「あー…いー…うー…」
「……」
ガラス張りならぬ魔法張りの窓から、冷却された風が頭皮の蒸れをさらっていく。
恒星なのかなんなのか、太陽代わりの星の輝きがだらしなく露出させた私のお腹を照らして、心地よい温もりと心地よい涼しさの快楽に挟まれる。
地獄から生還して、いや死還して約一時間程度。道筋も順序もスキップし、念願の『快適』を手に入れた。
「──快適だな~…」
「急にやる気なくなってきたー…ずっとこのままでも…」
「その時はお前の身体をバラバラにして売りさばいてやるよ」
「あうー」
──隣に怖いおじさんオプション付きではあるけれど。
なんだなんだ、人の欲とは日と風と唄で満たされるものではないか。さぁ手を繋ぎ、満腹を分かち合おう──なんて暢気にできる奴は一握りでして、私はその『握り』の中に居ない。
だがまぁ、やる気が失せつつあるのは事実。
最初は転移にワクワクしていたのに意識が覚めた時、ギルド的建物を目視した以降はそのワクワク期待値から下がりっぱなし。
コテコテのファンタジー建築、誰かの手垢がついたような風景、異人にぐちゃぐちゃにされた文化。この分だと、戦闘や農業作業、私なりの『異世界を楽しむ日々』は何処かで見たネット小説と変わらなくなる。
そりゃリアルに体験できる分、読むだけとは一線を画すかもしれないが、廃ゲーマーとしてはドーパミンが全然足りない。
「────」
それと、異人、地球人によるやらかしの影響は単に、国ごとの改革や世界レベルの共通文化の浸食にとどまっていないんだよね。
異人は云わば『管理者』だった。その時代その時代、各異人が起こした世界の変化を悪用されないように立ちまわる。
魔法が使えたとはいえ、言ってしまえば科学が発展しようのない世界では教養の基礎が無い。魔法は単純な暴力、力でしかなく、そんな世界で異人がもたらす先鋭化された『力』の数々は異世界人の倫理感、価値観に影響を与えたんだろう。
「ヤバそうな魔法や技術は軒並み国が禁止して?せっかく地球産の加工技術も記録は取ってないし?ぜーんぶ前の時代に暴走した馬鹿共のせいって言われても…つまんないよー!!」
──異人亡き後、世界は必ず混沌の渦に飲まれていった。
まるでそれが宿命かのように、定まった運命に辿り着いただけの事のように、禁断の果実を口にした人類がいつかは、
「…………その欲深さと、善悪によって滅びるように…」
呪い呪われ滅亡ダークファンタジーのシナリオを嗜みまくった私が言おう、人間とは本当に仕方のない生き物だと。
異世界でも同じことだ、仕方なかったって奴なのさ。
仕方がないは、どうしようもない。異人の力を、技術を模倣して繰り返すことしかできない異世界人が幾度も滅びかけたらしいのも、仕方がない。
「そうさ。いつかは滅びる。いつかは…言い換えようもないクソみたいな結末を迎える」
「親父にな、幼いころから本を読まされ続けた。同じ過ちを犯すな、同じ罪を背負うな、同じ悪になるなって」
「お前も読んでみて分かったろ?異人が居るから
「へー」
「…もうちょいマシな返事しろよ」
「つまらない答えにはつまらない返事で返すのが礼儀です」
「はぁ?」
高度過ぎる『力』には人間の倫理が追いつかない。そこに生まれる責任も咎も、人一人で背負いきれるものじゃない。
ソレを奪い合うのなら滅びて当然、禁じて当然だ。現代育ちの私から見れば、野蛮な倫理に見合わない技術力と発展をしているのも、歪が過ぎる。
──歴史を知るだけでも、この世界の歪さに気が付いた。
歴史の転換点は異人の手で引き起こされ、原住民はただそれに振り回される。転移した人間の喜びだけに消費され、彼ら彼女らの生も死も、悲劇も喜劇も、幼子の涙一つさえ物語は産まれない。
異世界人の誰かが歴史に名を連ねているか?魔法でタービンを回すとか、魔法で世界を変えるような発明だとか。そんなものが一切ない、ある種作為的で、人為的で、神秘的とも思える程にこの世界の要点は『異人』に集中している。
それはまるで、『つまらないものは要らない』といった神様のため息が聞こえるようだった。分かるとも、派手なイベントにも関わらない、感動を与えるシーンも無い、代わり映えのしないNPCを眺めてもつまらない。
ゲームの遊び方にしちゃ、ド三流だけど。
楽しめるものだけを楽しむ、大いに結構。
でも、人に押し付けるのは違うよねー。私は、とあるゲームで主人公の判定がNPCを押し出せる事を知り、無意味に運搬しまくってラスボス部屋まで送り届けた女である。
「私のいた世界じゃ、人類は星に旅立ってますよ」
「──は」
「まだ数人、数十人ですけどね。けれど星を旅立つ為の技術は、当然争いにも利用される。…最初からそっちの目的だったのかな、死骸で山を作り、川を埋め、地を作った。でも愚かで結構、無様で結構。愚かで無様で醜くて、漸く人は星を飛び出した」
「──…」
RP中だからカッコつけれますけど、まともな人間が私の発言を聞けば…何気取ってんだ中二病、甘い汁しか吸ってないだろ外出て働けで済む。
戦争がはるか遠いものと感じる世代の台詞だ、戯言でしかない。
だが適当に生きてる奴の適当な発言で、面食らった顔をしちゃうブラウおじさん、略してブラおじの生真面目さには──ため息も穏やかな音色になる。
「まっ、一歩間違えれば世界が滅ぶものをみんなが持ってる世界なんで、歪さで言えばこっちが上ですけど。にしても結構迷惑かけてますね、こっちの人間は」
「はちゃめちゃにな」
「あ、それものすっごくクソ親父っぽ──……。ごめんブラおじ」
「はッ、アンタからクソ親父って呼ばれるんなら、立派な人間だったんだろうよ。つかブラおじってなんだブラおじって」
「……ふふっ」
親睦を深めた?所で、今の攻略におけるモチベーションが何なのか話そっかな。
まずは復讐心、私からゲームを奪った罪は重い。次に『気持ち悪さ』の解消。明らかに王族やら上級の人間だけが異人の力を独占して、世界の平均的なレベルを下げてる。そんな管理者気取りの奴らをぶちのめす。
最後に──、
「いつかは、ブラおじに見せてあげるよ」
「見せる…って、何を」
「──ゲームさ!私の人生を変えた最高の娯楽を、なんとしてでも取り戻す!」
「…げーむってのが何なのか分からないが、娯楽なら街にあふれてるだろ……」
「分かってませんね~、ブラおじってばロマンが理解ってなくて困っちゃう!もうっ!」
「そろそろ蹴り飛ばすぞお前」
ブラおじとのコミュにおける小テクその一。呼び方が『アンタ』から『お前』に変わった時は要注意。
「さて、そろそろ行きましょう。一攫千金自らの手で掴むもの!ブラウさん、私と貴方は一蓮托生ならばこそ、疑いなく私の歩みを助けてくれますか!」
「大丈夫だ、そう何度も確認しなくても」
「ふっふっふ。よろしい、では出発!」
■
──改めて、現状のステータスや持ち物含め、私自身の振り返りをしていこう。
キューティービューティーな朱花小花二十歳はひょんなことから異世界転移!右も左も分からーにあな別世界で一度目の死を迎えた!
色々とやけくそになっていたら優しい(当社比)おじさんからのお誘いで寝床と飯ゲット!代わりに頑張って稼がなきゃ諸共ネズミの餌だぞ☆
魔法は使えない、身体能力はカス。剣と魔法の世界で剣も魔法も使えない、何が面白くて転移したん?的な状態である私が目指すは、この世界の完全攻略。一旦は地下墓地を最後まで進む感じです。
なーのーで、やるべきことを分けてみるとこんな感じ。
『力』『金』『解明』
諦めるのは早いが剣と魔法以外での戦闘力が欲しい、あとおじさんのクエストを達成するためにも金、金金金!銭がありゃぁ何でもできる!品性は金で買えないよ。
あとは最後に、あの謎空間をどう利用できるか検証し尽くす。
今の私は圧倒的な弱者だ。強さに蹂躙されねじ伏せられても、何の恨みも残せない脆弱な人間なんだ。
──耐えられるかそんなもん。
無駄に高いプライドと尊大な自尊心、矮小な羞恥心が決して許しはしてくれない。このままの立場で甘んじていることを。ならばどうするか、
「安いよ安いよ~!異世界の知識が大安売りだよー!!」
「勝機を逃すな!掴み取れ!欲に正直な兄さん姉さんおじさんも、『異人』が残した知識を解明するなら今この瞬間──!!」
「なんたって私も異人!どうだいこの服、この見た目!魔力も無いし武器も持ったことがない小娘が一生懸命頑張ってるよ~」
──恥ずかしくはないのかって?
残念ながら一ミリとも。言っておこう、ゲームにおいて『最強』なのはプライドの為にプライドを捨てられる奴なのさ。
そう、最終的な『勝利』の為ならば誇りなんてそこらの狗に喰わせればいい。ゲームに勝つにも、のめり込むにも、楽しむにも、
てな訳で大通りにて、ブラウおじさんの小遣い稼ぎ(出店)に乗じて騒がしく宣伝しています。思ったよりもブラおじの影響力は高いらしく、私みたいな変な小娘が勝手な商売していても怖いお兄さんはやってこない。……ただ目を付けられてないだけかもだけど。
灼熱の気温の中、汗水を垂らし、様々な視線から晒される。
──なんだ、学校のマラソンとあんまし変わんないじゃん。
「────」
ブラおじが私を見て絶句している。何故ならば、堂々と見栄を切っての初陣がこの無様な姿だからだ。めっちゃ『間違えたか』って顔をしているが無視します。
これはブラウおじさんを助ける第一歩なんだからね!我慢して欲しいものです!
ああそういえば──彼の家で読書させてもらった甲斐はあった。とある私の能力が、この世界を攻略するにあたって値千金の能力が判明した。
正直に言ってバランスぶっ壊れ、ナーフは免れないインチキであり、その能力一つでこれまでの不遇をすべて賄えるほど。気づいた時には既に、この事業を起こす未来予想図が作られていた。
「なぁ嬢ちゃん、そこまで言うなら俺のを見てくれよ」
「はいはいー、一回の鑑識一枚の紙幣を頂きます。如何致しま──」
「但し。ちゃぁんと働いてくれなきゃ…分かるよな?」
向けられる鈍い鋼の光。突き付けられる鋭い矛先。
如何にもといった風袋の、ガラの悪い顔で睨みを聞かせながら一人の男がナイフを向けてくる。
こんなにも大勢の人が見ている中で凶器を持ち出す豪胆さは、ある種誇るべきものかもしれないが、向ける相手は唯の少女。器が小さいのか、それともこれが異世界の日常なのか。
──と、解説を挟みましたけど、勿論この方は私の仕込みとなっています。
「──ええ、期待に沿う働きを」
■
『信用貨幣制度…銀行──うわぁ…日本文化が練り歩いてる…。金貨とかであって欲しかったなそこはー』
『シンヨウカヘイな、俺もジジイから散々聞かされたよ。丁度転換期、黎明期の商人だったもんで、世界を揺らがすのは神とか化け物じゃねぇ、金だって』
『色々ご迷惑をおかけしてます、いやほんと』
『結果的には貯め込むだけ貯め込んでた奴らが、彼方の綺麗な星子雲になって清々した。突き抜けた上は減ったが、どん底の下が埋まっていったのには皆感謝してる』
『…──そうですか』
快適な空間で快適な読書に勤しむ中、私の頭の中は『墓地』の事でいっぱいだった。何せ異世界でのメインコンテンツ、モチベの吐き出し先なのだから当然。
普通の人の様に入れないのなら、どうにかあの空間から抜け出して地下墓を攻略する。壁抜けでもバグでも何でも、利用する気満々である。
冷たい水を飲み、読書にふける。日本に居た時と変わらない環境で、贅沢にも時間を過ごす。それが隣にいるおじさん一人の力であるというのなら、案外『コミュニケーション』とやらも使いようはあった。
──三十冊を超え、寝転ぶベッドに本の山が詰みあがった頃、
『にしてもアンタ、手当たり次第に読んでるが……よくもまぁスラスラと…』
『──。はい?』
『いやなに、最初に渡した聖書以外は適当に書庫からかき集めた奴だ。読める読めない気にせず渡したが…』
『はい??はい!?え──!?』
『…?何をそんなに驚いてる』
『………』
一冊の本を手に取り、おじさんの目の前に開いて突き出す。
内容は確か、この世界の言語に関してのものだ。
『──ここ、読めます?』
『全然だな』
『ここは?こことか』
『精霊やら森の民やら、交易する気のねぇ奴は覚えてない』
『じゃ、じゃぁ…──
『伝わってるわバカタレ』
『────』
■
この事を理解した時は、あまりにも都合が良くて不出来な世界に大笑いした。そこまで雑な作りをしていいのか、そこまで手を抜いていていいのかと。
──
私が世界から受け取る情報が、私から世界に与える情報が、見えない力を通して辻褄が合うように調整されている。
異人がこの世界で苦労しないように?それとも、これが私の転移特典なのだろうか?ゲームのアイテム効果がプレイヤーに伝わりやすく書かれている様に、言語の壁を越えて『読解』できる。
もろに、オープンステータス系や鑑定スキル辺りに踏み込んでいるものだが、真相は分からずとも、私はこの力を金策に利用できると踏んだ。
ブラおじの手配でサクラを用意し、『私が用意した』巻物を鑑定に出させる。ブラおじ曰く、『異人』の存在を知ってる人間はある程度の教養がある=懐が温かい。注目さえ集められれば、己ずと資産のある人間が寄り付くとも。
「ふむふむ、ほうほう」
「なるほど!」
「こちらの一品ですが、正真正銘『異人』が遺した一作に間違いありませんね!──『化学兵器』の事が書いてあるなんて!化学式も詳しく書いていますし、見事な『異人』の一作でしょう!」
大声で、特定の人間だけが反応するワードを叫ぶ。いい感じに街を歩く人々の視線が集まり、周囲に人だまりが作られ始めた。
この世界に足跡を残した地球人たちが遺した負の遺産。戦争に使われてきた数々の武器たちは、ある種の禁忌として根付いている。
「いや~お客さん、こんなもの何処で見つけたんですか?ねぇブラウおじさま、確かこういった類のものは禁書指定にされてる筈じゃ……」
「──そ、そうだ。少なくとも国からの認定が無いと外には持ち出せない」
「おんやぁ?ではお客さん、こちらの品は一体何処から?」
「──……」
「ん?お客さん?」
「……」
「──??」
どうしてか、サクラであるガラの悪いお兄さんの口が止まる。本来ならば、地下墓で拾ったと言い逃れをしてくれる予定だが、
「────」
──コレ、次の台詞思いっきり忘れてない?
いや忘れてても良い!とにかく言い逃れさえしてくれれば、次の展開に繋げられるんだから!
というかこの後にブラおじの娼館の宣伝しつつ、私を利用する際は是非ブラウさんのお店で指名してね~♡依頼料は別込みだよ~♡的な商法をしようと、
「アンタに書いてもらった」
──。
はい?
「も、もう一度言って貰えます?」
「アンタに、書いてもらった」
「──」
察する力が鍛えられた私からすれば、この先の展開は実に下らなくて、予想内で、想定内で、別にワクワクする程のモノでもなかったが、
「ブラウさん、しくじってるか嵌めたか、ハッキリお願いします」
「文句なしにしくじった…!!」
「わりぃなブラウ、落ち目のお前よりかは金が出るとこ見つけたもんで」
どうにも、逆境を味わい続けた私は、思った通りに事が運ばない方が好みらしい。
人の波をかき分け向かってくる仰々しい一団は、抗う気の失せる剣と防具を携えている。中心人物らしき眼鏡をかけたおしとやかな麗人の階級は見るからに高そうで、備える美貌は私の猿芝居の何十倍人の意識を釘付けにする。
ロングレザーの手袋にブーツ、気品と上品さが嫌味ったらしく流れ出ている立ち振る舞い。初陣の初心者にラスボスをぶつける真似をされ、ブラおじの長き友人だと噂のガラ悪兄ちゃんを睨み付ける暇も無く、
「──初めまして、お嬢さん」
「──初めましてだけど、私は既に貴方の事が嫌いです」
「あははっ。商売の邪魔をされたからかな?」
「いいや?」
「…なら、理由を聞いても?」
「私が端から人を見下してそうな、支配者然とした人間が嫌いな反権主義者だから」
「──。そういう君は、少女と呼ぶには親しみやすさが足りていないね」