リリカルなのか?   作:コカ・と栗鼠

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第十七話:Noise of calamity

 昏い森の中。

 炎刃が閃き、

 氷刀が駆け抜け、

 緑風が舞い踊る。

 炎の正熱が氷の負熱と喰らい合い、爆発するように生じた蒸気を緑風が掻き回す。

 視界を殺され、それでも立ち止まることなく足を繰り、揺らめく気配を頼りに両手の小剣を重ねて十字と成し投擲する。

 十字剣が立ち込める蒸気の霧を切り裂くが、それで視界が回復することはない。蒸気の霧は不滅の怪物となって不利を強いるのだ。

 空手となった両手にバルザイの偃月刀を召喚する。右手には捻れた板のような大剣。左手には弛く弧を描く小剣。この数時間で漸く掴んできた、今の妾にとっての最適解。

 そんな一瞬の間にも状況は推移し続ける。止まらない。否、止まってはならない。

 ヒュッ、という風切り音を魔力付与(エンチャント)で強化した五感――聴覚が捕らえる。

 音に対処すべく身を捻る刹那、脳裏に死を幻視した。

 直感とも言うべきそれに従い、音のした方向へ左手を振り上げ、一拍を置いて逆手に持ち変えた右手を背中へと回す。

 霧を巻き込みながら迫る回転刃が左手の小剣に激突し、しかし弧を描いた刃に沿って何処かへとそのまま飛んでいく。

 背後ではまるで高所から鉄骨を落としたかのような金属質な大音声が上がる。背に回した右手の偃月刀が、襲撃者の偃月刀を防いだのだ。

 叩き斬るのではなく、斬り砕く勢いの一撃と鍔迫ることをせず、衝撃に任して前転するように難を逃れる。

 しかし、その程度で襲撃者のターンは終わらない。

 顔を上げた時には既に刃が首を薙ぐ軌道を走っている。考えるよりも反射で倒れるように首を反らしながら、薄皮一枚を切らせて右手の偃月刀で切り上げた。

――手応えはない。

 崩れた姿勢を直すために素早く左手一本で倒立する要領で身を起こし、その勢いのまま独楽のように大振りに一回転する。

 僅かに見える視界の端で火花が散った。

 襲撃者の攻撃はさながら機関銃のように止まることを知らない。

 全ての動作が攻撃という結果を示しながら、しかしその全てが対象の死という結果を得るための過程に過ぎないのだ。故に、その連撃に間隙等皆無。

 目紛るしく解へと進む式を、悉く妨害する。そこに思考の介在は無い。只管に手近な選択肢を反射によってのみ選び続ける。

 けれど必殺を無難に対処するだけの作業が何時までも続くわけがなかった。

 左手の小剣が砕け、右手の偃月刀が割れる。

 今から偃月刀を召喚し直す暇はない。 目前へと死が明確に迫るに辺り、漸く思考する。

 武器の召喚はd――術式起動のh――回避はお――躱してm――

 極限の意識が一瞬を延長する。

 閃光のように弾ける思考の果てに、一つの解を得る。

 切れ味と強度を強化された偃月刀を、硬度と靭性を強化したグローブの裏拳で受け止める。

 部分強化魔力付与。

 歴代のマスターオブネクロノミコンたちが当たり前のように行い、けれど妾には出来なかったソレが、この極限で実を結んだ。

 無理矢理に叩き込むのではなく、同調するように流し込む。それによって血脈のように流れ込んだ魔力が意味を概念へと昇華し、存在強度を引き上げる。

 それを理解していなかった。

 それを今理解した。

 冷たい無機質な瞳に映る妾は、口の端を上げて笑っていた。

 ――さぁ、ここからだ!

 

 

 あの夜、結果として惨敗を喫した妾となのは。善戦したのはほとんど無傷で戻ってきたユーノのみである。

 蜻蛉切の機能も重力操作についても熟知していた。

 戦闘に於いて情報は最大の武器だ。

 こちらは転生間もないと言うこともあり知識は鮮明に残っている。しかしセツナは転生後七年経過している。その年月は決して短いものではない。知識が色褪せるには十分な期間だ。

 加えてそこに、蜻蛉切最大の特徴である割断能力の禁止をルールに組み込んだ。

 情報があった。ハンデがあった。能力の多様性でも、情報の質でも勝っていた。

 それでも、苦戦した。いや、あれは苦戦等というものですらない。一撃も入れることの出来なかったあれは……。

 結果。苦し紛れに行ったのは、言外に禁止していた必殺の一撃。そう、あのままでは確実に殺していた一撃だ。

 セツナは禁じ手である蜻蛉切の割断を使用した自分の負けだと言ったが、違う。敗けたのは妾だ。

 このままではいけない。

 悠長に一戦一戦積み重ね経験を得るのでは、今後何かしらのイレギュラーが起きた時に対処出来ない。

 知識はある。記録もある。

 無いのは経験と記憶だ。

“獣の咆哮の書”であり同時に“マスターオブネクロノミコン”である妾は、早急にこの醜態を脱却しなければならない。

 こうなっては最早是非もない。

 

「アルちゃん、明日から一緒に――」

「すまぬなのは。妾は暫く隠る。士郎と桃子には汝から謝っておいてくれ」

「え、アルちゃん?」

 

 方法はある。この方法でならば、妾は確実に――少なくとも最低限マスターオブネクロノミコンらしくなれる。

 高町家への帰路の途中で、妾は言うだけ言ってなのはに背を向ける。

 

「次の反応があれば直ぐに駆けつける。なのは、それまで汝も強くなれ。この中で今一番魔法に長けているにはユーノだ。ユーノに師事し、レイジングハートにプランをサポートしてもらえ」

「アルちゃんはどうするの?」

「妾は妾の成すべきを成す」

 

 シャンタク起動して民家の屋根を蹴り、何かを言っているなのはを無視して夜空へと身を翻す。

 なのはたち魔導師と、妾のような魔術師では在り方が違う。

 魔力の運用方法も、術式理論も、何もかもが異なるのだ。

 異なる両者が一緒に修行や訓練を行っても、それは悪影響にこそなれ良い結果を生みはしないだろう。戦略や戦術面での連携訓練ならばまた違うだろうが、今回はそんなもの必要ない上、時間もない。

 ならば最大効率で最上の結果を得る手段を執るべきだ。

 黒の天蓋を彩る細やかな輝きの中で、妾は命を賭ける決意をする。

 目指す場所はスザクとの雑談で得た魔力溜りの内の一つ。

 霊穴(パワースポット)とも呼ばれるそこは、霊脈が生み出す余剰魔力の貯蔵点だ。

 そこでならば消費魔力を抑え、かつ魔力回復を促進して戦い続ける事が出来る。

 そう、これから行うのは戦いだ。訓練でも修行でもない。結果は生か死か(デッド・オア・アライブ)の二者択一。

 方法はある。

 この身には歴代のマスターオブネクロノミコンの記録があるのだ。そして今欲しているのはマスターオブネクロノミコンとしての力だ。

 ならば、彼らに相手をして貰えば良い。

 方法は簡単だ。イマジネーションを具現化するニトクリスの鏡“に”、彼らを顕現させる。

 

 

 そうして戦い続け。

 ――決着となる。

 妾の身体を偃月刀が貫き、名も知れぬ彼の頭を魔弾が食い破った。

 血飛沫や脳漿の代わりにガラスの割れるような甲高い音を響かせながら、相手の身体が崩れていく。それに合わせて偃月刀も消失し、ぽっかりと空いた傷口から鮮血が舞った。

 

「――っ、ぐっ、ガハッゴホッ」

 

 咳き込み、逆流した血が口から溢れる。

 肩で息をしながら傷口に魔力を注ぎ込み、細胞を活性化させ回復を加速させる。流石に失った血液までは回復出来ない。これ以上血を流さないようにしなくては。

 何人かとの戦いの中で、魔力運用効率の向上や、緻密な魔力操作や口訣を用いない簡易的な神性付与は可能になった。

 マスターオブネクロノミコンと言えどその質はピンキリだ。これまでは“獣の咆哮の書”という最上位の魔導書に、最終的に精神を蝕まれた者達が相手だった。

 だが、ここからは違う。

 ここからは、正真正銘の魔術師、マスターオブネクロノミコンとの戦いだ。

 彼らと戦い、その戦いかたを盗み学んで己の物にする。

 血痰を吐き捨て、襤褸布のような術衣を構築し直す。

 バルザイの偃月刀を召喚し、切断力を強化した上で刃を赤熱させる。

 妾の準備が整うのと同じくして、新たな像が結ぶ。

 ――その姿に、思わず生唾を呑み込み絶句する。

 禍々しい黒の術衣。逆立つ銀髪。凶貌としか形容できない酷薄な笑みを貼り付けたその男は、妾を見据えるとその貌に殺気とも嘲笑ともつかない色を疾らせた。

 その男こそ、数居る歴代の“死霊秘法の主(マスターオブネクロノミコン)”の中で、もっとも破壊的で、最強と言っても過言ではない魔術師。

 

「ここで、エドガー……か」

 

 その一言が、開始の合図となる。

 

 

 

 新たなジュエルシードの反応があった。

 ニトクリスの鏡のページを回収し、反応のあった場所へと夕暮れの空を飛ぶ。

 移動は数秒。もはや光速移動すら可能になっている。当然だ。この程度が出来なくては、彼らに顔向け出来ない。

 場所は海辺の公園だ。

 どうやら妾が一番乗りのようだ。周囲に誰も居ないことからそう結論付け、中空に漂い蒼く淡く輝くジュエルシードへ、回転式拳銃・イタクァを向ける。前回のように暴走されたら面倒だ。今のうちに凍結させてもらおう。

 四十六口径の銃身から嘶くような砲声と青いマズルフラッシュを響かせて、六発の魔弾が翔ぶ。

 風の神性イタクァの魔力を宿した弾丸はジュエルシード毎、周囲の魔力、大気をも捲き込んで空間毎氷結させる。

 それほどの時間を措かずに、ジュエルシードは一本の氷の樹木とも形容すべきオブジェへと変じた。

 近付き、一切の魔力反応を感じられなくなったことを確認するのとほぼ同時、ようやく役者が全て揃った。

 

「――よく来たな。今回はこの通り、ジュエルシードは外界から完全に隔絶した。これで心置きなく戦えるな?」

「アルちゃん……?」

「アル・アジフ、お前……」

 

 なのはとセツナが顔色を変えているが、構うことはないだろう。

 折角舞台を整えたのだ。何時までもお喋りをする必要はない。

 イタクァを消し、代わりにバルザイの偃月刀を両手に召喚する。

 

「さぁ、リターンマッチだ!」

 

 高らかに吼えて、眼下、地上に居るセツナへと突撃する!

 

「ちっ、フェイト! そっち頼んだ!」

「うん!」

 

 魚を狩る猛禽のように、上空から地上へと大上段の振り下ろしを見舞う。

 セツナは蜻蛉切でこれを受け止めた。

 ギチギチと厭な音を鳴らしながら、偃月刀の刃と蜻蛉切の柄が鍔迫り合う。

 

「セツナ! 今回はハンデは一切不用だ!」

「なに!?」

「三度目の正直だ。汝の本気を、妾の全力で斬り砕く!」

「――ッ! 舐めるなぁ!」

 

 押し返すように振りきられる蜻蛉切に逆らわず、その勢いを利用して後方へと飛び退る。

 

「ボクの七年を甘く見るなよ!」

 

 憤怒の表情で突進してくるセツナに、笑みと偃月刀の振り抜きで応える。

 

 

 

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