──熟考は時に短慮より危うしとは私がよく言うもので。
棚から牡丹餅の形で手に入れた『炉心』は厳重管理の元、手元に起き続ける事にした。店主の正体を探るのも無し、余計なリスクを背負っている余裕は無いという結論。強すぎる理性は毒に等しい、時にはチャラチャラと、ね。
私の手元で管理していく、つまりは道端でうっかり転んで大爆発、なんて事が無いように保管場所が必要になる。
「……結局色々考えても、自分一人で生計立てた方が楽っていう最初のやり方に戻ってきたな…」
セーブ&ロードが判明する前は、大きなリスクを背負っての活動が難しかった。例えば借金して部屋を借りる、返済の元手の確保に失敗してゲームオーバー。例えば異世界らしく冒険者業をする、知識も力も不足してゲームオーバー。
しかしセーブ&ロードは先の結果を持って帰れる上、人間関係のリセットや選択肢の先、結末を味わってからの巻き戻りが可能。
そうなればリスクに大小は存在しない。物事は『出来るか出来ないか』で私が区分するだけだし、何より出来ないことは出来るようにしていく。
「生計を立てて定住できる場所を手に入れて、冒険者業を楽しんで魔物を討伐し……更にはいつかは魔道具で魔法を使ったり…!」
「──使ったり…」
「はぁ」
道の小石を蹴り飛ばしながら歩く。必要なのは一日──と言わず数時間借りれる自分の部屋だ。
決戦の時間帯が夕方から深夜以降の都合上、金策をどれだけ効率化しても手にできる量はたかが知れている。
今回は生き延びる事は諦めて、徹底して魔石集めに走ろう。
「魔石が正式名称なのかは知らないけど、確か貰った魔石には……──」
魔石は四つ、移動先も四つ。『魔障二十四番域』『水都アマナ』『地下墓地第三十五番通路』『城門』。
……一見すると何のこっちゃって所だけど、一応三つ目は分かるな。
「地下墓への入口って番号分けされてるのね…?多分制作順だと思うけど、三十五ってだいぶ多くない?」
翻訳能力が悪さをしていなければ、今使っている地下墓への入口は通算三十五個目。稼ぎのコンテンツへの入口がアレだけだと、もっと賑わってる筈だという思考はこれにて解答された。
これより後の番号がどれぐらいあるのかは、また世界を巡る時の密かな楽しみにしておこう。
それでは、魔障二十四番域、水都アマナ、城門への考察だが──、
「これは使ってみる方が早い。しかして消耗品」
「口に含んだ──体内に入れたものが特に異変なく外に持ち出せるのは二回目で検証済み。てな訳でイタダキマスッッ!!」
ごっくんちょと小粒の宝石達を飲み込んでみる。大体飴玉サイズの魔石だが、何故かするりと喉を通っていった。
豆腐を舌で崩して飲んだ様な、少しの不快感も無い飲み心地だ。万人が使用するなら、飲みやすさ程度改良されててもおかしくはないか。
「無味無臭…ほのかなイチゴ味とかでも良かったけど」
──これで一度目のセーブへと巻き戻れば、『炉心』も『魔石』も私の手の中にある状態であの店主から再び同じ物を手に入れられる。
セーブするつもりが無くても勝手にセーブされるというのは、何やら怪しい匂いがするがその時その時で頑張るとしよう。
魔石の飲み過ぎにリスクが無いなら大量に飲んでおきたいけれど、
「……………」
「大体摂取系って、そのっ…下から…時間経過で……」
それこそ鳩の砂肝みたく魔石は消化されず、使われるまで滞留する。だったら良いけれど、今の私にとって『私自身の時間経過』で左右される所持品は危険。
セーブ&ロードとはいいつつ、アレはもっと別種の何かである事を踏まえると、魔石について詳しく調べておくのはアリだ。
出たばかりの図書館への道に振り返り、蹴り石とお別れを告げて歩き始めた時──突如、背後から肩を叩かれる。
「ッ──!?」
「………。やぁ゛…」
脳裏に浮かぶ人物予想は悪い方向にしか傾かず、止まらない冷や汗を流しながら震え、振り向くとそこに居たのは例の魔道具屋のお兄さん。
フードは被ったまま精一杯の笑顔を向けてくる。振り向いた私に軽く手を振って、「偶然、だね゛」と言葉を付け加えた。
「っふ、ぁ…な、なんだ、店主さんでしたか。……ここら辺の道はよく通るんです?」
「ん゛」
「…?あ、そういう…。本の返却ですね」
熱い日差しの下だというのに纏っている長いローブの下から、ひょっこりと分厚い本が見えた。図書館に繋がる道で偶然の出会い、ならば歩く目的も似るものだ。
にしても、道端で声を掛けられる程仲良くなった訳ではないけど──ついさっきのお客さんを出歩いた先で見掛けたのなら声を掛けたくなるのもあるある。
「私も少し図書館に戻ろうとしてたんです。運命ってものですかね」
「──ウンメイ?」
「…む。むむっ、運命って単語が伝わってない…。やっぱアイツだけは特別詳しいのか、それとも…。ええっと、運命っていうのは偶然に似た言葉というか…」
「──巡り合いものと巡り合った時に生まれた感動や嬉しさが籠った、特別な言葉です」
「………」
「街中で出会っても声を掛けたくない人なんて沢山居るでしょう?もしくは声を掛けたくても人混みが邪魔だったり。それでも今、店主さんが私に声を掛けてくれた、掛けれた事自体を『運命』と呼んだりしています」
「……。すみ゛ません゛…あまり゛頭が、よく゛ないので…。わざわざ、教えて゛くれて゛助かります゛…」
「いえいえ別に、私が教えられる事ならなんでも」
ふむ。日本で育ったから分からないけれど、教育が行き届いていない国でことわざや単語が伝わらない、字の認識率が低いようなものだろうか?
図書館がある時点でそう酷いものじゃないとは思う、でも『図書館』という発想が異人のものだとして、日々を採取やモンスターの討伐等で暮らしている人間が適応できるかどうか。
ブラおじはああ見えて異世界では学が高いと感じる。一般家庭よりもかなりの書物を有していたのもそうだが……一回目、私を利用しようとしていた姿勢が物語っていた。本来ならば、人を働かせて儲ける側の人間だと。
最低限、経営を行えるレベルの計算能力も必要だし。
「せっかくですし図書館までご一緒します?」
「…ぁ…そ゛の………」
「本の返却をしたいんですよね、私もまだ読みたい本があったのを思い出した所なんです。…如何ですか?」
「っ。ぅ……お゛、お願い…します゛…」
「良かった!それでは行きましょう!店主さんにも聞きたい事が──」
──明るく言い放ち、前に数歩進んだコバナは、背後から足音が聞こえず首を傾ける。魔道具屋の店主はその場に立ち尽くし、スボンの布を握り締めて動こうとはしていなかった。
「………」
その姿は、淡く苦い記憶の中で何度も何度も味わった『我慢』の姿で、自然と自分の身体は、店主に対し何度も何度もして欲しかった事をしていて、
「──。ゆっくりで大丈夫ですよ」
強く握る拳は酷いケロイドまみれで、私が触れた事に驚いたのか閉じた睡蓮が開くように『我慢』から解放される。
腕を伸ばして店主の指に自分の指を絡ませれば、それで手繋ぎの完成だ。一歩前に進む事に何か思う事があるのなら、繋いで一緒に進めばいい。
「……!?ぇ゛、ぁ゛!ダメです゛!!」
「ダメってそんな、別に何ともないですよ。にしても痛そうな傷ですね…。ほら、行きましょう」
「っ──??」
「む、それともあれですか?先に薬とか塗り塗りしないと、触るのダメだったり…?」
「べ、べづにっ…。でも゛っ、その゛…──どうして゛、触れて…」
「どうしてって、いやあの…理由要ります?行くなら行く、行かないなら行かない、行こうって話をしてたんですから……」
「────」
私の顔を見て目をパチクリとさせる店主。よくよく顔を見てみると、焼け焦がれた右目は眼底が分かる程肉が剥がれていて、到底単純な火傷とは思えない有様だ。
触れて優しく重ねている掌も、触り心地は古い革の鞄みたくガサガサゴワゴワ。火傷跡レベルMAX。
歴戦の戦士を思わせる分厚い筋肉を備えた左手とは違って、握る右手は老人の如き枯れ枝。身体がマトモな頃、冒険者業をしている最中、竜と激戦を繰り広げた過去とかあればいいな〜…。
「ぅ…」
「これも運命という奴ですよ。さぁ」
──結局、その後私は手を引かれるままに歩く店主を連れて、図書館へ舞い戻るのであった。
■
「──今日は゛、ありがとう゛」
「こちらこそ、です」
──。
んまぁ、先に成果だけでも発表しますか。
魔石は胃には貯まらない。飲み込んだ後、身体の中に魔力として吸収され循環し、使われるまで無くならない。正式名称は『転移石』。
そして行き先の正体だね。
まずは『魔障二十四番域』、こちらなんと『魔物討伐区域』…──ファーム場所でした!めっちゃ嬉しい、地下墓だけにしかモンスターが湧かないとかだったら本気で絶望してた。
店主さんから色々と教えて貰えたのが幸いし、魔物の仕組みまで判明。
──神の祝福を受けられなかった獣、魔を持たぬ物、魔物。
命は魔力を有し、魔力は命の一部である世界で、魔物とは魔力という生命力を持たない『物』の一種。
実際には動くし話すし、生きているとは言われているが、魔物個人の意識や自我は存在していないと言われている。
そんなもん生き物なら全部そうだろって話だけど、どうやら魔物の出生に関わりがあるらしく──原初、『与えられし獣』と対立した『獣』…今風で言うなら『最初の魔物』が居た。
神の祝福を奪う為、なのかな。それとも誰からも『祝福』されていた立場を羨んだ為なのか、『最初の魔物』は『与えられし獣』を襲い、返り討ちにあったと。けれど憎しみと殺意は途絶えず、その死体から湧き出たのは──、
『魔力ある全てを憎しみ、殺そうとする魔物…』
『はぃ゛』
魔力を奪う為、魔力を得る為、最も濃度が高い人間を好んで殺す魔物が出来上がった。
語りたい点としては、魔力が無くても自我があり、確かに生きてるとするなら、『最初の魔物』って呼び名はあんまりにも相応しくないんじゃないかって事と、神が魔力を与える前の世界って一体どうなっていたのかという点。
ちなみに私が命名するなら『最初の人間』だ。憎しみや殺意、総じた悪意、自我をもって命を奪おうとするのなら、獣よりよっぽど人間らしい。
そんな魔物達は危険度もさることながら、存在しているだけで魔力を大地から吸い上げ枯渇させる『魔障現象』を引き起こす。
間引かないと大地は枯れるし、新たな魔力を求めて人を襲う。それでも魔物には魔力を蓄え循環させる機能が無い、底の抜けた空の器に藻掻いて足掻いて、必死に水を貯めようとしている様なもの。
討伐するメリットとしては、肉体から取れる素材は魔力が一切存在しない事から加工が容易く、魔力の一切を吸収できない性質は、逆に魔力ある全てからの耐性を持つ。素材の品質によるが戦闘力の強化にはうってつけという事だ。
建築に使える素材なら、魔法での引火にもある程度耐えられる上、貴重品を包む布や袋にも使える事だろう。実際魔物の素材は人類の発展に大きく貢献しているなんて──『最初の魔物』さんからすればたまったものじゃないと思う。
「夜が近くなってきましたし、この辺りで」
「………」
次に『水都アマナ』。
こっちは特筆するものは無かったかな、普通に繁華街というか、商いの天国とも呼ぶべきか、沢山の人が行き来し商売を行っている極々普通の異世界らしい一つの地名。
最後に『城門』。
転じて最後は有終のフィナーレ。なんとこちらの逸品、『外』への直通便となっております。
この街──サンディオス国の一部である『ヘリオル』を囲む城壁の出入口まで直接飛ばしてくれるという素晴らしい情報を手に入れました。
どうやら複数の地域、区域がくっついた場所になっているみたいで、やけに広くてデカかったのはシンプルに、別の街まで地続きになってたからっぽい。
「…あ、の゛っ」
「はい?」
「……別゛れる前に゛、お名前゛を、聞いでも゛…?」
「え。名前話してなかったですっけ!?…うっかりにも程があるな私。──名は小花。朱花小花です。店主さんのお名前は?」
「──アシュ゛・レイヴン」
「…………カッコイイ名前!」
アシュ・レイヴン。
先に成果だけ話した理由は、この人に…というか、この人の周囲からの扱いにあった。
扱いが酷いのなんの、『酷い』って単語で片付くかどうかも怪しい感じ。服装で火傷跡を隠してる内は何ともなかったけど──。
『────』
『…おーい?あのー?本を返却するって言ってますけど〜?』
『──……』
『──。はぁ、私が!返却するって!言ってんでしょうが!!』
無視。大無視、完全な無視。
私が図書館内で目を離した内に、こっそりと返却場へと向かっていた店主さんの事を受付の人はガン無視。人ははけていくし、警備員らしき人も二人三人寄ってくるしで、とりあえず私が代わりに声を出して本を返した。
ヤバイね本物の差別って、罵詈雑言とかじゃなくて存在ごと無視するんだ、そこに居ないものとして避けて…──会話すらしようとしない。
店主さん良い人なのにさぁ……前科持ちとかなら分かるけど、怪我してるだけでしょ?戦役帰りの軍人差別みたいなのを、異世界で見ることになるとは。
借りるのも代わりにやってあげて、職員や警備員、はたまた一般市民に睨まれながら退室した訳だけど、
「ふふ゛っ゛…貴方゛の名前も゛っ、可愛い゛ですよ…」
「ありがとうございます!…また何処かでお会いするかもしれませんし、お店にお邪魔するかもしれません。その時はまた、仲良くしてくれますか?」
「──。あぁ゛…必ずっ゛…──ゲホッ゛…ゲホッ゛…」
「……それでは、またいつか」
手を振って、タイムリミットが来る前に地下墓へと向かう。このタイミングで殺されたくはない。
「────」
──にしても、ほんと……意図せずギャルゲーっぽくなっちゃったよッッ!!柄じゃないのにっ!!
顔真っ赤。照れまくりの顔を見せる前に別れられて良かった、意識してた訳じゃないけどさ、あんな扱いを受ける人に気安く接しちゃって良かったのかな!?…なんというか、モロそういう『シチュエーション』じゃん──!?
自意識過剰である事を願おう。普通に職員らの扱いが、世間一般でもおかしな時代錯誤の事案であると。
気分的には絶好調、恥ずかしさは僅か。
奴が早足でぶち殺しに来る前に地下墓へ入ろう、他の入口も見つけたいがそれはまた後、初めての異世界で歩き慣れた道をスキップで歩く。
「…ふんふふーん、進展進展〜。色々と吹っ切れると楽だわ〜、急に邪神の正体にも迫れたし。あーあ、アイツに殺されなかったら最高の気分なのに」
──…最高っていうには、嫌なもん見ちゃったけど。理性ってやっぱ毒だ、程よく何も考えず人と接する方が人生何百倍も楽しい。……出来てない奴が何言ってんだか、とは言わないでね。
「失礼しますよーっとぉ」
入口に辿り着いた後は、サササッ、とゴキブリみたく人の視線を縫って進む。こんな入り方をいつまでするのかという不安は早めに解消したいが、一つのセーブデータを長く遊ぶまでは必要ないか。
──低姿勢でワープゲートの出入口、その周辺で門番をしている人達を抜きさって走る。
「あッ──!おま、昼に入り込んで来た奴っ!!」
「へへへっ、無断で侵入されてるのに警備緩いままじゃダメっすよ〜!捕まえたいなら追いかけておいでー!とーうっ!」
永遠にここはガバい警備であって欲しいものだ、侵入も高速化したし、一度こっそり入ったぐらいじゃ指名手配もされなくなった。
流石に次は無いとはいえ、このセーブデータにもう用は無い。私を捕まえようと走ってくる、ブラおじの嬢の接待券を揺すってきた奴にあっかんべーをして、ワープゲートへ飛び込む。
──そうして飛び込んで、私を迎えたのは、
「──。へ?」
「……え?」
清々しい程の青空ではなく、陰湿で陰気な湿気の多い暗い空間。もしも『ダンジョン』が存在するなら、ピッタリの場所。
不測の自体に高速回転する脳内、走馬灯が流れんばかりに高鳴る心臓と、同時に燃え尽きそうな速さで動く脳味噌が弾き出した結論は一つ。
というか、相違点がそれしか無いから簡単な結論ではあった。
「…………」
「………」
「────!!!!」
「そうか!私が魔石を飲み込んで、今身体の中を魔力が巡ってる…って事は!邪神が言ってた何かしらの条件に引っかからなくなったんだっ!!」
「よっっっッしゃぁっーーー!!メインコンテンツ解放完了!魔石の魔力は使えば無くなる!自由自在に地下墓にもあの場所にも行ける!」
「やったぁ…!優勝だ!優勝だ!優勝優勝優」
「──んで?優勝だから、なんだってんだ」
「しょぅ……だ…。ぁ…の、へへっ、えへへっ」
「はははっ」
「「
「………っすー、見逃して貰えません?」
「──《こちら三十五番地、件の侵入者を発見、捕縛する》」
「ぎぃやぁぁっっ──!?!?!?」