リリカルなのか?   作:コカ・と栗鼠

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第六話:Howl

 その日。高町家は家族ぐるみで付き合いのある二組を伴ってレジャープールに来ていた。

 妾は当初、周辺警戒のために参加するつもりはなかったのだが……

 

「ダメよ、アルちゃんも今は我が家の一員。一人だけ仲間外れにはできません」

 

 という桃子さんの一言に始まり。

 

「あ、もうアルちゃんも含めた人数で予約してるから」

 

 と美由希さんが便乗し。

 

「い、いやしかしな。気持ちは嬉しいが妾は水着など持ってなくてだな」

 

 と妾が必需品不所持を理由にするも。

 

「こんなこともあろうかと用意しておいたの!」

 

 というなのはのアシストが入った。

 ぐぬぬ、とたじろぎながらも助けを求めて男性陣を見れば。

 

「桃子の水着姿か……」

 

 等と呟きながら嬉々としながらもどこか物騒な雰囲気を身に纏いつつ用意をしている士郎さん。ほとんど口を動かさない蚊の鳴くような小声で、「不埒な目で見る者が居たらどうしてくれよう……」なんて聞こえた。ああ、これアカンやつだ。

 残るもう一人の男性に目を向けるも。

 

「ブーメランで漢らしさを魅せるか……。いや、無難にトランクスタイプで抑えるべきか……」

 

 なんて物凄い真剣な顔で悩んでいた。

 なんなんだよこの家族。なんでこんなに嬉しそうに楽しそうにしてるの? え、プールだよね? 旅行じゃないよね?

 

 そんなこんなで。

 妾もなし崩し的にプールに参加することになった。

 参加者は高町家フルメンバーと妾とフェレットのユーノ。

 バニングス家はなのはのクラスメイトであり親友の一人、アリサ・バニングス。長い金髪と勝ち気そうな瞳が印象的な美少女だ。生憎と仕事の都合でバニングス夫妻は不参加だが、随伴で執事の鮫島という初老の男性が参加している。金持ちらしい。

 そして最後に月村家。こちらは月村家の当主だという月村忍さん。艶やかな長髪とグラマラスなボディの美人だ。なんでも恭也さんとは恋人関係らしい。何気に恭也さんもイケメンだし、美男美女でお似合いですね爆ぜろ。そして月村家のメイドだというファリンとノエルのメイド姉妹。姉は何処ぞの瀟洒なメイド以上にメイド感あふれる美人。妹は姉に劣るものの、細かい所に気が付く可愛らしい娘さんだ。

 だが。そんな彼ら彼女らへの関心は、その少女を一目見た時に消え去った。

 暗い色の長い髪。可愛らしくも控えめな雰囲気。まるで夜空で月に寄り添う星々のような……。

 月村すずか、という名前らしい。忍さんの妹で、なのはのクラスメイトでありもう一人の親友。

 

「――で、こっちがアル・アジフちゃん。少し前からうちにホームステイしてるの」

「ふーん、なのはが前から言ってた子ね」

「かわいい子だね」

 

 嗚呼。鈴が転がるような、というのはこの娘の声を指して言うに違いない。聴く者の心に染み込むようなこの声の前には、たとえミューズの奏でる如何な調べも歌声も決して敵うことはないだろう。

 

「ちなみに、男の子なの」

「……ええぇーーーーっ!?」

 

 その場にいた高町家以外の者たちの驚愕の叫びに、トリップしていた妾の意識は強制的に現実へと引き摺り降ろされた。なんだというのだ突然。

 

「あ、アンタ男なの!?」

「ん? うむ、如何にも」

「それじゃあなんでそんな格好してるのよ!」

 

 そんな格好と言われた今の装いを確認してみる。

 黒地に白いラインが入ったスカートの付いたセパレートタイプのスポーティーな水着だ。いつもは下ろしている長い髪も、今は頭の両サイドでお団子状に編み込んでいる。つまるところ、【デモンベイン】作中のインスマス事件の際の格好だ。よく用意できたなというか、何故あるのだというか。まぁようは世界の意志的な避け得ぬ何かなのだろうから、深くは考えず。

 

「……ふむ。似合っておるだろう?」

「それ女の子用の水着でしょうが!?」

 

 無い胸――あっても困るが――を張って答えたら怒鳴られた。

 

「それ、わたしが選んだんだよ」

「って、なんでアンタもこんなの選んでるのよ!? おかしいでしょうが!」

 

 うがー、と叫ぶアリサ。

 妾となのはは互いに目を会わせ、

 

「?」

 

 揃って首を傾げた。

 

「な・ん・で! 不思議そうにしてるのよ!?」

 

 そんなことを言われてもなぁ。

 

「ま、まぁまぁアリサちゃん。似合ってるんだからいいじゃない」

「すずか!? アンタまで何言ってるのよ!?」

「……ダメだよアリサちゃん。こういうのはさっさと慣れないと、きっと無駄に疲れるだけだよ」

 

 地団駄を踏みながら髪を掻きむしる金髪少女を傍目に、妾はすずかに似合ってると褒められて顔が熱い。きっと耳まで真っ赤になってるんじゃないかと不安になるが、こればっかりはどうしようもない。

 前世では彼女居ない歴イコール人生であり、今生はこんな形だしきっとそんな機会は無いものだと思っていた。

 嗚呼そうとも。認めよう。初めてのこととは言え、何処ぞのラノベ主人公であるまいし気付かない訳がない。

 妾は。月村すずかという少女に一目惚れをしたのだ。

 

 ――だからと言って、直ぐ様どうなるわけでもないのが現実だ。

 そもそもが異性と遊びに行くという経験すらもなく、辛うじて日常会話をこなせる程度の異性経験しかないのだ。何をどうすれば良いのか全然まったくわからない。

 今は皆それぞれ思い思いにプールを楽しんでいる。

 なのはは忍さんやメイド妹・ファリンさんを伴ってウォータースライダーを滑りに行き。

 泳ぎが得意でないというアリサはメイド姉・ノエルに泳ぎを教えてもらっている。

 恭也さんは良からぬ噂が最近になって頻発しているという話を聞きいて、不埒な輩がいないか周辺を見回りに行った。

 高町夫妻は完全に自分達だけの世界を構築して仲睦まじくキャッキャウフフしている。ちなみに、今日の翠屋はバイトさんやパートさん達で回しているらしい。

 そして、我が愛しの天使すずかは美由希さんと競泳している。ガチで。

 小学生と高校生。加えて女性である。なんて事実は些末な問題であるらしく、その速度たるやちょっとした記録が残るんじゃ無いかという程だ。この競泳用エリア――コースが区切ってある――の周囲にはあまり人が居ないため、ややの驚愕の声こそ聞こえるが騒ぎにはなっていない。

 と、まぁそんなことは置いといて。まるでマーメイドのように水中を自在に泳ぐすずかの勇姿に、妾は二物を与えた天へとグッジョブ連呼。プールの縁に座って水に足を付けながら観戦中だ。

 

「楽しかったー! もう一回やるの!」

「なのはちゃんは元気ねぇ。私は少し休憩するわ。ファリンはどうするの?」

「私はなのはちゃんにお供します!」

「そ。まぁ程々にね」

 

 どうやらウォータースライダー組が戻ってきたようだ。

 どうでもいいが、ウォータースライダーに止まらず、流れるプールに競泳用、子供用、遊戯用、ついでに温水プールと各種揃えられているこのプール。なんと屋内にある。前世ではこういった施設に行った事がないためわからないが、ちょっと大きすぎじゃないかと呆れてしまう。

 

「あ、アルちゃん! なにしてるの?」

「うむ、すずかの勇姿を応援しておる」

「わぁ、お姉ちゃんもすずかちゃんも速ーい!」

「アル……くん? ちゃん? は泳がないの?」

「……う、うむ。その、なんだ」

 

 忍さんの言葉にビクッと身体が震えてしまう。

 泳がないのではないのだが、それを口にするのを意地というかプライドというか恥ずかしいというか、とにかく口ごもる。むぅ、なんて答えたものか……。

 そんな風に内心で無難な言葉を考えつつも、目と意識はすずかから離れない。否、外さない。

 

「あ、決着したみたいです! 美由希さんの勝ちみたいですね」

「うーん、すずかちゃんも速かったんだけどな~」

 

 そんな風に話しながら、なのはとファリンは健闘した二人にタオルを持って行った。

 むぅ。やはり高校生と小学生という年齢差が原因か? すずかが負けてしまったことを少し残念に思う。

 

「うちのすずかのこと、応援してたんでしょ? 行かないの?」

 

 二人について行かなかったらしい忍さんがそんな風に訊いてくる。

 残念そうにしながらファリンからタオルを受け取っているすずから視線を切り、なんとなしに忍さんを見上げる。

 その顔には優しい表情ながらも何かを期待するような色が窺えた。なんだ? とは思いながらもとりあえずは疑問に答える。

 

「親しくない者にいきなり声をかけられても困るであろう?」

「かもね。あの子人見知りだし」

 

 その言葉に、僅かな絶望感を抱く。経験不足によってただでさえ難易度が高いというのに、更に難度が上がってしまった……。

 

「でもほら、人と人なんて最初は親しくもないのが当たり前なんだから物怖じしないでガンガン行かないと!」

 

 絶望感が顔に出てしまっていたのか、慌てたように明るく言い募る。

 確かに忍さんの言う通りだ。後込みしていては何時までも先には進めない。チャンスが訪れるのを待つのではなく、見つけるものだとかいうのを何かで見た気もする。

 

「そう! 何事も当たって砕けろよ!」

 

 …………砕けるのか……。

 

「ああっ、この子面倒臭い!」

 

 そうやって一喜一憂させられていると、唐突に空気が変わったのを感じた。

 今の今まで隣に居た忍さんの姿が消えている。

 

「これは――っ!?」

 

 視界の隅で、円の中に二重になった四角形を内包した魔方陣の上に二足立ちしているユーノを捉える。

 どうやら何かしらの結界魔法か何かを展開したらしい。

 が、そんなことはどうでも良い!

 

「きゃあああ!」

「っ! アリサちゃんとすずかちゃんの声!?」

 

 視界の先で、不定形の水の怪物がすずかとアリサを触手めいた水の束で捕らえていた。

 視界を閃光が灼く。

 この時この瞬間。

 思考というプロセスの介在を要することなく。

 

「――マギウス・スタイル」

 

 スイッチが切り替わった。

 紙と紙の擦れあうような音が幾重にも重なり不協和音を奏でる。

 何処からともなく現れたらソレらには膨大な量の知識が記されていた。

 ソレは正気をして解読を成し得ることの叶わぬ異界の法。

 狂気によって記され、狂気を超越した怒りによって初めて読み解くことが赦される術。

 強靭な精神を恐怖で染め上げ、狂死することを担い手に強いる狂詩。

 外法を持って外道を屠る刄にして弾丸。

 ソレら全てが“獣の咆哮”そのものである。

 

「なのは! 広域結界を張ったけど範囲が広すぎて中にまだ人が――え!?」

「な、なに……? え、アル、ちゃん?」

 

 なのはとユーノが何事か話しているが、そんなものは今の妾の耳には一切入らない。

 

「なんなのよ、コイツ!?」

「ぬ、脱がされちゃうぅ……」

 

 ついに水の怪物は決して行ってはならない行動を起こそうとしていた。

 全ての頁が妾へと貼り付くように吸い込まれると同時、

 

「――ロイガー・ツァール!」

 

 二本の小剣が重なることで形作られた歪で巨大な手裏剣を投げつけた。

 狙いなど付ける必要はない。放たれたロイガー・ツァールは必断の意思に応え、すずかとアリサを捕らえていた水の触手を容易く切り裂く。

 

「バルザイの偃月刀!」

 

 水である。どうするか? 

 凍らせる? 未だすずかもアリサも水中にいるのだ。万が一にも被害を被らないとも限らない。

 蒸発させるか? 跡形も残らずスッキリしそうなアイデアだ。しかし、その被害は無視できない。怒りに任せ一時の激情で成していい事態ではない。

 ならば――

 顕現した一枚の板――否。これこそがバルザイの偃月刀。魔術師の杖にして敵を狩る剣。悪しきから身を守る盾。

 右手に握ったバルザイの偃月刀を水の怪物へと投げ付ける。

 

「魔刃鍛造!」

 

 投げ付けた一本を起点に複数のバルザイの偃月刀が顕現する。

 

「霊験あらたかなる刃よ 吾に背く諸悪を 尽く殺戮せしめん」

 

 謳い上げる詠唱に反応し、バルザイの偃月刀の群れが水の怪物を囲む。己の周囲に浮かぶそれを敵対者と見たか、複数の触手が振るわれた。

 それがどうした。

 

「――往けッ! 久遠の虚無へと還れッ!!」

 

 号令に従い、対象を殲滅せしめんと偃月刀が水の怪物へと殺到する。

 上下左右。縦横無尽。天地無用に敵を斬殺し尽くすことで、結果として守護を完遂する。これこそが、超功性防御結界――魔刃結界である。

 

「す、すごい……」

「え、え~!? アルちゃんも魔法使いなの~!?」

 

 意思無き水そのものとなるまで蹂躙斬殺の限りを持って切り刻まれたそこには、もはや何も残ってはいない。

 そう、何も残っていなかった。

 

「――チィッ!」

 

 思わず舌打ちしてしまう。

 一体を消され危機感でも覚えたのか、プールの水面が泡立ち、隆起していく。

 

「うわ、たくさん増えたの!」

「分裂して、増殖している……。まとめて封印しないとキリがない」

「つまり、まとめて封印とやらが出来れば終わるのだな?」

 

 なのはとユーノの会話に割り込む。

 いつの間に変身したのか、なのはは何時ぞやの改造制服みたいな魔法少女スタイルになっていた。

 

「あ、アルちゃん!? その格好 ていうかアルちゃんも――」

「話は後だ、なのは。で、ユーノ。答えよ。全てまとめて封印すれば終わるのだな?」

「は、はい! その筈です!」

「わかった。ならば纏める役は妾が担う。なのはタイミングを見て封印を。ユーノは」

「――て言うかちょっと待ちなさい! なんなのよこれは! 水のお化けとかそっきの剣が一杯のとか!?」

 

 方針を話しているとアリサが怒鳴り込んできた。その顔は興奮のせいか、怒りか、羞恥か……おそらくは全ての要因で真っ赤に染まっている。そんなアリサの後ろではすずかも、おそらくこちらは羞恥で顔を赤く染めて俯き、恐怖故だろう身体を震わせていた。許すまじ。

 

「――とろあえずユーノ。この二人の避難を頼めるか?」

「ハ、ハイ!」

「ちょっと待ち」

 

 ユーノが魔方陣を光らせると、まるでそこには最初から誰も居なかったかのようにアリサとすずかは姿を消した。

 何処と無く、[ネロ]の“消去”が思い出され不安になるが、あんな物騒な事をこのフェレットがする筈はないと意識を切り替える。

 こうしている間にも、水の怪物はまるでアメーバか何かみたいに増え続けているのだ。

 

「では、始めるぞ。抜かるなよ」

 

 なのはとユーノの返事を待たず、シャンタクを起動し背中に漆黒の翼を背負う。

 

「イタクァ」

 

 左手に蒼い光が集い、一つの形を結ぶ。

 それは重厚かつ流麗でありながら冷たい一丁の銃。

 リボルバー式のそれは、銃身のブレを押さえるために弾倉の一番下から弾丸を発射する機構を備えている。見るものが見ればマテバオートリボルバーだとその銘を告げるだろう。

 しかし否。

 これは銃にして銃に非ず。

 四十六口径の砲身から放たれた弾丸は敵をどこまでも自動追尾し、その急所を確実に抉り破壊するのだ。

 しかしそれもまた真価足り得ない。

 風を司る旧支配者イタクァを憑依させ、その力の一端を顕現せしめる。

 故に、此は魔銃。

 ――弾倉に一発の弾丸を込める。

 如何な魔銃と言えど、それだけでは神にも等しい力を振るうには不足だと言わざるを得ない。

 イブン・ガズイの粉薬。

 特殊な製法で作られたその弾薬と魔銃。そして旧き者共を記述した“獣の咆哮”の三位一体によって初めて、その暴威はカタチと成る。

 

「風に乗りて来たれ! いあ イタクァ――」

 

 引き金が引かれる。

 小さな体躯の細腕を食い破らんとする暴力を、魔術付与した身体が受け流す。

 

「――神獣形態!!」

 

 放たれたのは弾丸の筈だ。

 しかし、敵を屠らんと翔るのは蒼氷の一角竜である。

 これが、この威様こそが風を司る旧支配者、“風に乗りて歩むもの”の異名を持つイタクァの力の一端!

 蒼氷の一角竜は風のような疾さでこの場に在る全ての水を凍結させる。

 さぁ、下拵えは十分だろう?

 

「やれ、なのは!」

 

 茫然とした様子のなのはを叱咤する。

 

「――ッ! いくよ、レイジングハート!」

《OK!》

「封印すべきは忌まわしき器 ジュエルシード! 封印!!」

《Shooting.》

 

 なのはの構えた杖――レイジングハートの砲身を魔方陣が囲い、幾丈もの光が放たれる。

 

「なっ!? 複数ロックに、収束系の上位魔法!?」

 

 ユーノが何やら吃驚しているが、正直それどころではない。

 プールの水を全て凍らせたことで気温が下がったからだろうか。煮え滾る怒りに焦がれていた意識が、急激に鎮まっていくのを感じる。

 ――ついカッとなってヤってしまったが……。

 これ、不味いよな。

 ジュエルシードは無事封印され、どこにどう隠していたのか、女性ものの下着やら水着やらが宙を舞っている。どこかで観たことのある光景だ。と目を背けるようにどうでも良いことを考えてしまう。

 

「これって……」

「魔法が解けたから持ち主の所に戻ってるんだ」

「そっか、よかった」

 

 よくない。

 非常に今さらではあるのだが。

 一仕事終えて笑顔で一息吐いているなのはを尻目に、妾はこの後どうするかで頭を抱えざるをえないのだった。

 

 

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