現状を現状のままに打開する策をまったく思い付けない。
【デモンベイン】作中に登場した“アル・アジフ”の先代主たちの応用術式が使えるためか、彼らの戦闘知識も幾らかは頭にある。だが、それはただ知っているだけであり、知識に対して意識も身体も追従が出来ない。個々の状況に対する選択肢は幾つも在るのに、最適な選択肢がわからないのだ。また、なまじ最適解を選択しても今度は身体がそれに追い付けない。
だが、そんな己の拙さは初めから理解し承知していた事でもある。
スザクが一年間に渡る訓練で“皇帝特権”を使いこなし、詳細すらわかっていないスノーフィールドの魔術を擬似的にとは言え再現出来ているように、未だ姿を見せない他の転生者が能力を使いこなせている可能性は常に考えてあった。
スザクの“皇帝特権”を例に挙げれば、【Fate/extra】に於いて赤いセイバーはステータス的にセイバー――剣の英霊たる適正を備えていないにも関わらず、己には最高のクラスであるセイバーこしが相応しいなんて理由で、“スキル”を得る“皇帝特権”で無理矢理にクラス適正をもぎ取っている。
能力を使いこなすということは、その能力の元になったキャラクターなり何なりと同等の強度になるということだ。
“アル・アジフ”は確かに強大だ。【デモンベイン】作中でも最強の魔導書を名乗り、言うに相応しい実力を備えていた。
だがしかし。今ここに存在しているのはアル・アジフを名乗りその“チカラ”を使わせて貰っている素人だ。宝の持ち腐れという意味では、虎の威を借る狐にも劣るだろう。
ではそれに甘んじるのか?
否だ。断じて否だ。
転生した時期が原作開始直近であり鍛える時間が無かった。それは事実だ。ではそれを理由にすれば敵は手加減をしてくれるのか? 見逃してくれるのか?
馬鹿馬鹿しい。体のいい獲物として捉えこそすれ、甘い対応等絶対にしないだろう。
ならばどうするか?
簡単だ。古来より、自分よりも強大な敵に立ち向かうのならこれ以上の方策は存在し得ないだろう。
「――アトラック・ナチャ!」
然るに。
――策謀張り巡らした奇襲である。
突如“背後”から届いた妾の声に、驚愕と共に振り返るセト(仮称)。しかしそれは遅きに失するというもの。
緑光煌めく無数の魔力糸によって瞬く間に四肢を絡め取られる。その際に蜻蛉切の刃を一部の隙間も無いようにグルグル巻きにしておく。刃に写らなければ蜻蛉切の割断が使えないことは【境界線上のホライゾン】で[立花・宗重]が実証している。
「クッ、これは……ッ! どういうことだ!?」
セト(仮称)は今、立つことすら儘ならない過重によって大地に押し潰されたアル・アジフと、背後から魔力糸を放出し身を縛る妾の二人のアル・アジフに挟まれている。
その状況に疑問の表情を貼り付けて必死に身を捩るが、その程度で外れる程この魔力糸は柔ではない。
“アトラック・ナチャ”は人の大きさ程もある蜘蛛の神性が張り巡らす糸と同質の物を再現する術式だ。ページモンスターとしてのアトラック・ナチャ自身も、マギウス・スタイルの[大十字九郎]も髪を伸ばしてこれを使っていたが、何故か妾の場合は魔力を編む事で再現している。お陰で使用中は常時魔力放出状態だが、その分物理的な強度は高い。
「己の弱さは妾自身が一番よく理解しておるわ。故に策を弄させてもらった」
ネタバラしと同時、倒れていたもう一人の妾が硝子の砕けるような甲高い音と共に砕け散る。
「ッ! そうか、ニトクリスの鏡!」
「ほう。知っておったか。正解だ」
“ニトクリスの鏡”。これは古代エジプトの女王ニトクリスが持っていたとされる鏡を原典とする術式だ。その用途は原典同様に幅広い。空中に虚像を投影し攪乱したり、姿を隠す事も出来る上に、自身にコーティングして防御力を上げたり、ビームを跳ね返したり。原典の伝承に相応しい節操の無さだ。
中でも特徴的なのは、使用者のイマジネーションを具現化する能力だ。【デモンベイン】作中では敵に利用される形であったとは言え、潜在魔力の高かった孤児の少女が街中に鏡の国のアリスの世界を具現化させ、怪物ジャヴァウォックをも具現化させて[大十字九郎]を苦しめた程だ。
「いったい、何時から……?」
「答えるものか。自分で考えるのだな、このうつけ」
ニヤリと嘲笑ってやる。
答えは簡単だ。マギウス・スタイルへと変身する際に虚像の具現化と同時に姿を隠したのだ。お陰で虚像を維持し状況に合わせた対応をしつつ、姿を隠すために常に魔力を使い続ける必要が生じた。そのせいで使えた術式は魔術師の杖という側面を持ち神性も有していないバルザイの偃月刀のみ。最後の締めとしてリボルバー拳銃を召喚したが、徹底抗戦を錯覚させるためのハリボテでしかない。当然撃てる訳がなかったのだ。
「クソッ、解けない……だが、動きが封じられらくらいで!」
「いいや、動けなくなった時点でもう終わりだ」
そう。もう終わりなのだ。
現在進行形で行われる魔力放出は勿論、未だ十全とは言い難い魔術行使はそれだけで疲労となってこの身を苛む。動きこそ封じ込めたものの、殆んど超能力と代わりないような重力操作能力を無効化しているわけでもない。根本的な問題として、実力で劣っているという問題を解決できた訳でもない。
――なのに攻撃もせずこうして悠長に構えていることが、既に演目の終了を告げている様なものだ。
「――ッ!? バカな、なぜ平然としている!?」
「ん? ああ、能力を使っているのか。気付かなかった」
「なに?」
技名すら口に出さずに行われた重力過重攻撃は、もはや一切この身を害する事はない。
――何故なら、
「スザク、そろそろ姿を見せてくれ。いい加減このままだとキツい」
「なんだ、もう終りか」
妾は一人ではないのだから。
「ルルーシュだと? お前も転生者か」
「正解だ。今生では鳳朱雀を名乗っている。以後見知りおけ」
圏境か気配遮断か。とにかくまったく気配を感じさせることなく、スザクは木陰から姿を現して、見下すような態度で傲然と言い放つ。忍さんの時も思ったが、コイツもしかしてルルーシュの真似するのノリノリじゃないか?
セト(仮称)と出会い、場所を移す最中にスザクにメールをしたことには、三人目が現れたことへの報告以上の理由がある。
三人目が無害ならば良いが、もしも原作遵守派やハーレム願望持ちのテンプレオリ主の場合、敵対し戦闘になる可能性は非常に高いものと予想していた。
何故なら、幾つかの制限はあるものの自分の好きな能力を選ぶことが出来るのだ。先に挙げたような輩が戦闘能力の高いモノを選択することなど火を見るより明らかだ。戦闘能力が高ければ邪魔物を排除出来る。戦闘能力が高ければ対象に頼れる存在としてアピール出来る。その他の者にも一目置かれるというのもあるか。何にしろ、その理由も動機も分かりやすい。
ではそんな奴等と敵対し戦闘になったとしてどうする? 確実に勝てるかどうかは不明。勝てたとしてその後は? 二度と行動出来ないようにするのか?
どうやって?
そもそもの問題として、ちょっと前まで現代日本で普通に生きていた一般ピープルが満足に戦闘なんて出来るはずがないのだ。誰かを殴るなんてこと事態、学生時代に喧嘩して以来一度もないのだ。
故に。話し合って決めた対処法はデコイを用いた時間稼ぎと、それによる二人がかりでの無力化だ。
今回ならば、妾は端から戦う気などさらさら無く。スザクがやってくるまでの時間稼ぎを兼ねて、相手が何を知り何を思いどう行動する心算で、どんな特典を得たのかという情報収集に終止し、スザクが着たらスザクの皇帝特権フル使用で対処する。
重力操作は何も珍しい能力ではない。確かに古今の物語で強力な力として描写されるが、最強の能力として君臨するのは稀だ。その理由は様々で、能力の制御が困難だったり、使用用途が限定されたりと幾つかある。今回の例なら、重力操作は【Fate】作中の魔術で擬似的に再現が可能だ。[遠坂凛]が宝石魔術で行っていたように。ならば、由来を同じく【Fate】に持つスザクの“皇帝特権”で主張した魔術スキルと陣地作成スキルの応用と併用によるスノーフィールドの魔術で対抗可能。魔術師として甘い【遠坂凛】の宝石魔術よりも、詳細が不明であるとは言えスノーフィールドの魔術とでは比べるまでもないのだから。
「さて。これで貴様はもはや無力化したも同然だ。まさか、三つ目の特典を隠しているわけもないしな」
「……どうかな、持ってるかもよ。強力なのを」
「嘘はやめろ。程度が知れる。能力そのものの多様性を除き、特典は一人二つが限度。これは転生の際に自称カミが語ったことだ」
そうだ。予めこの情報を共有していたからこそ、“蜻蛉切”と“重力操作”の二つが判明した時点で姿を隠すのを止めたのだから。
能力そのものの多様性とは、スザクの“皇帝特権”や“獣の咆哮の記述”がそれに当たる。
「さて。どうやらお前は俺たちとは違う事を知っていそうだ。キリキリ話して貰おうか」
「はン、誰が!」
冷ややかに言い放つスザクに対して、縛られたままにも関わらず強気で拒否するセト(仮称)。ベーと舌まで出す余裕すら見せつける。
だが、それならそれでも構わない。
「そうか。ならば仕方ない。お前には二度と俺たちに干渉出来ないようにギアスをかけさせてもらう」
【コードギアス】に於いて主人公の[ルルーシュ]は絶対遵守の王の力としてギアスと呼ばれる異能を所持していた。一人につき一度という制限はあるものの、作中でこれを破った者が居ない程強力な力だ。
だが、スザクが言ったギアスとはそれではない。
スザクが懐から筒上に丸めた羊皮紙を取り出す。
自己強制証明。セルフギアス・スクロールと呼ばれるそれは、【Fate】作中で違約不可能な最も容赦のない契約とまで呼ばれる程に強力な契約魔術だ。
しかし、セト(仮称)はそれを見ても小馬鹿にしたように鼻で笑うだけだ。
「セルフギアス・スクロールねぇ。お前、ニワカだろ? 魔術刻印も魔術回路も持たないボクには意味ないぞ、ソレ」
セルフギアス・スクロールが容赦のない契約と呼ばれる由縁はその効力にある。
自分の魔術刻印の機能を用いて術者本人に掛ける事で効果を及ぼす。つまり、AがBに掛ける魔術ではなく、Aとの契約をBがB自身に違約出来ないように掛けるのだ。これにより、例え死んでも決して違約不可能となる。そして【Fate】作中では魔術刻印とは次代へと受け継がれるものだ。これはつまり、その契約内容を魔術刻印を継いだ次代の魔術師も違約出来ないことを意味する。
故に、如何な強力なセルフギアス・スクロールも魔術刻印を持っていないなら意味がない。
当然、承知の上だ。
「焦るな。ギアスとは言ったが、これはセルフギアス・スクロールではない。そうだな、お前の能力を此方だけが知っているのはフェアではない。俺の能力も少しだけ教えてやろう。俺はこの海鳴市の地脈、霊脈を掌握してこの地を俺の神殿としている。つまり、この地は今や俺の意のままにある。このギアスは海鳴市の地脈と霊脈を利用し、この地で対象に――ここではお前に行動の一切を此方の制御下に置くことを強制させるものだ。【リリカルなのは】は三期を除きこの地をメインに物語が進む。つまり、以降お前には俺たちだけでなく、原作にすら一切介入することを禁止することも出来る」
冷然と、酷薄に、乙女が顔を朱に染めそうな美貌を邪悪な微笑で彩りながら言い放つスザク。これではまるで妾まで悪役のようではないか。
「さぁ、どうする?」
「お前、魔術師なのか?」
「さぁな? そこは自分で考えろ。そしてさぁ、答えろ」
「くぅ……」
今にも「ふははははは」とか言って笑いだしかねない勢いで詰め寄るスザク。
その迫力と威圧感に、ついにセト(仮称)は目に涙を溜めだした。
――――ん?
「ふ……、っく、ひっく……、なんだよ……。なんでっ、そこまでするんだよ……。ボクはただ……、」
気のせいかと思ったがそんなことはなく、ついには下唇を噛んでポロポロ涙を溢しだした。
「な! いや、おいッ! なんでこんな程度で泣く!? て言うか最初にケンカを売ってきたのはお前だろうが!?」
つい今の今まで纏っていた魔王オーラは何処へやら。
ガチ泣きし始めたセト(仮称)にスザクが目に見えて狼狽する。
見ていて非常に愉快だが、もうちょっとちゃんとしてほしい。両方とも。
そんな二人を眺めながら、しかし妾は我関せずを貫かせてもらう。泣いてる女子の対処方なんて決めてないし、アドリブでどうこう出来る程の女性経験なんぞ有りはしない。ていうか女性経験そのものが微塵もない。荷が勝ちすぎてるなんて話ではなく。[大十字九郎]に金を貸してくれと頼むことや、[ルルーシュ]に代わりにフルマラソンに出てくれと言うくらいに無理無茶無謀の極みだ。
すんすんと泣き続けるセト(仮称)と、髪を掻き毟り狼狽の極致一歩手前な様子のスザクを尻目に、ああ、これどう収拾つけるんだろうかと空を仰ぐ。わー、そらきれい。
「ア、アルちゃん!! 何してるの!?」
其処へ新たなキャストの登場。演目は新たな場面へと転換するだけで、終幕はまだまだ先のようだ。
あーもー妾は既に一杯一杯だぞ!