「──ともかく、今日はゆっくりしていなさい?夜にしーっかり、二人でお話を聞かせてもらうから」
「感謝致します…」
余計な言葉を口走り、挙句の果てには折角転がり込んだ隠れ場所を失う所だったが、今夜の押し問答を代価に事なきを得る。
家屋の二階へ案内されてみれば、狭くはあっても閉塞感の無い屋根部屋にベッドが二つ。離れ離れに設置してある。
となると、クリスとセレナ、二人のシェアハウスと言った所か。こんな危険な女を傍に置いて大丈夫なのかと心配になるが、私なんかを助けてくれた時点で野暮というもの。
「貴方が純情な子供じゃないって分かったから、今日泊まる分はしっかり働いて貰うわよ〜?」
「子供って…私結構歳取ってますけどね…。それと──労働かぁ…」
──無理だ。
RPを貫通して滲み出る絶望が舌に乗る。労働とは即ち、朱花小花の対義語であり対極に位置するモノ。
ブラおじの時はまだ『ミッション』として消化しようとしていた、異世界にやってきたテンションのまま奔走していたが、本来の私はゲーム以外何の取り柄もない愚図である。
まぁ、自尊心を貶す言い方をしたが『ゲーム』は与えられた、私としちゃそれだけで良い。
──でも、働きたくないでござる。
働くと、正道を逸れて生き続けてきた『私』がブレそうで怖いのだ。
「その目は何かな〜、コバナちゃん」
「うぐっ…。その、仕事の内容って…?」
「今から渡す紙に書かれてある分量通りに、すり鉢で薬草をゴリゴリして欲しいの。お願いした量が終われば、一泊分ね?」
「──…頑張ります」
清廉さが保たれている、恐らくはクリスのエリアである部屋の右半分は正に公務職の私室。
片やセレナのエリアは床も壁も酷いもので、何かしらの粉末やら液体やらが飛散している上、今からコバナが座らせられようとしている机は小学生のお道具箱の方が整理されているのではないかという有様。
ナイフ、すり鉢、謎の書類謎の植物謎の食べ物謎の飲み物、触れたくないモノのオンパレードで目眩がしてくる。
セレナは大雑把に机の上を手で払い、紙がぐしゃぐしゃに突っ込まれた棚の中から適当そうな手つきで一枚の紙を引き抜いた。
破れなかった紙を褒めてやりたい、そう哀れみと怪訝な顔をするコバナの頬へセレナの指が突き刺さり、「分かってるの、分かってるのよ…」と汚さへの心情を見抜いた言葉を呟いて、
「材料を持ってくるから座っててー」
「………」
あらあら系にはあるまじき光景に絶句するコバナ。を、差し置き、セレナは階下へ戻る。
昨夜依頼された調合品作成の為の薬草を、壁一面にひしめく草とツルの集合体から引き抜く作業を始め、もう片方の手を唇の前に置き──苦悩の消化方法を探し始めた。
「んー…っと」
「…さてさて、どうしようかしら?」
──精霊種『ドライアド』。
その名は種が成り立った瞬間から名付けられたものではない、世界統一を成し遂げたとある『異人』が
その過程で与えた名前である。
精霊種は数百年から数千年を生きる魔力生命体。
『何』から生まれ、『何』と育ち、『何』が為に生きるのか、生殖機能を持たず生命の根源たる種の存続を目指す必要が無い精霊種は、己の存在理由を自分自身に求められない種族とも言えよう。
「クリスちゃんのお願いとはいえ、殺しておいた方が良いかしら〜」
精霊種の瞳に映る世界は、魔力の形によって左右される。真実を映す瞳とも揶揄されるが、セレナはその力を呪いとも呼んでいる。
──人間には一人一人、違った世界が見えるというのに、私達は同じものを同じようにしか見れない。
樹木から生まれ、人と育ち、クリスが為に生きる彼女からすれば、眉を顰めるものだ。
時には良くないモノも見える、今回は『魔力の無い人間』、つまりセレナには虚空しか見えていない。万物に魔力が存在する世界で、浮かび上がる空白はつまり、
「異人には良い思い出が無いのよねー………」
「………。でも〜…あの子きっと、悲しむのよねぇ」
「……本当に、困ったわぁ」
指先をツタの塊に差し込むと、差し込んだ先から溶け合うように融合していく。
仕事上、違法な代物も扱うセレナはカモフラージュとして──植物の中で植物を育てていた。
それは精霊種『ドライアド』にしか出来ない荒業であり、生命と深く結び付く魔力を、植物に限るとはいえ操れるからこそのもの。
ゆっくりと指を引き抜けば、共に連れて白ユリに似た植物が引きずり出される。それから続々と彩り鮮やかな花々がセレナの手に収まる。
「はーい。いつもお疲れ様〜」
「……うーん。取り敢えず、先に私の方で洗いざらい事情を聞き出すしかないわね」
再び階段に足をかけ二階へと登り、セレナは抱えた花達の粉砕を頼もうとして──。
「コバナちゃん、まずはこの子達を───」
「…………」
「はぁ」
綺麗になった自分の机は、整理整頓をされたのではなく、粗方持ち去られたという表現が正しいのだろう。
机にはポツンと、先程取り出したくしゃくしゃの調合書が裏向きに置いてあり、『すぐに戻ります』なんてのっぴき信用ならない書き置きには、コバナの小生意気さがありありと詰め込まれた風に感じられた。
恐らくは、脱出経路の開けた窓から吹いた風が頬を撫でる。何かやらかされるとは思っていたが、にしても手が早いと感心を、
「少し、懲らしめないとダメね。あのクソガキ」
■
「──ゲハハハハッ!不用心に目を離しやがって!!しかも怪しそうな薬の調合書までタダでくれるなんて優しいお姉さんだこと!ガーハッハッハッ!!」
「あいや、借りるだけ借りるだけ!」
到底少女が出してはいけない笑い声を出力し、コバナが向かう先は勿論、神の地下墓へ一直線。
ともかくセーブ、一にセーブ二にセーブ、三、四にセーブだ。
夜の問答による結果が決まるより先にセーブを挟めれば、幾らでも結果は変えられる。更に今抱えている紙束達を複製出来れば、セレナが使っできたような薬物の類も作れるようになるという事。
──初手から大収穫ではないか!やってる事はRPG主人公の他人の家荒らしと同じ、やはりゲームを見習えば基本何とかなる。
「私は過去の経験を活かす女!入口の防衛はそこまで厳しくない、勝手に入るなら勝手に死ねって感じだし」
無力な少女が突破できた時点で、この世界の住人にとっては違法侵入もそこまで意識してる事でも無いようだ。
満面の笑み──少女が浮かべるものとしては悪辣すぎる笑いを浮かべ、地下墓の入口へと辿り着く。
「────」
相変わらず『神の地下墓』なんて名前が付いているにしては陰険な入口だ。ワープゲート手間までは検問もされず、あくまでも『中』への出入りが管理されている。
周りを見渡せば、暗く沈んだ顔をしている獣人や、血が滲む包帯を巻いている人間、パーティがあるのかは知らないが、かなりの大人数で入場を試みている者も居て、
「失礼しますよ〜っと…」
紛れるのには丁度いい、と言わんばかりに持ち前の影の薄さを活かし人波をすり抜けるコバナ。
基本、人々の視線は地下墓から持ち帰った戦利品を自慢する冒険者や、酷い傷を負って出てくる者に釘付けであり、ここが金銭をよく回される場所だと理解している出店達の集客も相まって、特定の個人に目を向けられる事は少ない。
「楽勝楽勝───っ!?」
その様な状況で、コバナの足を止め、目を見開かさせたのは──今にも地下墓へ入場しようとしていたブラウ・タバタの姿だ。
しかし、異常事態と呼ぶ程の事でもない。コバナと出会わなければ最初から彼は、地下墓での金策を試みていたのだから。
「………。頑張れー、ブラおじ…!」
小声で呟き、団体の入場に紛れ無理矢理ワープゲートへと身を投じる。
それも慣れたもので、一回目は興奮を超える僅かな恐怖心と躊躇いがあったが、
「むッ──!っ、待ちなさい!」
「よいしょっと」
──全力で走り抜け、跳躍してゲートへと入り込む。
視界の明滅、意識の混濁、その後に訪れるたのはやはり青空と、青空を自由に羽ばたくディスプレイ・ドラゴンであり、見慣れた景色だ。
「ただいまー!セーブしに来たよーん!」
「──。なんというか、既に割と愉快なんじゃないか?君って」
「愉快と『面白い』はちょいニュアンスが違うでしょ。さぁさぁ、これ全部持ったままセーブして過去に飛べば、無料でレシピゲッツ〜」
問題は──保管場所か。
かき集めた資料達を複製するのはいい、使えるかどうかはともかく手札は多い方が強い。
今から私は死んでセーブを行い、一旦は彼女の家に戻る。ある程度話を進め何処かのタイミングで、『死んだ時の状態』が保存される事を活かし、この瞬間のセーブへと戻った後、再び過去のデータをロード、複製完了。
手順は多いが、物語の進捗をリセットせず安全に複製を行う為だ。それにこれから先幾らでも『複製』をする。そう考えると、持っていける量にも限度はある。
複製したいもの、過去に持っていきたいもの、細かく細かくセーブを挟み、あらゆる手札で──ルゥナ・フライをハメ攻略する。
「くくっ、けけけ、かきくけこっ…!」
「…笑い方」
「いやはや、お待たせに待たせすぎたかもしれないっ!これこそゲームらしい攻略だよッ!これこそ、求めていた異世界攻略!リアル志向の私だけバランス崩壊(弱い方)ゲームは流石にキツイっっ!!」
「よし!早速自害して───…自害…して…」
「…………自害…かぁ…」
──苦痛には限度はあっても、恐怖に底は無い。
暗闇を見つめれば、ナニかから見つめ返される気がする。そうして生まれる恐怖は自分の『想像力』故である。
想像出来ない、想像しえないものを想像しようとするからこそ、人は無限に恐怖へ飲まれる。自害の恐怖は苦痛と底知れない『死』へのミックスブレンド、一度や二度耐えれた事は驚きだが、
「…何回死んだっけ、この短期間で」
そろそろ、嫌になってくるものだ。
辛いものは辛い、苦しいものは苦しい、痛いものは痛い。
「ここで三度、外で一度。今から一回分増える」
「思い出させないでよ……」
「辛いのなら、私が手を下そうかい?」
「…………はぁ?」
「苦痛無く、恐怖無く終わらせてあげるよ。例えるなら、一時の眠りと思えばいい」
邪神からの提案に、コバナは目をつぶり寝転がる。例えを持ち出されるなら、その『例え』を味わってこそというもの。
寝れはしない、灼熱の日差しは快適とは程遠い。が、このまま眠る様に死ぬのなら──喜ばしい事、なのかも。
終わらせてあげる。そう告げた邪神へ向き直り、ため息を吐き出す。不満が籠ったものではなく、選択の先にあるものを見据えての、悩みのため息。
勿論、効率は良くなるだろう。ここでの苦しみは価値あるものではなく、唯の無駄な消費。とても有意義だとは思えない。
「…………」
「ん。それは、本当にキツイ時にお願いするよ」
それでも、無意味と無価値は繋がらないから。
手を胸の前に置き、精一杯の思いを吐き出す。
「ふむ…?」
「ゲームゲームって言いはしてるけど、所詮私は現実から逃げれてない。何からも逃げきれた事はない。この苦しみからも、逃げられない」
「だからさ──神に祈るぐらい、もう嫌だ。そう思った時に、助けてくれる?」
「──勿論」
頼る時がいつになるか、近いのか遠いのかも分からないけれど、今はこんなものにしか『現実』を覚えられなくなっている。にしても、自傷行為は卒業した筈だが、
「…どんな経験が活きるか分からないってよく言うけどさ、コレがその枠に当てはまるのはきっと、私だけだよね」
──持ち逃げしてきた、植物を切る為のナイフ。
我ながら手癖が悪いと含み笑いしつつ、その矛先を指でつつく。
「いてっ」
人差し指からじんわりと滲む血が、その痛みと熱が、コバナにとって現実感を支える唯一の支柱。
現実を見ないで、現実逃避は出来ない。それが逃避を続けてきたコバナなりの結論だ。
「──。行ってきます」
「ああ。行ってらっしゃい。何回でも、何十回でも、何百回でも」
「私は君の旅路に幸あれと、祈っている」
■
「この恩知らず!!嘘つき!!小生意気!!」
「はい。はいっ、はぃっ…」
「どうしてセレナの持ち物を盗もうとしたの!?どうして地下墓なんかに突っ走ったの!?命を狙われてるんじゃなかったの──!?」
「はぃぃぃっ……」
「っ〜〜…!ほら手を休めない!ノルマ達成するまで部屋から一歩足りとも出さないからッ!!」
──無論、窃盗と逃亡の仕置きに関しては、コバナの帰りをとっっっても待ち望んでいたクリスによって執行されたのであった。