私の胃の中には石がある。きらきらと輝く石がある。庭先で見つけたソレを飲み込んだことがある。それは自尊心という名の石である。
公園にて、頭をひょこひょこと下げ、投げ捨てられたパンくずをくちばしに挟む鳩を見ていると、ああ、私の胃の中の石も彼らと同じぐらい働き者だったら良いな。そう思うたびに石はまたキラキラと輝くのである。
「ファイヤ!ファイアボール!ボルケーノ!アイスストーム!サンダー!!」
「メテオぉぉぉぉ──!」
と、小説家みたいなセリフ第二回目を吐いたところで、この哀れな主人公は何をしているのかというと、適当な詠唱でも魔法が出ないか頑張っています。
自尊心、驕りと昂り故の失態。何でもできると思い込んだ愚者の末路。暗闇の中を切り開く覚悟と、慢心で自ら暗闇を作り出す行為は表裏一体。
右手首を掴み掌を虚空に向け、ありもしない詠唱を叫ぶ。腹の内に込めた怒りを乗せ、自分の右手から何か出ないかと。
炎でも水でも雷でも、何でもいいから。そう願いつつも心の底には諦めが積み重なっていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」
「あーあ…。結構ミスった気がするな~…」
こんな事になるならば、素直におじさんを頼っておけばよかった。後悔先に立たず、この苦しみは甘んじて受け入れよう。
まずは現状把握、そしてこれからの事だ。
「…ダンジョンに入るには身分証、多分だけどあの受付のお姉さんから許可証的な奴をもらわないとダメ」
人が居ない事は確認済み、思考をそのまま口へ垂れ流す。慢心で突き進んだが得れたモノはあった。
「移動はまさかの転移。出入りしてる人は大抵重装備で怪我をしている人もいた。つまりこの場所は明らかな隔離場所。ご丁寧に揃いも揃って討伐した…──モンスターの一部的な奴もぶら下げてたな」
緑色のとんがった耳だとか、何かの宝石らしきものだとか、まぁ結局いつの時代も物理的な証拠が一番『印』の役割を果たすか。
「つまり──」
この異空間からも、外に何かを持ち出せる。草と木を持ち出して何になるとはまだ思いつかないが、無限増殖バグは見つけておくに限る。
ダンジョンあるあるだが、戦利品は外に持ち出せないと困るよなそりゃ。
でもこの世界のダンジョンは所謂、入るにも出るにもワープ形式が採用されてるみたいで、こう、科学を知っている身からすると諸々の不安がある。
「科学については中学生ぐらいの知識しかないけど。…この世界の人間が真実を知ったらどんな顔するんだろうなぁ…」
身体がバラバラになって再構築だなんて、そんな一度死んで生き返ってる事実を───、
「──。死んで、生き返る」
「…まさか、蘇りは共通システム?いやそれなら、モンスターの死骸をワープさせたら大変な事になるだろうし…。単純に認識されてないだけ?それか、私とこの世界の人間じゃ決定的に何かが……違う…?」
「…どうあれ、少しはしゃぎ過ぎたか。もっと情報を集めて、効率のよい攻略を。チャートを組んで、便利なNPCは使い倒して、ショトカでもバグでも何でも使って……」
その為の、第一関門。
私のファーストミッションにしてバージンクエスト。この世界を攻略し尽くす為に必要な覚悟は、
「………………最初からそのつもりだったけど」
「まずは…口の中に草でも詰め込みまくって…」
「──死んで、みるか!」
自分の命を、魂を、チップにして遊ぶ事。
■
──ここらじゃ見ない黒い髪に、見た事もねぇ奇抜な服。ここだ何処だか、何が起きてるのか一辺倒も分かりゃしないって顔、何をするでもなく隅で縮こまりに行った上、目覚めて俺を見た時の、あの目。
「……いい金種になると思ったが、そう甘くないか」
「またそんな言い方して。働かせる子供増やせば増やすだけ、ブラウさんの所の店って赤字になってるんでしょ」
「………まぁ、アイツに関しちゃ育てずとも頑張ってくれたな。惜しいを事した」
一発で分かる、ありゃ迷い人だ。位相の違う世界から迷い込んだ、異人。書物で何度か読んだことはあるが──まさか、生きてる内にお目にかかれるとは。
──異人。
類い稀なる知恵と力を有し、極稀にこの世界の何処かに姿を現す別世界の住人。最初に現れたのは辺境の国だとか、聖堂が召喚しただとか、神が現れて授けた天使を異人と呼んだとも。
その善行は、悪行は、英雄譚は、悪党の末路は、結局の所異人だなんだと言いながら、神の使いとも謳われる奴らが唯の人間だという事を指し示していた。
「…関わらない方が吉。って場合もあるか」
「え〜?私じゃ助けてあげられませんよぉ、あの子」
「そんな事言うなよクリスちゃ〜ん、今度また高い酒差し入れてあげるからさ〜」
「さっき地下墓に無断侵入したって報告来てますけど?」
「年頃のガキは暴れてなんぼだろ」
かといって、アレが生きて帰ってこれる保証も無さそうだが。遺品あさりするだけでも大変なんだがな。異人と知られれば争奪戦も起きる、知恵は力なりと言ったところか。
──それも、あの妄言が事実でなけりゃの話だが。
そうでなくとも、アイツは多分生き残る。目覚めてすぐに、目を合わせた相手を『利用できるか否か』で判別しようとする奴は、経験上長生きするしロクな死に方も出来やしない。
昔、同じような目をしたガキを拾って育てた事もあるが、
「……」
返して貰ったのは、胸元の傷だけだったか。
損得勘定でしか人を見れない俺もクソッタレだが、利害の一致を悟れねぇバカも手に負えん。自分本位の利益主義者は、路地のドブに沈んで死ぬのがお似合いだった。
「そろそろ俺も行くとするかな、店の稼ぎだけじゃ賄っていけそうにない。地下墓で一攫千金するか死ぬか…──せめてあの時上手くやれてりゃ──」
古い鏡から目を逸らす。どうしようもない過去から逃げるように、木の椅子を引いて席を立つ。
償いのように子供を救い、生贄のように子供を集め、未来を見ない為に下を向いた。今更、無様に死んだとしても、誰も何も言わない。
本で読んだことがある。こんな人間が進む旅路の事を死出の旅路と──、
「オワァーーー!!!!???」
「何だぁぁァ──!?」
「ぼべっ、もごごごごっ───土マズッ!草のエグミがエグイ!えぐ過ぎてエッグになったわよ」
「嬢ちゃん!?」
「あ、おじさん」
男、ブラウと呼ばれていた男が酒場の席を立ち、歩みを進めようとしていた矢先、奇声を発した謎生物が空から降ってくる。間一髪、鼻先が掠める距離で避けると、顔面の穴という穴に土と草を詰めた奇人に見覚えがあることに気が付き、
「な、何してんだお前」
「検証ですよ検証。結果は上々、私の衣服が諸共蘇りについて来た時から薄ら分かってたけど、身に着けてるモノは転移対象」
「いや転移対象って……てか蘇り?ま、また死んだのかアンタ。本当に…死んでも、返ってこれるんだな…?」
「──。やっぱ気狂いとでも思ってました?」
肯定とも否定とも取れないにやついた表情を浮かべ、ひらひらと片手を振り走り出していく。死んだことを意味する言葉を吐いて尚、死の恐怖を全く感じさせない様相で駆けていく。
ブラウは引き留めたい訳では無かったが、無意識の内、その狂人の腕をつかんだ。手を伸ばした理由をなんとか見つけようとして、見つけれず、誤魔化すように、
「…アンタ、名前は」
少女の、名前を聞いた。
それはあくまで場を保たせる誤魔化しに過ぎず、名前を聞く必要などありはしなかったがそれでも、彼女の歩みを止めさせることには貢献した。
「小花、コバナちゃんって呼んでも良いよ。おじさんの名前は?」
「コバナ──そうか、良い名前だ。俺はブラウ、ブラウ・タバタ。…なぁコバナ嬢ちゃん、アンタそうやってこの先も進んでいくつもりか?」
「ええ、まぁ、はい」
「──その歩き方の限界は近ぇぞ」
「なんですか急に、説教辞めてくださいよ。それに見ての通り不死っぽい感じですし」
「死なねぇ事で言ってんじゃねぇ。アンタは──」
少女は嫌味から顔をそむけ、掴まれた腕を引きはがす。限界なんてない、あるとするのなら限りある時間の壁ぐらいで、心に据えた自尊心が欠けない限り歩き続けられる。誰の力を借りずとも、誰かに助けられなくとも、この世界で自分は自由な存在。
我が物顔で説教を始めだしたブラウに、拒絶を示すように身を引いて、
「もういいですか?検証する事山積みなんでそろそろ…」
「っ、待て。…待ってくれ」
「…十秒程度なら」
目をつむり、本当に秒数を数え始めたコバナに呆れつつ、ブラウは自分の行動の是非を問う。何故、どうしてこんな事をしているのか、何のために引き留めたのかを。
一度目はすんなり見捨てた。遺品の回収を考える程度には、この頭のおかしい子供への興味は薄れていた筈。
けれど今、コバナを観察して猛烈に感じているものが一つある。
──稼ぎの予感、だ。
異人。それが御伽噺になって数百年、偶然にも目の前に英雄となりうる金の卵が、右も左も分からず彷徨っているのだ。
ならば、最も利益を生む選択肢は──?
「知識を貸そう」
「──。へぇ」
コバナの興味に満ちた視線がブラウに突き刺さる。先ほどまで雛鳥の様な振る舞いをしていたのが一変、地下墓で何があったのかは知らないが、歴戦の商人らしき顔つきに。
虚勢を保てるほどの余裕は無い、それでも強気の姿勢を崩さないコバナからはある種、信頼を感じる程。
「対等な取引だ、アンタがこの世界で不自由しないように出来る限り手は尽くす。その代わり、アンタの力を貸せ」
「ふむ。例えば?」
「ウチで保管してる歴史書、魔術本を貸す。それに剣術体術、何でも教えてやる。代わりにアンタは、金を稼いでほしい」
「金」
「手段は問わない。ウチの店に金を入れてくれ」
指で金のコインをピン、と弾きコバナへと投げ渡す。
その黄金の輝きは、この世界の貨幣の形を知らないコバナであっても目を丸くして、懐に収めたくなる存在感があった。
コバナの脳内に浮かぶのは仮定に次ぐ仮定、未だ無知が溢れんばかりに蓄えているが、それでもこの瞬間、ブラウという男は自分に高い価値のモノを渡した。つまり求められているのは、価値の上に成り立つ信頼関係である。
「投資、ってことでいいかな」
「ああ」
「コレの価値分かんないから、何日ご飯食べられるかで教えてくれる?」
「──見上げていた星が、いつの間にか見えなくなる程度には」
「…?ま、まぁうん、なるほど。取り合えず交渉成立って事で」
「…──そういやアンタ、さっきと比べて随分と流暢に話すようになったな。人の悪ぃ奴だ、箱入り娘って面して最初から腹の内は真っ黒かよ」
ブラウの指摘に、「さぁどうでしょうか」と、腹の黒さを証明する台詞を吐く。勘違いにせよ、そうやって疑り深く居てくれた方が、コバナにとっては都合が良い。
吐いた言葉と共に差し出した手が、悪魔との取引とでも映ってくれれば、矮小で自身が無くて人を疑う事しかしない自分の姿を見られずに済む。
──尊大な立ち振る舞いをする奴は、いつだって目立ちたがり屋か他者をおもんばかれない奴かそれか、
「………にしたって、やっぱりおじさん優し過ぎない?」
「優しくねぇって」
「…そっか」
「そうだ」
本当の自分を、誰にも見られたくない奴ぐらいである。
そして、自分を見せたがらない奴に優しさを分け与える人間は、大抵己の心と過去に、長く苦しめられている人間でもある。
コバナが目にした、ブラウの表情。
手を引いてきた一瞬に見せた、呵責と後悔に塗れた顔。
「それじゃ失礼します。まだまだ検証することがあるので」
「──。嘘だろお前」
「時間つぶしに髭でも剃ってて下さい。…あんまり似合ってないよ」
「───」
──結局の所、他人に過去を重ねる奴は、利用され尽くしても悪くは思わないで欲しい。それが、ブラウの顔を見たコバナの感想であった。