シェルターから出て学校に住み着いた次の日の朝。私は持ってきた比較的高価な布団で目を覚まします。布団から出るとそこは昨日貰った空き教室の一つでした。この学校に住み着いている人たちは各々好きな所で寝ているようで、教室を自由に飾ってもいいとのことでした。
現在この学校に住んでいるのは私を除いて六人らしいです。今日は探検がてら、皆さんに挨拶に行くことにしました。本当は人見知りするタイプの性格なのでそんなことはしたくないのですが、他にやることもないので仕方なく行くことにします。
「しぐれちゃんおはよー!」
第一遭遇者はこむぎさんでした。こむぎさんは私の教室の隣にある音楽室で寝泊まりをしているそうです。好きに騒いでもいいように防音設計の音楽室を選んだらしいのですが、昨晩はピアノの音や歌っている声などが微妙に漏れてきました。それが思ったより上手だったのでいい子守唄となりました。
「おはようございます。こむぎさん。これからどうぞよろしくお願いします」
「おー。よろしくー! あ、一緒に食堂行こー!」
そのまま一緒に食堂に行くことになりました。どうやらこの学校では、なめこさんという方が朝と夜に皆の食事を作っているようです。昨日は間が悪く、会うことが出来なかったのでどんな人か緊張します。
こむぎさんと他愛のない話をしていると食堂に着きました。数百人が座れそうな広い食堂で、一人が食事を摂っていました。見たことのない人だったので近くに話しかけに行きます。
「なめこちゃんおはよー! 今日の朝ご飯何ー?」
こむぎさんが話しかけます。どうやらこの方がなめこさんらしいです。
「おうこむぎ。今日の朝飯はトマト炒飯だぜ」
三白眼ギザ歯のオレンジ色のストレートヘアでジャージに長スカートの不良っぽい方でした。思わずこむぎさんの後ろに隠れてしまいます。
「ん? 何だそのちびっこ……ああ、昨日来たってやつか」
見つかってしまいました。覚悟を決めて自己紹介します。
「し、しぐれと申します。どうぞよろしくお願いします」
「おう。よろしくな。あたしはなめこだ。何だちゃんと挨拶のできるいいやつじゃねーか!」
そう言いながら豪快に笑います。良かった。第一印象では見た目や言葉遣いは悪いけど、豪快なだけでいい人になりました。
「ほら座って朝飯食ってけ! 自分で言うのも何だが美味いぞ!」
隣の椅子をバシバシ叩いて誘っています。
「い、いただきます」
「私もいただきまーす!」
食べたことのないトマト炒飯でしたが、とても美味しかったです。
♢
その後こむぎさんは鶏たちに餌をあげに行くと言っていなくなってしまいました。一人では心細いですが、挨拶回り再開です。
食堂を出て廊下を道なりに歩きます。するとそこには保健室がありました。皆がいそうな場所をなめこさんに事前に教えてもらったので、ここにはあの人がいるはずです。
「し、失礼します」
「あら、しぐれ。おはよう」
そこにいたのは白衣を着たきなこさんでした。黒髪ストレートの美人さんなので白衣がよく似合います。しかしデスクの上には矢をつがえてないクロスボウが場違いな感じに置いてありました。
「今日はどうしたのかしら」
一日一緒にいて、私に対してだけ吃る癖は治ったようです。身内判定した瞬間饒舌になるタイプの人でしょう。私とある意味似ているかもしれません。
「ええと。これからお世話になることですし、挨拶回りをと」
「あら。いい心がけじゃない」
そう言って微笑みます。このままならただの美人さんなのですが。
「じゃ、じゃあついでに健康診断でもしてく? 服を脱いで頂戴」
「しません。しません」
きなこさんのロリコン癖がでます。残念な美人というやつです。
「そんなことよりこれからよろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いね……ところで健康診断」
「しません」
「身長、いや体重だけでも」
保健室から出ます。本当にあの癖さえなければ尊敬できる人なのですが。
保健室を出てすぐの廊下を曲がったところでした。
「あれ? 新しい人?」
そこにいたのは私とおんなじくらいの身長、それにしてはつなぎをはち切れんばかりの大きな胸を持つ少女でした。髪型は黒髪を後ろで一つ結びにしています。
「えーっと……その胸と身長はくるみさんですか?」
「失礼だな君は。まあそうだよ。僕がくるみだよ」
「すみません。『胸があるのが解釈違い』と昨日きなこさんが言っていたのが印象的だったもので」
「あの野郎」
くるみさんがぐぬぬという顔をしています。私としては同い年と会話しているみたいで気楽です。本人としては身体の特徴はデリケートな話題らしいので、これからはあまり言わないほうが良さそうです。
「きなこちゃんを叱るのはあとにして、こむぎちゃんがどこにいるか知らないかい? 僕のケイちゃん一号をボロボロにしたことが未だに許せなくてね。説教をしたいんだけど」
「ケイちゃん一号?」
「ああ、軽トラックのことさ。僕が整備してるんだ」
「だっ……いえ。なんでもありません」
危ない危ない。思わずダサいと言うところでした。話を聞くと普段はガレージに籠もって車の整備をしているらしいです。昨日会わなかったのは一晩掛けて車の修理をしていたとか。この学校の足担当ですね。
「こむぎさんなら鶏たちに餌をあげるとか言ってましたよ」
「助かるよ。こむぎちゃんは自由人だからどこにいるかわからないんだ」
こむぎさんを生贄に捧げて会話を打ち切ります。けっして昨日のやらかしを思い出してムカついたからというわけではありません。ゾンビの血肉まみれになったことや、ガラス片を浴びせさせられそうになったことを恨んでるわけではありません。ただこむぎさんは説教を受けるべきだと思っただけです。
「では。これからよろしくお願いします」
「うん。よろしく」
そう言ってくるみさんと別れます。また一人になりました。さて次はあずきさんかもう一人ですが、あずきさんは校舎を囲むフェンスの見回りが多いそうなので最後にしましょう。そうと決まれば屋上に向かいます。
♢
屋上にようやくたどり着きました。貧弱もやしの身としては四階分の階段を登るだけで重労働です。深呼吸して荒い呼吸を抑えようとします。
「大丈夫?」
突然話しかけられました。横を向くとそこには制服にエプロンをつけたこれまた美人さんがいました。長い茶色の髪にゆるふわなパーマをかけた胸の大きい女性でした。
ゾンビパンデミックが起きてから今まで遭遇した人たち全員が美人か美少女で、顔立ちの整った方ばかりです。非常にルッキズムを感じます。きっとこのゲームは日本産のゲームでしょう。ということは私も美少女扱いされているというわけです。心のなかで胸を張ります。
「大丈夫です。ただ階段がきつかっただけですので」
「さよか? そんなら良かったわぁ」
女性が微笑みます。うお美人。
「昨日はこむぎちゃんの服を縫い直していたので会えんかったね。うちはさおりと言います。どうぞこれからよろしゅうなぁ」
「あ、はいよろしくお願いします」
多分関西圏訛りのさおりさんがお辞儀をします。私も慌ててお辞儀をします。というか昨日会えなかった原因こむぎさんばかりです。やっぱり説教を受けるべきだと思いました。
「うちは荒事には向いてへん。せやからこの学校の掃除とか洗濯をやっとるよー」
「そうなんですか。縁の下の力持ちってやつですね」
「そう言ってくれるとむっちゃ嬉しいわー」
そう言って抱き寄せて頭を撫でてくれました。うおでっか。いい匂い。
「えへへ。今、皆さんに挨拶回りをしてたところなんですが、あずきさんはやっぱり校舎外ですかね」
「せやろなー。毎朝フェンスに張り付いとるゾンビを片付けとるよー」
さおりさんの胸を離れるのは名残惜しいですが、あずきさんに会いに行くことにします。
「気を付けてなー。あずきちゃん子どもでも容赦なく手伝わせるかも知れんからー」
「わかりました。気をつけます」
♢
どうしてこうなったのでしょう。
「しぐれ。その槍であの有刺鉄線に引っかかってるゾンビを殺せ」
私の手には穂先が血まみれの槍。眼の前には有刺鉄線に引っかかって身動きが取れないゾンビが一匹。
「こむぎが言ってたぞ。しぐれが挨拶回りをしているって。だから一匹だけ残して待ってた」
こむぎぃ。どこまで私に試練を押し付けるのですか。
「わ、私は荒事は向いてないと」
「何も荒事に出ろと言うわけじゃない。この世界で生きるためにゾンビを殺す覚悟が必要だ」
ぐうの音も出ないほどの正論です。私だけが血で汚れずぬくぬくと生活するわけにも行きません。
「ゾンビは永遠の飢餓と痛みに苦しんでいる。それを開放してやると思え」
あずきさんがそう言います。そう考えると目の前のゾンビが哀れに感じました。
「……わかりました。苦しまずに一撃で殺せる箇所はどこですか」
「ゾンビはだいたい口を開けているだろう。口から脳幹を狙って突き刺せ。心臓は動いてないから刺しても意味がない」
私は覚悟を決めて槍をギュッと握ります。
「中途半端に情を持つなよ。苦しませるだけだ」
私は勢いよく槍を突き立てました。嫌な感触がしました。穂先が鋭かったのか、あっさりと脳を貫通して後頭部から飛び出しました。動かなくなったゾンビを見て槍を引き抜きます。
「よくやった。これでいつでも仲間たちを守れる」
そう言ってあずきさんは頭を撫でてくれました。この世界がゲームであっても私達には現実なんだ。そう思わせる結果でした。
♢
校庭をとぼとぼと歩いていると、説教されているこむぎさんと説教しているくるみさんがいました。こむぎさんはスカートなのに砂の地面に正座しているのでとても痛そうです。
「反省してる?」
「してる!」
「昨日何を反省した?」
「……どれのこと?」
「全部だよ!」
いつものノリで怒られているこむぎさんを見て、私は少しだけ救われた気がしました。助け舟を出してやってもいいかもしれません。
「……まあまあ。こむぎさんも反省してることですし」
「む。しぐれちゃんがそういうのなら仕方がない。今日の説教終わり!」
「やったー! ありがとうしぐれちゃん!」
こむぎさんが抱きついてきます。人肌恋しさに思わず抱きしめ返します。
「どうしたのー? しぐれちゃん」
先ほどあったことをこむぎさんとくるみさんに伝えます。こむぎさんは「こんな小さな子でも容赦ないなー。でも必要なことだしなー」と悩み、くるみさんは「あはは……」と苦笑しています。
「僕のときも似たようなことをしたよ。スパルタだなぁ」
「ほらしぐれちゃん! 切り替えて切り替えて! そうだ! 私達でドライブしに行こう!」
こむぎさんに引っ張られてガレージへと向かいます。心配そうにくるみさんもついてきます。もっとも心配なのは車に関してでしょうが。
「ゾンビたちを思いっきり跳ね飛ばせば暗い気分なんて晴れちゃうよ!」
「サイコパスか君は!?」
二人の漫才を見て思わず吹き出してしまいました。
さっきまで胸の奥にあった重苦しさが、少しだけ軽くなった気がしました。