないですね!」
ゾンビが再び身体を低くしました。片足を引く。肩を前へ。さっきと同じです。走り出す予備動作です。
「また来ます!」
「なら今度こそ――」
あずきさんがハンマーを構え直します。ですがまた正面から受けるのは危険です。
さっきの突進で、いちごさんはあれだけ飛ばされました。だったら――。
「走れなくすればいい!」
私は槍を低く構え、そのまま踏み込みました。狙うのは頭ではありません。
足です。正確には、かかとの少し上。アキレス腱です。
「はっ!」
槍の刃を横へ薙ぎます。肉を裂く感触がしました。足首の後ろが大きく切れました。ゾンビが踏み出した瞬間、片足がまともに動かず、姿勢を崩します。
「効いた!」
完全に倒れはしません。それでも、さっきまでのような速度は出せないはずです。ゾンビは片足を引きずりながら、それでも私達へ向かおうとします。
「よくやった!」
あずきさんが前へ出ました。今度は逃げ場のない距離。スレッジハンマーを大きく振り上げます。
「終わりだ!」
振り下ろされた鉄の塊が、すでにひしゃげていたヘルメットの真上へ叩き込まれました。今度こそヘルメットごと頭部が潰れます。ゾンビの身体が力を失い、その場へ崩れ落ちました。
「……」
しばらく誰も喋りませんでした。明らかにいつものゾンビではありませんでした。
「新種……ですかね」
「多分な」
あずきさんがスレッジハンマーを肩へ戻します。
私は倒れたゾンビを見ました。防具にヘルメット。大柄な身体。そしてアメフト選手のようなあの突進。
「防具を着てるから強かっただけじゃないですよね」
「あんな速度で走る普通のゾンビはいない」
「ですよね」
嫌なものを見つけてしまいました。
「……いちご!」
カヌレさんの声で我に返ります。そうですいちごさんが吹き飛ばされたのでした。
「いちごさん!」
道路脇でいちごさんが横向きに倒れたまま、身体を丸めています。カヌレさんが慌てて駆け寄り、その肩を支えました。
「大丈夫デスカ!?」
「……大丈夫じゃない」
声が弱いです。
「起きられマス?」
「……多分」
「無理しないでください!」
私も駆け寄ります。
いちごさんの顔には脂汗が浮かんでいました。いつもの眠そうな表情ではありません。明らかに痛みを堪えています。
「どこが痛いです?」
「……胸」
手が脇腹の辺りへ伸びます。
「……あばら、折れたかも」
「え」
ぞっとしました。
「本当に?」
「……息すると、痛い」
カヌレさんがいちごさんをゆっくりと起こします。立たせようとはせず、とりあえず座る姿勢まで。
「無理に動かない方がいいですよ」
「……うん」
私はいちごさんをじっと見ます。この世界では、意識して目を凝らせば自分達の状態をある程度確認できます。
「……HP、半分くらいまで減ってます」
「そんなにデスカ!?」
「はい」
見間違いではありません。さっきの一撃だけで、半分近く持っていかれています。
もし壁際に飛ばされていたら。もし頭から落ちていたら。もし二度目の突進を受けていたら。確実に死んでいたでしょう。思わず冷や汗が流れます。
「これは危ないですね」
「……痛い」
「それは見れば分かります」
「……冷たい」
「心配してるから言ってるんです」
それでも返事ができるだけ少し安心しました。
「学校へ戻りましょう。すぐに――」
「待て」
あずきさんの声で振り返ります。少し離れた場所に立ったまま、道路の先を見ています。
「あずきさん?」
「……あれ」
スレッジハンマーの柄で前方を示しました。
私もそちらを見ます。住宅街を抜けた先の大きな道路。最初は何がいるのか分かりませんでした。何かが動いています。
「……ゾンビ?」
しかも歩いていません。走っています。
「何ですか、あれ」
数体どころではありません。アメフトのような防具を着けたゾンビ達が、道路の向こうをまとまって走っていました。まるでランニングでもしているように。
「なんで集団で走ってるんですか……」
「部活デスカ?」
「そんなわけ……いやありえるかも……」
冗談を言っている場合ではありません。さっきの一体ですら、まともに突進を受ければHPを半分持っていかれました。それが複数います。
「数は……」
「十以上いるな」
あずきさんが答えます。
「十……」
まずい。非常にまずいです。
「見つかる前に戻りましょう」
私がそう言った瞬間。
走っていたゾンビのうち一体が、こちらを向きました。
「……」
嫌な予感。
先頭のゾンビが足を止めます。別のゾンビたちも次々とこちらへ顔を向けました。
「気付かれました」
「みたいだな」
あずきさんがスレッジハンマーを両手で握ります。
遠くでゾンビ達がこちらに身体を向けます。そしてあの突進の予備動作をしました。
「まずい!」
「カヌレ!」
「ハイ!」
あずきさんの声が飛びます。
「いちごを連れて学校に戻れ!」
「でも――」
「走れる奴が来る。怪我人抱えてここにいる方が危ない!」
カヌレさんが一瞬迷いました。
「……分かりマシタ!」
「学校に戻ったら増援を呼べ! 全員連れてきていい!」
「ハイ!」
カヌレさんはいちごさんの腕を肩へ回します。
「立てマス?」
「……なんとか」
「ゆっくりデス!」
いちごさんが痛みに顔を歪めながら立ち上がりました。
「しぐれ!」
「はい!」
「お前は残れ」
「了解です」
迷いはありません。負傷したいちごさんを連れて走るより、ここで少しでも時間を稼いだ方がいい。
「二人とも、早く!」
「しぐれチャン!」
カヌレさんがこちらを見ます。
「死なないでくださいネ!」
「縁起でもないこと言わないでください!」
「……しぐれ」
いちごさんも振り返りました。
「何です?」
「……頑張れ」
「あなたは早く治療して貰ってください」
「……うん」
二人が学校の方向へ向かいます。その背中を確認してから、私は道路の先へ視線を戻しました。こちらに向かって一斉に走り出しました。
「来ますよ」
「ああ」
あずきさんは笑っていました。
「……なんで嬉しそうなんです?」
「新しい相手だぞ」
「いちごさんが吹っ飛ばされたの見ましたよね?」
「見た」
「危険なんですよ?」
「分かってる」
それでもスレッジハンマーを握る手には力が入っています。
「だから面白い」
「本当に戦闘好きですね!」
私は槍を構えました。正面から走ってくる複数のゾンビ。普通のゾンビなら、こんな距離から怖いとは思いません。ですがこれは違います。怖いです。
「しぐれ!」
「分かってます!」
横に避け、足を狙う。止まったところをあずきさんが潰す。
さっき一体を倒した方法です。問題といえば今度は一体ではないことです。
「……掃除のつもりだったんですけどね」
「予定変更だ!」
突進してくるゾンビ達を前に、あずきさんがハンマーを構えました。
「ここで食い止めるぞ!」
「はい!」
数日前まで、深夜にラーメンを食べて怒られていたはずなのですが、今日は命懸けです。
この世界、平和と危険の差が極端すぎると思います。