作戦会議室兼校長室の机に広げられた地図を眺めていた時のことです。
「ここ、何だろ」
こむぎさんが地図の端を指で叩きました。学校から少し離れた郊外、幹線道路沿いの工業地帯に、大きな施設を示す印があります。
「物流センターって書いてありますね」
「しかも大手通販企業の倉庫じゃん!」
こむぎさんの声が一気に明るくなりました。
「それって、いろんな物があるってことだよな?」
なめこさんも地図を覗き込みます。
「通販の倉庫なら、食料から日用品、家電まで何でもありそうですね」
「宝箱デス!」
カヌレさんが嬉しそうに言いました。
「……ガチャ」
隣ではいちごさんが小さく呟きます。
「まあ、似たようなものですね」
何が残っているか分からないという意味では、本当にガチャみたいなものです。必要な物がある保証はありませんが、当たりを引けば学校の生活がかなり楽になるかもしれません。
「生活必需品ならまだ三ヶ月分はあるが、今これ以上必要か?」
あずきさんが不思議そう言います。
「といっても冬はまともに遠出できないからね。冬に向けて物資を増やすのもありだと思うよ」
くるみさんが言います。
「それもそうだな。よし、使えそうなもの片っ端から持って来い」
あずきさんがそう言います。自分で行く気はなさそうです。
こうして言い出しっぺの法則により、こむぎさん、いちごさん、カヌレさん、なめこさん、私の五人で物流倉庫へ向かうことになりました。私は完全にとばっちりのような気がするのですが気の所為でしょうか。
♢
道中では特に問題も起こらず、私達はそのまま物流センターへ到着しました。
目的地である物流センターの倉庫に辿り着きました。広い駐車場に散らばっているため密集してはいませんが、ゾンビの数自体はかなりいます。いちごさんにとっては、突進ゾンビに吹き飛ばされて以来の復帰戦です。大丈夫でしょうか。
「本当に大丈夫ですか?」
「……大丈夫」
「脇腹は?」
「……もう平気」
「無理したらすぐ戻りますよ」
「……分かった」
それでも顔色はかなり戻っていました。動きにも不自然さはありません。完全に元通りかは分かりませんが、少なくとも前回のように息をするだけで痛む状態ではなさそうです。
「復帰祝いにいい物引こう!」
「……ゲーム」
「またゲーム探すんですか?」
「……あれば」
「前回あれだけ持って帰ったでしょう」
「……あるだけ欲しい」
「強欲ですか」
私といちごさんの会話を聞いて、こむぎさんが笑っています。
物流倉庫は想像していた以上に大きな施設でした。広い駐車場の奥に、灰色の巨大な建物が横長に伸びています。搬入口には何台か大型トラックが停まったままになっていて、その周囲を数十体ほどのゾンビがふらついていました。
「まず掃除だな」
なめこさんが釘バットを肩に担ぎます。
「いちごさん、無理しないでくださいね」
「……うん」
五人でまとまって進みます。
普通のゾンビばかりだったので、戦闘はそれほど長くかかりませんでした。なめこさんが正面から釘バットで頭を叩き、こむぎさんが横からバールを振り下ろす。私は短槍で距離を取りながら仕留め、カヌレさんは日本刀で確実に数を減らしていきます。
いちごさんも金属補強されたエレキギターを構えました。
「……ライブ」
「久しぶりですね」
次の瞬間、さっきまでの低い声が嘘のように変わります。
「ヒャッハァァァ! 復帰ライブ開始ィ!」
「元気ですね!」
ギターがゾンビの側頭部へ叩き込まれ、その身体が横へ倒れます。もう一体へ振り返りざまに追撃し、あっという間に二体を仕留めました。
今更ただのゾンビの群れ程度に負けることはありません。皆で流れ作業のごとくゾンビを殲滅していき、十分も経たないうちに一通りのゾンビが片付きました。
「……久々で疲れた」
「復帰初日から飛ばしすぎです」
「……ロック」
いつものサムズアップです。
「便利ですね、その言葉」
少なくとも戦える程度には回復したようです。
周囲の安全を確認してから、私達は倉庫へ入りました。中はとにかく広いです。天井近くまで伸びる棚が何列も並び、それぞれに大量の段ボール箱が積まれています。奥まで見通せないほどで、少し歩いただけでは全体像すら分かりません。
「すご……」
こむぎさんが見上げます。
「これ全部開けていいの?」
「全部やったら日が暮れますよ」
「でも何入ってるか分かんないじゃん!」
「確かに」
なめこさんが釘バットで近くの箱を引き寄せました。
「まず一個開けてみようぜ」
「ガチャ開始デス!」
カヌレさんまで楽しそうです。
梱包用のテープを剥がして最初の箱を開けます。中身は大量のスマートフォンケースでした。
「いらない!」
こむぎさんが即答しました。
「一箱目から外れですね」
「次!」
二箱目をいちごさんが雑に開けます。ペット用のトイレ砂でした。
「……いらない」
「学校に猫いませんからね」
こむぎさんが考える素振りをします。
「私達のトイレとして使えないかな?」
「人間としての尊厳を捨てていいなら持っていってください」
「すいません、まだ捨てる気はないです」
こむぎさんはそういって私に頭を下げます。こむぎさんに人としての尊厳ってまだあったんですね。意外でした。
三箱目を開封の儀。男性用の靴下でした。
「これは使えるんじゃね?」
「サイズが合えばですね」
四箱目を開封します。中には高級そうな焼き菓子の詰め合わせが入っていました。
「当たり!」
こむぎさんが抱え込みます。
「賞味期限見てください」
「夢のないこと言わないで!」
「大事でしょう」
幸い、未開封で比較的長く持つ物でした。こういうお菓子は需要が多いので助かります。主に私に。
「持って帰ろうぜ」
「賛成です」
その後も、箱を開けるたびに中身が違いました。
台所用スポンジ。文房具。子供用の長靴。大量の充電ケーブル。犬用のおもちゃ。洗剤。タオル。簡易寝袋。保存食。謎の健康器具。
「何これ」
こむぎさんが輪っか状の器具を持ち上げます。かなり重そうです。
「筋トレ用品じゃないですか?」
「なら、あずきちゃんにあげよう」
「絶対喜びますね」
「……重量、足りないって言いそう」
「ありそうですね」
いちごさんの予想に全員納得しました。こむぎさんでも持ち上げられるなら、あずきさんにとっては軽すぎるかもしれません。
さらに奥へ進むと、家電がまとめられている区画も見つかりました。
「電気ケトル!」
「学校にありますよ」
「予備!」
「なら持って帰ってもいいですね」
「こっちは小型扇風機デス!」
「職員室以外だと電気使いにくいんですよね」
「じゃあハズレ?」
「ガレージで使えるかもしれません」
「くるみなら判断できるな」
結局、役立ちそうな物は通路の端へまとめ、帰りに持てるだけ回収することにしました。完全に宝探しです。
「これ楽しいね!」
「分からなくもないです」
「しぐれちゃんも楽しんでるじゃん」
「生活に役立つ物を探しているだけです」
「その割にお菓子の箱だけ自分の近くに置いてない?」
「重要物資なので」
「美食家!」
「うるさいです」
そんな調子で探索を続けていると、倉庫のかなり奥まで来ていました。そこで、少し変わった扉を見つけます。他の通路とは違い、分厚い鉄製の扉でした。そして中央には、赤い文字で大きく書かれています。
『開放厳禁』
「絶対開けるなって書いてあるな」
なめこさんが言います。
「こういうの見ると開けたくなるよね」
「なりません」
「なる!」
「なりマス!」
「カヌレさんまで乗らないでください」
私は扉へ近づきました。
「でも、何でこんなところだけ……」
その時、扉の向こうから低い唸り声が聞こえました。全員が黙ります。
「……ゾンビ?」
こむぎさんが小声で言いました。
「一体じゃなさそうですね」
耳を澄ますと、複数の声が重なっています。
「これ、隔離されてるんじゃね?」
なめこさんが眉をひそめました。
「多分そうですね」
「じゃあ開けない方がいいね」
こむぎさんにしては珍しく素直です。
「最初からそう言ってるでしょう」
「別の場所見ようぜ」
「そうしましょう」
私達は扉から離れました。わざわざ危険を増やす必要はありません。
問題は、その直後でした。
「お、これ何だ?」
なめこさんが通路脇に置かれていた大きな箱へ手を掛けました。
「重っ」
「手伝おうか?」
「頼む」
こむぎさんが反対側を持ちます。
「せーの!」
二人で持ち上げようとした瞬間、箱の底が抜けました。中に入っていた金属製の部品が、まとめて床へ落ちます。倉庫中に響くほど大きな音になりました。
「……やっちまったな」
なめこさんが言います。
「半分なめこちゃんのせいだからね!?」
「お前も持ってただろ!」
「静かにしてください!」
もう遅いです。さっきの鉄扉の向こうから聞こえる唸り声が、急に大きくなります。大きな音に反応して興奮しているようです。
「まずいですね」
何かが扉へぶつかっています。それまで静かだったゾンビ達が、音に反応して一斉に扉へ押し寄せているようでした。
「これ開かないよな?」
「開放厳禁って書いてあったくらいですから、大丈夫じゃないですか?」
そう言った直後に扉が大きく歪みました。
「……大丈夫じゃなさそうですね」
「逃げる?」
「ここまで奥に来てるから、出口まで距離あるぞ!」
「しかも物資置いて逃げたくない!」
なめこさんとこむぎさんの言う通りです。しかも周囲には商品棚が並んでいて、走れる場所も限られています。そのうえ足元にはガチャの残骸がいくつもあります。
扉がもう一度押され、蝶番は長年の放置で錆びていたのか、二度目の衝撃で一部が外れました
「全員武器持て!」
なめこさんの声で、全員が構えます。次の衝撃で扉が傾き、その隙間から何本もの腕が伸びてきました。狭い隙間から何本もの腕が重なって伸びてくる光景は、かなり気持ち悪いです。
「何体いるんですか!」
「多い!」
「ライブ?」
「今はいいです!」
しかし、いちごさんの目はすでに輝いていました。これはダメそうですね。
扉が完全に倒れます。その向こうから、倉庫の制服を着たゾンビ達が次々と押し出されてきました。どうやらみっちり詰まっていたようです。
「ヒャッハァァァ! 二部開始ィ!」
「復帰初日ですよね!?」
いちごさんが最初の一体へギターを振り下ろします。こうなったらもう止められません。
「カヌレさん、いちごさんのフォローを!」
「任せてくだサイ!」
「こむぎさんはなめこさんと左を!」
「了解!」
「おう!」
私は中央へ槍を向けました。幸い、突進ゾンビのような特殊個体はいません。数は多いですが、動きはいつものゾンビです。だからこそ、落ち着いて数を減らせば問題はないはずです。
狭い通路のおかげで、一度にこちらへ来られる数にも限界があります。回り込まれなければ正面の敵を倒すだけです。
なめこさんとこむぎさんが並び、近づいた個体を釘バットとバールで叩き倒していきます。カヌレさんはその横から刀を振るい、いちごさんは完全に単独ライブ状態でした。
「ヒャッハァ! 次ィ!」
「……元気になりましたね」
「元気すぎるだろ!」
なめこさんが叫びます。
私は前に出すぎた個体の頭を槍で貫き、すぐに引き抜いて次へ向けました。ゾンビはまだ出てきますが、こちらも慣れています。一体ずつ確実に処理していきます。
気付けば、扉の前には動かなくなったゾンビが何体も積み重なっていました。
「あと少し!」
こむぎさんが声を上げます。
「油断しないでください!」
最後の数体がこちらへ向かってきます。なめこさんが一体を倒し、カヌレさんがもう一体を斬ります。
残った一体へ、いちごさんがギターを振りかぶりました。
「ラストォ!」
まともに頭へ入り、脳漿を飛び散らせながらそのまま床へ倒れます。
しばらく待ちましたが、もう動くものはいません。
「……終わりましたね」
「疲れたぁ」
こむぎさんがその場へ座り込みます。
「誰のせいだと思ってるんだよ」
「なめこちゃんと私」
「認めるのかよ」
「半分ずつ!」
「そこ公平にする必要あります?」
カヌレさんが刀を収めました。
「いちご、大丈夫デスカ?」
「……大丈夫」
「痛みは?」
「……ない」
戦闘前と変わらない顔色です。
「なら、本当に復帰ですね」
「……うん」
「おめでとうございマス!」
「……ありがとう」
いちごさんは少しだけ嬉しそうでした。
「じゃあ復帰祝いに、さっきのお菓子持って帰ろう!」
「それは私達全員の戦利品です」
「細かいね!」
「重要です」
その後、さすがにこれ以上の探索はやめました。
回収する物を選び、持てるだけ車へ積み込みます。
洗剤。タオル。保存食。簡易寝袋。工具類。文房具。高級そうなお菓子。大量のスマートフォンケース。
あれ、最後のやついらないって言ってませんでしたっけ。
「それ持って帰るんですか?」
「何かに使えるかもしれないじゃん」
「何に?」
「……分かんない」
「置いていきましょう」
「はい」
♢
学校へ戻った頃には、夕方になっていました。校舎へ荷物を運び込むと、残っていた皆が集まってきます。
「かなり持ってきたな」
あずきさんが荷物を見ます。
「大手通販倉庫、結構当たりでした」
「また行く?」
こむぎさんが聞きます。
「しばらくはいいです」
「でもまだ箱いっぱいあったよ?」
「扉の向こうからゾンビが出てきたでしょう」
「もう倒したじゃん」
「別の扉がない保証はありません」
「確かに」
なめこさんまで頷きました。
くるみさんは持ち帰った工具類を見ながら、かなり満足そうです。さおりさんは洗剤やタオルを仕分けし、きなこさんは保存食の期限を確認しています。
いちごさんは職員室の椅子へ座り、少し疲れた様子でギターを壁へ立て掛けました。
「復帰戦、どうでした?」
「……楽しかった」
「それなら良かったです」
「……また行く」
「今度はもう少し平和なところにしましょう」
「……ライブできない」
「しなくていいんです」
私は積み上がった段ボール箱を眺めました。物流倉庫は何が入っているか分からない箱が大量に並び、その中から必要な物を探す。確かに、少し楽しかったです。
私はこむぎさんとなめこさんを見ました。
「次に行くときは箱を持ち上げる前に、底が抜けないか確認してください」
「はーい」
「分かったよ」
本当に分かったのでしょうか。多分、次も何かやらかすと思います。