道路の向こうから迫ってくるアメフト姿のゾンビ達は、さっきまで遠目にはただの集団にしか見えませんでした。しかし、こちらへ向かって速度を上げ始めると印象が一変します。
一体一体が大柄なうえ、肩には分厚い防具。しかも十体以上がほとんど横一列になって走ってくるせいで、まるで道路そのものを塞ぐ壁がこちらへ移動しているようでした。
「……これ、横に避けるだけじゃ無理ですね」
「ああ」
あずきさんの返事も短いです。
さっきの一体なら、突進の軌道を読んで横へ飛べました。ですが今度は違います。一体を避けても、その隣を走る別のゾンビにぶつかる。さらに、その後ろにもいる。あの勢いの中へ一度巻き込まれれば、起き上がる前に次の一体に踏み潰されるでしょう。
そう考えた瞬間、背中に嫌な汗が浮かびました。
「しぐれ、電柱の後ろだ!」
あずきさんが道路脇を指します。すぐ近くに一本の電柱が立っていました。
「分かりました!」
二人で駆け込み、私は電柱の片側へ、あずきさんは反対側へ身体を寄せました。正面から見れば、ちょうど一本の柱を盾にする形です。
直後、道路を揺らすような足音が近づいてきました。
「来るぞ!」
身体を電柱の陰へ押し込みます。
先頭のゾンビ達の多くは、そのまま私達の左右を通り過ぎました。ですが、後ろを走っていた二、三体は直前まで私達を追っていたせいか進路を変えきれません。
大柄な身体が、そのまま電柱へ正面から衝突しました。
肩の防具が潰れ、その下から骨の砕ける嫌な音が聞こえます。最初の一体は反動で道路へ転がり、続いた一体もその身体へ乗り上げるようにして倒れました。もう一体は電柱へ肩をぶつけたままよろめき、まともに片腕を動かせなくなっています。
「今です!」
「ああ!」
電柱の後ろから飛び出しました。
倒れた一体のヘルメットの隙間へ槍を突き込み、私は頭部を貫きます。隣ではあずきさんが肩を壊したゾンビへスレッジハンマーを振り下ろし、二度目の一撃で動きを止めました。
「平地でまともに戦うのは不味いですよ!」
「私もそう思ってたところだ!」
「さっきまで嬉しそうだったじゃないですか!」
「戦ってみないと分からんこともある!」
まあ、そうでしょうね。
問題は、さっき私達の横を走り抜けたゾンビ達でした。
振り返ると、十数メートル先で一体がブロック塀へ突っ込んでいます。後続も急には止まれず、次々と同じ場所へ衝突しました。古くなっていた塀は何度目かの衝撃に耐えきれず、積まれていたブロックが崩れ落ちます。
「止まるの苦手なんですね、こいつら」
「走ることしか考えてないんだろ」
「ゾンビですからね」
ただし、転んで終わりではありません。
すでに数体が身体を起こし、またこちらを探し始めています。私達を見つければ、もう一度あの突進が来るでしょう。
周囲を見回したあずきさんが、まだ崩れていないブロック塀を指しました。
「上に乗れ!」
「え?」
「あいつら、障害物を避けるのが下手だ。平地にいるよりマシだ!」
確かに。
私は塀へ手を掛けて身体を持ち上げました。高さはそれほどありません。少し助走をつければ、小学生の私でも十分に登れます。あずきさんもスレッジハンマーを背負うようにして、すぐ後から塀の上へ乗りました。
私達を見失っていたゾンビの一体が顔を上げます。
「あ」
目が合いました。
次の瞬間、その身体が低く沈みます。
「来ます!」
「走れ!」
私達はブロック塀の上を進み始めました。前にはあずきさんがいます。
背後から突進してきたゾンビが、さっきまで私がいた場所の真下へ肩から激突します。塀全体が大きく揺れました。
「うわっ!」
「止まるな!」
「分かってます!」
今度は別の一体が斜めから迫ってきます。私は塀の上を走り、寸前で隣の区画へ飛び移りました。その直後、また下から強い衝撃が伝わります。
なるほど。
平地で追われるよりは遥かにマシです。しかし、安全というわけでもありません。
「これ、いつか塀が壊れますよ!」
「だから壊れる前に移るんだ!」
「雑な作戦ですね!」
「生き残ればいい!」
あずきさんらしい作戦です。
もっとも、他に良い案があるわけでもありません。
ゾンビ達は私達を見つけるたび、一度距離を取り、身体を低くしてから勢いよく突進してきます。そのたびに塀の上を移動し、衝突させて時間を稼ぐ。中には勢い余って塀を崩すものもいましたが、その瓦礫に足を取られ、逆に動きが鈍くなるものもいました。
「あとどれくらい持ちますかね」
「増援が来るまでだ」
「それが何分か聞いてるんです!」
「知らん!」
「でしょうね!」
その時でした。
遠くから、聞き覚えのある声が響きました。
「しぐれちゃーん!」
「!」
振り返ります。学校の方向から走ってくる人影。
「来ました!」
「遅いぞ!」
先頭はさおりさん。その少し後ろに、なめこさん、こむぎさん、くるみさんが続いています。
きなこさんの姿はありません。カヌレさんも。
つまり二人は学校へ残ったのでしょう。負傷したいちごさんの治療をきなこさんが手伝い、カヌレさんが護衛についている。そう考えると妥当です。
「状況は!?」
さおりさんが走りながら声を上げました。
「突進してきます! まともに受けないでください!」
「了解やわ!」
すでに一体が増援へ狙いを変えていました。身体を低くし、走り出します。
しかし、さおりさんは慌てませんでした。上下二連散弾銃を肩へ当てると、正面から迫るゾンビへ銃口を向けます。
一発目の散弾がヘルメットの隙間から顔面へ入り、ゾンビの頭が後ろへ跳ねました。それでも勢いを完全には殺せず、数歩進んできたところへ二発目を撃ち込みます。今度は喉元から顎にかけて大きく削られ、そのまま前のめりに倒れます。
「早速一体倒したな」
「さおりさん、相変わらず上手いですね」
増援へ向かったのは一体だけではありません。
「なめこさん、右!」
「分かってる!」
なめこさんが釘バットを構えます。しかし、相手は普通のゾンビではありません。突進を真正面から受け止めようとした瞬間。
「なめこさん! 避け――」
間に合いませんでした。
肩からまともにぶつかられ、なめこさんの身体が道路へ吹き飛ばされます。そのまま数回転し、背中から地面へ倒れました。
「っ……!」
「なめこちゃん!」
こむぎさんが叫びます。
さらに悪いことに、突進したゾンビも勢いを失って転倒しました。位置が近い。起き上がったゾンビが、そのまま倒れているなめこさんへ覆いかぶさります。
「このっ……!」
なめこさんが両腕で胸元を押し返します。ゾンビは顔を近づけ、噛みつこうとしました。ですが。
「……?」
噛めません。アメフト用のヘルメットが邪魔をして、顔を十分に近づけられないのです。なめこさんが笑みを浮かべます。
「なんだこいつ! 噛めねぇのかよ!」
「そこ笑ってる場合じゃないよ!」
背後からこむぎさんが駆け込み、バールを振り上げました。
「なめこちゃんから離れろ!」
首の付け根へ狙いを定めて叩きつけます。まともに入った。そう見えました。ですが、ゾンビの首は折れません。
「硬っ!?」
「防具だけじゃないです! 身体自体も普通より頑丈です!」
しかも、元がアメフト選手なのか首が太いです。こむぎさんがもう一度バールを振り上げようとします。その時。
「どけ!」
上から声がしました。
「え?」
あずきさんです。
いつの間にかブロック塀の端まで走っていました。そのまま飛び降ります。両手にはスレッジハンマー。
落下する勢いまで乗せた一撃が、なめこさんへ覆いかぶさっていたゾンビのヘルメットへ真上から叩き込まれました。
さすがにこれは耐えられません。ヘルメットが押し潰され、その下の頭部まで変形します。ゾンビの身体から力が抜け、なめこさんの横へ崩れ落ちました。
「大丈夫か!」
「いってぇ……死ぬかと思った」
なめこさんが身体を起こします。
「噛まれてません?」
「ヘルメットのおかげでな。なんだよこいつら、強いのか間抜けなのか分かんねぇな」
「両方じゃないですかね」
「多分そうだな」
ですが、まだ終わりではありません。残りは八体ほど。そして、こちらも人数が増えたことで、ゾンビ達の動きがばらけ始めています。
それまでのように一方向からまとめて突進してくるのではなく、それぞれが近くにいる相手へ向かい始めました。結果として乱戦になり始めました。私も参戦するためにブロック塀から降ります。
「乱戦のほうがやりやすい!」
あずきさんは嬉しそうですが、私はまったく嬉しくありません。
くるみさんの改造ネイルガンが動きました。まともにヘルメットを撃っても意味がないとすぐ判断したのでしょう。狙っているのは顔面と足です。
一体の眼窩へ釘が入り、そのゾンビが顔を仰け反らせます。続けて膝周辺へ撃ち込むと、走り出そうとした足が崩れました。
「足を狙って! 走れなくすれば普通のゾンビと大差ない!」
さおりさんが散弾銃を折り、素早く次の弾を装填します。こむぎさんとなめこさんは、走れなくなった個体へ二人がかりで攻撃します。
私は別の一体へ槍を向けました。突進してきます。今度は正面から受けません。横へ一歩、では足りません。相手の肩幅まで計算して大きく離れます。
ゾンビが横を抜けた瞬間、追いかけるように槍を伸ばし、かかとの上を切り裂きました。
ゾンビが転倒します。そこへあずきさんがハンマーを振り下ろします。
「次!」
「はい!」
戦い方が分かれば、最初ほど恐ろしくはありません。
このゾンビ達は速いうえに頑丈です。突進の威力も高いです。しかし、その代わりに動きが単純です。
一度狙いを定めると、ほとんど進路を変えない。狭い場所では障害物へ勝手にぶつかる。そして足を壊してしまえば、あの速さも失われる。
「右から二体!」
くるみさんの声。
「私が一体やる!」
あずきさんが前へ。
「もう一体は!?」
「私が止めます!」
槍を構えると、相手が姿勢を低くします。走り出した瞬間、その軌道から身体を外しました。狙うのは足。素早く切りつけますが、少し浅かったようで止まりません。
「しぐれ!」
「大丈夫です!」
もう一度、私に向かって予備動作をするゾンビと対峙します。来ました。今度は膝裏へ槍先が深く入りました。ようやく足が崩れます。
「こっち!」
こむぎさんが駆け寄り、バールを側頭部へ叩き込みます。それでも一撃では止まらず、なめこさんが反対側から釘バットを振り抜きました。
「しぶとい!」
「もう一回!」
二人がかりでボコボコにします。ようやく動かなくなりました。
「普通のゾンビよりだいぶ硬いですね」
「その分経験値多いとかないのかよ!」
「あるんですかね?」
「知らねぇ!」
だったら言わないでください。
さらに一体。足を壊し、目を潰し、障害物へ誘導し、動きが鈍ったところを複数人で仕留めていきます。
初見の時の恐ろしさはもうありません。とはいえ、油断できる相手でもありません。一度でもまともに突進を受ければ、いちごさんのように大怪我をする可能性があります。最後まで気を抜けません。
「あと一体!」
誰かが叫びました。見ると、道路の中央。最後のアメフトゾンビが立っています。
ヘルメットは傷だらけ。片肩の防具も割れています。ですが、まだ走れるという強い意志を感じます。ゾンビですけど。
こちらを見ました。狙われたのは私でした。
「……私ですか」
身体を低くします。
「しぐれ、下がれ!」
「大丈夫です!」
私は槍を両手で握りました。
ここまで何度も見ました。走る前の予備動作。速度と距離。もう分かります。
ゾンビが走り出します。真正面から殺意の塊が突っ込んできます。正直怖いです。ですが、最初ほどではありません。
寸前まで引きつけ、身体を横へ逃がしました。すれ違います。私はそのまま身体を回し、槍を突き出します。
狙ったのはヘルメットの下にある首です。後ろから項に刃が深く入りました。勢いのまま走ろうとしたゾンビの身体が大きく傾きます。私は槍を離さず、さらに体重を乗せました。首を貫いた刃が奥まで入り、ゾンビの身体から力が抜けます。そのまま道路へ倒れました。
「……」
少し待ちますが、動く様子はありません。
「終わりですか?」
周囲を見回しました。倒れたアメフト姿のゾンビ達。もう起き上がるものはいないようです。
「終わりだな」
あずきさんがスレッジハンマーを肩へ担ぎました。
「……疲れました」
「中々いい運動になった」
「私はもう十分です」
「私はもう少し――」
「ほら、あずきも帰るんよー」
「……分かった。いちごたちも気になるしな」
珍しく素直です。多分、さおりさんが言ったからでしょう。
♢
学校へ戻ったあと、私達はそのまま保健室へ向かいました。
ベッドにはいちごさんが横になっていて、脇腹には冷やすためのタオルが当てられていました。きなこさんがその横で様子を見ていました。
「……おかえり」
「ただいまです」
「大丈夫デシタカ?」
カヌレさんもいます。
「なんとかなりました。そっちはどうですか?」
「骨折している可能性があるわ。しばらく安静ね」
きなこさんが保健室の椅子に座りながらそう言います。
「……ライブできない」
「そこですか」
「……重要」
いちごさんらしいです。
全員が無事に戻ったところで、簡単な反省会になりました。くるみさんが近くの椅子へ座り、腕を組みます。
「今回のは完全に新種だと思う」
「ですよね」
「今まで普通のゾンビは走らなかった。絶叫ゾンビみたいな特殊種はいたけど、あれとはまた違う」
私も頷きます。
「しかも速いだけじゃありません。身体もかなり頑丈でした」
「防具の影響もあるだろうけど、それだけじゃなさそうだね」
くるみさんが答えました。
あずきさんの一撃を一度耐えたこと。こむぎさんが首を狙っても折れなかったこと。そして、たった一度の突進でいちごさんのHPを半分近く削ったこと。明らかに、今までの普通のゾンビより強いです。
「なんかさ」
こむぎさんが椅子の背にもたれながら言いました。
「最近、敵強くなってない?」
「敵って言い方はゲームっぽいですね」
「だってゲームっぽい世界じゃん」
それは否定できません。
「最初は普通のゾンビだけだったのに、絶叫するのが出てきて、今度は走ってタックルしてくるんだよ?」
「徐々に難易度が上がっているということデスカ?」
カヌレさんが聞きます。
「そうそう」
こむぎさんは何度か頷きました。
「ゲームって同じ敵ばっかりだと途中で飽きるじゃん。だから中だるみしないように、新しい敵を追加してるんじゃない?」
「誰が?」
「システム?」
「雑ですね」
「でもありそうじゃない?」
本当にありそうなのが困ります。
「もしそうなら」
きなこさんが少し嫌そうな顔をしました。
「これからもっと強いのが増える可能性もあるってことかしら?」
「……」
誰もすぐには答えませんでした。
絶叫ゾンビ。そして、今回の突進するゾンビ。偶然なのか。それとも、本当にこの世界が少しずつ難易度を上げているのか。
「考えても仕方ない」
あずきさんが言いました。
「強いのが出たら、倒し方を考えればいい」
「単純ですね」
「でも今回はそれで倒せただろ?」
「まあ、そうですけど」
「次はもっと上手くやれる」
確かにそうです。最初の一体には苦戦しましたが、群れとの戦いでは、足を狙うことや障害物を利用することを覚えました。
知らない敵だから怖いのです。なら、知ればいいのです。
「とりあえず」
くるみさんが話をまとめました。
「今後、アメフトの格好をしたゾンビを見つけても、普通のゾンビだと思って近づかないこと。それと、同じ能力を持った別の格好のゾンビがいる可能性も考えておこう」
「名前はどうする?」
こむぎさんが聞きました。
「名前?」
「呼び方ないと不便じゃん」
「確かに」
「アメフトゾンビ!」
「そのままですね」
「分かりやすいじゃん」
「でもアメフトの格好じゃない奴が同じことしてきたら困りますよ」
「じゃあ……」
こむぎさんが少し考えました。
「突進ゾンビ?」
「それでいいんじゃないか」
あずきさんが即答します。
「決まるの早いですね」
「分かりやすい」
否定はしません。
「じゃあ、突進ゾンビで」
こうして私達が警戒すべきゾンビが、また一種類増えました。普通のゾンビ。絶叫ゾンビ。そして突進ゾンビ。
「……これ以上増えないでほしいですね」
「増えるだろ」
あずきさんが即答しました。
「なんで断言するんです?」
「私がゲームの作者なら、そうするからだ」
わお。不穏なことを言ってくれますね。
ベッドからいちごさんが身体を起こします。
「……私も新種と戦いたい」
「あなたはまず怪我を治してください」
「……治ったら、リベンジ」
「しなくていいです」
どうやら今回のことで懲りた人は、私くらいしかいないようです。
少しずつ強くなっていくゾンビ達。そのたびに対処方法を覚えていく私達。
もし本当に誰かがこの世界の中だるみを防ぐために難易度を上げているのなら、一つだけ言いたいことがあります。
余計なお世話です。