午後一時現在、軽トラックに乗って町の中央部に向かっています。
運転席にはくるみさん。助手席にはなめこさん。荷台に私ときなこさん、こむぎさんという布陣です。直接的なセクハラは減りましたけど、相変わらずきなこさんとの距離が近いです。私のことを庇護対象とでも思っているのでしょうか。
「宝石店にもうすぐ着くよ」
くるみさんが言います。まずは宝石店を漁ることに決定しました。先に盗まれている可能性が高そうですが、一番近かったので先に覗いていこうということです。
数分もせずに宝石店に着きました。宝石店は金属製のシャッターが降ろされていましたが、何者かに切断されていました。これは先客がいたようです。
「なめこちゃん。先行よろしく」
「おう。任せとけ」
なめこさんが切断された箇所から侵入します。その後ろをくるみさん、きなこさん、私、こむぎさんの順番で侵入していきます。全員服につけるタイプのライトを持っているので暗い店内でも安心です。
「駄目だなこりゃ。ほぼ持っていかれちまってる」
なめこさんが辺りを照らしながらそう言います。
中にはゾンビこそいないものの、店内は大荒れでした。展示ケースが軒並み割られて中身が持ち去られています。恐らくゾンビパンデミック初期段階で持っていかれたのでしょう。埃が積もってますが先客たちの足跡はありません。
「割れたガラスに注意して」
きなこさんが言います。靴はスニーカーなので尖ったガラスがあったら靴を貫通して足の裏に刺さりそうです。慎重に歩きます。
その後、バックヤードまで調べてみましたが見つかったのはダイヤの付いたプラチナの指輪一つだけでした。もっとありそうなものだと思っていましたが、とんだハズレでした。先客はどれだけ細かくチェックしていったのでしょうか。きっとかなり粘着質な性格なんだと思います。
「これでいくらくらいかな?」
指輪を見つけたこむぎさんが自分の薬指にはめて言います。
「安めに見積もろう。十万円くらいで」
「そうね。高く見積もるよりかは安全だわ」
くるみさんときなこさんが言います。私もそこまで高い指輪ではないと思います。
「車に戻ろう」
皆と車に戻ります。そこで次の行き先を決めます。
「大手の店はダメそうだね。小さい店を狙おう」
「なんか言ってることとやってることが闇バイトみたい!」
「否定できないわね」
くるみさんの発言にこむぎさんがとんでもないことを言います。たしかにきなこさんの言う通り否定できません。くるみさんも良心が痛むのか「うぐ」と漏らします。
「なあちょっといいか?」
なめこさんが手を上げます。
「パチンコ店はどうだ?」
「? パチンコ店がどうしたの?」
「いや、パチンコ店には現金化するために金とか銀の景品を置いてあるんだ。それを売れねえかなと思って」
「ああ。三店方式というやつね。たしかに盲点だわ。それにしても詳しいわね。なめこ」
「先輩が言ってたんだよ! あたしが行ったわけじゃねえ!」
なめこさんが慌てて否定します。どうでしょうか。ヤンキーみたいなジャージを着てなめこさんがパチンコ打っている姿。簡単に想像できてしまいました。見た目っていうものはとても重要なものです。偏見でしょうか。
「じゃあ近所の店に向かってみるね」
くるみさんはそう言って車を動かします。そのまま来た道を少し戻りました。中規模くらいのパチンコ店がありました。駐車場には何故か店の入口前で並んでいるゾンビたちがいました。
「何をしているんだい? このゾンビたちは?」
「開店待ちしてんだろ。生前の記憶が少しはあるみてえだな」
くるみさんとなめこさんが言います。死してなおパチンコ店に魂を囚われているゾンビは見ていてとても不憫でした。
ゾンビのいない裏口から私達は入店します。どうやらここは事務所のようです。
「金庫が手付かずであるね」
くるみさんがそう言って金庫を指差します。
「それの中は現金じゃねえの? 特殊景品はカウンターにあるって聞いたぜ」
なめこさんが言います。
「金庫から補充している可能性もなくはないわ」
きなこさんが言います。
「とりあえず開けられるか試してみようか。こむぎちゃんバールで開くか試してみて」
「はーい」
こむぎさんがテコの原理で金庫をこじ開けようとします。
「ふぎぎぎぎ……!」
流石に金庫はテコの原理では開かなそうです。というかこむぎさんは乙女がしてはいけない顔をしています。目を大きく見開いて歯を食いしばり、顔を真っ赤にしています。なんだか見てはいけないものを見ている感じです。
「やっぱりダメそうだね。これは防盗金庫と言って特殊な金庫だからテコの原理でも開かないと思うよ」
「うがー! じゃあ初めからやらせないでよ!?」
こむぎさんが怒りでバールを地面に叩きつけて言います。
「ごめんごめん。いけるかどうか試してみたんだ。この金庫じゃケイちゃん一号に積んである発電機と電ノコでも数時間はかかるから諦めたほうがいいね。夜になっちゃうよ」
「そんなに頑丈なんですか」
私は驚きます。こんな小さな金庫ですら数時間かかるとは。電動工具はもっと万能なものだと思っていましたけどそうではなさそうです。
「じゃあカウンターを見ようぜ」
そう言ってなめこさんが店舗内の方に移動しました。私達も後に続きます。
パチンコ店のホール部分にはパチンコ台やスロットが大量に並んでいました。点々とゾンビがいましたが、全員席に着席して台の方を見ています。動いていない台をひたすらずっと打ち続けています。何故だかとても悲しい気持ちになりました。
「カウンターにあるって聞いたけど」
なめこさんがカウンターの上を探します。お菓子やライター、缶ジュースがいくつか残っているだけでした。
「カウンターテーブルの下のこの機械が多分そうかな。こむぎちゃんお願い」
「またー?」
くるみさんの言葉にこむぎさんが嫌そうに言います。
渋々バールを突き立てます。思ったより簡単に外装が剥がれました。この機械は盗難対策がそこまで厳重ではなさそうです。
「これなら開けられそうだ。なめこちゃん。ケイちゃん一号から発電機と電ノコ取ってくるよ。護衛よろしく」
「うーい」
そう言ってくるみさんとなめこさんは事務所経由で出ていきました。その間私達はカウンターに並んでいるお菓子やジュースを堪能します。久々のジュースはとても美味しかったですが、冷えていたらもっと良かったです。
数分もせずに戻ってきたくるみさんとなめこさんの二人は機械の前に発電機と電ノコを設置します。
「発電機を起動するよ。ゾンビがどう動くか見ておいて」
くるみさんがそう言って発電機を起動しました。発電機が物凄い騒音を立てます。全員が戦闘態勢に入って警戒します。
しかしゾンビたちはその音を全く気にせず、台から視線を外しません。私はゾンビでさえここまで中毒にさせるパチンコが恐ろしいと思いました。将来ゾンビパンデミックがもしも終わっても、大人になってもパチンコ店には絶対行かないと心に誓いました。
「それじゃ電ノコ使うよ。大丈夫だと思うけど周り見てて」
そう言ってくるみさんが安全グラスをつけ、電ノコで機械を破壊し始めます。ゾンビたちはもちろん反応しません。
すぐに機械の開放に成功しました。中にはカードサイズの特殊景品というものが大量に入っていました。どうやら今回は当たりのようです。数百枚の特殊景品を金額ごとに詰めていきます。
「これでいくらくらいになったの?」
こむぎさんが尋ねます。くるみさんがスマホの電卓で計算します。
「えーっと。額面通りなら大体百五十万円くらいかな。あと百四十万円位でノルマ達成だよ」
「すごーい! パチンコ店って儲かるんだね!」
「これは犯罪だってことは一応忘れないでね」
こむぎさんが興奮した様子で言います。くるみさんがそれを嗜めています。
「そういえば煙草とかも売れるって言ってたな」
なめこさんがカウンターの隅々を探します。戸棚から煙草がカートンで大量に出てきました。それをカウンターに並べます。
「えーっと。煙草が一箱五百円と考えてカートンで五千円。それが三十カートンあるからこれで大体十五万円だな」
カートンの煙草をカウンターに合ったビニール袋に詰めていきます。どうして煙草がある場所がわかったのでしょうか。
「あなたパチンコ店に詳しすぎない? やっぱり通ってるんじゃないの?」
「先輩から聞いたって言ってんだろ! 私はやってねえ!」
なめこさんはあくまでも否定します。正直疑わしいです。
「ここはもういいね。外に出よ――」
突然、入口からゾンビがなだれ込んできました。外で並んでいたゾンビたちが入ってきたようです。全員が戦闘態勢に入ります。が。
「台を取り合ってるわね……」
きなこさんが呆れた様子で言います。
外からなだれ込んできたゾンビは我先にと席に座っていきます。席を取り合って殴り合いを始めたゾンビまでいました。彼らは一体何をしているのでしょう。考えるのも馬鹿臭くなってきました。
私達は戦利品と機材を持って裏口から退店します。駐車場にいたゾンビたちは綺麗さっぱりいなくなっていました。皆店の中に入っていったのでしょう。戦利品と機材を軽トラックに積み込みます。その後私達も乗り込みます。
「今日はここまでにしようか。あと六日もあるし」
そう言ってくるみさんは車のエンジンを掛けます。
「なんか思ったより簡単に集まりそうだね!」
「そうね。パチンコ店がノーマークで助かったわ。なめこ。あなたの手柄よ」
「なんか嬉しくねえ……」
なめこさんが微妙そうな表情で呟きました。
♢
あの後六日間掛けて貴金属店、宝石店、パチンコ店、中古買取店を回り、数千万円分の貴重品を手に入れました。これならしばらくはトレードだけで暮らせていけそうです。
約束の日のお昼。校門の前に荷物をまとめて待っていると、学校の前に一台の大型トラックが止まりました。中から覆面を被った男の人たちが数人出てきます。全員が大きな銃で武装していました。学校の皆に緊張が走ります。
その時。トラックの助手席からスレンダーな女性が出てきました。黒髪で癖っ毛を肩まで伸ばしている女性です。腰には拳銃を差していました。
「みなさんこんにちは。おみつです。気になって来ちゃいました」
女性はそう言って会釈します。どうやらこの方が電話の主みたいです。想像の姿と全く違いました。思ったより怖そうには見えません。
「やあ。くるみだよ」
そう言ってくるみさんが前に出ます。私と同じくらい小さいのにどこにそんな度胸があるのでしょうか。二人が「どうもどうも」と握手しています。
「……正直予想以上の結果です。一人の犠牲も出さないでここまで集めるとは」
おみつさんが感嘆しています。事前に人数も把握されていたのでしょう。
「そりゃリスポーンするからね。といっても今回は誰も死ななかったけど」
「リスポーン? 一体何の話をしているのでしょうか?」
くるみさんの言葉におみつさんが首を傾げています。
「リスポーンを知らない? ということはそちらも犠牲者が出たことはないのかい?」
「……リスポーンというのは知りませんが、こちらは普通に犠牲者が出ていますよ」
おみつさんは不思議そうな顔のまま答えました。
その場の空気が止まります。
「え……?」
くるみさんが目を丸くしました。
「普通に死んでいます。輸送中に襲われた者もいますし、物資集めの最中に帰ってこなかった者もいます。だからこそ、あなた達が全員揃っていることに驚いたんですよ」
「……」
くるみさんは黙り込みます。私も言葉が出ませんでした。
私たちにとって『リスポーン』は当たり前の常識でした。死んでもすぐに学校で目を覚ます。それがこの世界のルールだと信じていました。
でも、この人たちは違う。本当に死んだら、それで終わり。だからこそおみつさんは私たちを見て驚いていたのです。
「……なるほど」
くるみさんは静かに息を吐きました。
「じゃあ認識が違っていたみたいだね」
「そのようですね」
おみつさんは苦笑します。
「だからこそ、あなた達は思った以上に優秀なのでしょう」
その言葉に、皆が複雑そうな表情を浮かべました。とくにくるみさんは今まで十回以上死んでいるのでなんとも言えない表情を浮かべています。
「それじゃあ査定を始めましょう」
おみつさんが部下へ合図を送ります。覆面の男の人たちは手際よく宝石や腕時計、特殊景品を確認し、メモを取っていきます。
「問題ありません」
男の人の一人が頷きました。
「それは良かった。約束通り、こちらが交換品です」
トラックの荷台から大量の段ボールが降ろされます。浄水フィルター。米。缶詰。
小麦粉。野菜の種。約束した物資が次々と校門前へ積み上げられていきました。
「これで取引成立です」
おみつさんが笑顔で手を差し出します。
「ありがとう。また機会があればよろしく」
くるみさんも笑顔でその手を握りました。
「こちらこそ。次回もよろしくお願いいたします」
大型トラックはゆっくりと学校を離れていきます。荷台が見えなくなるまで、私たちは黙って見送っていました。
しばらくして。
「ねえ」
くるみさんがぽつりと言いました。
「今ので一つ分かったことがあるよ」
「何?」
こむぎさんが首を傾げます。
「おみつさん達は、プレイヤーじゃない」
「……え?」
「リスポーンを知らなかった。死んだら終わりという前提で生きていた。それに、ゲームの仕組みにも何一つ触れなかった」
言われてみれば、その通りです。私たちなら『イベント』『ダンジョン』『ボス』といったゲームっぽい話が自然に出ます。でも、おみつさんは一度もそんな言葉を使いませんでした。
「つまり」
くるみさんは少しだけ笑います。
「今回の交易イベントは、プレイヤー向けのNPCイベントだったってことだね」
その言葉に全員が顔を見合わせました。
「このゲームって、思ったより作り込まれてるんだね……」
こむぎさんが感心したようにつぶやきます。
私は校門の外を見つめました。プレイヤーだけではない世界。
それは、このゲームが私の想像よりずっと広い世界なのかもしれない。そう思わせる出来事でした。