リリカルなのか?   作:コカ・と栗鼠

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第一話:Wavering Soul

 ハッ! と、まるで授業中に居眠りをしていた所を校内でも厳しいと評判の教師に叩き起こされた時のような勢いで、意識が覚醒した。

 周囲をキョロキョロと見渡せば何処かの公園のようだ。時間帯は昼前か昼過ぎか。日が高く眩しい。

 意識はハッキリとしている。寝起きのようなボンヤリとした感触はない。

 故に、思い出すのは先程の不思議体験。若手実業家のような青年と宇宙空間みたいな場所で対談し、特典能力を貰って何処かの世界へと転生した。直前の状況が高級ソファーのようだっただけに、今は尻に堅い感触を得ているのが不快だ。公園のベンチに座っているのだから仕方ないが。

 そんなことを思いながら、己の得た能力がきちんと使えるのか意識してみる。

 すると、突如ガツンと殴られたように頭痛を感じ思わず頭を抱える。

 なんだ? という疑問はすぐになるほどと答えに思い至る。

 己の選んだ能力は『“獣の咆哮”に記された術式と暴君の二丁拳銃』だ。

 件の術式やそれに関連するものは基本的に狂気の産物。元はただの一般人だったところに、それをいきなり得たのだから何らかの負荷が生じるのは当然だ。狂気に染め上げられるわけでもないことに感謝して、この頭痛はいずれ慣れるだろうと諦めよう。

 ともあれ、とりあえずは問題なく術式の起動は出きるだろうと一安心。ここが何処の世界かは知らないが、いきなりの戦闘になっても何とかなるだろう。

 とりあえず、いい加減尻が痛い。何処か落ち着ける場所に移ろう。情報を得るためにもネカフェ等が望ましいのだが。

 そんな風に行動指針を定めながらベンチから立ち上がると、違和感を感じた。

 視線が低い。

 確かに己の身長は高くない。二十歳を超えたというのに四捨五入して漸く一七〇を主張出切る程度の身長だ。しかし今現在の視線はどうだ。それよりも頭一つ分は低い。何度目かの何故だと言う問いに、やはり答えは直ぐに来た。

 そう言えば、容姿の希望を伝えてなかった、と。

 能力にばかり気を取られて完全に容姿のことが埒外にあったと今更にして気付く。

 とりあえず後悔するのも己の間抜けを罵倒するのも後回しだ。先ずは己の現在の容姿を確認しなければ。察するに子供の容姿のようだが、その程度によっては今後の行動にも影響が出る。子供の姿と大人の姿では取れる選択の幅が甚大だ。

 親子連れがそこそこに居る公園内をぐるりと見渡し、視界の先に公衆トイレを見つける。トイレならば鏡があるだろうと駆け出す。足元が何故かスースーするが気にしてはいけない。先程から意識して己の服装を認識しないようにしているのだ。そう、これは謂わばシュレンティンガー。認識した瞬間それは現実となるが、それまではまだワンチャンある!

 ちょっとずつ錯乱していく思考を振り払い、公衆トイレの割に意外と小綺麗な事に関心しながら男子トイレへ。

 鏡は入って直ぐ。手洗いの上にあり。

 そこには薄紫の長髪に、赤いリボン。フリル過多な白いミニスカワンピースを着た、エメラルド色の大きな瞳の美少女が――。

 

「な、なんでじゃあぁぁぁぁぁっ!」

 

 とある昼下がり。獣の咆哮(アル・アジフ)が木霊した。

 

 

 

 最悪だ。

 その後一通り絶叫し絶望したあと、トイレの個室に入って重要項目を確認。大分ミニマムになってはいたが、そこには己の性別を主張するモノがあって一安心。したのもつかの間。これリアル男の娘じゃないか、とよりディープな絶望に晒された。

 その後、明らかに少女な声での絶叫が男子トイレから響いたのを不審に思ったらしい善良な方々に心配されるのを、しどろもどろで適当に躱し、切れずに逃げるように――というか明らかなエスケープで全力ランナウェイ。現在はトボトボという擬音が聞こえそうな雰囲気で何処とも知れぬ街中を歩いていた。

 とりあえず、この際もう男の娘なのもアル・アジフなのも仕方ない諦めよう。男の娘はともかく、アル・アジフの容姿は分かる人が見れば明らかなイレギュラーとして写るはずだ。つまり、他の転生者からは己もまた転生者であると。

 此処が何処の世界なのか。

 原作の有無。それによる今後の方針。等々。

 今現在、己には情報が圧倒的に足りない。否、情報がない。

 ポケットの中にはケータイが入っており、某電子通貨アプリにはちょっと見たことの無い金額が入っていたが、こんな見た目小学生だか中学生だかの容姿では身分証明書に加えて保護者同意書が高確率で必要になる。ネカフェなんかまず間違い無く会員証が必要だろう。聞いた話では無くても利用可能らしいが、店によるとかなんとか。そのネカフェも先程からまったく見掛けないのはどういうことだ。

 途方に暮れる中、不意に空腹を感じた。くぅー、と可愛らしくお腹も鳴り、美少女はお腹の鳴き声も可愛らしいのだなと我が事ながら他人事のように考えてしまう。

 鬱々した思考にシフトしつつあるのを感じこれはイカンと頬を叩く。

 

「そう。お腹が空いているから気分が滅入るのだ。先ずは腹拵えだ。なに、資金の問題は無い。景気付けに上手いものを食おう」

 

 言い聞かせるように、あえて口に出してみる。耳朶を擽る声が完璧にアル・アジフのそれであるが、これはなりきりロールプレイだと自己暗示。

 そう考えると、なんとなく気分が軽くなった。よくチャットなんかでなりきりチャットしているのを目にしては、下らないゴッコ遊びと鼻で嗤っていたが、姿がともなうとこれはこれでと思ってしまう。幼少時はスーパー戦隊やライダーゴッコをしていたのだ、童心に還った気でいよう。

 そんなことを考えながら何処か良い場所は無いかと、あちこち眺めながら歩くこと数分。雰囲気の良い喫茶店を見つけた。

 

「翠屋、か。落ち着いた感じの良い店だな。うむ、気に入った」

 

 意識してアル・アジフっぽい感じで呟いてみる。なんかまだ違和感があるが、ちょっと楽しくなってきた。

 カウベルの音を鳴らしながら扉を開けると、若いイケメンが「いらっしゃい」と出迎えてきた。なんという爽やかオーラ。これが本物のイケメンというヤツか。

 元のバイト先的に、イケメンとは対局にあるような客層が多いだけに、始めて生で見るイケメンにちょっと感動。嫉妬? それは対抗の余地があって始めて生じる感想である。元の容姿は言うに及ばず、今は美少女だ。嫉妬なんて感情沸きようがない。

 

「えっと、」

 

 おおっといけない。つい初めて目にした爽やかイケメンをジロジロと見てしまった。イケメンも困惑気味だ。

 

「すまぬ。店員よ、電子マネーは使用可能か?」

 

 実年齢的にはどうかわからないが、容姿的に明らかに目上な人物に対する口調として如何がなものかと思うが、なりきりに慣れるためにも暫くはアル・アジフっぽくしていよう。なんかしっくりくるし。

 

「電子マネーかい? 種類にも寄るなぁ……どれだい?」

「うむ、コレなのだが……」

「ああ、コレなら対応してるよ」

 

 某有名電子マネーは対応しているらしく一安心。せっかく見つけた良い感じのお店なのに、これで非対応だったら悔やんでも悔やみ切れない。

 何より、ショーケースの向こうに見えるケーキやシュークリームが美味しそうで仕方ないのだ。もはや此処で腹を満たす以外の選択肢は無い。

 しかし、本当に何れにしようか迷う。あれもこれもと悩んだ所でそんなに入るとは思えないし。

 

「うーむ、迷うな。……店員よ、オススメ等あるか?」

「それならシュークリームが一番のオススメかな。どれも美味しいのは保証するけど、やっぱり一番はコレだね」

「ほう。ではシュークリームを三つと、ミルクティーを頼もう」

 

 品物を貰い、空いている席に腰を降ろしてミルクティーに口をつける。ほぅ、と思わずため息が漏れた。歩き続けてようやく一息つけたというのもあるが、ミルクティーの程好い甘さが優しく包み込むように疲れを解してくれる。

 シュークリームはなるほど一番のオススメというだけあり格別だ。語彙に乏しいのが恨めしいが、この美味さを覚えてしまうとコンビニなんかの安いシュークリームは二度と食えないだろう。というか認められない。もう別物みたいな美味さだ。これであの手頃な値段。とりあえずシュークリームは此処でしか買わないことが今決定した。

 全てのシュークリームを堪能し、ちょっとした幸福感に包まれながら、これからどうするかを考える。

 まずは目先の問題だ。今日の寝床を確保しないといけない。ベターに考えるならばホテルだが、果たしてこんな頑張って中学生な見た目で一人でホテルを借りることは可能なのか? 以前高校入試の際にホテルを借りた時は、親の同意書的なものが必要だったが……。

 注意すべきは警察の補導とかだろう。この世界に発生したとしか言えないような己に、身元を証明する一切は存在しない。まず間違いなく面倒なことにしかならないだろう。

 最悪の場合、クトゥグァかイタクァをページモンスターとして召喚し、親子か姉妹を装うか……。あまり採りたくない選択肢ではあるが ……。

 そんな風に直近の問題について悩んでいると直ぐ傍に人の気配を感じた。

 顔を向けるとそこには柔和な笑みを浮かべた美しいと可愛いを等分に備えたようなお姉さんが。エプロンをしている事からこのお店の従業員なのだろう。イケメンに続いて美人なお姉さんの登場に、感動と共に戦慄する。このお店のレベルどうなってるの? と。

 

「ちょっといいかしら?」

 

 そんなことを考えていると声を掛けられた。長居が過ぎたろうかと思うが、ちらりと目にした壁掛け時計の示す時間は、入店した時から大きくは動いていない。店内も混雑する時間を外しているのか、ちらほらとお客がいる程度だ。

 声を掛けられる原因に思い至らぬまま返事をする。

 

「お客様にこんなことを言うのは不躾かもしれないけれど、貴女学校は?」

 

 ギクリ、とか、ピシリ、みたいな擬音はこの瞬間のような時に生じるのだろう。

 ともあれ。

 question 1.

 見た目小学生が来店しました。どうする?

 answer.

 そのような些末は無視して接客。

 question 2.

 それが平日のお昼頃でも?

 answer

 くどいぞ。

 うん。これが普通の対応だ。何か問題行動をしているわけでもないお客に、いちいち声なんかかけないだろう。

 しかしこの世界、あるいはこのお店的には違うらしい。

 いや、たぶんこういう対応が本来ならば当たり前なのかもしれない。昨今ではただ声を掛けただけで、下手すると挨拶をするだけで事件扱いだ。そりゃあ無関係な隣人に対し冷たくならざるを得ない。しかし、一昔前はこうではなかったという。大人一人一人が子供に注意を払い、それが他人の子供でも悪いことをしたら叱り、子供は大人に敬意を抱いて元気に挨拶をしていた。この世界は、もしかしたらこのお店だけかもしれないが、そういう人の温もりの残った場所なのだろう。

 

「あら? もしもーし」

 

 ……おーけー認めよう。今のは現実逃避だ。いやだって仕方ないだろう。こんな事態想定してない。

 どうする? このままでは警察に通報されて補導されて親御さん呼び出しコースだ。親御さんどころか住所不定身元皆無だぞ。

 ええい、悩んでいても仕方ない! こうなりゃ勢いでどうにかする! 滑らかな舌鋒でもってどうにかしてやるわ!

 

「――学校は既に卒業しておる」

「え? でも貴女、まだ小学生くらいよね?」

「うむ。日本では確かにまだ義務教育過程の齢だが、妾は既にステイツでミスカトニック大学を飛び級で修了しておる。故に問題は無い」

 

 言い切る。この世界にミスカトニックなんて学校があるか、いや無いだろうけど、そこは有名ではない数秘系の宗教学校だとか適当に誤魔化す。外国の学校を全て把握などしていないだろう。

 ミスカトニックを選んだのは咄嗟に口から出たに過ぎない。ただ大学を出たと言うよりも、名前があったほうが説得力が増すだろうというだけの考えだ。実在したといて、実際に卒業生かどうかなんて確認しようがないだろう。

 

「ミスカトニック……。あまり聞かない名前ね」

「ふむ、まぁマサチューセッツなんかと比べれば無名故、仕方なかろう」

 

 よし、いける!

 確かな手応えを感じこのままゴリ押せると確信する。

 

「けどね、ここは日本だし、親御さんには貴女を小学校に通わせる義務があると思うの」

 

 おおっとぉ、雲行きが怪しくなってきましたぞ。

 勘違いする輩が多いが、義務教育とは『教育を受け受ける義務』ではなく、『教育を受けさせる義務』であり、ようは保護者側の義務である。従って、見た目小学生な己は日本にいる以上義務教育を受けねばならない。

 しかし、それは日本で生活するならばの話だろう。たぶん。故に、まだいける!

 

「ああ、この国の法律ではそうかもしれんが。生憎と妾はただの旅行者でな。この街にも立ち寄ったに過ぎぬ」

「あら、そうなの? ごめんなさい、お節介だったわね」

「何、構わぬ。こうして声を掛けてくれたということは、大人がきちんと子供を見ている証左であろう。安全神話崩壊とか言って不安感を抱いていた者達への良い土産話になろう」

 

 よし! 乗り切った!

 そう思って気を抜いてしまい、思わず長台詞を口にしたのが間違いだった。

 

「もしかして、一人で旅行を?」

 

 まずい! そう思ったが既にそう思わせる台詞を吐いている。ここでの否定は相手に疑念を抱かせかねない。

 

「う、うむ。一度日本という国にきてみたくてな」

「でも、不安じゃないかしら、貴女みたいな子一人だと」

「都合が合わなかったのだ、仕方あるまい」

「そう……。でも、ホテルとかを借りるにしても貴女みたいな子一人だと難しいじゃないかしら」

「う、うむ。そうかと思って悩んでいたところでな」

「あら、そうなの? なら、家に泊まる?」

 

 え、何言ってるのこのお姉さん!? 見ず知らずの赤の他人だよ!?

 

「いや、そんな迷惑はかけられん」

 

 そう。見ず知らずの赤の他人に、これから先何があるかわからない、それこそ戦闘状況が発生するかもしれないのに甘えられない。

 ホテルならば不特定多数への影響を考慮し干渉しなくても、一つの家族、最悪このお姉さん一人の場合、影響を度外視して襲撃される可能性もあるのだ。

 ここで問題なのは、この世界の原作の有無と、他の転生者の人格だ。

 原作が存在しないなら、今抱いている心配は杞憂で済む可能性が高い。

 しかし原作が存在する場合、そして原作厨やハーレム構築なんかを企む転生者がいた場合、自分自身以外のイレギュラーの存在を排除しようとするはずだ。どちらにとっても他の転生者は邪魔者でしかなく、そういうタイプの奴は自分がこうだから相手もそうだという思考に囚われ易い。

 ここは絶対に断る場面だ。

 

「迷惑だなんて、貴女くらいの年齢の子は大人にうんと迷惑を掛けて大きくなるものよ」

 

 なんだこのお姉さん、天使とか女神とかそういう光属性の聖なる存在なのか?

 いやいや、だとしたら尚更迷惑は掛けられない。

 

「気持ちは嬉しいが、妾と貴女は初対面のただの店員とお客に過ぎぬ。迷惑を掛けていい理由にはならぬ」

「そうね……。私は高町桃子って言います。貴女は?」

「む? 妾は――……」

 

 名乗ろうとして、躊躇う。なんて名乗ればいいのだろう。確かに名前はある。この世界にくる以前の名前が。それは確かだ。しかし、それを名乗るのは嘘がバレる要因になりかねないのではないか? 先ほど日本人ではないと遠回しに宣言したようなものだし、アル・アジフの容姿はアジア系黄色人種のそれとは明らかに違う。いや、待て、それよりも――

 そこまで思考し愕然とする。今まで気にならなかったが、己の名を思い出せない。まるで其処だけ消去されたように、記憶の一切合切に己の名を記す部分が欠落している。

 両親が名を呼ぶ場面も。

 友が名を呼ぶ場面も。

 教師が、同僚が、その他の人々が名を、姓を呼ぶ場面から、名前の部分だけが欠落している。

 どういうことだ?

 何故だ?

 己は、

 私は、

 俺は、

 僕は、

 妾は、

 だれだ?

 




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