リリカルなのか?   作:コカ・と栗鼠

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第十四話:instability behavior

 テンパったまま走り出し、その勢いに任せたままよくわからないルートで山を駆け抜け、やはりよくわからないルートで宿へと帰還した。

 身体を無駄に動かし無闇に疲労感を蓄えた妾は、とりあえず汗を流そうと温泉へと向かった。

 いつの間にやら陽が傾きかけている。おそらくはもう少しで夕餉となるだろう。

 少しだけ急ぎ足に温泉へ歩みを進め、脱衣所で服を脱ぐ。妾は常に特注の[アル・アジフ]コスチュームであり、同じものを五着揃えてローテーションしている。どうにもこれとマギウス・スタイル以外の格好だと落ち着かないのだ。断じて女装趣味に目覚めた訳ではない。

 四肢の露出の多い衣装と面積に不安を覚える下着を籠に入れながら、脳裏を過った気のする言い訳めいた思考を脇に戸を開ける。

 湯気立ち込める浴場には、幸いなことに誰もいないようだ。そのことに何故か少しだけ安心してしまう。

 未だに慣れない腰まで届く長い髪の洗髪に四苦八苦しながらも、次いで走り回り汗をかいた身体を丹念に洗う。

 きちんと全身汲まなく洗った後、温泉へと浸かった。温かい。

 広い温泉に一人。

 ほう。と思わず吐息が零れた。

 とても贅沢なことをしている気分に気が良くなり、思わず鼻歌なんぞを奏でてしまう。曲名は忘れた。きっとアニメかゲームか、そこら辺の曲だろう。

 骨にまで染み渡りそうな気持ちよさにふにゃふにゃになりながら、けれど頭では直近のメインイベントへと思考を傾ける。

 スザクの話では、ジュエルシードの発動は夜。皆が寝静まってからだ。個数は一つ。本来なら最初のような三つ同時に発動と言うのは余程の事がない限り有り得ないという。

 確か、現在はなのはが五個。フェイトが前回のとスザクので二個か。ここのを合わせて合計八個。全部で二十一個だから、あと十三個。……長いな。いっそのこと纏めて発動してくれないか、と考えるも個数が多くなるとそれだけ封印難易度が上がるらしいし――。

 とそこまで考えてふと気付く。なのはは初日に三個一遍に封印していたな、と。これはなのはの才能がズバ抜けているのか、はたまた何か別の要因があるのか……。

 いや、これは情報の少ない妾では判断がつかんな。今度スザクの奴かセツナにでも訊こう。あの二人は妾とは違い原作知識を持っているのだし、答えも有していよう。

 そのスザクは計画を詰めるためにテスタロッサ陣営へと出張中。セツナは留守番だ。

 実はセツナ、あの恭也さんとの訓練(?)後に桃子さんに気に入られ、喫茶翠屋でバイトしてたりする。妾の知り合い、という点も幾らか加味されているのかもしれない。今日も旅行中のマスター夫婦の代わりにベテランさんと一緒に労働の汗を流しているのだろう。

 しかし、奴は桃子さんからのお誘いに二つ返事で了承していたが、今後フェイト側に付くということを、つまりは一時的にとは言えなのはと敵対することになるのだということをちゃんと理解しているのだろうか? 何か考えがあるのなら良いのだが、何も考えて無いならあ奴は阿呆決定だ。

 そんな阿呆(仮)から思考を切り上げ、温泉から出ることにする。少し浸かりすぎたようだ。このままだと湯中りするまで意味のない思考の森に迷い混みそうだった。

 脱衣場へと戻って身体を拭きつつ、この後の夕餉について思いを馳せる。

 夕餉は大広間で全員で摂るのだ。つまり、すずかがいるのである。一方的に告白するだけして逃げ出した妾は、正直どんな顔して会えばいいのかワカラナイ。

 ぐぬぅ。これは完全にタイミングを間違えた。何故二泊三日の初日に告白など……。妾だけがこんな思いをするなら良いが、最悪すずかまで気不味い思いをすることになるではないかっ。

 テンパったら考え足らずになるこの悪癖を、早い内にどうにかしないと後々大変なことになりそうだ。

 折角だし、と着てみた浴衣はやはりしっくりこず、脱いで何時もの服に着替えながら問題が山積みだ、と軽く頭を抱えつつ温泉を後にした。

 

 

 

 最初こそ何処か居心地悪く据わりの悪さも感じてしまい、目の前にある豪華な料理の味がまるでわからなかったが、時間の経過と共にそれも徐々に薄れてきた。

 いや、違うな。慣れたのだ。うん。

 

「さぁすずかいきなさい! あーん、よ。あーん」

「はっはっは、青春だなぁ」

「あらあら、うふふ」

 

 最初からアクセルぶち抜いてそのまんまみたいな忍さんが煽りに煽り、一番の年長者である筈の士郎さんが赤ら顔で朗らかに笑い、その横で桃子さんがニコニコ微笑んでいるのだ。

 誰をって? 忍さんはすずかを。年長者二人は妾とすずかを眺めながらである。

 

「上目使いよ! 頬を染めて上目使いであーんをするの! それで男は落ちるわ! ん……? 男……? アルくんって、男? …………とにかくイケー!」

 

 忍さんは一体何処にブレーキを棄ててきたのだろうか? て言うかそこの彼氏。汝の恋人だろう止めよ。何時までこんな痴態を曝させとく気だ。何故素知らぬ風な顔で刺身に舌鼓を打っておる。

 妾の責めるようなと言うか完全に「どうにかしろ」という視線を無視する恭也さん。

 ぐぬぬ、と視線を変えれば、正面に座ったなのはとアリサが無言ですずかにエールのような何かを一生懸命発信している。

 おかしい。

 何かがおかしい。

 否、何もかもおかしい。

 なんで妾が宴会場に到着するや否やすずかの隣に座らされ、周囲の皆は妾がすずかに告白をしたのを知っている風なのか。

 確かに相談した大人組はわかる。百歩譲ってなのはとすずかも良いだろう。しかしメイド姉妹と美由希さんまで知ってる風なのは何故なのか? て言うかファリン、そのカメラはなんの心算だ。なんでレンズ下の赤いランプが点っている。

 そんな状況に置かれ続ければ、流石にそれ以前までの緊張その他が霧散するのは仕方ないと思う。

 そんなだから、今では隣に座っているすずかを盗み見る余裕すらあるのだ。

 すずかは囃し立てられているのが恥ずかしいのか、実姉の惨状が恥ずかしいのかはわからないが、顔を真っ赤にして俯きながらノロノロと食事をしている。

 時折なのはやアリサが話しかけるも、首肯か横に振るかのジェスチャーオンリー。

 なんだか、とても凄く申し訳ない……。

 

「すまぬ、すずか。妾が考えなしなばかりに、要らぬ心労を……」

「う、ううん。大丈夫、だよ。……ちょっと、恥ずかしいけど」

 

 居た堪れなくなって謝罪したところ、親友二人にジェスチャーでしか反応しなかったすずかが、言葉で答えてくれた。終始俯き気味ではあったが、最後だけ、真っ赤な顔をこちらに向けてはにかむように。

 ――心臓の拍動回数は予め決まっており、満数になることで心臓はその働きをやめるのだというような説がある。それに則るのであれば、妾の死が間近であることは確定的に明らかであろう。

 望外の幸運に思考が完全停止し、己の死期を悟っていると、何時の間にやら大人組は完全に酒宴へと以降したようだった。

 

「お腹一杯よね、外出ましょ」

 

 見かねたのか、そう提案するアリサの言葉に従って御馳走様をして宴会場を後にする。

 宿を出て少し歩くと、見晴らしの良い場所へと着いた。

 少し高い位置にあるためか、夜空が僅かばかり近く、眼下の木々の向こうには宝石のように煌めく夜の街の明かりも見える。

 さぁっと風が吹くと、少し甘い香りが鼻腔を擽っていく。

 春の夜は人の心をゆったりとさせるという。確かに、先程までの喧騒が何処か遠く感じる。

 熱を冷ますように呆と空を眺める。月には靄のように薄く雲がかかり、白っぽい輝きが優しい。

 

「アルくんは、」

「――ぬ?」

 

 いかんいかん。すずかはなのはたちと一緒に居ると思って気が抜けていた。

 後ろに居るすずかへと振り返る。

 

「アルくんは、どうして私が、その、好きなの?」

 

 悩むように、迷うようにけれど真摯な瞳で問われる。

 何故、か……。

 

「……わからぬ」

「え……?」

「一目見て、目を離せなくなった。今まで抱いたことのない感情が芽生えた。それでも、この感情は好意なのだと気付けた」

「それは、勘違いかも、しれないよ? 他の感情かもしれない……」

「それはない」

 

 断言する。勘違いなどである筈がない。

 理由はわからないが、それでもこの感情は好意以外のナニモノでもないと断言できる。

 

「すずかのことを考えると胸が苦しくなる。目が合うと嬉しくなる。笑顔を見ると幸せになれる。辛そうな顔を見るとどうしていいかわからなくなる」

 

 一息。

 

「すずかの春の夜のような雰囲気が好きだ。すずかの夜明け間際のような髪が好きだ。鈴の転がるような声を聴くだけで心が落ち着く。極彩色の感情を映す瞳が好きだ。仕草が好きだ。なのはやアリサと一緒に居るときの心から楽しそうな雰囲気が好きだ。好きだ。大好きだ。すずかが好きだ。すずかの全部が大好きだ。妾の知らぬすずかもあるだろう。けれどそれだってきっと好きになる」

 

 止まらない。口が勝手に動くようだ。けれど、全て本心だ。嘘も偽りもない。

 確かに、妾はすずかの事を何も知らない。それでも、そんなのは関係ない。無知を責められるなら、知って、そのあとでまた幾らでも言う。同じことを。

 さぁっ、と風が鳴る。

 お互いに無言だ。

 何故だろう。

 思考がまともに働いていないように感じる。

 不思議なことに、船上に居るかのように足元が波打っているような錯覚を得る。

 視界が揺れる。すずかのことを見ている筈なのに、すずかが今どんな表情をしているのかがハッキリとしない。距離感が掴めていないようにも感じる。

 ……ああ。何かに似てると思ったら。これ、前世で普段は飲まない酒を飲んで酔っぱらった時の感覚にそっくりなのか。

 おかしいな。烏龍茶しか飲んでない筈なのに。

 視界が歪んで滲む。

 足場が悪いのか。まるでスポンジの上に立っているみたいだ。

 ――あー、やばい。

 目蓋が重くなり、妾自身の意思とは無関係に意識が遠退くを感じる。

 

「……ごめんね」

 

 最後に聞こえた声は、果たして誰のものだろうか?

 聞き返すことはおろか、考える暇すらもなく――――

 

 

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