「ひぃん……ひぃん……」
どうも、夜泣きしながら草花をゴリゴリするだけしか取り柄のないゴリゴリ係ゴリゴリ女です…。
右から左へ、草と花を粉砕しては瓶に入れる。右から左へ、右から左へ──手首がクタクタになっても、一切容赦はございません。
「うふふふふっ、ザマァないわねクソガキ…」
「コラっ、そんな風に言わないの」
「あぁん……ごめんなさいねクリス…」
生々しく艶めかしく、クリスの頬を指先で撫でるセレナだが、クリスは尾首にもかけずあしらう。雰囲気的には熟年の夫婦感がある二人だが、同性婚の法律があるのかは気になる所。
話し合いの末、セレナさんには異人である事を見抜かれ、クリスさんにはフルボッコにお説教を喰らい、それでも命を狙われている事実一点で何とか踏みとどまれた。
道具を持ち出した事に関しては──本来の作業をかなり倍増させられたが、許してはくれたと思う。
根掘り葉掘り、足先を持ち上げられシェイクされるが如く、例の『正直になる薬』を併用し身の上話をさせられたのも、一応の贖罪だったのだろう。
どう考えても追い出されるか、もしくは治安部隊に引き渡す方が正解な私をたったこれだけで許してくれたのも、彼女らの人柄が良い故か。
「何でこういう所で魔法使わないんだ…」
「薬や香りが重要な飲食物に魔法なんて使えば、魔力に染まり過ぎて商品にならないの」
「……万物に魔力は存在するって話じゃ無かったんですか」
「──。異人の貴方には分からないかもだけど〜、物や生命、自然に流れる魔力は薄味のゴンドラスープぐらい希薄なものなのー。そこにお塩の塊をポイッとしちゃうとどうなるか、分かるわよねー?」
二人の厳しい監視を受けながら手を動かし続ける。古のMMORPGのレベル上げ、ひたすら周回する事が周回の目的である作業ゲーを通過したコバナにとっては、凄まじい苦痛という訳でもないが──。
「……」
それでも退屈な作業の中、コバナの脳内に浮かんだのは、『魔力』の不自由さへの妄想であった。魔力という存在が発展に与えた影響はどのようなものなのだろうか、と。
利があれば不利もあるのが世の定め、異人の手で成長してきたものと比べ、いわば別のスキルツリーであり、例の邪神が毒とも呼んだ『魔力』。
──裏設定大好き人間としては、不必要な考察や無駄な推測は大好物である。
「ふんふふんふふーん」
「……ねぇ、コバナちゃん」
「どうしましたか?クリスさん」
「貴方が抱えてる事情はどうしても…私達には話せない事なの?」
「…………。それは…」
鼻歌を刻みながら楽しげにしているコバナに向けて、憂いげに問いかけるクリス。
話せないかと聞かれれば──実の所口にしても問題は無い。セーブは済んだ、身の上を話した所で直ぐに解決する事でもなし、必要の無い問答をする必要があるかどうか。
困った事に『陰謀』に関しては手掛かりゼロ。その『陰謀』を探る為にこの人達を利用し尽くせる気力と技量は、朱花小花の持ち得るものでは無い。
巻き込む方が──リスクも、出費も、大きいな。
「いつかは、話したい。私が相対する敵から身の安全を守る事ができ、そして私が私としてこの世界で生きる権利を手に入れた時に…。私にはまだ、誰かへ迷惑をかける事でしか生きられないみたいです」
「…だからこそ…大きなご迷惑を、お掛けします。申し訳ありません、事情には出来る限り巻き込まないようにします」
「──。…そう」
「ここに泊めて貰っている以上、贅沢は言いません。返すものは返し、受けた恩はその分の……」
そう視線を手元に落とそうとした時、ふわり、と衣服から香る甘い花の匂いがコバナを包む。
クリスが両腕を回して、コバナは所謂──『バックハグ』を行われた。
頭の中は理解不能一色、急にどうしたのか、そう困惑して頭を動かそうとすると今度は、胸元に抱き寄せられた。
「…いいのよ別に。最初から損得なんて考えてないわ、嘘でも本当でも構わなかった。結局、貴方が命を狙われていることには変わりなかったでしょ」
「………………」
「──嘘つきだったら〜、私が食べちゃうしー?正直さんなら助けてただけだったからぁ、そういう意味じゃ結果なんて『どうでも良かった』のよー?」
「セレナ!またそんな言い方して…!」
──。
いやはや、こう言ってはなんだが、目元の熱さが限界を迎えてしまいそうだ。
急にどうしたと思われるかもだが、ブラおじが優しくしてくれた時といい、クリスさんが今こうして抱き寄せてくれてる瞬間といい、思ったよりも私は涙腺がユルユル。
地球じゃユルユルどころかキツキツのカレカレで、どんな苦痛に対しても涙を零せなかった。
まさか私が、陰険特有、もろ定番の優しさに弱いタイプだとは。
奥歯を噛み締めて──脱力し、揺れ動く心の輪郭を抑えるように、深く息を吸い込む。
「ははっ。薬物使いのお姉さんが傍に居なかったら、心からの感謝を貴方に伝えていました」
「あらっ!何その言い草ぁ〜!私が傍に居たら
「……初対面で薬盛る人に対してはそりゃぁ…」
「初対面で人を利用しようとしてた子が言ってもぉ、説得力無いんじゃない?」
「「────」」
「コラっ!喧嘩しない!」
「…ふふっ」
睨み合う両者を抑えるクリスは、コバナにとって新たな恩返しの対象になりつつあった。
共に、睨み合ってはいるがセレナに対しても──本来なら『叱り』で済む筈がない所持品の持ち出しを、ただ作業量を三倍にするだけでお咎めなしとした性根の麗らかさに感謝を込めた音を漏らす。
失敗をした事が許されている。失態の理由と向き合ってくれる。愚かさを受け入れてくれる。
頭の中の雑音が、心を固めるセメントが、下に落ちていくだけの目線が、こんな、こんな事だけで───。
「────」
「…………」
「───……。すみません、お喋りが過ぎました、作業…頑張ります」
「適度に休んで適度に寝てよ?セレナが増やした分って私達でも数日かけてやる量なんだから」
「……………大丈夫…です」
「そう?なら…私もご一緒しても大丈夫って事ね」
──ごちゃごちゃとした机の上で忙しなく動く手が、もう一つ増える。
ゲーム式の集中をしていた為か、その『手』に意識が向いたのはすり鉢に入れた謎草をまるまる一本粉砕した頃で。
目に光を宿し魔法の光で輝くランタンが照らした影が、赤切れても止まらず動いていた手に。そしてその影に縫い停められる様に、
「──。え」
「気にしないで。私が普段しなきゃいけない分をやるだけよ、それにほら──貴方一人に辛い仕事をさせて寝ちゃうと、私が何のために貴方を助けたのか分からなくなっちゃうでしょ?」
一瞬は、なんの事か理解出来なかった。
それでも、椅子を引いて近くに座って、金色の髪が肌に触れるくらい近くで話して、合わせることは無いと思っていた目線が──『RP』なんてチンケなものに邪魔されず瞳の奥まで届いて漸く、意図を理解する。
彼女は寝覚めを良くしたい、それだけの為に助けの手を差し伸べた。その心根に嘘は付けない、本当にそれだけの事なのだと。
──なんて、柔らかい笑顔なんだ。
ああ、そんな目を、顔を向けないで欲しい。記憶にまた虐められそうになってしまう、虐められて蹴られて、泣き喚く前に目を背けたいな。
「今夜は、貴方のお話を聞いた後に眠りたいかも」
「………異人の知識は貴重ですもんね」
「あら、そういう風に聞こえちゃった?」
「…いいえ、別に」
「あらあら〜、仲良くしちゃって〜…あ、私は寝るから後はよろしくするわぁー…ふわぁっ…」
「──。なんでこんな奴と同棲してるんですか!?」
「……どうさい?」
「ああもう伝わる奴と伝わらん奴がややこしいっ!!恋仲!付き合ってる!Love!ルームシェア!ずうっっとイチャイチャベタベタ目の前で見せられて、わかんないって方が無茶ですよ!?」
「こ、こっ、恋仲っ──!?そ、そんなセレナとは別に唯の旧友で恋仲とか別にそんなこと、そんなこともなくはないけど、好きだけど好きというか人としてというか人じゃないけどっ!精霊種なのに一緒に居てくれる理由は確かに分かんなくて不思議な感じがして魅力的で───」
「あら?とっくに私達って恋仲じゃなかったの?」
「っ〜〜────!?!?!?」
「…目と耳の保養だなぁ」
■
──夜闇が下りて、世界が寝静まる頃。
いつも通りに私は、記憶に押しつぶされていた。
「ッ…」
「ぅ…ぅ…ぁ…」
──その程度の事で怒るな。笑うな。ゲームなんてものは幼さを捨てきれない奴がやるモノだ。そんな下らないモノで下らない人間になるな。…なぁ小花、何が不満なんだ?…旅行にも行って、美味しいものを食べられて、勉強にも金を払ってる。お前程贅沢をしてる奴はそうそういないぞ?…あぁそうだ、今度CMで映ってた奴を買ってあげよう。それなら、頑張れるよな?
──どうして何も話してくれないの!?不満があるならすぐ言ってよ!言わないとなんにも分かんないよ!?俯いて、機嫌が治るの待ってるの!?…何か言ってってば!……会話したくないんだ、そう、ならいいよ、自分で働いて。自分で洗濯して自分でご飯作って自分で、頑張りなさい。
──。分かっている。
それぐらい分かっている。将来を考えればゲームなんて、『ゲームなんて』と呼称してしまえるものだと。思春期と青年期の青さが招いた代物だ。
生業にしている人も居る。大人になっても楽しんでいる人も居る。その人たちを羨んだ訳じゃない。
分かっている。それぐらい分かってやっている。
分かっている。間違えている事ぐらい分かってる。
分かっている。私の『道』はこれじゃないって。
分かってるよ。貴方達が愛を理解して欲しい事を。
分かってあげられなかった。ソレが愛である事を。
誰が悪かったのかって?勿論私だ。幼児性を捨てきれず自己表現が下手くそで与えられるものに首を縦にも横にも振らなかったせいだ。
「っ…っ──」
与えられた寝床で頭を掻き毟る。毛布で手をくるんで自傷出来ないようにする。
記憶に憑き殺される前に、何か別のモノで頭の中を埋め立てようとして、どうしようもなく全身に力を込めた。
──フラフラと立ち上がり、二人が寝静まっているのを確認して外に出る。
「…………」
この世界の夜景は綺麗だ、排気ガスが無いからなのか空気は澄み渡っているし、星と──月、らしき天体の輝きは目を焼くほど。月明かりが睡眠の邪魔をするぐらいには、美しく昇っていた。
夜は──いつもこうだ、頭へ石つぶてを押し込まれながら、胃の中に溶けた鉄を流し込まれる気分。
頭痛と目眩で前が見えず、このまま外を出歩けば迷子は必須、それでも外を歩く。
「………携帯…」
「……無い…」
「異世界…だもんね…」
ここには、『コレ』を抑える薬も気を散らす携帯も、寄辺のゲームも無い。
あるのはただ、現実だけだ。下らない手垢まみれの現実だ。攻略の価値なんて見出だせないリアルだ。
「………………」
──機嫌を取り、中立を保つ事に忙殺される日々。
解放されたのは二年前、十六歳の頃。務めさせて貰った年数は十二年程度か。
「…………」
貴方の人生を例えるなら?そんな質問を投げ掛けられたとして、私なら『贅沢な人生』と返そう。
そして贅沢故に、零したものが多すぎた。といっても特別不幸でもなく、人から羨まれる側でもある。
「………」
夜になると、いつも同じ苦しみを繰り返す。私だけの時間に、私だけの苦しみを味わい続ける。
ツラツラと御託と後悔を並べ続けていないと頭がおかしくなってしまいそうで、寝れやしない。
「……」
──異世界の街を歩いているのに、日本での夜の散歩とそう変わらないや。そう思う。
「…」
──。■■■■■■。
どうせ、分かってる癖に。
「──。ん…?」
人っ子一人いない夜の街道を練り歩いていると、自分以外の足音が聞こえて耳を澄ます。
正面から複数人──かなりの団体だ、鎧の可動域がカチャカチャと擦れる音を出して、鳴り響いているのは硬い具足の足音。
その内の一つはコツン、としたブーツの音色。異世界に来る前ならそれがどうした、と我が物顔でフラフラしていただろうけれど、
「やばっ」
頭に思い浮かぶのは、例の徘徊即死野郎。確か最初に出会った時は、漆黒の鎧で全身防備の男達も従えていた筈。
何処かに隠れる──隠れる場所も無い、隠れてもバレる可能性の方が高い上、不審な行動は余計に奴の警戒心を高めてしまう。
どうするどうするどうする────一斉に頭の中が緊張と焦りで満タンになってしまったというのに、着実に足音は近づいてくる。
足音の主がルゥナ・フライだと認識できる距離まで迫った後、選択したのが何かというと、
「……──おや?」
「…………」
「お嬢さん、こんなにも闇が深い刻に出歩いては危ないよ?」
「っ、なんですか!放って置いてくださいっ!!見て分かりませんか、傷心中なんですよッ!!」
「──ふむ」
「……うん。嘘ではないようだね、傷心中とはいえやはり、この時間に出歩くべきでは無い。差し出がましくなければ家まで──」
「家なんかにっ…帰りたくないッ…」
「…………。分かった、ああそれでも…気をつけたまえ、夜闇は簡単に人を飲み込むよお嬢さん」
「………」
黒鎧の集団と、それを引き連れるルゥナ・フライが遠ざかっていくのを見届けて、肩の力を抜く。
深く被ったフードを捲り、止まりかけていた呼吸を取り戻す。
「…ふぅ」
──怖すぎぃぃ!?!?
『嘘では無いようだね』って何!?やっぱアイツ人の嘘が分かるって事!?そりゃ可能性としてはあったけどさ!?先に薬盛られてて良かったぁ…。事実だけど真実じゃない語り口のやり方は予習済み、誤魔化せるかは分かんなかったけどっ!
本当に怖すぎる、こんなタイミングで鉢合わせるとは───。
「っ、待った。これはチャンス…なのかな…?」
「現在時刻現在時刻…──時計が無いっ!」
「行動パターンを把握しとければまた一歩攻略に近づく!行動理由が分かれば…アイツが敵対状態で向かってくることも無い筈…!」
即ち、後を追うべきか否か。
セーブは済んでいる、死んでもちょっとした進捗がリセットされるだけで、今ならリスクにリターンが釣り合う。
明日には『陰謀』に対してのアプローチを考えていくつもりだったけど、向こうから転がり込んでくるとは行幸行幸。
──よし、行くか。少しでもコアな情報を集めたい。奴らが向かう先に成果がある事を祈ろう。
尾行には自信がある。人目につかず移動するのはとっても得意なので是非、楽勝であって欲しい。
「くくくっ、スニークミッション開始だ」
「死んだ時は死んだ時!楽しくない楽しめない人生なんて、クソ喰らえだね!!」
■
──そう意気込んだ所で結論から申し上げますと。
「………嘘、でしょ」
漫画のキャラの様な反応を残し、見つめる先は何と、先程まで私がお邪魔していたクリスとセレナのシェアハウス。
ツルが垂れた玄関扉を荒々しく黒鎧が押し開き、ズカズカ店内を荒らしながら入っていく。
何故、なんでどうして、頭の中がショートする直前──朱花小花は自身の運命を決定づけた最悪の言葉を耳にする。
「──中に居る奴は全員殺せ」
「『予言通り』ならここに異人はいる」
それは、ブラウ・タバタが提唱した『陰謀』の形の否定であり、そして朱花小花を中心とする真の物語が存在している事の証明であった。