数日後。いつもの巡回掃除を終えた帰り道、私達四人は少し寄り道をすることになりました。
今日のメンバーは、こむぎさん、なめこさん、カヌレさん、それに私です。学校の周囲から少し離れた住宅地を回り、見つけたゾンビを何体か片付けたところで、こむぎさんが道沿いの古い看板を見つけました。
「レンタルDVD屋だ!」
「まだ残ってたんだな。時代はサブスクなのによ」
「今はネット繋がりませんよ」
「それもそうだな」
動画配信サービスもとっくに止まっているので、今となってはDVDの方がよほど頼りになります。まさか再び日の目を見るとは誰も思っていなかったでしょう。
なめこさんが店を見上げます。入口の自動ドアは当然動いていませんが、ガラスは割れておらず、中もそれほど荒れていないようでした。
「寄っていこうよ!」
「何を借りるんです?」
「ホラー映画!」
返事が早いです。
「今夜、みんなでホラー映画祭りやろう!」
「嫌な予感しかしませんね」
「日本のホラー映画、興味ありマス!」
カヌレさんまで乗り気になりました。
「私は別に何でもいいけど、怖すぎるのはやめろよ」
なめこさんがそう言います。
「なめこさん、怖いんですか?」
「怖くねぇよ。ただ寝れなくなると面倒だろ」
「それを怖いと言うのでは?」
「違う」
違わない気がします。
店内に入る前に周囲を確認しましたが、目立ったゾンビはいませんでした。中には店員らしいゾンビが一体と、客だったと思われるゾンビが二体ほど残っていましたが、四人でかかれば問題ありません。手早く片付けたあと、私達は棚の間へ散らばりました。
「いっぱいある!」
こむぎさんは早速、ホラーの棚へ一直線です。
「ゾンビ映画、殺人鬼、幽霊、呪い……どれがいい?」
「全部持って帰ればいいだろ」
「さすがなめこちゃん!」
「どうせ返却期限もないしな」
「それを言ったらレンタルじゃなくなりますね」
「文明が滅んだので延滞料金もゼロです!」
こむぎさんが胸を張ります。
「嬉しくない特典ですね」
私は棚から何本かケースを抜き、中身が入っているか確認していきました。空のケースも少なくありませんでしたが、ディスクが残っている物もかなりあります。
その時、カヌレさんが店の壁を指しました。
「これ見てくだサイ!」
大きな映画ポスターが貼られています。どうやら当時、劇場公開されたばかりの作品らしく、下には「近日レンタル開始」と書かれていました。
「これ楽しみだったんだよね!」
こむぎさんがポスターを見上げます。
「私も見たいデス! すごく面白そうデスネ!」
「もうレンタル開始しませんよ」
「……」
二人が黙りました。
「しぐれちゃん」
「はい」
「現実を言うのやめない?」
「現実なので」
「夢がないデス」
「この世界で最新作映画を待つ方が夢を見すぎです」
劇場も映画会社も配給会社も、おそらくもう機能していません。あのポスターの映画のDVDが完成していたのかどうかさえ分かりません。
「じゃあ今日は昔の名作で我慢しよう」
「切り替え早いですね」
結局、ゾンビ映画、殺人鬼もの、幽霊ものを中心に何本か選び、私達は学校へ戻りました。
♢
夜になりました。
職員室には全員が集まっていました。夏の暑さもあって、今ではここが寝室兼居間のようになっています。テレビの前には椅子や布団が寄せられ、完全に映画を見る態勢です。
「ポップコーンはないのか?」
あずきさんが聞きました。
「ない」
なめこさんが即答します。
「作れないのか?」
「爆裂種のトウモロコシじゃないと無理だ。普通のとうもろこし炙ってもポップコーンにはならねぇ」
「そうなのか」
「知らなかったんですか?」
「トウモロコシなら全部弾けると思ってた」
「結構違うらしいですよ」
「じゃあ今度探そう」
「映画よりそっちに食いつきましたね」
結局、今日はお菓子と飲み物だけで始めることになりました。
一本目はゾンビ映画です。この世界がゾンビゲームの世界なのに。
「やっぱ最初は王道でしょ!」
こむぎさんが選んだ一本でした。
画面が暗転し、古びた病院の廊下が映ります。突然、人影が飛び出してきて、いかにも作り物らしい血が壁へ飛び散りました。チープな作りです。
「始まりましたネ!」
カヌレさんが楽しそうです。
最初の十分くらいは、私達も普通に見ていました。
ですが。
「なあ」
最初に口を開いたのはなめこさんでした。
「これ、クソ映画じゃね?」
「思ってても言わないでください」
「いやでもさ」
否定しづらいです。
主人公達は何度忠告されても一人で行動し、さっき死んだはずの人が次の場面では普通に歩いています。ゾンビの数も場面ごとに増えたり減ったりしています。挙句の果てにはゾンビのエキストラが画面の端で水分補給したりしていました。
「この人、さっき噛まれてましたよね?」
「噛まれてマシタ」
「なんで普通に元気なんです?」
「気合い?」
「感染症を気合いで突破しないでください」
あずきさんまで首を傾げます。
「このゾンビ、弱くないか?」
「映画なので」
「私なら全部倒せる」
「映画の感想としておかしいです」
さらにしばらく見ました。なんか見るのも疲れてくる映画です。その癖に三時間近くある超大作です。
「もう止めない?」
きなこさんが静かに言います。
「賛成」
くるみさんも頷きました。
「えー」
こむぎさんだけ少し残念そうでしたが、多数決で一本目は途中終了となりました。
「次!」
二本目は殺人鬼ものです。
山奥のロッジに集まった若者達が、一人ずつ何者かに襲われていくという内容でした。
「なんで全員ばらばらになるんでしょうね」
「映画だから」
「さっきからそれで全部済ませてません?」
今度は映画そのものは比較的まともでした。少なくとも、死んだ人が次の場面で生き返ったりはしません。
ただ、内容はかなり陰惨です。人間の悪意がこれでもかと濃縮されています。
「ゾンビより人間の方が怖くね?」
なめこさんが言いました。
「分かる」
こむぎさんも珍しく真顔です。
「ゾンビは基本的に噛もうとするだけですからね」
「人間はいろいろ考えてから殺しマス」
カヌレさんの言い方が妙に重いです。
「やっぱ人間が一番怖いな」
なめこさんが腕を組みます。
「この世界でそれ言われると洒落になりませんね」
幸い、今のところ学校の人間関係は平和です。
たぶん。
最後は幽霊もの。
「これ絶対怖いやつじゃん」
こむぎさんがケースを見ながら言います。
「今さら止めるんですか?」
「止めない!」
「なら言わないでください」
映画が始まりました。
古い日本家屋。誰もいない廊下。映像の端に、一瞬だけ何かが映ります。
「今なんかいた?」
「いましたね」
「見たくなかった!」
「じゃあ聞かないでください」
しばらくは静かな展開が続きました。派手な音もなく、ただ少しずつ嫌な違和感が積み重なっていきます。
そして突然、画面いっぱいに白い顔が映りました。
「うわぁぁぁ!」
「びっくりさせんな!」
こむぎさんとなめこさんが同時に叫びます。
「ジャンプスケアじゃん!」
「卑怯だろそれ!」
「映画にキレないでください」
「びっくりさせるだけなら誰でもできるだろ!」
「でもびっくりしたんですよね?」
「した!」
「正直ですね」
その後も何度か似たような場面があり、そのたびに二人は文句を言いました。ですが、映画そのものはかなり怖かったです。終盤になる頃には、誰も雑談しなくなっていました。映画が終わり、エンドロールが流れます。
「……」
「……」
「終わった?」
こむぎさんが小さな声で聞きました。
「終わりましたよ」
「トイレ行きたい」
「行けばいいじゃないですか」
「一緒に来て」
「嫌です」
「しぐれちゃん!」
「二人だけでも嫌です」
言ってから少し後悔しました。
「しぐれちゃんも怖いんじゃん!」
「怖くありません。ただ危険管理です」
「廊下に幽霊が出る危険管理?」
「うるさいです」
周囲を見ると、他の皆も妙に落ち着きがありません。
きなこさんは何度も窓の方を見ています。さおりさんも普段より少しだけ近い距離に座っています。カヌレさんは「日本の幽霊は恐ろしいデス……」と呟き、いちごさんでさえ布団を少しだけ身体へ寄せていました。
平然としているのは、あずきさんくらいです。
「何がそんなに怖いんだ?」
「それ言えるのすごいですね」
「幽霊なんて殴れないだろ」
「だから怖いんですよ」
「殴れないなら気にしても仕方ない」
「強い」
その時、職員室の電気が消えました。
一瞬。誰も声を出せませんでした。
「ぎゃああああ!」
「うわぁぁぁ!」
「何!?」
「停電デスカ!?」
職員室が一気に騒がしくなります。
「あ、発電機止まっただけだよ」
くるみさんの声が暗闇から聞こえました。
「だけじゃないよ!」
こむぎさんが叫びます。
「タイミング考えて止まって!」
「発電機に言ってよ」
「くるみ、直せる?」
「見てくる」
「一人で行くの?」
「行くけど」
「勇者じゃん」
「発電機見に行くだけだよ」
くるみさんが懐中電灯を点けようとした、その時でした。
窓の方から、何かがぶつかる音がしました。
「……」
全員が止まります。
窓ガラスに手がありました。
汚れた手のひらが、ガラスへ押しつけられています。
「ひっ」
誰かが息を呑みました。
顔も見えます。腐った皮膚に濁った目。どう見てもゾンビでした。
「なんだ、ゾンビか」
あずきさんが言いました。
「……ゾンビですね」
「よかったぁ……」
こむぎさんが胸を撫で下ろします。
「幽霊じゃなかった」
「普通はゾンビでも安心しないんですけどね」
なめこさんまで少し安心した顔をしています。
その時。
「……待って」
くるみさんが窓を見たまま言いました。
「何です?」
「ここ、二階だよ」
「……」
今度こそ誰も何も言えませんでした。全員の視線が、ゆっくり窓へ向かいます。
そこにいたはずのゾンビは、もういませんでした。ただ、窓ガラスには汚れた手形だけが残っています。
「……寝ようか」
こむぎさんが言いました。
「そうですね」
「今日は固まって寝るぞ」
なめこさんも即答しました。
「異議なしデス」
「私も」
「……うん」
「うちもそれでええわ」
あずきさんだけは不思議そうな顔をしています。
「狭くないか?」
「今日は狭い方がいいんです」
その夜。九人全員でいつもよりずっと近い距離で固まって寝ました。
翌朝になっても、窓の手形は消えていませんでした。