──基本、世界にはルールが存在している。
但し、ルールと聞いて思いつく法律や規則はその『ルール』とは言えない。政治家が『ポイ捨て禁止令』の書類に印鑑を押して、その日から全てのポイ捨てが行われた瞬間、拘留所にワープするか?取り締まる組織が居ないと、罰則もクソも無いだろう?
ルール違反者は、あくまでも社会に罰せられているに過ぎない。
私がさしているのは、直接現実に作用する化学や現象だ。
AとBを混ぜたら爆発する。CとDを混ぜたら甘いジュースになる。爆発で死んでしまった人は、誰かに罰せられたのではなく、世界の『ルール』によって死に、甘いジュースを口にした人も同様。
その『ルール』は常に絶対で、変化は『発見』──……とと、話の寄り道は辞めといて、
「…──」
では問題。
今の私に起きた出来事は、『ルール』か否か。
「す、すいません。後ろ通ります…」
おじさんに起こされて、人を避けとりあえず落ち着ける場所を探す。
見つけたのは家屋の柱の隅っこ。そこに体育座りして、一息をついた。
さて、私は──多分だけど死んだと思う。
視界の端に真っ赤に染まったHPバーが黒くなった瞬間を幻視するぐらいには、危篤な状態にあった。誰かに助けてもらうにも、周囲の人気のなさは確認済み。
死因:熱中症。というあんまりにもダサい死亡ログが張り付いた私を、この木造りの家屋に運んだ───蘇らしたのは、誰なのか。『何』なのか。
言い換えるなら、この世界はリスポーン制か普通に死ぬのかを理解しなくてはならない。リスポーン制なのを良いことに、略奪行為を繰り返す初心者リス狩りカス野郎に嵌められるなんて嫌だ。自分がされて嫌な事は人にしちゃいけません!
「うぇ…人混みすご…」
「…天国にしては、賑やかだな」
「──。人、人、獣人、獣人、竜人?人、人、人」
「どこぞの夢の国TRPGシナリオに迷い込んだ気分だぜ、テンション上がるな~」
──見上げた部屋の天井は高く、三角屋根のすぼみが遠くに見える。大きく広がった間取りは、この場所が多くの人数を収容する想定で建てられているのも分かった。
窓は木組みで、ガラスは張られていない。通気性も良くは見えず、こういった背の高い木造りの家は気温管理が大変なものだが、このクーラーを思わせる涼しい風は一体…。
かなりデカい建物だ。状況把握をすればするほど、私の疑問は増えていく。が、最優先はさっきの『死』。ただ、その知識を得るには、
「──」
「んっ」
「…──」
「……っ」
──声が出ない。
この、人がせわしなく動き続ける空間で誰かに声を掛ける。なんて行為は、本当に、本当に、本当に、本当に、ほんとのほんとに苦手。
右から左へ、左から右へ。
私は誰かに話しかけたくても、私に話しかけられたい人なんているのか。人に受け入れられない事がとてつもなく『怖い』私にとって、体育座りを続けたままふさぎ込むのが精いっぱい。
「──。本当に私、死んじゃってたの、かな」
「…これから、どうすればいいんだろ」
「何を……すれば…」
「………」
「…」
ネガティブモードに陥る前に、思考を回す。
私の人生において、待つだけの時間が助けてくれたことは無い。けれど、向き合うには辛い壁と戦う時、思索に逃げる。
逃げて、壁をズルして超えるのだ。
──さっきのおじいさんを頼ろう。私が死んだ後、この場所で起こしてくれた彼から証言を引き出す。今の状況、私自身が貴重な情報源だ。突拍子も無く私の体がリポップしたなら、流石に騒ぐ奴もいる筈。
なのに掛けられた言葉は『起きな!お嬢ちゃん!』と『ったく、こんな所で寝てちゃみんなの迷惑だよ!』の二言。
「一番私の事を知ってるのは、あの人だ」
頭の中に定型文を思い浮かべて、立ち上がる。
歩き始めるのが億劫でも、苦しくても、嫌でも、歩く。みんなができて当たり前のことを、必死に、必死に。
──必死に。そう、いつも通り必死に。
■
「──コンニチハ、スコシオキキシタイコトガアルノデスガ、オジカンヨロシイデスカ」
男の顔は固まっていた。
ザ・クエスト受付嬢とカウンターを挟み話し、水晶玉に手をかざしていた男は、唐突に現れた謎の怪生物を警戒していた。
目はがん開きで、言葉は片言。ろくに人と話していない事が丸わかりな目線の動き。ついさっき邪魔だからと退かした子供が、苦しそうに話しかけてきたのだ。
「………」
「………」
「「───」」
「──。コ、コンニチハ、スコシオキキシタイコトガアルノデスガ、オジカンヨロシイデスカ」
「
「ア、エト」
漢は肩をすくめ、ため息をひとつ零した。
水晶玉から手を離し、受付嬢へ軽く手を振る。
「ふっ…。あー、分かった分かった。言いがかり付けに来たんじゃないならどうだっていい。──クリスちゃん、また後で。俺はコイツの面倒見なきゃダメそうだ」
そう言ってカウンターを離れた男は、小花の前に立つと、まるで壊れ物でも扱うような慎重な視線を向けてきた。
だが、それは彼女が傷つかないようにする配慮の類であり、男の声は落ち着きを与えてくれた。耳元に纏わりついていた周囲の喧騒を遠ざける力もあった気がする。
──人の声で安心したのは、いつぶりだったか。
「そこ座りな。立ち話で済む話じゃないだろ」
「ア、ソノ…あ、ありがとうございます」
「さて。詳しく事情を聞かせてみな」
■
「ほーう。お嬢ちゃんの推測通りなら、世界を跨いで転移した…と?その上、死んで蘇った…」
「そんな……感じになると思います…」
──なんとか足掛かりは掴んだ。といった所か。
いや、そんな自信ありげに言える程じゃない。人の良さそうなおじさんの善意に甘えてるだけで、今のファーストコンタクトはかなりオワッていた。
死んだ魚の目をしている私は、この人にどう映っているのだろうか。多分、今すぐションベン散らかしそうな仔犬にでも見えて……。
「で」
「どうして俺に声を掛けたよ。アンタの言葉を信じる信じない以前に、助けて欲しいとか何とか言われても困るぜ。飯も家も武器も居場所も、アンタに慈悲で渡せるもんは無い」
「──それとも、俺がそんなお優しい生っちょろいジジイだと思って、甘ぇ汁啜りに来たか?」
「ぁ、いやその」
「……状況を…知りたいだけなんです。その為の情報が欲しい、私は、私を起こしてくれた貴方からの言葉にしか頼れない」
「見返りとして渡せるものが私にはありません。魔法も使えませんし、売って価値が付く貴重品も」
渡せたとして、服、ぐらいだろう。おじさんの衣服は鎧のように分厚く、如何にも獣の皮を貼り付けた、所謂皮ペタ的な衣装だ。
合成繊維と化学薬品によって作られた、機能美溢れる私のTシャツ。汗を吸い取る上に素晴らしい通気性を誇るこの服も立派な貴重品である。
「んなら──」
「俺の所で体売って暫く過ごすか?本当にここの事何にも知らねぇってなら本でも貸してやる。さっきああは言ったものの、俺は偽善者なもんでな。アンタみたいな迷い子は幾人か助けてきた」
「───」
おぉう。
──多分だけど、今私は破格の提案をされているんだろうな。とは感じている。
身売りは異世界倫理上、手軽な稼ぎの手段なのだとすれば、おじさん的には見知らぬガキに仕事の斡旋をしてる訳で。
なんだかんだ死ぬほど甘い方だ、まぁ『騙して悪いが』ルートも想定するべきだけど。
明らかに世間知らずのバカ相手なら、幾らでも搾取出来る。ただ、
「──。おじさんは、本当に優しい方ですね」
「優しくはない」
「優しいですよ」
「……ふむ。なら、俺の提案を飲むって事で──」
「あ、それはとても有難い事ですが遠慮させて頂きます」
「む?」
──私はソロプレイが好きなんだ。
欲しい情報は手に入れた。
死んで蘇る事を、『信じる信じない』と疑問の対象に含めた時点であの現象は私だけに起きた特別な事象。
魔法は使えませんが、と無力さをアピールしておじさんは何の反応も無かった。彼にとって魔法が聞き知らぬ単語じゃないイコール『魔法』は存在する。
そして『偽善者』、それは明らかな『日本語』だ。
この世界は明らかに、私の為にデザインされている。もしくは私の耳に届く全ての単語が日本語に翻訳されている。
それだけ知れれば、おじさんに助けてもらう必要は無い。善意を無下にしたくはないが、自分以外の存在に依存した環境が大嫌いでね。
──あと、決めました。もうこの世界に些細な疑問は抱きません。RPGゲーで日本のことわざが出てきたぐらいで、お気持ちメールを送り付ける頃とは違うんです。
「今から私をぶち殺したダンジョンに復讐しに行きます。やられっぱなしで終われません」
「ちょっ!?ま、待てって!?」
「受付の人ぉ──!!入場口どこ!!!」
「テメ、おい!話聞けよ!」
「おじさん知ってるか!?楽しいゲームに理由はあっても!理屈は要らねぇんだぁぁぁっ!!」
ある冒険者は言った。
死んでもいいゲームなんてヌルすぎるぜ。と。
──ああそうだとも。死んでもいいゲームはヌルすぎる。そのヌルさが許されるのは戦う事に主軸を置いてないゲームか、死ねばデメリットが付き纏うソウルライク系。
熱中症で死んだから実感は薄いけど、今の私には餓死も、病死も、如何なる『死』も届かない。無限にファーム出来るリソースは私自身の存在!自由に扱える無限リソースを序盤に手に入れたなら、後はクリアまで一直線だよな!!
「うっひょー!俄然楽しくなってきた!ありがとうボケ神、本当の本当に『ゲーム』として楽しんでいいんだね!?」
心情としては、この世界のみんなと同じ条件で、同じ緊張感でプレイしてみたかったけど──パッシブスキルが悪い。うん。
まずは、あの草原の踏破だ。それから魔法だのスキルだの、剣技は無理なので遠距離ビルド主体で頑張る。
他の人には出来ない死に戻りで、楽々ファーム。
それが私の勝ち筋であーる!
さぁ行くぞ行くぞ行くぞ!何か見落としてる気がしなくもないけど、多分些細な問題だ!
今こそゲームで培ってきた反射神経、論理的思考、反復行動へのスタミナ、ビルド構築力、ありとあらゆる技能を活かす時。
勝った──異世界物語、完ッ。
「……」
「……あーあ、行っちまったよ」
■
──失礼ですが皆々様。
前言撤回は、許されますでしょうか。
諸々、勝っただの、死んでもいいゲームはヌルすぎるだの。
人の善意を無下にした、因果応報っていうか?アドレナリンとドーパミンで突っ走り過ぎた代償というか?
改めておさらいを。
世界にはルールがある、それは知性あるものが定める規則では無く、自然に存在している法則であり、あらゆる存在はそのルールに沿って生きている。
ゲームなら『設定』とかが表現として正しいのかも。
「───ふぅ」
では、そのルールに反した存在はどうなるだろうか。
皆が従ってるはずの世界のルールの中で、自由にしている奴は罰せられる。それが罪だからじゃない、世界側の『正しさ』が『正しさ』を失わないようにする、自浄作用だ。
もっと分かりやすく言おうか。
ゲームのチーターに下される処分って、なーんだ。
「………」
「……。っ」
「ふっ、ざけんなぁぁ───!!!」
──BANか、隔離マッチである。
あからさまなダンジョンの入口へ、あからさまな衛兵を超え強行突破し、あからさまな転移ゲートに触れた瞬間私が飛ばされたのは。
晴れ渡る空。青茂る草原。淀みの無い涼しげな風。
晴れ渡る空を飛ぶ『化け物』。青茂る草原を駆ける『ナニか』。風には、血生臭さを載せて。
「それはっ、それは、まぁ、そうだけどさ!?」
──私は再び、あの出来の悪いサンドボックス世界へ閉じ込められてしまったのだ。
「いやっ」
「でもっ……」
「ええと…………」
「…………。あの」
「──また、死ねと?」