戦闘。
闘争。
戦争。
――――否。
殺戮。
虐殺。
屠殺。
――否。
お見合いは長くは続かなかった。
根負けしたのか、諦めたのか。あるいは受け入れたのか。
ともあれ、小さくないため息を吐いたリンディはセツナの要望に答えることにした。その際にクロノがリンディを諌めようとするが、責任は自分が取る、という一言で遮られてしまった。
「お見せすることが出来るのは戦闘記録の一部だけです。本来ならば機密に関わることだということを理解してください」
「承知しています。我儘を聞いていただきありがとうございます」
間違った和室から場所を移し、ここは艦の主だった者たちが主に使用する小会議室の一つだ。
リンディにすすめられて席へと着いたセツナの向かい側で、リンディはSF映画のような空間投射型のコンソールを操作している。
ここにはセツナとリンディの二人しかいない。なのはも気になるような素振りを見せていたが、リンディとクロノに見るべきではないと強く押し止められ、その様子から正しく何かを悟ったのだろう大人しく引き下がった。
そのなのはも今は別室でユーノと共に、クロノへ今回の事件のあらましと今後について話し合いをしている。
程なくして室内の光量が弱まり、室内正面の空間に映像が投射された。
まず映されたのは黒くがっしりとした二脚に白い鬼の面のような顔と大きな尾を乗せた異形の怪物だった。
人間の大人と同等の大きさのそれは三、四体で群れを成し我が物顔で、元は町だったと思われる瓦礫の野を歩いていた。
『こち――隊。対象を――――。――撃に――ります』
この記録を行っていた部隊の隊長だと思われる男性の声が入るが、ノイズが酷く途切れがちになっている。
直後、無数の黄色い魔力光の弾丸が異形へと雨霰と降り注いだ。
黄色以外にも橙や水色の魔力光の弾丸も次々と撃ち込まれ、次第に映像は着弾によって巻き上がる煙で覆われる。
『――やったか』
やけに明瞭にその一言が聞こえた刹那。
『ぐわっ!?』
煙の向こうから小さな何かが多数飛来。隊員の誰かに当たったのか小さく悲鳴が聞こえた後、異形の鬼のような顔が画面を満たした――。
映像が切り替わる。
今度は戦闘映像の途中からの再生らしい。
六人程の魔導師と思われる者たちと、彼らの身長の優に二倍は有ろうかと言う奇妙な人形が戦っていた。
猛禽のようにしなやかで逞しい肉体。その両腕は組まれ、しかし背中から伸びる翼が凶悪な腕となっている。
異形の人形は魔導師の魔力弾を自らも翼腕から射出した炎弾で相殺し、ビームとしか形容できないような砲撃を時に軽やかな身のこなしで避け、時に翼腕を盾にして防いでいる。
再び映像が切り替わる。
それは一見すると山か何かのようであり、しかしよく見るとそれが生物のような何かだとギリギリで認識が出来た。
それは、端的に表すのなら触手の怪物だ。それも、小山と見紛う程に巨大な、無数の触手が捻れ絡みあいながら像を成す怪物。
数隻の艦から砲撃が放たれるも、それは怪物に効いているとは傍目にはとても見えない。
触腕が伸び、更に無数の触手が艦隊を攻撃するも、操舵士の腕が良いのだろう何とかギリギリで回避し続け、虚仮の一念とでも言うように砲撃を続けている。
しかしそれも長くは続かなかった。
怪物の顔と思しき部位に存在する複眼が光った瞬間。
艦一つを呑み込む程に巨大な光線が空を薙いだ。
「……これが、我々がこの第九十七管理外世界地球に来る前に携わっていた事件の、お見せできる戦闘記録です」
リンディの声は意図してそうしなければ感情が決壊しそうなのだと分かるほどに、努めて無感情を装った声色だった。
対してセツナは――
「艦長。あれを――ウロヴォロスをどうやって倒したのですか?」
能面のような
「ッ! ウロヴォロス? あなた、あれが何か知っ」
「いいから答えろリンディ・ハラオウン!」
セツナの口から出た固有名詞を聞き逃さず問い返したリンディを、セツナは空気が痺れる程の大音声で怒鳴り返した。
その剣幕に思わず息を呑み込む。見れば、セツナの能面に皹が入っていた。
憤怒と焦燥。それが皹の名前だった。
「――アルカンシェルにより、当該世界の国毎消滅させました」
思わず殺気すら漏れ出ていたセツナに答えたリンディだが、それに対するセツナの態度は軟化することなく、むしろ一層硬化しているようにも見てとれた。
セツナは小さく舌打ちすると、自身が殺気を滲ませていたことに気付き大きく深呼吸を繰り返す。
室内、というよりも空間そのものの温度が下がり、軋んでいたようにも感じられた圧力が徐々に弱まり霧散していく。
その様子に冷や汗を滲ませていたリンディも、ようやく一息吐くことが出来た。
「すみません、リンディ艦長。怒鳴ったりなんかして……」
「そのことはいいわ。それよりも教えて頂戴。貴女は、あれを知っているの?」
問われ、思考は一瞬。その脅威度を思えば、知らないことこそが危険だ。
ふと思考の片隅に、スザクならばこれも何らかの材料にするのだろうかと浮かび。
しかし知ったことかと瞬く魔も要さずに切って棄てた。
「ええ、あれは『アラガミ』と呼称される群体細胞生物です。それも、『オラクル細胞』と呼ばれる単細胞からなるものです」
「あれだけの多様なサイズや形を取りながら、単細胞生物……!?」
「恐るべきはオラクル細胞の分裂、増殖、進化スピードと、何よりも“あらゆるものを捕食しうる”細胞だという事実です」
「…………」
「そして、オラクル細胞は捕食したものから学習し、多種多様な進化を行います。あの白い鬼――オーガテイルや、異形の人形――シユウ。そして、超弩級アラガミ、ウロヴォロス。あれらも進化の一形態に過ぎません。
そして更に驚異的なのは、細胞同士の結び付きが非常に強固であり、既存の方法では打倒し得ないということです」
「そんな! けれど確かに魔法は――」
「魔法で対処できていたのは、最初の内だけか小型の個体のみだったのでは?」
言われ、リンディの脳裏にはオーバーSランクの砲撃魔法を受けて、痛痒を感じないとばかりに局員を襲い続ける獣の姿があった。そして、傷付いた隊員を守ろうとシールドを張り、しかしそれが溶けるように破れ右手を肘から喰らい奪われた息子の――クロノの姿がフラッシュバックする。
ぎゅっと拳を握り、唇を噛む。ここだ。ここで彼女から彼女の知っている全てを聞き出さなければ。
リンディは叫び出したくなるほどの感情の奔流を理性と言う強固な鎖で縛り上げ、毅然とした態度でセツナに先を促した。
予感があったのだ。先のセツナの豹変具合から、とても悪い予感が。
そしてセツナもそんなリンディの姿に己の知る全ての情報を差し出すことを改めて決意する。が、その一方で――むしろだからこそセツナは困った事態に内心で陥っていた。
セツナがこちらの世界に来たのは七年前である。勿論こちらの世界にゲーム機を持ってくるようなことが出来る筈もない。何より、セツナがこちらに来てから精力的に行っていたのは只管に自己鍛練だった。
こちらに来る以前のセツナの前身となる人物は自他共に認めるゲーマーだった。そんな彼女は都内の格闘ゲームの大会に出ることも少なくはなく……。だからこそ、面白いようにスキルアップし、ゲームの武闘家たちのようなとんでも体術すら使えるようになることが楽しくなっていた。それこそ、『魔法少女リリカルなのは』の原作スタート時期をうっかり忘れて遅刻するほど。
そんな彼女であるから、幾ら重度のゲーマーとは言え、七年間も触っていないゲームの設定をしっかり覚えているとは言い難かった。と言うよりも、ぶっちゃけここまでよく覚えていたとセツナ自身、内心で非常に驚いていたりする。
その後、それなりに時間をかけて限界一杯まで記憶をサルベージして語り終えたセツナは、
「ボクが知っているのはこれで全てです。ボクの方から管理者に話を通しておくので、これ以上の情報は管理者に聞いてください」
と、きっとスザクならば! という願いにも似た気持ちで後の全てをスザクに放り投げた。
「ごめんなさい覚えてないんです!」とは流石に言えなかったのである。
「君の行いは無謀だ。――が、僕達にそれをとやかく言う権利はないだろうな。君に無謀な行いをさせたのは僕達管理局側の対応の遅さに問題があるし、君の無謀な行いのお陰で最悪の事態は回避できたと見て良い」
セツナたちが別室へ移動した後、なのはとユーノは例の和室でから移動することなく、クロノへこれまでの経緯を説明していた。
なのはがつっかえつっかえ話すのをユーノが補足し、途中途中の突っ込んだ質問にはユーノが答えた。
話終え、淹れ直したお茶を一口。落ち着いたところでクロノはまずユーノの行動をバッサリと切り捨てながら、それでも自分達の非を認め、誉められないまでも迅速な行動に一定の敬意を評した。
クロノはユーノの行いを無謀であると扱き下ろしたが、それは別にユーノが嫌いだからとか意地悪だとかの悪感情からではない。
ユーノに、いや、本来自分達が守るべき一般人に被害を被って欲しくないがために、ユーノへ自戒を促す意味で無謀なのだと告げているのだ。
確かに管理局の行動の遅さも問題だ。この案件の前に大きな事件に関わっていたとしても、それは何の理由にはならないし、それを言い訳には出来ない。
だが、それとこれは別だ。
ミイラ取りがミイラではないが、結果としてユーノが不幸なことになれば、どれだけの人が悲しむか――。
ユーノもユーノで、無謀無謀と連呼されながらもぐぅの音が出ないのは、自分が無茶なことをしていると理解しているからだ。
ジュエルシード発掘者としての責任感故の行動だったが、今にして思うともっと良い選択肢があったのではないかと考えてしまう。
なのは自信は何も言わないが、実際ユーノはなのはを巻き込んでしまったことを後ろめたく思っているのだ。確かに魔導師として破格の才能を秘めた、謂わば天才と称して良いなのはだが……。才能を活かすことが必ずしも幸福であるなんてことはないのだ。特に、魔法技術の存在しない世界で魔導師の才能を開花させるなど、無用な厄介事に首をつっこむようなもので。そしてそれを成したのは自分の不手際なのだ。悔やまない筈がない。
自責の念に駆られ項垂れるユーノを視界の端に、クロノは再びお茶を飲むとポツリと呟いた。
「魔術に、管理者……か」
自らの敬愛する上官。ギル・グレアム。彼もまたこの第九十七管理外世界地球の出身者だ。
だが、彼からそんな話を聞いたことはない。それだけなら、グレアムがその事実を知らなかったというだけの話だが、実際に地球に魔法技術やそれに類する技術がないことは確認された既知の事項なのだ。
それなのに、ここにきて突如それらが表出した。
果たして今回のこの、仮称ジュエルシード事件は彼らが今までひた隠しにしてきた魔術というものを明かさねばならない事件なのか。
確かにジュエルシードは次元震を発生させかねない危険なロストロギアだ。次元震が発生すればその世界はひとたまりも無い。
だが、今回はそれを解決しうる存在が既に居た。ユーノの話と実際に確認させてもらった記録では、この高町なのはという現地住民の少女の実力があれば十分に対処可能だっただろう。
クロノは疑念を抱いている。
管理者を名乗る魔術師を自称する者たちは、実際は違法次元渡航者かその末裔なのではないかと。
だがその疑念は理性が否と断じている。
なのはとユーノの話では、管理者代行だというアル・アジフという人物は見たことのない魔方陣を使う一方で、魔方陣を一切用いずに虚空から拳銃や剣を召喚するという。
加えて先程のセツナ・ノイシュヴァンシュタインの行動とその威。
どちらも魔法技術では再現不可能なものだ。
違法次元渡航者でも、その末裔でも、そもそも魔法技術を扱う者たちですらない。
そして、この世界の者たちでもないのではないか。
果たして管理外の有人世界に魔力資質を保有する人類文明があっただろうか。
有る。例えば地球だって少ない確率ではあるが、魔力保有者が存在している。そういった管理外の世界の魔力保有者でかつそれを自覚し独自の技術を開発、なんらかの事情でこの地球という世界に渡った……。
どうだろうか? 考えるも納得のいく答えがでない。
クロノは大前提として、セツナを含めた管理者、管理者代行という者たちをこの世界の人間ではないと思っている。本人にとっての疑念は、しかし無意識下では断定系として固定されている。
先の次元であの怪物と直接対峙し、死を覚悟する程に意識を張り詰めたクロノの第六感めいた感覚的嗅覚――直感と言っても良いそれが告げているのだ。
――同じだ、と。
クロノくん抑止力疑惑。
いや、冗談ですよ?(目逸らし)