朝食を終えたあと、私は資料室の掃除をしていました。
学校で暮らすようになってから、使っている場所だけはそれなりに綺麗になりましたが、ほとんど立ち入らない部屋までは手が回っていません。資料室もその一つで、棚には何年分あるのか分からない書類やファイルが押し込まれ、床の隅には埃が溜まっています。
今日は特に予定もなかったので、暇つぶしも兼ねて整理を始めたのですが、早くも後悔していました。
「なんでこんなにあるんですか……」
古い学校行事の記録、備品の一覧、昔の生徒会資料など。捨てても困らなそうな紙ばかりですが、勝手に処分してあとで必要になっても困ります。とりあえず種類ごとに分けながら棚を整理していると、一番下の段の奥から丸められた大きな紙が出てきました。
「何でしょう」
紐を解いて床に広げてみます。
かなり古い物らしく、紙は黄ばんで端も傷んでいました。それでも描かれている線や文字は十分に読めます。どうやら建物の図面のようです。
「……この学校?」
見覚えのある校舎の形があります。体育館や校庭の位置も一致しているので間違いありません。ただし現在の校舎とは少し違う部分もあり、かなり昔に作られた図面のようでした。
そこまではいいのですが。
「地下……?」
私は顔を近づけて図面を凝視します。校舎の下にも線が描かれていました。地下一階と呼ぶには妙な形です。いくつもの細長い通路が伸び、その先には大小の空間が描かれています。現在の校内で地下へ降りる階段なんて見たことがありません。
こういう時は、一人で考えていても時間の無駄でしょう。皆に聞いてみることにします。
「緊急会議ですね」
そう決めて、広げた図面を丸めました。資料室の掃除は、ひとまず後回しです。
もちろん、面倒になったからではありません。
♢
「というわけで、これを見つけました」
作戦会議室兼校長室の机に図面を広げると、皆が周囲へ集まってきました。
「何これ?」
こむぎさんが覗き込みます。
「この学校の古い図面みたいです」
「へえ」
「ここを見てください」
地下部分を指差すと、こむぎさんの表情が変わりました。
「地下室?」
「みたいですね」
「そんなのあったか?」
なめこさんも首を傾げます。さおりさんも首を横に振ります。
「知らんなぁ。地下に降りる階段なんて見たことないわぁ」
「私もないわ」
きなこさんが答えました。
他の皆にも聞いてみましたが、知っている人はいません。ずっとこの学校で暮らしている私達の誰も知らない地下空間が、足元に存在していることになります。
「秘密基地デスカ!?」
カヌレさんだけ妙に嬉しそうです。
「学校の地下に秘密基地……ロマンありマス!」
「……地下ライブハウス」
「いちごさんも変な期待しないでください」
「……音、響きそう」
「近所迷惑以前の問題です」
「近所にもう誰もいないけどね」
こむぎさんに言われました。そうでした。
「でも、入口はどこなんだ?」
あずきさんが図面を覗き込みます。
「それを探してたんです。この辺だと思うんですが……」
現在の校舎図と記憶を照らし合わせます。地下へ通じているらしい印の真上にある部屋は、今ではほとんど使っていない場所でした。
「用務員室じゃない?」
くるみさんが言いました。
「多分そうです」
「行ってみようよ!」
こむぎさんが即座に立ち上がります。
「全員で行く必要あります?」
「学校の地下に謎の空間があるんだよ?」
「ありますね」
「気にならない?」
「気にはなります」
「じゃあ行こう!」
結局、全員で確認することになりました。
♢
用務員室へ入ってみても、特に変わったところはありませんでした。
長い間使われていない机と棚があり、古い工具や掃除用品が残っています。床の一部には畳が敷かれていますが、それ以外に地下へ繋がりそうな物は見当たりません。
「何もないじゃん」
こむぎさんが部屋を見回します。
「図面が間違ってるのか?」
「いや」
くるみさんが床を見ています。
「地下への入口が残ってるなら、隠されてるんじゃないかな。使わなくなって塞いだとか」
「なら……」
視線が畳へ向かいました。
「これ?」
なめこさんが畳の端へ手を掛けます。
「剥がしてみる?」
「やってみよう」
くるみさんも加わり、二人で畳を持ち上げました。その下には床板がありましたが、よく見ると周囲の板とは少し違います。四角い範囲だけ継ぎ目が不自然です。
「当たりっぽいですね」
「外してみるよ」
工具を持ってきて、くるみさんが慎重に板を外していきます。何枚か取り除いたところで、その下から灰色のものが現れました。
「……コンクリート?」
私は覗き込みました。
床下に、コンクリートで固められた四角い空間があります。その中央には分厚い金属製の蓋が埋め込まれていました。形だけ見れば、大きなマンホールのようです。
「本当にあった……」
こむぎさんが呟きました。
「地下基地デス!」
「まだ基地と決まったわけじゃありません」
蓋には錆が浮いていましたが、完全に腐食しているわけではありません。くるみさんとなめこさん、あずきさんの三人で持ち上げると、下から冷たい空気が流れてきました。
穴の中には梯子があります。当然、真っ暗です。
「……」
さっきまで騒いでいたこむぎさんが静かになりました。
「どうしました?」
「いや」
「地下基地ですよ?」
「そうなんだけど」
「降りたいんですよね?」
「……明るい地下基地だと思ってた」
「そんなものあります?」
くるみさんが懐中電灯を用意しました。
「僕が先に見てくるよ」
「一人で大丈夫ですか?」
「入口だけ確認する。危なそうならすぐ戻るよ」
腰に改造ネイルガンを下げ、ライトを点けて梯子へ足を掛けます。
私達は何かあったらすぐ助けに行けるように穴の周囲から見守りました。
くるみさんの頭が床より低くなり、やがてライトの光だけが穴の中を動いていきます。梯子は思ったより深いらしく、しばらくしてから足が床へ着いたようでした。
「どうだ?」
なめこさんが穴へ声を掛けます。
「ちょっと待って」
下から返事が聞こえました。ライトの光が左右へ動いています。やがて、くるみさんが梯子を登って戻ってきました。
「何だった?」
「多分だけど」
床へ上がったくるみさんは、もう一度図面を見ました。
「これ、地下室じゃないと思う」
「じゃあ何?」
「防空壕じゃないかな」
全員が黙りました。
「防空壕?」
「うん。入口の下はコンクリートだけど、その先に細い通路があった。奥は土が剥き出しになってるし、かなり古い。図面の形も普通の地下室とは違うから、戦時中に造られた地下壕だと思う」
「そんな昔のものが学校の下に残ってたんですか」
「今の校舎より古いんだろうね。昔ここにあった学校か、別の施設のものを、そのまま埋めずに残したんじゃないかな」
なるほど。それなら誰も地下室の存在を知らなかったことにも納得できます。
「探索しよう!」
こむぎさんが元気を取り戻しました。
「じゃあこむぎさんは探索メンバー入りで」
「それはちょっと待って」
そして即座に逃げました。
「なんでです?」
「だって戦時中の地下壕でしょ?」
「そうらしいですね」
「絶対出るじゃん」
「何が?」
「おばけ」
やっぱりそれですか。
「私も無理」
きなこさんまで一歩下がりました。
「あたしも嫌だぞ。ゾンビなら殴れるけど、おばけはどうすんだよ」
なめこさんまで同意します。というかヤンキーみたいな見た目なのにおばけって呼ぶんですね。幽霊でいいでしょうに。
「昨日までゾンビ相手に普通に戦ってた人達とは思えませんね」
「ゾンビとおばけは別だろ!」
「別なのは同意しますけど」
「私は行くぞ」
あずきさんが言いました。
「怖くないんですか?」
「何が?」
「おばけ」
「いたらどうなるんだ?」
「さあ」
「分からないなら考えても仕方ない」
前にも聞いたような理論です。
「私も行きマス!」
カヌレさんが勢いよく手を上げました。
「戦時中の防空壕! 歴史的大発見デス!」
「……行く」
いちごさんも続きます。
「地下、楽しそう」
「女子中学生組が一番乗り気ですね」
「……ロック」
「防空壕とロックの関係を説明してください」
いちごさんは答えませんでした。
「僕も当然行くよ。中の構造や安全性を確認したいからね。下手に崩落したら大変だ」
くるみさんが図面を見ながら言います。
これで四人になりました。探索メンバーとしては十分でしょう。
「ただ、通路かなり狭かったんだよね」
「そうなのか?」
「あずきでも通れると思うけど、大人数で入るのは無理そう」
「ほんならうちは無理やなぁ。身体大きいし」
さおりさんが残念そうに言います。
「あと一人くらい身体の小さい子がいると便利かな」
くるみさんがそう言いました。
「……」
妙な沈黙が生まれます。気付けば全員が私を見ていました。
「無理です」
即答しました。
「まだ何も言ってないよ?」
「言わなくても分かります」
「しぐれちゃん小さいし」
「知ってます」
「狭いところ得意そう」
「身体が小さいだけで狭い場所が好きなわけじゃありません」
「大丈夫だよ!」
こむぎさんが笑顔で言いました。
「おばけなんていないって!」
「じゃあこむぎさんが行ってください」
「無理!」
「今いないって言いましたよね?」
「いないと思うけど、いたら嫌だから!」
「最悪の理屈ですね」
なめこさんも視線を逸らします。
「しぐれなら大丈夫だって」
「何を根拠に言ってるんです?」
「小さいから」
「それはさっき聞きました」
「槍もあるし」
「幽霊に槍が効くんですか?」
「知らねぇ」
「じゃあ言わないでください」
「しぐれちゃん、一緒に行きマショウ!」
カヌレさんが嬉しそうに私の手を取ります。
「嫌です」
「歴史探検デス!」
「言い方を変えても嫌なものは嫌です」
「……しぐれ」
いちごさんまで見ています。
「何です?」
「……一緒に行こう」
「そんな捨てられた子犬みたいな目をしても駄目です」
「……」
「……やめてください」
視線を逸らせなくなります。
「危険なところがあったら、私が前に出る」
あずきさんまで言いました。
「おばけが出た場合は?」
「任せろ」
「何をするんです?」
「分からん」
「任せられません」
最後にくるみさんが苦笑しました。
「まあ、無理にとは言わないけど、しぐれがいると助かるのは本当だよ。僕が入れないような場所があった時に確認できるし」
「……」
全員の視線が再び集まります。逃げ道がありません。
「分かりましたよ」
「やった!」
「ただし!」
私は喜ぶこむぎさんを指差します。
「何か出たら、全部あなたのせいにしますからね」
「なんで!?」
「おばけなんていないと言ったので」
「理不尽!」
「行かない人には発言権ありません」
「横暴だ!」
こうして地下壕の探索メンバーが決まりました。くるみさん、あずきさん、いちごさん、カヌレさん、そして私です。
穴の下からは、冷たい空気が今も静かに流れてきています。古い図面には、地上からでは想像できないほど長い通路が描かれていました。
学校の地下に、何十年も誰にも使われず残されていた場所。何があるのかは分かりません。できれば、何もいないことを願います。
特に、おばけだけは。
♢
梯子を降りた先は、先ほどくるみさんが言っていた通り、すぐに土の剥き出しになった狭い通路へと続いていました。
五人分の懐中電灯が暗闇を切り取ります。左右の壁にはところどころ木の補強材が残っていましたが、長い年月のせいで黒ずみ、表面が崩れているものも少なくありません。天井も低く、あずきさんは少し身体を屈めなければ歩けない場所があります。足元は乾いた土ばかりではなく、湿気を含んで柔らかくなったところもあり、踏むたびに靴底へ土がまとわりつきました。
「思ってたより狭いですね」
「だから人数を絞ったんだよ。図面を見る限り、奥にはもう少し広い場所もあるみたいだけどね」
先頭を進むくるみさんがライトで壁や天井を確認しながら答えます。私はその後ろを歩き、そのさらに後ろからカヌレさんといちごさん、最後尾をあずきさんがついてきていました。
「本当に戦時中のものなんデスネ……」
カヌレさんの声が、狭い通路の中では普段より大きく聞こえます。
「多分ね。少なくとも最近造ったものじゃないのは間違いないよ」
「……雰囲気ある」
いちごさんは楽しそうです。
「私はなくていい雰囲気だと思います」
ライトの届く範囲しか見えないせいで、その先がどうなっているのかまったく分かりません。背後を振り返れば、来た道もすぐ暗闇に飲み込まれます。
おばけなんていない。そう思ってはいます。
思ってはいますが、だからといって戦時中の地下壕を懐中電灯一本で歩いて楽しいかと聞かれれば、答えは当然ノーです。
しばらく進むと、足元に錆びた金属片や割れた食器、潰れた水筒のようなものが目につくようになりました。土に半分埋まった古い缶や、原形を辛うじて残している革製の袋もあります。どれも長い時間をここで過ごしたことが一目で分かるほど傷んでいました。
「これ、当時の物でしょうか」
「たぶん。触るなら気をつけてね。何十年もここにあった物だから、すぐ崩れるかもしれない」
くるみさんに言われ、私は拾い上げようとしていた金属製の器をそのままにしておきました。
「持って帰ったらお宝になりマス?」
「博物館なら喜ぶかもしれませんけど、その博物館がもうありませんからね」
「残念デス……」
「カヌレ、何でも持って帰ろうとするなよ」
あずきさんが後ろから言います。
「歴史的資料デス!」
「帰り道で重くなるぞ」
「……それは困りマス」
随分現実的な理由で諦めました。
さらに奥へ進むにつれて、通路の様子が少しずつ変わっていきました。土壁だった左右にコンクリートが混じり始め、やがて床も壁も完全にコンクリートで固められた区画へ出ます。先ほどまでの狭い穴とは明らかに造りが違い、天井も少し高くなっていました。
「ここから別区画かな」
くるみさんが立ち止まりました。
正面には錆びた鉄の扉があります。完全に閉じてはいませんでしたが、蝶番が傷んでいるのか少し傾いています。
「あずき、開けるの手伝って」
「任せろ」
二人でゆっくり扉を押すと、抵抗しながらも開いていきました。
その向こうには、いくつかの部屋が並んでいます。
「……生活してた跡がありますね」
部屋の中には、錆びた鉄製のベッドが壁際に並んでいました。腐って形を失った寝具の残骸や、倒れた棚、小さな机もあります。一般の避難者が一時的に逃げ込む場所というより、誰かが長期間ここで生活することを前提に造られていたように見えました。
「軍人の居住区だったのかもね」
くるみさんが壁を照らします。
そこには、何枚か古いポスターが残っていました。紙は黄ばみ、下半分が剥がれて垂れ下がっているものもあります。絵柄の色はほとんど失われていますが、大きく印刷された文字だけはまだ辛うじて読むことができました。
「戦時中のポスターですか」
「そうみたいだね」
「日本の戦時ポスターデス……」
カヌレさんが近づこうとします。
「触らない方がいいですよ。崩れそうです」
「見るだけにしマス」
カヌレさんがいつになく素直でした。
当時はここで生活していた人達が、この文字を毎日のように見ていたのでしょう。そう思うと、急に場所そのものが少し近く感じられました。
棚の横には、長い棒のようなものも立て掛けられています。
「あれ、銃じゃないか?」
あずきさんが先に気づきました。
ライトを向けると、確かに古いライフルでした。木の部分は変色し、金属部分には広い範囲で錆が浮いています。銃身の先には古びた銃剣まで付いていました。
「本物ですね」
「撃てるのか?」
あずきさんが手を伸ばします。
「待って!」
くるみさんが慌ててその腕を掴みました。
「なんだ?」
「何十年ここに放置されてたと思ってるの。そんな状態の銃をいきなり撃とうとしないでよ」
「弾があれば撃てるかもしれないだろ」
「だから試さないの」
「一発くらい」
「駄目」
珍しく、くるみさんが強い口調です。
あずきさんは少し不満そうでしたが、さすがに機械関係についてはくるみさんの判断に従うようで、ライフルから手を離しました。
「撃てないなら槍にするか」
「それなら私ので足ります」
「長いぞ」
「狭いところでは邪魔ですよ」
「確かに」
結局、その古いライフルは触らず、その場に残すことになりました。
居住区をさらに調べていくと、奥にもう一枚扉がありました。今までのものとは明らかに違います。
分厚い鉄製で、周囲の壁まで頑丈に造られています。表面には錆が広がっていましたが、中央に残った文字はまだ読めました。
「武器庫」
私が読み上げます。
皆が一斉に扉を見ました。
「……入るぞ」
あずきさんの声が少し嬉しそうです。
「なんでそんなに楽しそうなんですか」
「武器庫だぞ」
「見れば分かります」
幸いというべきか、鍵はかかっていませんでした。古い取っ手を動かし、あずきさんが慎重に扉を押します。
中へライトを向けた瞬間、全員が足を止めました。
「……いっぱいある」
いちごさんが呟きます。
壁際には木製や金属製の箱が何段にも積まれ、その一部は蓋が開いていました。中には先ほどと似た古いライフルが何丁も収められています。別の箱には弾薬らしき小箱が大量に詰められていました。
「これ全部、銃?」
「みたいだね。ただし絶対に勝手に触らないで」
くるみさんが先に釘を刺します。
「分かってる」
あずきさんが答えました。
「今のは主にあずきさんへ言ってましたよね」
「多分な」
「自覚あるんですね」
保存状態はまちまちで、外から見てもかなり傷んでいるものが多くあります。蓋の閉じた箱の中には比較的状態の良さそうなものもありましたが、何十年も地下にあったことには変わりありません。どうするにしても、ここで試すような物ではなさそうです。
「くるみにあとで見てもらえばいいな」
「必要ならね。でも今は中を確認するだけにしよう」
それが賢明でしょう。武器庫の奥へライトを向けます。
その時でした。
「……あれ」
最初に気づいたのは、いちごさんでした。
ライトが一か所で止まります。
棚と棚の間。そこに人が座っています。正確には白骨化した人です。
「……」
誰もすぐには動けませんでした。壁にもたれるようにして、一体の白骨死体が壁にもたれるように座っていました。
服はほとんど朽ちていますが、一部だけ布地が残っています。傍らには古い狙撃銃らしき長い銃があり、片手の近くには拳銃が落ちていました。そして頭骨には、小さな穴があります。
「……これ」
カヌレさんの声から、さっきまでの興奮が消えていました。
「人、ですよね」
「そうだね」
くるみさんも静かに答えます。ゾンビの死体なら、嫌というほど見てきました。人間の死体だって見たことがあります。でも、白骨になった人間をこんな間近で見るのは初めてでした。
「……気持ち悪いとかじゃないんですけど」
言葉がうまく出てきません。
「分かる」
あずきさんも珍しく静かです。
「……昔の人」
いちごさんが呟きました。この人がいつ死んだのかは分かりません。ただ、傍らにある拳銃と頭骨の穴を見れば、何があったのかは何となく想像できました。
「自分で……ですかね」
「多分」
くるみさんが答えます。
戦争が終わったあとまでここに残ったのか。それとも、もっと前に一人だけ取り残されたのか。事情を知るものはもう誰もいません。
カヌレさんが静かに手を合わせました。いちごさんも、それを見て同じようにします。私も手を合わせました。
「……あとで、何とかしてあげたいですね」
「そうだな」
あずきさんが答えます。その時、細い風の音が聞こえました。
「ん?」
くるみさんが顔を上げます。
「風?」
「地下なのに?」
全員で周囲を見回します。音は白骨死体の近くから聞こえています。
「何かある」
あずきさんとくるみさんが、白骨死体の隣にある棚の隙間を覗き込みました。
「通路だ」
「隠れてたんですか?」
「棚が置かれて見えなくなってただけみたい」
棚を動かし、白骨死体を避けながら奥へ回ると、そこには細い通路が続いていました。先ほどまでとは違って明らかに空気が動いています。
進んだ先には、上へ向かって伸びる梯子がありました。
「これ、外に出られるんじゃない?」
「上がってみよう」
今度もくるみさんが先に梯子を登ります。しばらくして、上から光が入りました。
「外だ!」
「本当ですか?」
「うん。来てみて」
順番に梯子を登ります。最後に地上へ顔を出した私は、思わず周囲を見回しました。
「……森?」
学校のすぐ近くにある林の中でした。
入口は草や落ち葉に覆われ、少し離れればそこに地下への出入口があるとはまず気づきません。学校側の入口とはかなり距離があります。
「非常口だったんだろうね」
くるみさんが振り返ります。
「学校からここまで地下で繋がってたんですか」
「そうみたい」
これはかなり大きな発見です。
もし学校がゾンビに包囲され、正門や裏門から外へ出られなくなったとしても、この地下壕を通れば学校の外へ抜けられる。
逆に言えば。
「ここからゾンビ入ってきません?」
「……塞げるようにしておいた方がいいね」
「先にそれをお願いします」
便利な非常口が、ゾンビ専用の裏口になったら笑えません。
♢
探索を終えたあと、私達は武器庫に残されていた白骨死体のことを皆に話しました。誰だったのかも、名前も、どうして一人であそこに残っていたのかも分かりません。分かるのは、遠い昔にあの地下壕で死んだ人だということだけです。
「せめて、お墓を作ってあげませんか」
私がそう言うと、反対する人はいませんでした。結局、その日の午後は九人全員で作業することになりました。骨を一つずつ丁寧に集め、地上へ運びます。長い間そこにあったものなので、崩さないように扱うだけでも時間がかかりました。
墓を作ったのは、学校から少し離れた静かな場所です。穴を掘り、遺骨を納め、土を戻します。墓石の代わりには、近くで見つけた大きめの石を置きました。名前は分からないので、何も刻めません。
全員でその前に立ちます。
「何て言えばいいんでしょうね」
私が呟くと、さおりさんが穏やかに答えました。
「別に難しいこと言わんでもええんちゃう? 静かに眠ってください、それで十分やと思うよ」
「そうですね」
私は墓へ向き直ります。
この人がどんな人だったのか、私達には分かりません。良い人だったのか。悪い人だったのか。何を考えて最後を迎えたのか。
それでも、何十年も暗い地下に一人でいるよりは、ここの方が少しはいいと思います。
「長い間、お疲れさまでした」
それだけ言って、私は頭を下げました。隣では皆もそれぞれ静かに手を合わせています。カヌレさんも今日は何もふざけませんでした。いちごさんも黙ったまま墓を見ています。あずきさんまで、しばらく何も言いませんでした。
♢
こうして、学校地下の探索は終わりました。
見つかったのは、戦時中に造られたらしい防空壕でした。その奥には軍人が生活していたと思われる区画と大量の古い武器があり、さらに学校の外へ繋がる非常口まで残されていました。
武器については、くるみさんが後で状態を確認することになりました。ただし、どれだけ使えるかは分かりませんし、あずきさんには絶対に勝手に撃たないよう念を押してあります。
「そんな信用ないか?」
「ないです」
「即答だな」
「当然です」
地下壕については、崩落の危険がないか確認しながら少しずつ整備することになりました。もし学校が大量のゾンビに囲まれた時には、逃げ道として使えるでしょう。今までずっと暮らしていた学校の下に、そんな場所が眠っていたとは思いもしませんでした。
まだ図面には、今回確認していない細い通路もいくつか残っています。いつか調べることになるかもしれません。
「次の探索も行く?」
こむぎさんに聞かれました。
「嫌です」
「即答!?」
「今回はおばけが出なかったから良かっただけです」
「ほら、やっぱりいなかったじゃん」
「では次はこむぎさんが行ってください」
「それは嫌!」
「なんでですか」
「次は出るかもしれないから!」
「最低ですね」
結局、地下におばけがいるのかどうかは分かりませんでした。少なくとも、今日のところは何も見ていません。
そう思いながら、私は校庭の隅に作った新しい墓を一度だけ振り返りました。風もないのに、その前の草がわずかに揺れたような気がしました。
きっと、気のせいです。