アースラへその報が届いたのと、散布していた十数機のサーチャー全ての映像が途切れたのはほんとど同時だった。
「どうしました?」
『すみません、結界内に何者かの侵入を許してしまいました。加えて、何者かに封時結界の制御をハッキングされ……』
「なんですって!?」
結界の展開維持に回っていた武装隊の隊長からの報告に、艦長以下ブリッジで事態の監視と記録に務めていたクルーに緊張が走った。
管理外世界である地球に魔導師はいない。確かに、なのはのように例外的にリンカーコアを持つ者も居るが、それは例外中の例外だ。また、管理外世界は他の管理世界に比べて、犯罪者が潜んでいる可能性は高いが、周囲――少なくとも海鳴市周辺に魔導師が存在しないことはアースラ側の調査と、セツナ及びアルの証言が証明している。
魔導師の存在は無くとも、未だその実体に謎の多い魔術師の存在がある。しかしこちらについては管理世界側の魔法と地球の魔術は在り方が違いすぎて干渉が非常に難しいというのを、フェイトに検証協力をしてもらっていたという管理者の調査結果が示している。これをアースラクルー、とりわけ艦長であるリンディが無邪気に信用することはできないが、フェイトから渡された検証レポートは疑う余地のない体裁が整えられていた。
だと言うのに、ここに来てその前提が覆りかねない非常事態が発生した。順当に考えれば別口の魔導師がいたというのが自然な考察だが、それは周囲を警戒していたアースラの監視網をすり抜け、複数の武装隊魔導師で構築した結界に干渉し、隠蔽処理をしていたサーチャーを全て潰すというとんでもない実力の魔導師が存在していたという事になる。
(ありえないわ)
最低でもSランクに届き得る魔導師。リンディはそんな者が潜んでいたという可能性を内心で否定する。
管理者という人物はこれまで頑なにアースラ――管理局サイドの魔導師との接触を避け続けている。加えて今回の事件になのははともかく、ユーノやフェイト以外の魔導師の関与にも制限を設けている。
そんな人物が、自分の管理する土地に魔導師が隠れていることを許すとは思えない。
別の可能性として、高ランク魔導師がこのタイミングで介入してきたという可能性もあるが、それこそ有り得ないだろう。この状況で、行動を起こす瞬間まで隠れ続けることなどほとんど不可能なのだから。
「エイミィ、結界内の様子は?」
「ダメです、全サーチャー信号途絶! クロノくんとの通信も断絶されています!」
執務補佐官であると同時に優秀なオペレーターでもあるエイミィ・リミエッタが悲鳴のように答える。状況を確認するための全スクリーンは一様にエラーという文字を映して沈黙していた。
「結界の方は?」
「解析出ました! 封時結界の現在の強度は高ランクの強装結界相当!」
「今出ている武装隊の力では突破不可能です!」
「なんてこと……」
ハッキングされた結界を物理的に突破可能か解析していたランディとアレックスの解析結果は、外部からの干渉は不可能という絶望的なものだった。
「……私が出ます」
「艦長!?」
意を決しリンディ自信が出ることを宣言する。何人かのクルーが驚愕の声を上げるが、構っていられない。
事前の取り決めを破ることになるが、最悪の事態を想定すると動かない訳にはいかない。それが現場指揮官として悪手でも、母親としては。もう、息子が死に瀕するような事態を可能性でも見過ごせない。
しかし現実は非情だ。
「…………ダメです、艦長の魔力と武装隊の魔力を合わせても、結界の破壊は困難です」
解析を続けていたアレックスが悔しそうに告げる。
強装結界並み、あるいはそれ以上の強度へと変じた現在の結界は、オーバーS――それもSS相当の魔力密度だ。B~Aランクの武装隊員たちと総合AA+のリンディではどうあっても破れないという事になる。
血が滲みそうになるほど拳を硬めながら、内心でセツナが居てくれればと考えてしまう。セツナの見せた蜻蛉切りという槍の能力ならば、結界を破壊することも出来たのではないかと。
しかしそのセツナは不在だ。それにもし居ても、恐らくは結界内に居ただろうと考え直す。
居ない人物のことを考えても仕方ない。
「皆、結界の解析を継続してちょうだい! 僅でもいいの、あれだけの広範囲の結界を維持し続ければその内綻ぶかもしれないわ。そうでなくとも、何処かに付け入る箇所があるかもしれない」
リンディの力強い指示に、混乱と暗いムードにあったブリッジが微かに活気付く。
先の事件の負傷が未だに癒えきっていない息子が心配で仕方ない筈なのに、それでも諦めない姿勢に皆が心打たれたのだ。
それだけではない。
執務官という肩書きを持ち、実力のある魔導師とは言えまだ十を幾つか数えたばかりの少年と、十に届かない民間人で協力者の少女たちが前線で戦っているのだ。安全圏に居る自分達が頑張らないでどうするのか。
「私も現地で結界に干渉できないか試してみます。その間の指揮はエイミィ、貴女に任せるわ。皆、頼んだわよ」
全員が指示に応えたのを確認すると、リンディは転送ポートから現地へと転移した。
祈るように、クロノの無事を願いながら。
「……敵、だと?」
『そうとも。私は、いやさ我々は
クロノの訝しむ声に、怪人はジュエルシードを手遊びながらも仰々しく応える。
「それで、その石をどうする心算だ?」
『そうさな、どうしたものか……。ふむ、中々どうして不可解な魔力量だ。私の見立てでは器に対して剰りにも釣り合っていない。こうして手慰みながらも、どうして暴走なり決壊なりしないのか興味が尽きない』
そんな風に言いながらも何かしら干渉をしているのか、ジュエルシードは不規則に明滅を繰り返している。
「やめろ! それは危険な物なんだ、無闇に弄るな!」
『ハッハッハッ! これはこれは……。それでは、君らはそんな危険物を持ち込んだと言うのかね? なぁ、
「――ッ!?」
――空気が、軋むように鳴動する。
その場を、空間を、そこに在る一切合切を殺意が圧そう。
それはまるでまっさらなキャンパスに墨汁を垂らしたように、じわじわと汚し侵すような不快感と予感を与える。
――ここで果てるのか、と。
クロノ・ハラオウンはまだ耐えられた。殺意にさらされるなど初めての事ではない。犯罪者の中には非殺傷設定を解除して魔法を使う者も居たし、質量兵器を振り回す者も珍しくは無い。
ユーノ・スクライアも青い顔をしながら耐えている。遺跡発掘の最中、ガードゴーレム等の侵入者排除用のシステムが生きていたことも稀ではあるが経験がある。それは無機物だからこそシステムに忠実に異物を取り除こうとする。そんな冷たい死の予感を経験しているからこそ、まだ保てている。
使い魔であり、以前は野生の狼だったアルフもこれに耐性がある。子供だったとは言え、連綿と受け継がれる野生の遺伝子は死を身近なものと理解しているのだから。
では、残りの二人はどうか?
高町なのはは魔法に触れてまだ日が浅く、元々はただの小学生だ。そうでなくとも、発端は困っているユーノを手伝いたいという優しい思いが始まりだ。
フェイト・テスタロッサはある程度の期間、魔法について学んでいる。そこには当然魔法の危険性についても含まれる。魔法はともすれば非常に危険な技術であり、使い方を誤れば人の命を奪うものだと理解している。
グランスルグ・ブラックモアと名乗った怪人は、ヒトではない。
ヒトではなく人のカタチをしたものが撒き散らす毒のような殺意に、幼い二人の少女が耐えられる道理はない。
そこにあるのは二つ。
得体の知れないモノに対する根元的なな恐怖と、
今まで明確に意識したことのない、死という根源的な恐怖。
夜闇を怖れる幼児のような思いに意識と思考と身体が支配される――
「引き篭もりの“黒翼”がよく囀ずる。流石は鳥畜生と言ったところか」
大きな声だった訳ではない。
それでも、その可憐な声は苛烈な炎のようにキャンパス諸共染みを焼き尽くすが如く、銅鑼の音のような確かな響きで全員の耳朶を打つ。
「いったいどういう心境の変化だ? オーストラリアの居城から疎まれ者の引き篭もりが極東くんだりまで出てきて……。それに、興味だと? 熱烈な鳥類愛好家で朱い月信奉者の貴様が? はン、冗句にしてもつまらないな」
『……吠えるではないか。流石は“
冷ややかで慇懃な口劇は徐々に毒々しい殺意の侵食を霧散させる。
けれど、張り詰めた弦のような緊張感だけは、微塵も揺るがない。
『興味があるというのも本当だ。本来ならば排除に動くべき君が、世界の部外者と仲良く遊戯に耽っているのだから。況してや、霊地の守護を任とする管理者の姿も無い。どういうことだね?』
「ハッ! それを貴様に語って聞かせる必要が何処に在る? どうでもいいからソレを返せ。そんなモノは貴様に必要無かろう」
『確かに必要は無い。だが、此れだけの魔力貯蔵器、有って困るものでもない』
「……ほう。返す気は無いと? 自らに私闘を禁じた貴様が、妾の目の前で盗人紛いの真似をして、すんなりと帰れると寝惚けたことを考えているのか?」
『ふむ。確かに私闘はせんよ。だが、それとこの状況になんの関係が在るというのかね? …………もしや、真逆もしや有り得んとは思うが、戦いが起きると、そう思っているのかね!? くっ、くく……。くはっ、フフ――――』
声を押し殺して喉を震わせる半人半鳥の怪人。
唐突な異常事態。死の予感こそ緩和されたが、それでもなお弛まぬ緊張感。
アル・アジフという、今この場に居るこの世界で唯一の裏を知る人物以外の全員が、どう動くかを考えあぐねて動けずにいた。
しかし、この時ばかりは動かずにおれなかった。
『――戦いなど起きぬよ。開かれるのは、蹂躙という名の児戯だけだ』
轟、と魔力が迸る。
なのは、フェイト、クロノが咄嗟にデヴァイスを構えた。
アルフ、ユーノは反射的に身構えた。
そして何かに気付いたアルが口を開くより速く、
殆どまったく同時に五つの打撃音が空気を震わせる。
その後に続く硬質な破砕音と固い水音。
なのはとクロノが岩肌に叩き付けられ、フェイトとユーノ、アルフが僅かに還った海水へと没したのだ。
しかし、アルに彼女らの無事を――どころか事実を確認する暇すら与えられない。
『他人を気に掛ける余裕があるとでも?』
シャンタクをマントのように身体に巻き付けて、それでも身を抉るような拳打がアルを襲う。
留まることが出来ぬ程の威力に押され吹き飛ばされながら、それでも無理矢理に巻き付けたシャンタクを広げて空を打ち、どうにか水没だけは避ける。
シャンタクで衝撃を散らし、着撃と同時に飛び退り、水没することを免れてなお、ダメージは無視できない。全身を痺れるような痛みが暴れるように駆け巡り、咳き込む口には鉄の味が広がる。
「……魔術師上がりの癖に肉弾戦とは」
『言ったであろう? 遊びだと』
咳き込みながらも軽口を叩くアルに、同じように軽い口調で断言する。
曰く、戦うに値しないと。
『さぁ終わりかね