「畑を作りましょう」
作戦会議室兼校長室。私は皆にそう言いました。
「真夏に蒔ける野菜なんてあるのかい?」
くるみさんが暑そうに言います。胸のはだけがいつもより多い気がします。私と同じくらいの身長なのにこの胸の差はなんでしょう。うぎぎ。
「種の説明を読みました。小松菜、ラディッシュ、人参などが東北地方の夏でも蒔ける種だそうです」
私はそう言って種の袋をテーブルの上に置きます。
「ふむ。今のところ食料には困っていないが、ノウハウを覚えることは大切なことだな」
「そうね。暑いけどこればっかりはしょうがないわ」
「せやねー。うちも賛成やわぁ」
「あたしも賛成だぜ。飯のレパートリーが増える」
皆が私の提案に賛成してくれます。ちょっとだけ嬉しいです。
「えー……この太陽の下で畑作るのー?」
いつもの制服と違ってTシャツとハーフパンツのこむぎさんがうちわで扇ぎながら言います。唯一の反対意見です。これは論破しなければいけません。
「私だって嫌ですが、身体が新鮮な野菜を求めているのです。仕方ないのです」
反対意見は認めません。今の私は絶対王政の王様です。
「それならホームセンターに行かないといけないね。学校の土は踏み固められていて農業に向いてないよ」
「そうですね。美味しい野菜には土と水と肥料が必須です」
くるみさんの意見に同意します。学校の踏み固められた地面じゃ野菜は育ちません。ホームセンターから土と肥料を持ってくる必要があります。
「しぐれ。いきなり大規模にやろうとしてないわよね」
「やろうとしていますが」
きなこさんの言葉にそう返事をします。目指せ、大農園です。
「だめよ。まずはある程度の広さでやりましょう。私達は農業を知らないもの」
きなこさんが諭すように言います。
「うぐ。確かにそうですね」
新鮮な野菜が食べた過ぎて気持ちが先行してしまいました。反省。
「プールの横あたりが陽当り良いぜ」
なめこさんが言います。
「ではプールの横辺りに畑を作りましょう。まず校庭を掘り返してホームセンターの土と混ぜる必要がありそうですね」
「えー……きつそう。やだなー」
こむぎさんが文句を言っていますが無視します。それでもこむぎさんは喋り続けます。
「しぐれちゃーん。だいたい野菜なんて食べなくても生きていけるんだよ。肉を食べようよ肉を」
「私はお肉より野菜が好きです」
「だからそんなにガリガリ肋骨洗濯板貧乳なんだよ」
「言い過ぎでは?」
なんですかガリガリ肋骨洗濯板貧乳って。言い過ぎでしょう。泣きますよ。
「二人ともそこまで。どのみち農業はやるつもりだったんだし、こむぎちゃんも協力してよ」
「……はーい」
こむぎさんが渋々返事をします。初めからそうしてればいいのです。
「じゃあホームセンターに行こうか。今回は荷物を大量に運ぶからあずきも来て頂戴。土や肥料は重いからね」
「わかった。居残り組はどうする?」
「遠距離武器組のきなこちゃんとさおりで」
「わかったわ」
「わかったわぁ」
きなこさんとさおりさんが返事をします。同じ言葉なのに訛りがあるとこんなにも印象が違うんですね。さおりさんの方が言葉が柔らかい印象になります。
ところで今回も私は外出組なんですね。ええ、知ってました。まあ期待されていると思っておきましょう。
♢
初めて学校メンバーと行動を取った時ぶりにホームセンターに来ました。布団を持っていくためだけにあれだけ大暴れした所為なのか、ゾンビの数はまばらでした。
ふと、気づいたことがあります。前来たときに倒したゾンビが消えています。ゲームの世界だからでしょうか。それとも共食いでもしているのでしょうか。
そういえば学校の周りのゾンビの死体も消えたりしていました。今まで気にしていませんでしたが、時間経過などで消えるのでしょうか。謎は深まるばかりです。
「まずゾンビを殲滅して安全を確保するぞ」
そう言ってあずきさんはスレッジハンマーを持ちます。そのまま一人で走っていってしまいました。しばらく遠征していなかったので興奮しているのでしょうか。まああずきさんは一人でも大丈夫でしょう。何せ暴力の化身ですし。
「よっしゃあ! サクッと片付けちまおうぜ!」
「そうだね」
なめこさんとくるみさんのコンビも前進を始めます。ということは。
「よーし! 行くよしぐれちゃん!」
「はい」
やっぱり私はこむぎさんとのコンビなんですね。ガリガリ肋骨洗濯板貧乳と言ったのは忘れていませんよ。後ろには気をつけることですね――といっても何もする気はありませんが。
ゾンビのお片付けを開始して三十分程度で終わってしまいました。数が少なかったとはいえ、当然のように怪我人ゼロです。リスポーンの恩恵があるとはいえ強すぎないでしょうか学校の皆。ひょっとしたらこの世界には経験値や戦闘能力の概念が存在するのかもしれません。だとしたら私も強くなっているのかもしれません。
このままゾンビがただの舞台装置になってしまうのでしょうか。アメリカのゾンビドラマがそんな感じでした。このゲームがそこまで甘いとは思えません。
「しぐれちゃん。作業始めるよー」
「あ、はい」
いけないいけない。考え事に夢中になってしまいました。
皆で協力して物資を運び出します。農具、土、肥料。メモを読みながら必要なものを選別して運びます。メモはさおりさんが書いてくれました。家で家庭菜園をしていたようで、ある程度農業について知っているようです。他に詳しい人がいないので助かります。
「あ、しぐれちゃんここ見て」
「なんですか――って野菜の種のコーナー余りまくっているじゃないですか!」
素直にショックです。高いお金を出して種を買ったのに、ここではただで取り放題でした。しかも種類が豊富で、向こうにない種もありました。流石地方のホームセンターです。全部持って帰ります。
「ねーみんな! 今ならあずきちゃんがいるから重い家具や家電持っていけるんじゃない!?」
そう言ってこむぎさんが乾燥機能付きドラム式洗濯機を指さします。布団を取りに行ったときに持って帰りたがってたあれです。
「おい。今は農作業用の物資を取りに来たんだぞ」
「でもこの洗濯機があればさおりちゃんが喜ぶよ?」
「……わかった。さおりには苦労させているからな」
こむぎさんの言葉にあずきさんが一撃で折れました。私もさおりさんのためなら仕方がないと思います。必要な経費です。
「あはは。じゃあ何回も往復する必要があるね。こりゃ大変だ」
そう言ってくるみさんが苦笑しています。学校の中で一番の苦労人はくるみさんだなと思いました。
♢
何往復もして荷物を運び終わったのは二時間後でした。みんなくたくたです。
「ねーもう疲れたんだけどー」
こむぎさんが昇降口で大の字になりながら言います。
「そうか? 私はまだまだ大丈夫だが」
あずきさんがドラム式洗濯機を台車に乗せて運びながら言います。元気すぎます。
「あはは……たしかに今日畑を作るのは厳しいかな。陽が出て暑すぎる」
「確かに今日はやめといた方が良さそうです……」
くるみさんの言葉に同意します。流石に今日は暑すぎます。皆ぐったりしています。エアコンの効いた部屋でゆっくりしたいです。
自分の部屋(教室)にもエアコンがありますが、発電機の燃料の面から必要な場所と必要な時間でしか稼働できません。職員室は避難所として常にエアコンをつけているので昼間は大抵皆がそこに集まっています。ちょっとした談話室代わりです。中には職員室で寝泊まりしている人もいます。この暑さなら私も職員室で寝たほうがいいかもしれません。
「そうね。この暑さじゃ熱中症になるわ。だから早朝に作業することをおすすめするわ」
きなこさんがなめこさんに水を渡しながら言います。あ、私にも水ください。
「せやなぁ。そんなら明日の朝、皆で早起きしてからやろかぁ」
「わかった」
「さんせーい」
皆口々に賛成意見が出て、今日はここで自由行動となりました。皆が職員室に向かって歩き始めました。プライベートも何もありませんね。この暮らし。
♢
次の日の早朝。職員室で目を覚ました私は、隣にまで転がってきたこむぎさんを叩き起こします。今日は朝からやることがいっぱいあります。
「起きてください皆さん」
皆がのそのそと起き始めます。結局七人全員が職員室で一夜を明かしたようです。
「んー……あと五分……」
「駄目です。畑が待っています」
「畑は逃げないよー」
「逃げます」
「逃げるの!?」
こむぎさんが布団代わりにしていた毛布から顔だけ出して抗議します。朝から元気ですね。私は少し呆れながらも、身支度を始めます。
顔を洗い、歯を磨き、長い銀髪を整えます。こんな状況でも身だしなみは大切です。文明が滅びたからといって人間まで野生動物になる必要はありません。人間様は知的生命体なのです。
「しぐれちゃん。朝から真面目だねぇ」
こむぎさんが髪をぼさぼさにしたまま言います。
「こむぎさんも少しは見習ってください」
「私は自然体を大事にしてるの」
「ただ寝起きなだけでは?」
「しぐれちゃん辛辣!」
そんなやり取りをしていると、なめこさんが職員室の隅から声をかけてきました。
「おーい。朝飯できたぞ」
「え?」
見ると、なめこさんが簡単な朝食を並べています。缶詰の肉、保存食の乾パン、そして少し温めたスープ。
「いつの間に作ったんですか?」
「早起きしてたからな。腹減った状態で土掘りなんてできねえだろ」
「なめこちゃんってこういうところは女子力高いよねー」
「こういうところはってなんだよ」
「普段の言動?」
「喧嘩売ってんのか?」
こむぎさんとなめこさんがいつものように言い合っています。ですが、確かに助かります。朝から体を動かすなら食事は必要です。
「いただきます」
全員で手を合わせます。やはり温かい食事は、それだけで少し幸せな気分になりました。
食事を終えると、いよいよ畑作りの開始です。
♢
場所は昨日決めたプール横の空きスペース。陽当り良好です。
まずは固まった地面を掘り返します。
「これは……思ったより大変ですね」
スコップを土に突き刺しながら呟きます。学校の敷地というだけあって、長年踏み固められた地面は想像以上に硬いです。
「農業って大変なんだねー」
こむぎさんが汗を拭きながら言います。
「ゲームだと種を植えたら次の日には収穫できるのに」
「ゲームと現実を一緒にしないでください」
「でもこの世界、リスポーンとかあるよ?」
「それは……」
反論できません。確かに普通の現実とは違います。ですが、畑までゲーム仕様とは限りません。というか一日で収穫できたら農家さんが破産します。
「考察は後にして手を動かせ」
あずきさんがスコップを振るいながら言います。この人だけ明らかに作業速度がおかしいです。
「なんでそんなに掘るのが早いんですか……」
「筋力だ」
「万能すぎません?」
あずきさんの答えはいつも単純です。しかし実際、作業量を見ると納得するしかありません。筋力イズ正義。
数時間かけて地面を掘り返した後、ホームセンターから持ってきた培養土を混ぜていきます。フカフカの土です。
「土を柔らかくして、畝状にして水はけを良くするんや」
さおりさんが説明しながら指示を出します。
「肥料は入れすぎても駄目やからねぇ。野菜さんにも食べやすい量ってものがあるんよ」
「野菜にも食べ過ぎはあるんですね」
「何でも過剰は良くないってことやねぇ」
さおりさんは家庭菜園経験者というだけあって、頼りになります。普段は穏やかですが、畑の話になると急に先生みたいになります。こんな先生がいたら男子が放って置かないでしょう。
「さおりちゃん、農業モードになると別人だね」
「そう?」
「なんか学校の先生みたい」
「うち一応高校生なんやけどなぁ」
「そこが一番びっくりです」
私は思わず口に出してしまいました。どう見ても近所の優しいお姉さんです。
土作りが終わると、次はいよいよ種まきです。
「これは間隔を空けて植えるんよ」
さおりさんが種の袋を確認しながら説明します。
「近すぎると栄養を取り合って大きく育たへんからねぇ」
「つまり野菜にも縄張りがあるんですね」
「そういうこと……なんかなぁ?」
さおりさんが困った顔をします。少し変な例えだったようです。
ラディッシュ、小松菜、人参。それぞれ適した場所に種を蒔いていきます。小さな種を土に埋めるだけの作業ですが、不思議と達成感があります。
数ヶ月前なら考えもしませんでした。ゾンビだらけの世界で、自分達が畑を作るなんて。野菜は買うものとしか思っていませんでした。
「ちゃんと育つかな」
くるみさんが畑を眺めながら言います。
「育てます」
私は即答します。
「絶対に収穫してみせます」
食べ物があること。それは生き残る上でとても大切なことです。缶詰や保存食だけではなく、自分達で食料を作れる。その一歩目です。
そして数時間後。
「完成ー!」
お昼前。
私達の小さな畑が完成しました。広さはまだ大きくありません。ですが、私達にとっては確実に大きな一歩です。
「疲れた……」
こむぎさんが地面に座り込みます。皆、土だらけです。
「もう駄目。私は今日一日分働いた」
「まだ昼前ですよ」
「人生で一番働いた午前中だったよ」
「普段どれだけ働いてないんですか」
呆れながらも、少し笑ってしまいます。皆も疲れているはずなのに、どこか満足そうな顔をしています。
小さな畑。小さな種。でも、ここから先の未来につながるものです。
「さて」
くるみさんが立ち上がります。
「後はちゃんと水をやって、成長を見守るだけだね」
「楽しみですね」
私は完成したばかりの畑を眺めます。
この世界で初めて、自分達の手で作ったもの。どうか無事に育ってほしい。そう願いました。
♢
それから数日間。私達の生活に新しい日課が増えました。
朝起きたら畑を確認することです。水をあげすぎてはいけない。雑草は早めに抜く。土の状態を見る。
今まで食べることしか考えていなかった野菜という存在が、実際にはとても手間のかかるものだと知りました。
「農家さんって大変だったんですね」
私は畑を眺めながら呟きます。
「そうやねぇ。毎日見てあげんと、野菜さんも拗ねるからねぇ」
さおりさんはそう言いながら、優しく土を確認しています。最近のさおりさんは、暇があると畑にいます。水やりをしたり、雑草を抜いたり、葉の状態を確認したり。
銃を持って戦う姿よりも、こうして土を触っている姿の方がずっと似合っている気がしました。
そして。畑を作ってから数日後の朝。
私はいつものように食堂で朝食を食べていました。
「しぐれちゃん!」
突然、こむぎさんが勢いよく扉を開けて入ってきました。
「どうしましたか?」
「大変!」
「ゾンビですか?」
「違う!」
珍しく真剣な顔をしているので、私は少し身構えます。しかし。
「芽が出た!」
「……芽?」
「畑! 畑の野菜!」
こむぎさんが興奮した様子で言います。
「さおりちゃんが朝見に行ったら、小さい芽が出てたんだって!」
「本当ですか?」
私は思わず立ち上がります。急いで畑へ向かいました。
♢
畑には、すでに皆が集まっていました。
そして。
「ほら、ここやねぇ」
さおりさんが指を差します。そこには。本当に小さな緑色の芽がありました。
数センチにも満たない、小さな芽。ですが、確かにそこに存在しています。
「すごい……」
思わず声が漏れます。昨日までただの土だった場所から、新しい命が生まれています。生命の神秘です。
「ちゃんと育ってるね」
くるみさんが嬉しそうに言います。
「これが大きくなったら食べられるんだよね!?」
こむぎさんが目を輝かせています。
「そこしか見てないんですか?」
「大事なことじゃん!」
否定できません。食べるために育てているのですから。
「まだまだ先やけどねぇ。ちゃんと世話してあげんと」
さおりさんが優しく言います。
「水やり、雑草取り、虫対策。これからが大事やね」
「虫対策……」
私は少し不安になります。ゾンビには慣れてきましたが、虫という存在は別方向の恐怖があります。あれはコズミック的な恐怖です。あの生物たちは宇宙から来た生命体に違い有りません。
「しぐれちゃん、もしかして虫苦手?」
「……できれば触りたくありません」
「ゾンビとは戦えるのに?」
「ゾンビと虫は別ジャンルです」
私の返答に、皆が笑います。小さな芽を囲んで、私達はしばらく畑を眺めていました。