水龍との戦いは長期戦を確信させるに足るものだった。
なのはの砲撃や、フェイトの雷を伴う斬撃、利き腕を失い隻腕でなお超精緻巧妙な魔法を連発させるクロノ。そんな三人の攻撃の尽くが水龍を削りきれない。
理由は簡単だ。結界の範囲数百メートル内の海水全てを己の体積とする水龍は、海面から伸びる頚が何れ程損傷したところでほとんど一瞬で再生する。
ユーノやアルフが魔力の運行を阻害するストラグルバインドで捕縛しても、水龍は捕縛された部位を即座に破棄し新たな頸を形成する。賢しいことに、格頚の核となっているジュエルシードを視認し封印砲撃を放つ頃には、大質量かつ流転する海水が不破の龍鱗となって砲撃を届かせないのだ。
ならばとアルが有効打を撃てるかと言えばそうでもない。破壊力に優れたクトゥグアは勿論、かつてプールで似たような状況を一息に終息させたイタクァも、大質量の海水から成る水龍であれ倒すことは容易だ。
クトゥグアは範囲内の海水全てを蒸発させ、イタクァは届く全ての海水という液体を解け得ぬ固体へと変ずるだろう。神獣弾はそれぞれの神威を顕現させるものであり、異界の神々の威能はその程度を当たり前にこなすからこそ神威。
しかしそうなるとプログラムを魔力で起こす人の力である魔法によって成された封時結界が保たないだろうことはあまりにも当然の帰結であり、水龍を倒す程の大威力を海上とは言え遮るもの無く放つのは躊躇われた。環境、街への被害は勿論、生態系にすら甚大なダメージを叩き出してしまうのだから。
故に、アル・アジフもまた攻め倦ねいていた。
確かにアル・アジフは莫大な魔力を持つが、それはそれだけの魔力を有していないと十全に『獣の咆哮の書』に在る術を扱えないからだ。そして、それだけの魔力を喰らって行われる術式はどれもこれもが明らかな過剰火力。かと言ってそれ以外となるとどれもが火力不足なのだ。
シャンタクを背に、超高速の機動で水龍を翻弄しながら炎熱の魔力を/氷結の魔力を付与したバルザイの偃月刀を叩き付けるが、蒸発した先から他所から補い、凍り付くとその箇所を破棄して新たな頸を成す。
そんな賽の河原めいた状況に、アルも解決策を思い付けない。いや、一息に状況を終息させる手段はある。だが、それを成すことは出来ない。
本来であれば――“魔法少女リリカルなのは”であれば、この海上の戦いはなのはとフェイトの共同戦線と、その後に起こるプレシア・テスタロッサ戦へと続くもの。この戦いで二人は初めて全力でぶつかり、なのはは話し合うだけではどうにもならないこともあると知り、フェイトは伝えることの大切さを知り、友情を育む第一手となる。
しかしなのはとフェイトはこれまでに戦い競争はしてきたが、既に互いに友達として歩み始めているし、プレシア・テスタロッサは憑き物が落ちている状況だ。
ここは本来ならば成長するのに大切なポイントの代替戦場。ここでアルが決してしまうことは赦されない。
「……クロノ・ハラオウン!」
「なんだ!?」
アルは暫し考え、クロノへと話かけた。 お互いに水龍の猛威にさらされながらの会話となるため若干叫びあいの様相だが。
「汝に指揮を任せたい!」
「なんだって!?」
「バラバラに戦っても埒があかん! なれば、作戦を建て効率良く戦うしかあるまい!」
「それは、そうだが!」
「執務官何て言う偉げな肩書きは伊達ではなあろう? 時間は妾が稼ぐ、作戦立案は任せた!」
「あ、おい!」
アルは言うだけ言うとクロノの返事を待たず、ニトクリスの鏡で幾つもの実体を有した虚像を顕現させ、バルザイの偃月刀やロイガー・ツァール、二挺の魔銃で嵐のような暴力を撒き散らしながら水龍へと突っ込んでいった。
「……無茶苦茶だ」
それは押し付けられたことか、目の前で繰り広げられるものに対してか。いわんや、両方である。
ともあれ、アルは宣言通りに水龍の┃注意《ヘイト》を集めている。クロノを狙っていた頚もアルへと向かっていった。稼がれた時間を有効に使うべく、クロノは現状を打破すべくマルチタスクを総動員して作戦を建てる。
「くっ! ええい、鬱陶しい!」
四方八方縦横無尽に攻め立てる頚の一つに絶対零度の刀身を叩き付け、その勢いのままに独楽のように回転して死角から迫る頚へと灼熱する刃を振り下ろす。
凍てつき蒸発させても些かばかり勢いが減んじるだけで、ダメージを与えてる実感を得られない。質量という名の圧倒的な数の暴力は、確実に疲労感を蓄積させ焦燥感を募らせる。――普通ならば。
しかしアルの臓腑に蓄積されるのは苛立ちだけだ。
アル・アジフという異界/異階の魔力がもたらす結果を失念していたスザク。
そのことにまったく気付かず……いやさ露とも考えずに諾々と従った自身。
まるで己は不死不滅だとでも言いたげにバシャバシャ暴れる水龍。
そして、それを屠れる力が、手段があるにも関わらず、なのはとフェイトの成長のためという免罪符を傘に行動する自分。
――苛々する。
確かに【魔法少女リリカルなのは】に於いて高町なのは、フェイト・テスタロッサはメインキャストなのだろう。だが、それと今現在のこの現実になんの関係があるというのか。
この世界は現実だ。
水龍のウォーターカッターのような攻撃は二の腕を貫き血を出させ、痛みと熱を与えてくる。
氷結する凍気は肌を刺すし、蒸発する赤熱は肌を焼く。
その感覚は、痛みは、紛うこと無き現実だ。
ここはマンガやアニメの世界ではない。
現実なのだ。
現実の、何処の世界に齢二桁に漸く届くかどうかという少女をこんな戦いに置くことを佳しとする世界があるというのか。
――有り得ない。あってはならない。
「ロイガー・ツァール!」
螺旋を描く思考はそのままに、アルは十字剣を召喚。投擲する。
風の神性の威を具現した十字剣は水龍の頚の一つを両断する。
しかし液体である水龍に物理的な効果は刹那の効果しか望めない。
水龍の頚は直ぐに何事も無かったように元に戻り――再び両断される。
刹那の効果しか……否。
刹那効果があるのなら、それを永遠即座に繰り返せば、それは永続的な効果へと昇華される。
それはさながら切断斬撃の嵐。出鱈目で規則性の欠片もない反復作業は、修復の暇すら与えず水龍の頚を刻み散らす。
圧倒的で莫大な質量も、その大元から分断され削られ続ければ底を尽くのは必定。
「遅いぞクロノ! そら、まず一ォつ!」
叫び、もはや辛うじてジュエルシードを覆っているだけの水球を赤熱する刃で蒸発させる。
「なのは!」
クロノはアルの快挙を視認するや直ぐ様なのはへと指示を出す。
念話の使えないアル以外の全員になのはの封印砲撃のフォローを指示しながら、自身も幾つもの青い魔力弾を複数斉射しながら他の水龍を牽制する。
フェイトやユーノ、アルフの支援を受け一時的にフリーとなったなのはは既に砲撃態勢にある。
「ディヴァイーン――」
レイジングハートの先端に桃色の魔力光が灯る。
アルは剥き出しのジュエルシードへ他の頚が干渉するのを防ぐべく両手に魔銃を持ち、引き金を引き続けている。
この時、この場にいる誰もがこれで一つ目の封印だと確信した。
だが、同時に思い違いをしていることに誰も気付いていなかった。
ジュエルシードの異相体はそれぞれのジュエルシードを内包した六つの頚である。この認識の誤りを誰もが気づけない。
故に。
「――バスター!」
桃色の極光が奔る。
ジュエルシードに命中してしまえば確実に封印可能だと誰もが確信する魔力密度の砲撃。
フェイトは二つの頚にハーケンセイバーを放ち、
ユーノとアルフは各々頚を一つずつチェーンバインドで雁字搦めにして動きを制限しており、
クロノはフェイトのハーケンセイバーを受けてなお迫る頚へとブレイズキャノンを撃ち込み、
アルは接近していた頚の一つに魔弾の雨を見舞っていた。
誰も彼もが頚水龍の頚に集中していた。
頚は己の損傷を何処から補っていたかも忘れ。
壁が生えた。
ディヴァインバスターを放ったなのはにはそう見えた。
直撃する僅か数メートル手前で、突如爆発するように立ち上った極大の津波が、ディヴァインバスターを飲み込んだのだ。
五つの頚のジュエルシードから魔力を供給された極大の津波は、そのまま魔力を纏った大質量の壁となりディヴァインバスターを咀嚼する。
誰もが驚愕する一瞬の隙を尽き、津波の第二陣が露出浮遊していたジュエルシードを掻っ攫う。
それと同じくして、五つの頚も形状崩壊を起こしたように海面へと沈む。
逃げたのか?
否。
知っただけである。
一つずつでは打倒されると。
ならばどうするか?
バラけて駄目なら、纏まれば良いのだ。
「おいおい、学習能力があるとか聞いていないぞ」
クロノの呟きは全員の気持ちの代弁だ。
ユーノとなのはは、ジュエルシードが逃走を選択する程度の知能があるのを経験として知っていたが、それでもこれはどうなのか。
直径数十メートルは有るだろう太さ。
全長は百メートル程だろうか。
禍々しく輝く三対の瞳が実にらしい。
いったいぜんたいどういう帰結の果てか、六つのジュエルシードは海水毎纏めて束ねることを解としたらしい。
くゆるように超然と浮遊する、全長百メートル程の巨体をもつ三対の瞳の龍がそこにはいた。
「ダメだ! バインドが効かない!」
「砲撃も効かないみたい!」
「っ、雷撃が散ってる!?」
ユーノ、なのは、フェイトが悲鳴のように叫ぶ。
その間も巨大な水龍は己を害する敵を廃除せんと顎を開けて襲い掛かる。
魔力を纏った大質量の海水は、一度呑まれれば溺死するまで逃れる事の出来ない致死の檻だ。
各々高速で飛び回りながら攻撃をするが、海原に小石を投げ込む程度の効果しか見られない。
「クロノ。気のせいでなければ……、難易度下がってないか、これ」
「……まぁ、確かに一体を相手にすれば良いって意味だとそうだが」
「それだけじゃない。奴の目はジュエルシードだ。上手いこと顔を吹き飛ばせば何とかなりそうだが」
「ああ。しかし火力がな……。君の魔術でどうにかならないか?」
「結界崩壊とその後の海水消滅を許容できるなら可能だ」
「ああ、うん、計測した魔力通り出鱈目なんだな」
「なのはとフェイト、汝の三人で最大火力の砲撃を叩き込めばどうだ?」
「ギリギリ、かな。それにはアレの動きを止めて、更にあの防御力を突破しないといけない」
「ふむ。動きを止めるのは妾が受け持とう。防御も妾が抜こう。ただ堅いだけなら何とでもなる」
「アルくん、クロノくん! 二人もちゃんと戦ってほしいの!」
水龍の攻撃を避けつつ散発的に攻撃をしながら作戦会議中の二人をなのはが責める。見れば、他の者たちからも同様の非難めいた視線が。
「サボっていたわけではないのだが……」
「仕方ないさ。とりあえず、方針は決まった。僕は作戦を伝えタイミングを計るから、その時は、任せていいんだな?」
「応とも。そっちこそ、しっかり仕留めよ」
互いに頷きあうと、クロノはなのはたちの方へ。
アルはシャンタクを操り、再びニトクリスの鏡で実体を伴う虚像を出現させる。今度はアル本人も含めた全員が両手に魔銃を持っている。
魔刃鍛造の応用。魔銃鍛造。オリジナルに質は劣るため神獣弾こそ使えないが、魔弾としての効果は遜色ない。魔力体であるため一定以上の魔力の消費か時間経過で虚像は消失するが、今必要なのは持続力でなく火力。問題はない。
「クトゥグア、斉射!」
総勢三十人のアル・アジフが両手に持つ大型自動拳銃が一斉に火を吹く。
さながら爆発音のような銃声は、その実水龍を喰らわんと襲い掛かる獰猛な獣の咆哮に他ならない。
超高温の魔弾は着弾する先から水龍の身体を構成する水を蒸発させていく。
全ての海水を己の身体とする水龍の質量は確かに脅威だが、以前の状態に比べればまだ与し易い。
圧倒的な質量の身体は確かに堅牢だ。しかし、己の体積に上限を設けてしまったことは致命的だ。同じ質量でも、回復力を抜く火力と防御力を抜く火力は別であり、アルが現状使用可能な火力は後者なのだから。
とは言え、蒸発は消失ではなく気化という状態変化。時間を掛ければ還元回復してしまうと言う点は同様だ。
一体、また一体と虚像が消えていく中、アルは焦れるような思いでクロノの合図を待ちながら、引き金を引き続ける。
水龍は形を保ちながらも、既にその巨体を縮めている。だが、その分蒸発した海水が目に見えて霧のように立ち込め始めている。つまりそれは、水龍が回復し始めている事に他ならない。
今はまだアルの火力が勝っているが、何れは水龍の回復速度が追い抜くだろう。
「アル!」
「――っ! 待ちわびたぞ!」
漸く聞こえたクロノの声を合図に、最後に残った弾倉内の魔弾全てを吐き出し三人の射線から離脱する。
それを己の危機と悟ったか、逃走を図ろうとする水龍。
「させぬ! 大人しくせよ! アトラック・ナチャ!」
空間投影した十数ヵ所の魔法陣から血色の魔力糸が伸び、逃げようと蠢く水龍を雁字搦めに絡め捕る。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!」
動きを封じられらもがく水龍の巨体を、クロノの放った百発超の蒼刃が螺旋を描きながら一斉に貫き。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー!」
直後、フェイトの号令直下、四十近いスフィアから一斉かつ連続で雷刃が水龍の身体を余すところ無く蹂躙する。
「レイジングハートと考えた、知恵と戦術、『切り札』の一つ! うけてみて! これが私の全力全開! スターライト……ブレイカー!!」
周囲の魔力をほぼ全て掻き集めた極大の桜色をした極光が、満身創痍というのも生ぬるいような惨状の水龍を一息に呑み込んだ。
数秒間の直射の後、そこには既に大質量を誇った水龍の姿は無く。代わりに、もはや精も根も尽きたと言わんばかりに輝きを失ったジュエルシードが六つ浮かんでいるだけだった。
「終わった……?」
誰の声か、安堵の籠った呟きが、静寂を取り戻した海上上空に溶けて消えた。
疲労感を吐き出すような吐息が誰ともなく聞こえ弛緩した空気が流れる中、それは唐突に起きた。
バサリ、と。
予め設定した者と魔力を持つ者以外は拒む封時結界の中に、有り得ない筈の鳥
の羽音が落ちる。
『素晴らしい。実に素晴らしい見世物だったよ、諸君』
パチパチパチパチ――という乾いた拍手の音と共に反響する張りの良い男の声。
「誰だ!?」
流石というべきか、荒事馴れしているクロノが即座に反応した。デバイスを構え、音のした方向に向き直る。
そこには、
『誰何するのならば先に名乗るのが礼儀だぞ、少年。とは言え、驚かせてしまった私こそ礼を失しているか』
中性の貴族のような服装。
大腿と腕から伸びる漆黒の翼。
何より、漆黒の長髪を頂きながら首から上は鳥を思わせる奇怪な造型をしている。
人のカタチをしていながら、けれどどこまでも人ではありえない異形。
『良かろう、名乗ろうではないか。我が名はグランスルグ・ブッラクモア。死徒二十七祖が一席に名を連ねる者であり、朱き月の僕――と言っても君らにはわからないかね? まぁ、つまりだ』
朗々と唄い上げるように名乗った。
――刹那、風が疾走る。
『君らの敵だよ』
その場の全員の死角へと一瞬で移動し嘯くブッラクモアの手には、六つの青い石――すなわち、ジュエルシードが煌めいていた。