振り上げ振り下ろし切り払う。
突き薙いで斬りつける。
バルザイの偃月刀による高速の斬撃と蜻蛉切の高速の斬檄とが、止まることを知らずに激突を繰り返す。
袈裟斬りが斜に構えた柄を滑る。
突きだされた穂先を半身で躱しつつ打ち払う。
懐へと踏み込ながらの横凪ぎが、半弧を描いた石突きで逸らされる。
過重の圧力と共に繰り出さた掬い上げるような斬檄を、
セツナの後背へと回転の勢いのままに斬りつけるが、前転することで躱される。
――視える。視える視える視えるっ!
接触の度に音高く打ち鳴らし火花を散らせる高速の応酬の中で、その全てが――現在の風景は勿論のこと、次に執られる手段も次に執るべき手段も視える快感に心が奮える。
止まること無く再現無く興奮し高揚し心が熱烈しながらも、それでも身体は冷たく結果を求めて動き続ける。
空いた距離を接近ではなく投擲で潰す。
真円となった回転刃は蜻蛉切に難なく迎い撃たれる。
バルザイの偃月刀を再召喚しながら並列して強化を施す。
そんな一瞬の隙を縫う刺突の連檄を後退しながら躱し払いいなしていく。
蝕むような過重が常に付き纏い煩わしいが、それでも動くことを阻害するまでに至らない。
刺突を右手の偃月刀の面で受け止めた一瞬の停止を突き、左手の小剣で払い落とし、柄を踏んで動きを止める。
過重を利用した踏み込みに止まらざるを得なくなったセツナを袈裟斬りにしようとし、
「結べ、」
聞こえた呟きにバックステップで後退する。
幾らなんでも割断には回避しか対抗手段がない。足で穂先を踏み隠す方法は、矮躯の身には難しい相談だ。大振りなバルザイの偃月刀で隠すという方法もあるが、それよりもセツナが言い切る方が速いだろう。
短くない距離が空いてしまい、仕切り直す形になる。
既に百を越す攻防の応酬を経てなお、未だ両者には傷はおろか一撃ですらも入っていない。
「この短期間で……何をしたんだ、お前」
「命を賭けた」
訝しげな問いに短く事実を応える。
そうとも、あの戦闘は本当に命を賭けた。確かに戦い易い者から順に相手にしたが、それでも彼らは魔術師として格上だった。
ニトクリスの鏡を一度ページモンスターとして完全に切り離し、その上で霊穴に拘束して、この身に宿る記録から虚像を顕現させた。
妾の意思の介在しない記録から読み取られた彼らは、ニトクリスの鏡を守るために存在を許されていた。その為、彼らはかつての彼らの記録の再現でありながら彼らの意思を有すること無く、記録通りの力を奮い続けた。
眼前の敵――妾を殺すために。
「気に食わないけど、認めてやるよ。今のお前は強い」
「…………」
「だからまぁ、ここからはボクも本気で、全力だ」
言い終わるや、爆発するような踏み込みで刺突が繰り出される。
速い! が、視える!
迎撃すべく放った振り上げは、しかし空振りという答えを返してきた。
瞠目する中、刺突は軌道を変えて凪ぎ払いとしてこの身を襲う。
間一髪で激突と同時に横に跳ぶが、不意打ちに等しい一撃は少なくないダメー
ジとなる。
(今のは――!?)
不可解な軌道変更。しかしそれを考察する暇はない。
既に追い撃ちが迫っている。
またも距離を詰めながらの刺突。
舌打ちし、今度は身を捻って躱すが――
確かに躱した筈の刺突が腹を強烈に突いていた。
確かに躱した。突進と共に繰り出される加速した刺突は、その直線的な軌道を変えることは出来ない。
なのに、その条理を無視して軌道が変わった?
頭の片隅で考えながら、脚に魔力を注いで地を蹴り、一瞬でセツナへと肉薄する。
重い打撃音を響かせながら偃月刀と蜻蛉切がぶつかり合う。
これは当たるのか。
胸中で独り言ちながらも、膂力を増して押し込む。だが、力比べに興じる気は ないと言わんばかりに脱力され、それによってバランスが崩れたのを利用して間合いを取られる。
そして、またも爆発的な踏み込みとそれによる
迎撃すべく、今度は偃月刀を振り抜きながら魔力弾を放つ。
が、確実に衝突すると思われた魔力弾は、セツナが跳び上がっていたことで虚空へと抜けた。
だが、その瞬間に確かに見た。
虚空を蹴り、滑空しながら突撃してくるセツナを後ろへと跳躍することで回避する。
「完全停止か……?」
「なんだ、わかったのか」
セツナの応えに得た仮説が正しいと核心する。
人は無意識の内に視覚によって得た一連の動作の『先』を予測する。特に
だが、それが今は致命的だ。
動作を一瞬で一瞬だけ完全に停止させ新たな動作を始めることで、妾の得た『先』と現実の『先』が齟齬を生じ噛み合わなくなる。
それ故、妾の得た『先』を元に起こした行動の全てが意味のない行動になり果てる。
しかし。だからと言って向上した機能も、そこから得た予測も捨てることは出来ない。そんなことをすれば守勢に回るにせよ攻勢に出るにせよ、満足にそれを行う事など出来よう筈がない。何故なら、戦闘とは現在によってのみ成る結果ではなく、過去を経て現在へと至り未来へと駆け抜ける行程であるのだから。
現在しか見ることが出来なければ未来に打倒される。
「かつて弱く、しかし今ここまで登ってきた褒美だ。聞かせてやるよ」
「はン。自分の手の内を晒すとは阿呆め! よし、申してみよ!」
どういうものかは解った。だがその方法に確信を
嘘か本当かは知らないが本人が語ってくれると言うのだ、話し半分にでも聞いておいて損はないだろう。
身構えていた状態から聞く姿勢へと変えた妾を見て、セツナも蜻蛉切を一度回転させて肩に背負ってから語りだした。
「ボクはこれを
こんな風に。と言い終わるや散歩をするような気安さでのそれは、まるで漫画やアニメの殺し屋なんかのそれだ。狐狗狸の類いに化かされているのではないかと錯覚してしまいそうな、虚実乱れる歩法。
「察しはついてるだろうが、これも重力操作――いや重力
やはり、と心中で臍を噛む。
今までこいつの能力は『重力操作』だと思っていたが、実際は『重力作成』。これらは前者と後者でまったくの別物だ。
重力操作は既に存在する重力を操るという重力という概念ありきの能力。
対して重力作成は、自ら重力という概念、それに内包された“力”を自ら生み出し操る力だ。重力子、反重力、重力波、それどころか引力と斥力すら扱えるということになる。
「わかるか? お前がどれだけ強くなろうとも、それが急拵えである以上ボクには追い付けない――追い付かせない」
そう言い放ち、溢れる闘気を隠そうともせずに睨み付けるセツナ。既に蜻蛉切の穂先をこちらに突き付け、準備は万端とでも言いたげな佇まいだ。
対する妾もバルザイの偃月刀を握り直し、再度の相対の準備を済ませる。
「休憩はもう良いよな? じゃあ、往くぞ!」
蜻蛉切を刺突に構えたままの突進。
その進路上に攻撃を繰り出すが、やはりそれは空を切る。
何時の間に飛び上がったのか、妾の頭上を越えたセツナは着地と同時に背後から斬撃を放つ。
セツナの不可解な一連の動作の仕掛けはこうだ。
最初の行動は己の体術に頼った通常行動。それに対して相手が動作に入った瞬間、セツナは自らに動作を停止せざるを得ない程の加重で瞬時に圧を掛け、流れるように反重力で停止に用いた正の重力に負の重力をぶつけることで新たな動作の点火材にしたのだ。
恐るべきは、決して少なくない負荷を身体に強いるだろうこれを、セツナは難なく平然と多用していること。加えて動作の連続性が流れるようにスムーズであり、だからこそ戦闘に於いて脅威として成立している事実。
スザクと言いこいつと言い、なんでこうも自らが得た能力のレベルアップと順応に精力的なんだ。お陰でやりにくいったら無い。
とは言え、対応できない訳でもないし攻略法も既に有るのだが。
「なっ!?」
背後からの強襲は、しかし背中に展開したままのシャンタクによって防がれる。
シャンタクそのものは飛行用の術式であり、この黒い鱗の連なりのような翼は飛行用ユニットでしかない。だが、魔力によって編まれたこれは、魔力付与と同じ要領で改造が出来る。
現在シャンタクという翼は魔刃鍛造によって翼型のバルザイの偃月刀にもなっているのだ。まぁ、これも作中で行われたものの模倣だが。
思わぬ防御に一瞬停止した隙を見逃すことなく、直ぐ様お返しとばかりに振り向きの半回転による遠心力で偃月刀を振るうが、既にセツナは偃月刀の範囲から離脱済みだった。驚愕が一瞬なら復帰も一瞬。流石としか言えない。
だが好都合だ。
距離が空いたのを幸いと空へと飛び上がる。
「ニトクリスの鏡よ!」
口訣と共にニトクリスの鏡が発動し、セツナを囲むように妾の幻影が幾つも出現する。
「小賢しい!」
一吼え。幻影群を屠る為に行動を起こそうとするセツナに先んじて、全ての幻影を破砕する。
「なに!?」
破砕した幻影群は大小バラバラな幾つもの鏡の欠片となってセツナを包囲する。
「ロイガー・ツァール!」
そこへ風の神性ロイガーとツァールを武具とした十字投擲剣を投げる。
十字剣はチェーソーのような唸りを上げながらセツナへと迫る。
だがセツナにそんな直線攻撃は意味を為さない。蜻蛉切によって弾かれる十字剣。
――だが!
再び十字剣があらぬ方向からセツナを襲撃する。
躱し、弾き、それでも十字剣はその威力を衰えず飽きることなく何度もセツナを襲撃し続ける。
セツナは何時かのように加重で回りの欠片や十字剣を落とそうとしているだろうが、無駄だ。
ニトクリスの鏡は失墜する都度新たに作成しているし、十字剣は妾が投擲した際の力で攻撃をしているわけではなく、自ら風を操作して飛び続け、鏡の欠片によって不規則な乱反射を繰り返しながら果てぬ攻撃を続ける。
セツナは見ていて目の回りそうな体捌き、槍捌きで十字剣を躱し弾き続ける。時折鏡の欠片の包囲から脱出を試みているが、その度に新たな幻影を出現させては指向性を伴って破砕させることで妨害している。鏡の欠片も軽度の神性を備えた魔力弾となっているため、被弾覚悟での突破は悪手だ。
「どうだセツナ! もはや手も足も出ぬか!」
「…………舐、め、る――なぁ!」
「な、……」
烈帛の咆哮と同時、十字剣を蜻蛉切のフルスイングで力一杯に弾き飛ばす。
そのまま風切り音が響く程の回転の後、蜻蛉切を大上段に構えた。それは明らかに槍の構え方ではなく――
まずは幹竹割りに降り下ろされる。
返す刀で袈裟斬りに振り上げられる。
そして最後に、横一文字の振り抜き。
都合三檄。それだけで、包囲展開していたニトクリスの鏡の欠片で構成した簡易結界が打ち砕かれた。
「汝、ほんともうなんでもありか……」
槍を大剣か何かのように振り回したことでも、たった三檄で結界を破壊したことでもなく。
蜻蛉切の刃の根本から空間が歪むようにして構築された、可視可能な不可視の剣刃を見て関心を飛び越え呆れてしまう。
重力刀。【境界線上のホライゾン】で[ウォルター・ローリー]や[自動人形]が主に扱う、重力と反重力の作用で対象を内側から外側へと引き込み裂く武装。
セツナはこれで周囲の鏡の欠片を引き込みながら纏めて切り裂いたのだ。
「言っただろう。ボクの七年間の研鑽を――」
瞬間。
セツナが眼下、視界から消える。
――まずっ
咄嗟に翼を外套のように身体に巻き付け、即席の鎧にする。
同時。斜め上からの刺突に、押し潰されるようにしながら地上に叩きつけられた。
「――舐めるな、ってね」
上空からの嘲るような台詞を耳にしながら、即座に立て直す。
「クソッ、今度はなんだ!
「当たりだ! 正解したアル・アジフへ景品だ、受け取れ! ジャイルグラビテイション!」
「要らん!」
周囲の足元のコンクリートを巻き上げながら圧し潰そうとする一撃を、咄嗟に空へと飛ぶことで回避する。
身に掛かる重圧と高速の飛翔の二重苦で腹の中の物をぶち撒けそうになりながら、どうにかジャイルグラビテイションの異常重力圏内からの脱出に成功する。
「その羽邪魔だな。結べ、蜻蛉切!」
一息吐く間もなく襲い来る割断から光速で逃げながら、左手のバルザイの偃月刀を投げつけ、瞬時に新たなバルザイの偃月刀を召喚する。
難なく避けられる小剣は捨て置き、両手のバルザイの偃月刀に炎と氷の魔力を通す。
ジグザクに不規則な軌道でセツナへと接近する。
セツナはこちらに合わせて反重力か何かで宙に浮いているが、それによって例にディスコード・モーションは使えなくなった筈だ。なにせ行動停止に至る加重はそのまま墜落を意味する。
右の赤熱する偃月刀を叩き付け、続けて左手の蒼氷の偃月刀で凪ぎ払う。すれ違い様に翼の偃月刀で切りつける。
両手両翼、合わせて四つの刃をセツナは蜻蛉切一本で防ぎきる。
「ハアアァァァ――!」
「オオオォォォ――!」
互いに咆哮しながら更にギアを上げる。
重力の軛や大気の摩擦熱を完全に無視した高速での斬撃の応酬。
攻防が複雑に絡み合い交代しながら、やがて互いに傷が増えていく。
流れる端から蒸発し、あるいは氷結し、そうでなければ飛び散らせながら、それでも止まらない終わらない。
お互いに無尽蔵に能力を使える訳ではない。
妾は莫大な魔力を有するが、使う術式は相応に魔力を食う強力なものだ。
対するセツナも、蜻蛉切は概念拝気の代わりに精神力か魔力かを消費するだろうし、重力作成に関しても同様だろう。
互いに技は魅せあった。
その威力も種類の豊富さも、練度も確認した。
ならば後は地力でどこまで往けるかだ。
何時しか戦場は空から地へと戻り、それでも斬撃の応酬を続ける。
かつて防戦一歩であり、しかし今は通っている、傷を負わせている、食らい付いている!
歓喜に心が奮える。
心のどこかでずっと続けば良いのに、と埒もない考えが浮かんでは消える。
――血煙舞う決闘は、お互いの血が足りなくなってぶっ倒れるまで続いた。