「――リリカルマジカル! ジュエルシード、封印!!」
《sealing.》
少女の杖から桜色の閃光が迸る。その輝きは夜闇を引き裂くようにして対象を飲み込まんと駆け抜けていく。
剣呑な雰囲気を察したか。三匹の出来の悪い毛玉は逃走を図るが、その選択は遅きに失した。
桜色の閃光は過たず毛玉を呑み込んだのだ。
光が駆け抜けた先に、今の今まで存在していた毛玉はその姿を消失させていた。代わりに、毛玉を最後に視認できた場所には菱形の蒼い石が三つ、キラリと輝いていた。
「――アレが、ジュエルシード。この物語のキーアイテムにして、擬似願望器……」
少女が蒼い石――ジュエルシードを杖へと収納するのを、少女から遥かに離れたビルの屋上の縁に腰掛けて眺める。
ケータイのテキストを開きタイムスケジュールを確認する。
これが一話に相当し、魔法の才を覚醒させた少女、高町なのはは以降この地に散らばったジュエルシードを封印していく。その数は二十一。
その過程でフェイト・テスタロッサなるもう一人の魔法少女と会合。その後はフェイトとの競争へとシフト。時にぶつかり、時に協力し全てのジュエルシードを封印する。
それが、もう一人の転生者――鳳朱雀から聞かされた概略と、忘れることが無いように、またいつでも確認出来るようにとケータイのテキストにメモした内容だ。
一時装いを通う小学校のものと同じような物へと変えていたなのはだが、それをいつもの服装に戻したかと思いきや慌てたようにしてその場を後にした。
見失わないように妾も屋上から飛び降りる。着地の間際、一瞬だけ飛行翼術式『シャンタク』を発動して衝撃を殺す。なのはが駆けていった方向から大体の予想を着け歩みを進める。
ちらと視線を夜空へと向ければ、同じ方向へと鳩が飛んで行った。どうやら行き先に間違いはないようだ。
スザクから語られたタイムスケジュールは最初の最初。なのはがフェレット云々こそ一本道だが、その先が幾つかのルートに分岐していた。
なんでも、【魔法少女リリカルなのは】は話の本筋にこそ大きな違いは無いものの、TVアニメ版、劇場版、コミック版で細かい部分が違うらしい。
例えば、今回なら。
TVアニメ版ではジュエルシード一つの封印だが、劇場版及びコミック版では三つなのだそうだ。
つまりこの世界線は劇場版、あるいはコミック版に準拠したものになる。と言うことになるようだが、ここで一つ疑問がある。
先程の毛玉。奴はジュエルシードの活性化した魔力が具現化したものらしいのだが、毛玉はTVアニメ版の形態であり、劇場版、コミック版では不定形の黒いスライムめいた靄だと言う。
混線しているのか、合わさった世界なのか。もしくは一時的なイレギュラーか。それともスザクが勘違いしていたか。
あるいは。我ら転生者が存在することで、既存世界群から解離し独自の展開へと進んでいるのか。
結論はまだ出せない。まだ始まったばかりだ。しかし、早い内に判断しなければならない事案でもある。
でなければ、計画が破綻しかねない。
考えながら歩いていると、丁度なのはの気配を察知可能な距離まで近付いていた。
なのはからは姿が見えず、妾からは姿が見える場所へと身を潜めつつ、様子を伺う。
どうやら公園のベンチに座って、例のフェレットと何やら話しているようだ。
スザクとの会合から今日でそろそろ一ヶ月になる筈だ。平穏な生活も終わりかと残念に思う反面、ようやくこの身に記された“チカラ”を振るえるのだという歓喜もある。
それはまるで、初めてナイフを手にした時の高揚感に似ている。
かつて、前世で学生の頃に形見分けとして曾祖父が戦時中に帯刀していた、折られた軍刀を使って造られた小刀を貰った事がある。
それを手にし、鞘から抜いた時。
まるで、自分がとんでもなく強くなったように錯覚したのを覚えている。
小刀と言っても、それは彫刻刀より少し刃が長いだけの鉛筆削り用のものだ。アニメや漫画で見るような所謂ナイフとは異なる物。
それでも、軍人だった曾祖父が戦時中に携えていた刀の一部なのだ。まるで、刀を握っているかのようだった。
そうして暫く経ったある日。不良グループに目を付けられ暴力を振るわれた。原因なんざ覚えちゃい無い。
それでも、その時。
怒りと共に歓喜を得たのだ。
ああ、己のチカラを使う理由が出来た、と。
お気に入りの小刀は常に改造した学生ズボンの隠しポケットに忍ばせてあった。
だから抜いた。嬉々として。それの危機感など一切得ることなく。ただ己の気の向くままに。
結果として。五人いた不良グループの内、一人に刺傷、一人に切傷、そしてもう一人。リーダー格だったそいつには手の甲の肉を抉り切り、頬の皮膚を削ぎ落した。
その後のことは記憶が曖昧だが、複数人から暴行を受け全身に打撲と左手首の骨折、腹部内出血などの被害から正当防衛が認められ、不良グループの親たちも自身の子供の悪行が明るみに出るのを嫌って示談となった。
だが、そんなことはどうでも良い。
その後、冷静になった時。当時の俺はその恐ろしさに震えた。
自分自身のチカラ等ではない貰い物の威容。それに呑まれるままに振るってしまった自分。それを使うことの意味を、結果を全く考えていなかった事実。そうして他者を容易く傷付けた己の行い。
何もかもに恐怖した。
そして、今また。あの時と同じように、貰い物の“チカラ”を振るえる機会を得る可能性に、性懲りもなく歓喜している自分がいる。
自分は何も変わっていないのか? 否。断じて否。今こうして、歓喜する自身を収めようとし悪と断じている自分が確かにいる。
だが、ならば何故こんなにも焦がれる。こんなにも疼く。こんなにも奮えるのだッ!
思考が裡へと向かいループを始めた段階で、なのはに動きがあった。
苛立たしくも答えのでない思考を放棄し、気付かれる事のないように注意しながらなのはの後を着ける。
さきほどの思考を誤魔化すように「客観的に見たらこれスートカーよな」と、投げやりに考える。
高町家にたどり着くと、家の前では恭也さんと美由希さんが待ち構えていた。
「こんな時間に……何処へお出掛けだ?」
腕を組み眉根を寄せて静かに問いかける恭也さん。少し怒っている風でもある。
それはそうだろう。小学生の、それも女の子が外出して良い時間などとうに過ぎている。
「あ、あのその……えっとぉ……」
あわあわと言葉にならない言葉で必死に言い訳をしようとしているなのは。だが慌てふためくだけで効果的な台詞が浮かばないらしい。
小学生である、というのもあるが、桃子さんや士郎さんの育て方がしっかりとしているせいか、なのははこのくらい年齢にしは分別がハッキリとしていて物分かりが良い。大方、心配をかけてしまったという自分の非を認めつつも、魔法との出逢いなんてファンタジーを語る訳にもいかず、結果として言い訳する台詞が出てこないのだろう。
助けてやりたいが、そういうわけにもいかない。そんなことをすれば追求は妾にも及ぶだろう。
なにより、なのはの後を着けることは士郎さんからの依頼でもある。
「なのはが何かをやろうとしているなら応援したい。何をしようとしているのかは気になるけど、無理矢理聞き出そうとは思わない。あの子はいい子だから、きっと悪いことではないだろうし、きっとそのうち話してくれるだろう。でも、親としてはやっぱり心配だ。何をしているのか告げ口をしてくれ、というわけではない。それとなく見守って、もしあの子だけはどうしようもなくなったら手を貸してほしい」
流石は一流の剣術家ということなのか。なのはがこっそりと家を出て、それを気づかれないように追跡しようとしていた妾に、士郎さんはそう語ったのだ。
なのは本人は気にしないようにしているし、家族たちにもそんな気は決してないのだろう。それでも、なのはは家族にどこか疎外感のようなものを感じているようだが、そんなことはないのだ。家族は皆なのはを愛している。ただちょっとだけなのはが皆に遠慮してしまっている。なのはくらいの子供はそんなことを気にせずに我が儘をいうものなのに。
けど、大丈夫だろうと思う。
美由希がフェレットに気付き、なのはをフォローしている。恭也は仕方ないなという顔で、なのはの謝罪を受け入れ、三人は仲良く家の中に入っていった。
そんな兄妹を見ていれば不安はない。
妾も戻るとしよう。きっとあのフェレットを飼うかどうかで家族会議が開かれ、妾も参加を強請されのだろうから。
スザクとの会合で決定した事柄の中に妾の高町家へのホームステイがある。
妾自身は遠慮したかったのだが、未だに姿を見せない他の転生者へのデコイとしてだ、と言われてしまうと否とは言い難い。
あの自称神様の言葉を信じるのなら、転生者は全部で四人になるはず。一年前にこの世界に転生したというスザクは、妾の転生を察知するまでの間に他の転生者を一人も見ていないという。
他の転生者が未だに現れないことには、幾つかの予想が立てられる。
まだ転生してない。
他の場所に転生している。
転生しているが関わる気はない。
そもそもあの自称神様が嘘を吐いている。
一つ目は、妾とスザクで一年という開きがあるのだから可能性は高い。
二つ目は、では何処かという疑問があるが、スザクによればアニメ第三期のメイン舞台であるミッドチルダという異世界の可能性が高いという。
三つ目は捨て置いて、四つ目。嘘を吐く意味も理由もわからないが、逆に本当のことを言っている根拠もないのだ。これは考えるだけ無駄だろう。
ここで問題となるのは一つ目だ。
まだ転生していないのなら、物語進行中に転生してくる可能性もある。そしてその時に、どう行動をするかがわからない。妾やスザクのような者ならば良い。だが、もしも俗に言う踏み台やテンプレだった場合。最悪、計画を台無しにされかねない。
だからこそ、そういった者が転生初期に余計なことをしないように見せ餌を配置する。
そういう輩はこの【なのは世界】のことを知っているだろうし、安直に強力な戦闘系能力を選択するだろう。そうして、その能力を過信し、主役の側にいる邪魔者たる妾へと何らかの行動を起こす。
そうなれば後はこちらのものだ。早期に拘束し計画終了まで邪魔を出来ないようにしておく。どうするかはその時考えれば良い。幸いなことに、妾にもスザクにもその手段はある。
スザクの言う最初の悲劇。
テスタロッサ親子の消失を考えうる最高の結果で回避するには、余計な邪魔は存在してはならないのだ。
ところで、ホームステイをするにあたり高町夫妻にそれをどう頼むのか、という問題が発生した。
宿泊させてもらってはいるが、そもそも喫茶店の店員と客でしかなく、宿泊も高町夫妻の善意に甘えているに過ぎないのだ。
確かに、このまま普通に頼んでも快諾されそうな気がしないでもないが、やはり余計な迷惑を掛ける以上は通すべき義理がある。
此れに対し、スザクは我に腹案ありと笑顔で応えた。言うまでもないが、嫌な予感しかしなかった。
結果を先に言うと、嫌な予感は的中した。
妾の後見人だと言って高町家を訪ねたのは、仕立ての良いスーツを着こなす白髪黒人の男性だった。加えて言うのなら、戦闘中のアイテム使用に激怒したり、弱肉強食を国是にしてたりしそうな声をしていた。
ぶっちゃけアウグストゥスだった。
【デモンベイン】に於ける悪の組織『ブラックロッジ』の最高幹部『アンチクロス』の一人にして、最終局面で『ブラックロッジ』総帥[マスターテリオン]を裏切り、上半身裸にマントを羽織って王冠を被り『地球皇帝』を名乗ったものの、最後の最後まで自分が真の黒幕の化身の一つに過ぎないと気付かなかった、あのアウグストゥスだった。
「突然の訪問、誠に申し訳ない。私はこのアル・アジフの後見人を務めているアウグストゥスと申します」
あろうことかそのまま名乗る始末。
そうして挨拶もそこそこに、妾が日本を気に入ったこと。自分は後見人を名乗るものの仕事で世界を飛び回り、ろくに顔を合わせることがなく寂しい思いをさせてしまっていたこと。初めての一人旅で赤の他人である自分によくしてくれた高町家の人々に大変な恩義を感じると共に、物心付く前に亡くした両親の面影を感じたこと等々。
よくもまぁそんなに舌が回ると関心するやら呆れるやら、まったく妾に口を挟ませずにあれこれと言葉を重ねていった。勿論、その内容は全て初耳だ。妾が一人旅をするのはたった一人の肉親だった姉もまたかつて一人で世界を回り見識を広め、そのことに影響されたとか。妾が男なのに女子の格好をするのも、憧れの姉に近づくためだとか。その姉の名前は[エセルドレータ]というのだとか。
もうね。
確かにスザクに任せてしまい、善は急げだと言う言葉に否やも唱えなかった妾にも非があろう。
しかしだ。事前に大まかなバックストーリーくらいは聞かせてくれても良いだろう。今後は奴の語った、もとい騙った経歴から逸脱しないように言動を気を付ける必要があるのだ。
この後でスザクの米神に五十口径の魔銃を突き付けて語り合うことになったのは言うまでもないだろうし、この行動は当然であると言うのは確定的に明らかだ。
ちなみに、アウグストゥスはスザクが『道具作成』を主張し造った人形に、『変化』を主張し借体成形したものだ。なんでも妾と出逢う前に計画していた案では、最終局面に於いて全ての黒幕として地球皇帝を名乗り時空管理局に敵対するために造ったらしい。使うことが無さそうだから、せっかくなので今回使用したとかほざいていたが、そのまま封印処理しておけと言いたい。と言うか言った。
そんなわけで、妾は高町家の面々に要らぬ誤解を与えたままホームステイをしている。最近、どうも桃子さんや美由希さん、なのはまでもが妾が男であることを忘れているような気がして仕方がない。士郎さんは家族が楽しそうにしているなら気にしないスタンスらしいし……。唯一、恭也さんのみが男として扱ってくれる。その度に女性陣から風当たりが強くなる事には、本当に申し訳ないとしか。
その後、フェレット――ユーノという名前らしい――は高町家で飼われることになった。
翌日からなのはは一人で起きれるようになったばかりか、早起きをするようになった。どうやら早朝の公園の人気のない場所で、ユーノを伴い魔法の練習をしているらしい。
そんな少しの変化を伴ってから数日が過ぎ。
その事件は起きたのだった。