あのあと強制的に納得させられた私は今、軽トラックの荷台にいます。荷台には私の他にきなこさんがいます。運転席にはこむぎさん。助手席にはあずきさんが座っています。なんとなくきなこさんとの距離が近いような気がしますが、きっと気の所為でしょう。気の所為と思いたいです。
しかしまさかこの世界がゲームの世界だとは思いもしませんでした。通りであのノロノロゾンビたちに世界中の軍隊が負けるという不可思議な出来事が起こるわけです。プログラムによって既に運命は決められていたのでしょう。哀れなものです。
「学校に帰る前にホームセンター寄ってかない?」
運転席のこむぎさんが言います。
「何故だ」
助手席のあずきさんが言います。
「だってしぐれちゃんの分の布団がないでしょ? だから調達しようと思って!」
こむぎさんは私のために布団を調達してくれるようです。嬉しいですがそこまで必要なものでしょうか。食料や武器が優先ではないでしょうか。
「運動部の使った汗塗れのマットがあるだろ」
「欲しいです。欲しいです布団」
あずきさんの言葉に私は即答します。汗塗れのマットでは眠ったら毎日運動させられる体育会系の悪夢を見そうです。きなこさんが「わ、私の布団で寝てもいいわよ」とほざいてますが、無視します。
「よーし! じゃあホームセンターへ進路変更!」
こむぎさんがブレーキを踏まないまま右方向へ旋回します。片輪走行になろうが歩道を突っ切ろうがお構いなしです。大きくカーブしたことにより私は振り落とされそうになりましたが、そこはきなこさんが腕を掴んで抱き寄せることでフォローしてくれました。ただのロリコンではなかったのかと、私は少しだけ感謝します。
「ほ、細い身体。いいわね」
前言撤回。私はきなこさんから離れます。できれば三メートル以上近づかないで欲しいです。
「おいこむぎ。眼の前にゾンビの群れだ。轢くなよ」
「大丈夫大丈夫!」
あずきさんの言葉にこむぎさんがアクセルを踏み込みます。ぐんと加速し身体にGがかかります。まさかこのままゾンビの群れに突っ込む気でしょうか。だとしたら正気を疑います。荷台に私達がいることを忘れているのでしょうか。
「突っ込むぞ! 掴まれ!」
「馬鹿! やめろ!」
「どーん!」
あずきさんの静止も虚しく、こむぎさんの運転する軽トラックはゾンビの群れに突っ込みました。撥ねた衝撃で千切れたゾンビたちの肉片や血が荷台の私達に降り注ぎます。あまりの気持ち悪さとスプラッターさに、意識が遠のきそうになります。
「あーすっきり!」
運転席ではこむぎさんが心底楽しそうに笑顔を浮かべています。誰かその人を殴ってください。
「馬鹿者! エンジンが壊れたらどうする!」
「エンジンは前にないから大丈夫――痛い!?」
こむぎさんがあずきさんにぶん殴られています。当然の報いです。もっとやれ。
そのまま運転をあずきさんに交換してほしかったのですが、どうやら運転はこむぎさんしか出来ないようです。ふぁっく。
そのまま十分程、道路を走るとホームセンターにつきました。ホームセンターの駐車場にはゾンビがたくさんいます。この中を突っ切って荷物を持ち出すのは至難の業でしょう。軽トラックを路肩に止めて作戦会議をします。
「皆どうするー?」
「殲滅してから入るぞ」
「脳筋おつ。きなこはどう思う?」
「時間がかかってもいいなら私がクロスボウで一匹ずつ仕留めることは出来るわ」
「うーん。それじゃあ夜までに終わんないよね」
「あの、夜までに終わらないとなにか不味いんですか?」
私は質問します。こむぎさんがリスポーンして戻ってきたときも、あずきさんが夜について言っていたのを思い出したのです。
「あ、あら知らないのね。夜になるとゾンビたちは走り出すのよ」
「……なんですと!?」
衝撃の事実です。どうやらゾンビたちは夜になると走り始めるそうです。それなら世界中の軍隊たちが負けたのも納得できます。というか昼のゾンビにすら食べられそうになっていた私ではいくら残機があっても足りなさそうです。
「店の近くまで突っ込んで、必要なものだけ持ってさっさと逃げるのは?」
「えー。普通すぎてつまんなーい」
あずきさんの言葉にこむぎさん退屈そうに返事をします。この人の基準は安全性ではなく、楽しさなのでしょうか。だとしたら相当イカれています。
「私もそれでいいわ」
「わ、私も賛成です」
「三対一だ。準備しろこむぎ」
「ぶー。民主主義反対!」
多数決による暴力でこむぎさんの意見を封殺します。民主主義万歳。
「ちぇー。じゃあ店の前まで走るから皆準備して」
こむぎさんが車を急発進させます。極力ゾンビを撥ねないように蛇行しながら運転していきます。というか普通に運転上手いです。最初からこんな感じで走って欲しかったです。
「おい。もうすぐ店の前だ。ブレーキ」
「はいはい。あれ?」
ブレーキを踏んでいるようですが、車は一向に減速しません。
「おい! ブレーキ!」
「ごめん。ブレーキペダルの後ろにペットボトル挟まって動かないや」
「だからゴミを車内に放置するなと……総員衝撃に備え!」
とんでもないことになりました。軽トラックは速度を落とせぬまま、ぐんぐんとホームセンターに近づいていきます。あとでこむぎさんは叩きます。いや、殴ります。さっきから荷台にいる人のことを考えていません。
「こ、これを被っておきなさい。多少の破片は防げるわ」
きなこさんは冷静に厚手のブルーシートを私に手渡します。普段から普通にしていたら優秀な人なんだなと思いました。
「突っ込むぞ! 掴まれ!」
その言葉の数秒後、軽トラックは轟音を立てて店舗内に突っ込みました。衝撃が身体中に伝わります。上からはガラス片や壁の破片が降り注ぎます。そのまま陳列棚とゾンビをなぎ倒しながら軽トラックはゆっくりと停車します。
「スリル満点! 気持ちいいー!」
「このアドレナリン中毒が! もう本当に馬鹿!」
「痛い痛い! わざとじゃないから!?」
「車内はちゃんと片付けとけ!」
軽トラの中ではこむぎさんがあずきさんにボコボコに殴られています。いい気味だと私は静かにほくそ笑みます。
「け、怪我はないかしら?」
「あ、はいおかげさまで」
「そ、それはよかったわ」
きなこさんが私の心配をしてくれています。この人機転が利くし、ロリコンじゃなければ一番まともな人なのかもしれないと思いました。今の事件で私的評価がぐんぐんと上昇します。
「それはそうと」
きなこさんが突然クロスボウを構え、発射します。いつの間にか近くまで寄っていたゾンビの眉間に命中しました。ゾンビはその場に崩れ落ちます。
「二人とも、さっさと車外に出なさい。囲まれているわよ」
そう言ってきなこさんが次々と近くのゾンビを射抜いていきます。おかしいです。きなこさんが格好良く見えてしまいます。
「でかい音出したせいで周りのが全部寄ってくるぞ!」
「だからわざとじゃないってばー!」
二人も車内から降りてきて戦闘を始めます。私は出来ることがないので心のなかで皆の応援をします。
「しぐれとこむぎ! ここは私ときなこで抑えておくから必要なものを取ってこい!」
ゾンビの頭を砕きながらあずきさんが言います。どうやら私も動かなければいけないようです。
「りょうかーい! 行くよしぐれちゃん!」
そう言ってこむぎさんが私の手を引っ張って車の荷台から私を降そうとします。嫌だ。行きたくない、と口に出そうなのを抑えて私もホームセンターに足を降ろしました。ここは地獄の一丁目です。
植物コーナーを突っ切って、文房具コーナーに出ました。そこには数体のゾンビがいました。私達を視認したのかゆっくりと近づいてきます。
「うおー! さっきの私の仇ー!」
そう言ってバールのようなものでゾンビの頭をかち割ります。次のゾンビがこむぎさんに迫ります。
「こむぎさん! 左! 左です!」
「うがー! 抜けないー!?」
なんてことでしょう。バールの先端がゾンビの頭部に深く突き刺さって抜けないようです。バールにはこういった欠点もあるわけですね。勉強になりました。
「南無三!」
私は全体重を乗せたタックルでゾンビに突進しました。私の重量では跳ね返されるかもしれませんでしたが、どうやらヒョロガリのゾンビだったようで後ろに勢いよく倒れます。ナイス私。
「しぐれちゃんありがとー!」
バールの先端も抜けたようで、こむぎさんが戦闘を再開しています。流れるように二人のゾンビを倒しました。皆、一対一で普通に戦ったらゾンビ程度に負けることはなさそうです。さすが数ヶ月生き抜いてきた女子高生たちです。
「しゃあ! 行くよしぐれちゃん!」
「はい!」
私もアドレナリンが出ているのか、ノリノリでこむぎさんについていきます。文房具コーナーを抜けて家電コーナーにつきました。こむぎさんが止まります。
「ドラム式洗濯機欲しいなー」
「いや無理ですよ! 何キロあるとおもっているんですか!」
「二人でワンチャンいけないかな?」
「無理です! 百キロ近くあるんですよ!?」
「そっかー」
名残惜しそうに家電コーナーを抜けます。ついに寝具コーナーにたどり着きました。いくらかは盗まれずに残っていたようで安心しました。
「これでいいかなー」
そう言ってこむぎさんが持ってきたのは片手で運べるくらい圧縮されたマットレスと掛け布団のセット。
「厚み四センチしかないじゃないですか。そんな薄くては私は眠れませんよ」
「そっか。じゃあこっち?」
「厚みは八センチ。及第点ですが色がちょっと……」
「じゃあこれは私が貰うねー」
「どうぞどうぞ……って選り好みしてる場合じゃありませんでした!」
私は持ち運べる中では一番上等な布団セットを抱きかかえます。睡眠は人生の三分の一を占める重要な要素です。妥協は許されません。
「こむぎさん! 前からゾンビが一体!」
「オッケー。おりゃあ!」
こむぎさんがバールをゾンビの頭に振り下ろします。しかし片手に自分の布団セットを持っているせいで威力不足だったのか、そのままこむぎさんの肩に噛み付きました。
「あ」
「あ」
すぐに追い打ちを決めてゾンビを倒します。私とこむぎさんは噛まれたところを見ながら沈黙してしまいます。血がダラダラと流れています。痛そうです。
「セーフかな?」
「アウトですね」
「発症するまではセーフだから!」
そう言ってこむぎさんはトラックへ向かいます。私はため息をつきながらその後を追います。
軽トラックの周りは死屍累々でした。それでもなお多くのゾンビが迫ってきています。私とこむぎさんはあずきさんときなこさんに合流します。
「必要なものは持ってきたか!?」
「ちゃんと二人分、布団セット持ってきたよー」
「何故二人分? まあいい。学校に戻るぞ!」
全員が軽トラックに乗車するとエンジンキーを回します。しかし車は動きません。
「エンジンがかからないよー!」
「だから言ったろ!」
何度も何度もエンジンキーを回します。映画でよくある展開です。
「二人とも! 矢が尽きそうだわ! 早くして頂戴!」
「わかってる! 動けー……動けー……動いた!」
やっとかかったエンジンをフルスロットルでバックしていきます。いろんなものを踏み潰しながら軽トラは店の外へと出ることが出来ました。途中バックで撥ねたゾンビが荷台に飛び込んでくるトラブルがあったものの、冷静なきなこさんによって蹴り落とされました。
「はっはー! 楽勝だったねー!」
こむぎさんがハイテンションで叫びます。その気持ちが今はわかるくらいアドレナリンが全開でした。
♢
二十分の時間が経過した頃、私達は学校へ着きました。学校は高いフェンスと有刺鉄線で囲まれ、さながら要塞のようでした。そこらじゅうにゾンビの亡骸があります。
「到着! あー疲れた」
「色々ありすぎて疲れたわ……」
「まったくだ」
三人ともお疲れの様子です。私もアドレナリンが切れたせいで今更震えが出てきました。「大丈夫よ」ときなこさんが頭を撫でてくれます。ロリコンですが、根はいい人のようです。
「じゃああとはよろしく!」
こむぎさんが車から降りて服を脱ぎ始めました。服の下には大量の冷や汗が流れていました。
「まさかお前」
「そう。噛まれちった」
ぎこちない笑顔を浮かべるこむぎさん。意識が朦朧としているのかとてもつらそうです。服を脱いでいるのはリスポーン対策でしょう。
「私の服と布団、持ってきてちょうだいね」
「まったくお前ってやつは……リスポーンするとしてもゾンビ化した仲間を叩き潰すのは辛いんだぞ」
「ごめんて」
全裸になったこむぎさんがその場に座り込みます。
「じゃあねしぐれちゃん。またあとで。あ、服よろしく」
「あ、はい。わかりました。また後であいましょう」
なんかしんみりした空気になってしまいました。
「い、行きましょうしぐれ。リスポーンしたこむぎが出迎えてくれるわ」
きなこさんがそう言い、私の手を引き校門を通ります。後ろの方では何かを叩く音が聞こえました。
リスポーンしたとしても、それは同じこむぎさんと言えるのでしょうか。コピー&ペーストならばここにいるこむぎさんはここで終わりということになります。このゲームが魂をどう処理しているのかはわかりません。コピーなのか。本人なのか。私にはわかりません。
「おかえりー!」
校舎の玄関から、全裸のこむぎさんが笑顔で手を振っていました。
「服頂戴! 早く!」
「……」
私は思わず立ち止まります。
声も。表情も。話し方も。さっきまで隣にいたこむぎさんと何一つ変わりません。
だからこそ、私は余計に怖くなりました。
本当に――この人は、さっきまで一緒にいたこむぎさんなのでしょうか。