──その邂逅は、特段『どうして』等と疑問と焦燥を抱いてよい程、不条理なものでは無かった。コバナは単にブラウが友と呼んだ男、バアルとの接触を図らなければよいだけの話であり、手中の情報を整理すれば自ずとリスクも想定できる局面。
結局の所、今この瞬間自身の心臓目掛けて、鷹が獲物を狙う時の様な視線を受けているのは自業自得に他ならない。
夜闇の中でも輝く銀髪、逆に闇へ身を隠す者を逃さない銀閃輝く瞳に、目算百七十後半の身長は美男子と美少女の境界を揺らがせる。『王剣』ルゥナ・フライが纏う気品さは、内側に隠れた殺傷力を誤魔化すための代物か。
頭の中は相も変わらず空っぽで、コンコンとノックをすると子気味良い反響音が聞こえてきそうだ。
「──君の心臓に刃を突き立てる前に、名前を聞いておきたいんだ。教えてくれるかい?」
「…こっ、こばな、朱花小花」
「良い名だ。この世界に黒の色彩で咲き誇る花があれば、君に送っていただろう。それも…君が『異人』でなければの話だが」
一触即発の状況で、開け動けと唇に念じるがピクリともせず、緊張のあまり酸素を補給するので精一杯。文字通り生殺与奪が握られている状況で、コバナの思考は混迷を極める。
あの空間以外の場所で死んだらどうなるのか、そもそも死んでも大丈夫な事がバレたらどんな目に合うのか、というか、平静を保てていない自分が『死』の苦痛に耐えられるのか。
「ッ──私のッ、私の話を聞いてくれませんか!」
「駄目だ。君の瞳には『欲』がある、現に君は己の権能でこの国の経済を破綻させかねない交渉をしようとしていたしね」
「それは……それはだって!急に異世界に飛ばされてきて、何も分からないまま路頭に迷って!!お金が無いと何にもできない!私にそのまま飢えて死ねって!?」
「ああ」
「───」
端的な返しだが、端的であればあるほどにコバナの心臓を恐怖で締め付ける。吐血してしまいそうな感覚が、ルゥナの腰に見えるショートソードに刺し貫かれた記憶と共に押し寄せてきた。
心臓というものが、筋線維の塊であり、ちぎれるしほつれるものである事を身体が未だ覚えたまま、
「この世界に根付き生きる全ての命の為に、ここで大人しく死んで欲しい。……頼む」
「たの──。頼むって、は、はは…」
「命は等しく尊重される。君も、君以外の存在も。けれど君はきっと自分以外を尊重できない、命に……敬意を払えない。だからこのまま何も理解せず、私という理不尽な暴力に襲われ死ぬことを恨んでいい。怒っていい。憎んでいい」
「そんな勝手に決め」
「自分を尊重できない者に、他者への尊重を求めるのは酷だ」
──言葉を、吐き出せなくなっていた。
記憶が喉に蓋をしているわけでも無い、脳内が真っ白に染まってもいない。それでも、明花小花は目の前の殺人鬼に異論を吐けなかった。
「ではコバナ嬢。お別れの時間だよ」
「い、嫌、いやだ」
「もし生まれ変わる事があれば、次は友人として」
「ぅ」
「さようなら」
■
くるり、視界は一回転。
ともあれば、首を絶たれたと考えるのが自然だろうか。
「…──」
「おや?ああ…お帰り、私のコバナ」
「………ただいまー…」
痛みも無く、苦しみも無く、綺麗に両断された。
手加減というものが一切感じない、最早美しいまでもある殺意を浴びせられて、視界が明滅する。
「言うのが遅くなってしまったが、この領域外で死んだとしても君の『魂』とも呼べる因果の塊が私の手に在る限り復活できるよ。……残機って言った方が伝わりやすい?」
「言うのが遅すぎるわバカタレ。残機ね、残機…あと何個残ってるの?」
「一個」
「────」
気が付けばコバナは、転移した時と同じ青空を眺めていた。復活地点がここに固定されているのは幸運なのか不運なのか。
ディスプレイ・ドラゴンを瞳に収め、いつもの通り『失敗したなぁ』と心へ悪感情を鎮める。醜態を晒そうともそれはそれ、これはこれで乗り切ろう。
メンタルは特別強いわけじゃない。深い傷は一生残ったまま、スライムの様に再生しては壊されを繰り返しているだけ。
「…はぁ。やっぱ全部忘れて旅にでも出よっかな、てかなんでお前は私の子供時代の見た目になってんだ」
「色々調節を、ね」
「………残機を増やす方法って?」
「上手く伝えられないが、ある程度の『因果』を蓄えた状態のままここで自死してくれれば増える。セーブポイントの更新的な…。残機は時間軸順に消費されて、一度消えればセーブ事無くなる」
──。
解説が物凄くゲーム的で分かりやすい。助かると言えば助かるが、異世界から急に現代に引き戻された感じがして違和感の方が勝る。
今で言えば、首を吊って死んだ時のセーブが無くなったという訳か。──因果を蓄える、というのが抽象的過ぎて理解しづらいけれど、
「要はズル対策でしょ。無限に残機を増やせないように、ちゃんとストーリーを進めてからセーブしろと」
「あはは、そんな感じかも。…にしても、こっぴどくやられたねぇ……」
「うるさい」
「君が外界で死んだ瞬間、その時に抱いていた感情が私にも流れ込んでくる。──おや、蒸し返されたくはないよね、ごめんごめん」
「チッ」
目の前のノンデリは置いておこう、大切なのは次への投資、次の手を考える事。そう思い指を立て、確定事項をコバナは口ずさむ。
「ルゥナ・フライは即死モンスター。出会うイコールゲームオーバー」
「一日身を潜めてみるor残機を先に増やす」
先程までの嫌悪感と恐怖を消すために、左右へ体を揺らしながらあの化け物の対策を考える。ヒントになったのはブラウの台詞、コバナの知らない所で陰謀が渦巻いているならば、一旦いなす姿勢を取ってみても良いかもしれない。
後は情報収集の為に残機を集め、死ぬ気で、それこそ死んでも情報を集めまくる。ひ弱な己が出来るのは、何度でも再生するメンタルと命を盾にゾンビ戦法しかないのだから。
「強くなる方法はゼロ。魔法は使えない」
「私に捧げ物をしてくれるなら、権能を与えても良いけど?」
「──おい。さっきから重要な情報を後出ししまくるな、殴るぞ」
「いやなに、困った際は助け船を出したいという親切心さ。それに『捧げ物』もそれなりに重い」
「…例えば?」
「そうだねぇ…例えば、『涙』とか」
「ん……んぅ?」
「ソレを捧げれば、君は『涙する力』を失う。今後一切、感情表現においても生理的現象においても、二度と君の瞳から涙は零れてくれない」
「却下で」
「そういうと思った」
それはつまり、ゲームで感動して涙する権利を奪われるという事で、自身の楽しみ方的に絶対取れない選択肢。
例えどんな窮地に追い込まれても、最初に誓った想いを裏切れない。誰にも自分の人生を壊させない──それは『自分』に対しても同じだ。
抜け殻の様な命を謳歌させられるのならば、死んだ方がマシだ。言葉の綾でもなく、実際にこの世界で死んで見せた。
面白くないイコール、死。面白ければ、なんでもいい。
「そこに惚れたって言ったら嫌われるかな?」
「キモ」
「…悲しい。ああでも、ブラウ・タバタはそんなに『面白い』かい?」
「面白いっていうか、今は私がつまらなすぎてブラおじを見ていたほうが『面白い』かも」
「ふふっ。だから──逃げないんだね。自分の選択から」
矜持に傷がつくとでも言おうか、そも、朱花小花の人生は矜持とプライドの集合体なのだ。社会に出るにつれて控えさせなくてはならないソレらを、今更変えることが出来ようか。
「次だ次、ささっと残機増やしてブラおじを助ける」
「ついでに、揚げ物野郎は仲間にしてやる。最強の敵が敵のままとかつまんないよなっ!!」
「──エゴとエゴのぶつかり合いだ!最後に立ってるのがどっちなのか、勝負しようじゃん!」
「そうだとも。君は世界で一番我が儘なお姫様なんだ、ここでうじうじしている暇は無い」
「進みたまえ、アヤカ・コバナ。世界は君の
「──元より、この世界は君達の居場所だったのだから」
■
──目が覚める。
「───」
「───。あぁ…」
「……」
口いっぱいに広がっていた恐怖は消えた。
心を染めていた後悔は外へ流れていった。
頭の中を埋めていた空白は追い出された。
──さぁ、さっさと立ち直らないと。
「よし」
ルゥナ・フライとの遭遇は依然として致死と同義だが、彼自身を攻略できない程でも無い。行動パターンと行動理由、それさえ分かれば即死徘徊ユニットに格落ちする。
裏切り野郎──バアルとの接触はまだ保留。
味方にするにはどうすればいいか、判断材料が足りない。完全にこちらの手駒にできる場合に限り手を出そう。
残機の増加条件は『因果の蓄積』。抽象的で意味不明に感じるかもしれないが、恐らくはそこまで気にしなくていい。検証の為に突っ込んだあの時でさえ『セーブ』として判定されるのならば、よっぽど孤立無援の状況以外心配する必要はない。
これから先は積んで、死んで、また積んで、また死ぬ。賽の河原の石積が如く、攻略の土台が出来上がるまで積み上げ続けるゾンビ戦法の極致。どれだけ傷ついても、立ち上がり続けないのなら私に存在価値は無い。
とっくの昔に、分かっていた事だ。
「…──あのっ」
「あら?どうしたの?こんな場所に一人で…」
──故に。
切り口は、多い方が良い。
「む、無茶なお願いだっていうのは分かってるんですが、そのっ…」
「──私を、匿ってくれませんか!」
声を掛けるのは、ブラウが親しげに話していた受付嬢らしき人物。神の地下墓へ挑戦する冒険者の出入りを管理する──クリス、という女性へ話しかける。
私に求められていることは三つ。残機の確保と、陰謀の把握、そしてルゥナ・フライへの対処。必要とあらば、私は私の手を血で染めてやる。
「匿うって…」
クリスの瞳が困惑しながらも揺れた。
驚きか、警戒か、それとも別の感情か。どれでもいい。重要なのは『反応があった』という事実だ。憂い気な表情も何もかも、出来の悪いNPCの設定だと思えば恐れはなく、そして欺瞞も無畏へ。
「私…誰かに攫われて、気が付けばここに居て……お父様やお母様からは、こんな時にどうすればいいか教えられず…」
「う、うーん…」
「お願いします!どうにか家に連絡がつくまで、悪い人達から隠させてほしいんです!そうでないと私…──殺されてしまうかも」
「───!!」
ブラウ・タバタの思い出が詰まった指輪を身に着ける。それは最早血に沈んでいて、微かに元の見た目が見えた数時間前とは違い、原形が分からぬ程に黒い血がこびりついている。
いつの間に──という疑問へ答えるなら断頭された後、広がった血の池にて浴を浴びたのだろう。おぞましい事この上ない。
だが、糧にはなる。
「殺される…!?」
「この異人の秘宝を狙った者達の手によって──です」
血のリングと化した指輪を虚飾で塗りたくる、教養のある人間に対して『異人』の単語を音にするだけで自分の位を理解させられるのならば、危険札も安全択へと化けると信じて。
──全ては、私の執念を早く終わらせる為だ。
昔からそれだけで生きてきた。
今思えば、そうだなぁ──『満足』を手に入れた時点でもう、楽園の中に居た私に生きていく理由も価値も無かったのかも。
「助けて……もらえませんか……?」
やはり、ドブ川の魚がドブ川でしか生きられないように、下水のネズミが下水の中でしか生きられないように、私も私で『不満足』の中でしか生きられないようである。