「邪神、オレンジジュース」
「──。どうぞ」
「ハンモックと夏の日差し」
「………出来るけどさ」
「サングラス」
「必要なのかい?それ」
「ココナッツ!!」
「…………」
──三戦三敗。成果はゼロ。
邪神をアゴで使い、夏の砂浜満喫セットを味わって身体の中の悪い気持ちをデトックスする。若干躁鬱の気がしなくもないけど、心が完全にへし折れる前に苦痛を忘れる事は大切だ。
勿論ここで邪神から差し出されるものは中身の無い偽物、味のしない、液体が昇ってもこないジュースをわざわざストローで吸い上げていると、なんだかオンラインVRに浸っていた時を思い出す。
「邪神!攻略案っ!!」
「それは──それは自分で考えなよ…!?」
「うん。ナイスツッコミ」
「…ノッてあげたつもりは無かったけど、君が楽しそうでなにより」
「漫才見てても思うんだよね、私って気質はツッコミだけど根っこがボケだって。でも限界が来るとツッコミ側になる面倒臭いタイプ」
「ははは…」
──ここにきて判明した『予言』の存在。
この場所、サン…サンなんだったか国を作ったのはまさかの異人だった。まさかの、なんて言い方をした所で別に驚いた訳でも無いけど、これは厄介極まりない。
国を興したのが日本人か、もしくは外国人だとして、問題は地球特有の知識や技術を知られている事。ルゥナには一般人に通じる様なハッタリの類が一切効かないと考えるべきだろう。
というかこの世界の成り立ちからして怪しむべきだ、断続的、幾千年に掛けて『異人』という存在が現れている以上、色々と地球人の手垢で済む話でも無くなってくる。
「邪神!どうして私は地下墓に入るとここに飛ばされる?」
「ふむ、私なりの推測ではあるが…君が異人、地球人である事が根本的な理由だね。話した通り私にとって魔力は毒だ、私は気が付けばここに居たが……君の存在が何かしらの条件を満たした事でここに送られている…とかかな?」
「つまりレベリング場所の地下墓地には何があっても、侵入出来ない?」
「ああ、残念ながら」
これで巻き戻りを使い、鍛えてアイツを出し抜く計画は全部おじゃん。私が最強チート少女になって世界最強を一方的にボコす展開は無くなった訳だ。
だがまだだ、まだ『巻き戻し』を利用したインチキは検証しきれていない。培ってきたゲームセンスがまさか仕様の粗さがしに使われるなんて、本当はもっともっと──。
「仕方ないよ。全部お前らが悪い、羽虫の様に踏みつぶして否定して殺すなら、同じ事をするだけ」
「おお怖い怖い」
「──なぁ、自分がされて嫌なことは、人にしちゃだめでしょ、ね?」
「あはは、今になって君の強さと弱さが両方とも恐ろしく見えてきた」
ここまで割と過去が暗い乙女系を演じてきたが、残念、私は自他ともに認めるクズ。
家を飛び出て歯を食いしばりながらバイトして、わざわざゲームの道を突き進んだのは──私を否定した奴ら全員を否定し返す為。
ちんけでチープで、三文芝居にもならない悪役みたいな動機。
今の状況を重ねるとするなら、この記憶が適任だ。
「そういえば邪神、お前私の記憶を見たのなら知ってるだろ?」
「あの愉快な記憶かい?」
「愉快…はは、そうそう!愉快な記憶!!」
稼いだ金で真っ先にしたのは、母と父が私を育てる為に使った金の全額返済。
絶縁するつもりはなかった、無意味だと吐き捨てたものが自分より大きな意味と価値を持っていくのなんて、一番腹が立つだろう?それでもいいっていう奴は大抵、こう吐き出せば涙に逃げる。
──追放モノの醍醐味は、逆転のカタルシスなんだから。
「■■は真剣な顔してさ?■■は泣きそうで?そしたら、言う事に欠いて………」
「人生を台無しにした責任、取らせて欲しい。だってさッ!ははは!あーあ、思い出すだけでほんと──面白い!一ミリも笑えなかったけど」
「……コバナ」
「アイツらと居る時間は、ほんの少しも『面白くなかった』。それでもあの瞬間だけは面白かったけど、まぁ…」
「──面白く、なかったなぁ」
ポケットをまさぐり、そこにあるべきものを探して小さな空間の中で指は空を切る。ナイフが消えていることを察して、これも死んでしまった場合のペナルティかと溜息を吐いた。
今後のセーブをする為の自死はまた脱水か、首吊りか、はたまたもっと効率的な手段を見つけるか、それとも、
「邪神、これからは提案してもらった『アレ』、お願いしようかな」
「いいのかい?ほんの少し前まで──」
「────」
「…なるほど、少し喋り疲れてしまったか。いいよ、君の望むままに」
「よーし、取り合えず揚げ物野郎の顔面に馬糞でも投げつけてやろーっと」
「それは流石に辞めといた方がいいんじゃないかい?…ともかく、おやすみコバナ。また後で」
「うん、また後で」
■
──ファーストアプローチ。
『サンディオス国からの脱出を達成せよ』
まずは、ルゥナ・フライが国を守る盾であり剣であるというのなら、国の外で冒険すれば問題ない説だ。
「ただ…」
二度目の死を迎える前、裏切り者バアルを探すために国のあちこちを探索した。結果分かった事としては、ここを異世界の高々一つの街と呼ぶにはデカすぎる事だ。
ゲームでよく見る街は大抵、丸型城壁に十字路住宅街、後は適当な娯楽場があったりしてそこそこの広さだが、それとは訳が違う。
私はこの街において一番目につくものを言い忘れていた。それは──雲を突き抜て伸びる大樹である。
異世界においてはそんな光景テンプレ過ぎて、意識せずすっぽ抜けていたけれど、富士山を五倍ぐらいにしてぼがん、と縦にそのまま伸ばした様な大樹は住宅街を走り回っても一向に向きも位置も変わらない。
凡その大きさすら測りきれない大樹を中心に建物が伸びているのを見るに、この街はサンディオス国の一端も一端にしか過ぎず、所謂田舎町といった場所だと思う。
「そりゃブラおじもびっくりする、ガチガチの田舎町にお国のてっぺんがやってくるなんて」
ワープゲートがある時点で薄々察していた事だったが、やはり異世界、スケールが違いすぎて街から街への移動だけでも徒歩じゃ不可能。
日本の感覚で例えるとどうだろう…──近所のスーパーに寄ってくるわね♡。なんて奥様が車で四、五時間は走らないといけない規模というか、とにかく『国外』の判定が分からないぐらいデカイ。
「というかここが国であってくれよ、広すぎるでしょ」
ただしこの街を飛び出すのは簡単だ、幾ら広いとはいえ見たところ恐らくは『外』までの道は整備されていて、歩いていればいつかは出れる。それが『国外』である保証も無いけど。
「…ワープ、ワープかぁ」
「ワープって空間圧縮だよね、なら空間拡張とかのせいで街がデカい…なんて事、無い?あの時のブラおじの瞬間移動って……」
これから先、人に頼る事は辞める。
ルゥナ・フライが予言を頼りに必ず殺しにくる関係上、準備と調査が済むまで人間関係の構築は無駄だ。
「特に目立ったアイテムも持ってなかったみたいだし、やっぱり魔法かな。それともスキルとかあったり?魔力を持っていたら全員出来るとか辞めてね、私が不憫すぎる」
邪神に巻き戻してもらい、即刻酒場を出て、街中をぶらり散歩中の私は世界観の理解を進める。街が規格外にデカい割には皆の生活に不便さが見えない。
土地が大きいとデメリットも凄まじい、物流は物理的に負担が増えるし、少しのミスが莫大な損失を生む。管理もどうする、野盗や運搬費、組織ぐるみの犯罪etc…。
更にこんな膨大な土地にどうやってインフラを整備している?確かに個々人が魔法を使える世界で水だの火、ガスだの電気だのちゃんちゃらおかしい話、それでも先人が『国』を作ってエネルギー系統を掌握しないっていうのも、納得しにくい。
「うん。ここら辺は工業系が活きてくる。拠点もデカければいいって話じゃないもん、コンパクトさコンパクトさ、食料の供給とかも大変だしね」
「異人…つまりは地球人が考えそうな、異世界と現代知識のミックス…──」
「──。難しい、もっとブラおじの所で本読みたかったな。でも大体は狙い所が分かってきた」
という訳で、狙うは物流に使われている『運搬方法』。
ワープでもドラゴン輸送でも、何でもいいから正体を突き止める。単に『突き止める』と言ってもアクセスは多数。
食事処で食材の流通を聞く、卸売業者に直接会う、その類の知識を得る為に本を読むとか。面白さを重視するなら、ちゃんと異世界の冒険者業と付き合うのも良い。
「作業、工業ゲー、一時期ハマったなー。完璧だと思ってた生産ラインを動かしてみたら効率がゴミだったり…話してたらやりたく──そうだここ異世界だ」
「異世界なら異世界なりにもうちょいファンタジー思考の方で、ファンタジーファンタジー…ブラおじの本の内容を思い出せ~…!」
──。
記憶の引き出しを開けて並べる。必要と不必要を並べて見やる。
「…」
「──…」
「だぁぁぁぁっ!!んな器用なことが出来てたら、もっと生きやすいわッ!!!」
「文字通り当たって砕けろっ!トライアンドエラーは基礎中の基礎でしょ!飲食店か物販店で情報収集、楽しむのはまだまだ先。──てな訳でお邪魔しまぁーーーす!!」
気の赴くままに、『魔道具屋』なんて大層な名前の看板をぶら下げた木の扉をぶち開ける。かなり豪快に入店したコバナを襲ったのは、店員らしき男の冷ややかな視線だった。
「────。お邪魔しました~」
溶けた皮膚が素肌に癒着したような顔の右半分、おしゃれな紫色のローブで着飾って、スパイスは殺意マシマシの瞳。二十後半ぐらいの訳アリ男子。うん、初っ端から店選びを間違えた感じだ。
はてさて次のお店を選ぼう、あんな明らかカタギじゃない人間に関わって内臓を売られたりしたら大変大変──だ、けれど、
「……。ごめんなさい、失礼します」
「……いらっ゛っしゃい゛」
「手持ちは一切なくて、見るだけになるかもしれませんが…大丈夫ですか?」
「か゛まいませ゛んよ…ご自由に…」
「ありがとうございます」
魔道具という単語にはとても惹かれる。魔力が無くても、魔力が込められたものなら使えるなんてのはあるあるな奴だ。
盗む気概で商品を舐めまわすように観察していく、値段が書いてある値札には説明文も書かれてあって、使い方から効能まで載せられていた。
「ふんふん…。ポーション的な奴も魔道具の一つなのか…セレナが卸してた先なのかも」
「──セレナさ゛んのお知り合い゛でした゛か…。その゛棚の二段目は゛彼女のさく゛ひんです…よ゛」
「おお!ご親切にどうも」
──飲んだ人に病気を発生させるポーション。飲んだ人が視認した人に惚れるポーション。飲んだ人を数刻猫に変えるポーション。飲んだ人は死んだように眠れるポーション。
……碌なもんが無いッ!面白そうなものばっかだけど!
「魔導書、魔導書、ポーション。ポーションポーション魔導書魔導書…」
「……。なに゛を、おさ゛がしで?」
「移動手段か、自衛手段になるものを探していて…」
コバナがそう言うと、男は一通り頭の中に浮かんだ提案を整理する様子を見せ、軽く悩んだ後にカウンターの奥に引っ込んだ。暫くして戻ってきた際には、手元に小さな宝石らしきものを幾つか抱えていて、
「こん゛な゛ものしか゛、ありま゛せんが゛…──」
「────」
大きく目を見開き、驚愕の表情を表す。コバナがそうしてあんぐりとした理由は、彼が持ってきた宝石の詳細、その効力が件の『翻訳』によって読み取れたからであり──。
「──ル○ラじゃん、これ」
それは、この世界の住民の基本的な移動手段を目の当たりにした瞬間であった。
宝石──魔石ともいうべきか、魔石内に刻印した座標へ瞬間移動できる、持ち運び式のワープ。使い方が書いた紙、こちらも丁寧に添えられていて、魔石を飲み込んでおけばいつでも飛べるという便利さ。
「こんなもの、じゃありませんよこんなものじゃ!凄いですねこれ!?」
「…………?」
「うっ、そうだこの世界の人なら普通の事なのか…。えっと、コレは売る場合不都合があったりします…?」
「か゛なりていひんしつ゛なものなので…酔いが、酷いです゛。痕も゛残ります゛、一般の゛品とは違って゛…じゆう゛にどこへでも、とは゛…」
「ふむ」
その辺りは問題にならない、痕が残るの『痕』もあまり分からないけれど、そう大したデメリットでもないだろう。これは是非とも購入したい所。
──盗むか?盗賊プレイもいいが、この人から盗むと昔のゲームみたくとんでもない制裁を受けそうで怖い。
「……──店主?さん、こちらを購入させて頂きたいのですが、支払える手持ちがありません。そこで一つ」
「こう見えて解読、言語学を学んできた身、信頼して貰えるかは分かりませんが……何かしらの未鑑定の品もしくは別種族の未解明品があれば、それらを鑑定する事で埋め合わせとして如何ですか」
「…………」
またもや悩む仕草を見せ、今度は先ほどよりも深く長く考え込む。
顔を見せたくないのかフードを深く被っているが、仕草だけ見ると上品で可愛らしい。怪我による美醜に関しては、キャラメイクを極めたコバナにとって些細な事。
「店主さん」
──目を合わせる。視線を合わせる。
願いを届ける時に、それ以上の礼儀は無い。店主からは目を逸らされるが、カウンターのすぐ傍まで近づいて微笑みを浮かべる。
更にフードを深く被られ、拒絶の姿勢を取られるがそれでも、コバナにはこういったシチュエーションで取るべき行動を知っていた。
フードを掴み顔を隠している手に触れ、そっと彼にとっての『拒絶』を取り払う。
「どうか、お願いできませんか?」
「…………。ぁ゛…──う」
「……一つ゛…お願い、した゛いものが…」
よっしゃー!ハニトラ成功っ!
私、顔だけは良いからね顔だけは。体つきは貧相だけど。
さぁさぁ何でもきなされ、異世界特典を味方につけた私に敵は──、
「……とあ゛る有翼種から…不必要だと、譲りう゛けた…」
「こ゛の…謎の、玉を…。何せ゛竜からの品でし゛て…手紙も゛受け取っでいます゛…どうぞこれを゛…」
「────」
ぼんやりと目に映る文字は一瞬翻訳前の意味不明な文字列になっていて、瞬きをするといつも通りに日本語へと移り変わる。
「───」
「──。あの」
「…………はい゛」
「見なかったことにしても?」
「え゛…?」
──敵は、いなかったが。
世の中には見ない、知らない方が良い事もある。今回に関しては目をつぶって倉庫の奥に永久封印しておくのが吉。
これを何故譲り受けたのか、そのいきさつを詳しく深堀りしたい気分ではあるけれど、
「しまっときましょう、ね?ね?」
「ええ゛…と…何が何だか゛…」
「──思いっきり爆発物です、それ」
「…………」
「『魔力を込めて暖炉に放り込めば永久的に暖を取れるぞ。取扱い方間違えると街一つ吹き飛ぶかもしれんがな!』って書いてます」
「…………──」
甲種の危険物取扱者を連れてきても、これは流石に触れたくない代物だった。
そして、降って湧いてきた『鬼札』となりうるものでもある。