──推測から申し上げますと、大体悪いのは私ですねコレは。
最初に少し騒ぎ過ぎた事、ブラおじ以外にも目をつけてる人は沢山居て、偶然運命で結びつけられたのが彼だっただけという事。そして思ったよりブラおじが落ち目過ぎた、長年の友人だって聞いてたから安心してたけど損切りされてんじゃんか。
地下墓への猪突猛進、文献を漁れば出てくる異人の特徴、手配を受ける程に暴れて騒いで──やばい、最初の悪ノリが死ぬほど足を引っ張っている。
「商売は偽物でも目利きは確かだね、ちゃんと『本物』だった」
「…この嫌味野郎…野郎なのかは分からんが…というか誰」
「名乗りが遅れて済まない。私はルゥナ、ルゥナ・フライだ。この国で…そうだね、色々と『管理』をしている人、とでも。……あぁ、その目…──怯えさせてしまったかな?兵は下がらせよう」
一瞥で黒い鎧を纏う強靭な男達がはけていく。数秒すれば、彼らの存在が先程までそこにあったとさえ思い出せない静寂と、商店通りの変わらない光景が戻ってきた。
「…それで?揚げ物さんは一体何を『管理』しに来たんです?」
「勿論──君の事を」
軽い挑発を受け流され、太陽の様な眩しい笑顔を向けられながら『捕まえに来たぞ』と告げられる。
私としては、既に異世界で一旦信じる相手はブラおじと決めているので、こんなドチャクソ性癖に刺さる女か男か分かんない美男美女に微笑まれても胡散臭さしか感じない。
というか──思ったより手が早いな?
多分だけど、騒ぎになった時からずっと目をつけられていて、私が本格的に異人の話をし始めたから捕まえに来た…てな訳か。
「管理ねぇ…。こんな天気の良い日に、何処に連れていくって言うんです。年頃の乙女は陽の光を浴びながら──」
「はははっ」
「ッ──!コバナッ!!」
「ぇ」
──目先三寸、鼻筋を刃がギリギリで掠める。
刃が『掠める』程度で済んだのは、私のパーカーをブラウがそれこそギリギリで、水分でプルンプルンの目玉を切り裂かれる前に引き寄せてくれたから。
ブラウは私を抱き寄せ、そして刃を振るった狂人に対し真正面から立ち会う。事の理解が及んだのは、鼻筋からの流血が唇に触れた頃だった。
「問答無用かよ、ルゥナ家ともあろうお人が」
「何、異人であるならばこの程度で死にはしない。企みを含む目と舌を切り落とした方が安全だと、そう判断したまでだよ。それで、ブラウ・タバタ、君はその子とどんな関係かな」
「──唯の商売相手さ」
いったぁ…。──こんのっ、グギギギギッ…。
公衆の面前で剣を振り回して、誰も止めないのかココは!つーかみんな目を逸らしてるし!?騒ぎだしたりもしないって、本当にだいぶヤバめのお偉いさんが出張ってきてるって事…!?
見た所貴族か王族か、それとも上流階級に立場を保証されてるお役所さんか。その両方かもしれない。
RPに頼っていなければ恐怖と痛みでちびり散らかして、『ごめんなさいブラおじが全部悪いんです楽して生きたいです保護してくださいぃぃぃ〜〜』的な屈服の仕方をしていた。
「本当かな、コバナさん」
「…ええ、ブラおじさんは私のビジネスパートナー、丁度お店が潰れそうってんで、この異人たる私がお力を貸してあげようとしていたんです」
「──ふむ」
「右も左も分からない私を助けてくれたのは彼なので、その分の恩返しはしたかった所なんですけど………お前みたいな頭のイカれたパッパラパーに邪魔されたので大変遺憾の意を表明したいね、揚げ物さん」
「アハハハハっ、そうだったのか」
──。
コイツ、何考えてるか全っ然分かんねー!!!
…対戦ゲームにおいて必須のスキルは、相手の思考を読む事だ。思考を読む、それは相手が無意識に避けてる札を、嫌がる手段を探り選び続ける。
だから『読む』というよりは『選ばせる』。待ってましたといわんばかりに、選ばせた手への最善手を打つ。
例えばFPSゲーのアンチ収縮による移動、格ゲーの起き攻めと地上戦、MOBAでのスキルトレードとスキルドッチ、ターン制コマンドバトルの駆け引き。それらに活かせれるのが思考を読むという事、人読みなんて呼ばれ方もしてる。
目的を炙り出し、その道先を塞ぎ、私の望む方へと歩ませる。──ってのやりたいのに、コイツ野蛮過ぎ。
管理?何を?私自身を?それとも生み出すものを?管理ってからには、異人には辛酸ナメナメして堪えたから『管理』したい訳で、
「──。金では解決しないよ」
「………」
「私がブラウさんに手を貸してるのは、恩もあるけど…私!が!楽しいから。お店に金を入れた所で、私はお前に着いてはいかない」
「…思考を読める異法かな?」
「想定と予測、お前単純バカっぽそうだし。そうだ、斬ろうとしたのも根本的には…──私がお前の事を舐めてるのが気に入らない、そうでしょ?」
「────」
分からない奴には、とにかく煽る。
事実でなくとも的中してなくとも、プライドと自尊心に爪先を立てるような話し方をする。
こんな世間知らずのガキにいい様に言われ、しかも誇らしそうにしてるとなれば、贅肉たっぷりのハートも汗水垂らして仕方がない。
てかサラッと『異法』って新単語出たな。アレか?能力とか権能とか、異世界特典的なアレコレか?
「私も事は荒立てず終えたいのだけれど」
「事を荒立てない奴が、うら若い乙女を切り刻もうとする?」
「──君が、乙女」
「はぁ????テメェ今なんつったよおいコラ」
「すまんがソレは俺も同意見だ」
「味方が居ないんだけど!?!?」
──冗談を挟んでも、ブラウが浮かべるのは苦い笑みばかり。
背後にコバナを匿い、目の前には『王剣』ルゥナ・フライ。本来ならば王族からの勅命が無ければ動かない執行部隊がどうしてか、こんな下町にまで降りてきている。
原因はコバナ──否、風の噂でこのレベルの人間が動く訳が無い。決めつけるのは悪手だが、別の何か、誰かの意図と策略に偶然触れてしまった、そう考える方が気が楽だ。
ルゥナの視線は会話を経てより一層細く、鋭い剣の様に圧を増す。目線を遮るブラウからすれば、今すぐにでも断頭されておかしくない状況。最善手を探ろうにもアイデアは冷や汗と共に流れ出るばかりで、地面に落ちて蒸発してしまう。
少しは頼りにしていた商売の友から裏切られ、逃げられ。手持ちの策は戸棚の奥に潜んだ小皿程度しかない。
「……っ」
「さて、そろそろそこを退いてくれるかな?ブラウ・タバタ」
「ブラおじ!もうちょい頑張れ!!」
「うっせぇな本当にお前は!!」
「──。そうだ、こうしよう。どうやら彼女を説得するのは難しそうだから、貴方の方に提案を。彼女を逃がすのなら、結果に関わらず君と、君の庇護下にある者全てを粛清する、今差し出せば今回の件は一切問答無用とし経営を立て直そう」
「…………」
ありきたりな脅しを受ける、がしかし、相手が相手。
違和感はある、何故無理矢理にでも連れていかないのか、どうしてアイツが、あの裏切り者が『王剣』なんぞに繋がっていたのか、いつ連絡を取り合ったのか。
些細な思考の躓きから答えを探すには、時間が足りない。
そしてコバナ、アケバナ・コバナを守り抜く理由も薄い。彼女を連れていかれても、ブラウはただ当初の予定に戻るだけ。
才気はある、異人という価値もある。それでも──、
「くッ…」
「さぁどちらを──」
「あのさぁー!!!!」
「……」
「私の話聞いてもらってもいいかなぁぉ──!?…私さ!ダンジョン攻略したいだけなんですけど───!!??」
「無害な!!乙女をッ!!遊びたがりの子供をっ!!傷モノにして連れてくのがこの世界の常識ですかァァァ!!??」
「「……えぇ…?」」
ブラウとルゥナの目と目が合う。それはどちらとも、困惑と呆れに染まった色をしていて──よくもまぁこの状況で、我を押し通せる狂人への感想だった。
主導権、生殺与奪を握られておいて傲慢さを振りまける人間は、身の程知らずの馬鹿者か頭のイカれた人間ぐらいで、凄まじい剣幕で目を見開きながら叫ぶコバナの姿は、その両方にも見える。
「いやマジで、異人のアレコレは謝れと言われれば謝るぐらい大変な事やっちゃってますけど、私まだ何もしてませんよねぇ!?そりゃ危険性やらなんやら、捕まえといた方が絶対安全ですけどぉ?」
「そうだとも。君は危険だ、そして『危険』は取り除かれるべきだ」
「──だとしても!ある程度の得はしてきた。なんの琴線に触れたか分かんないけど、失ったモノと向き合う時は手に入れたモノとも向き合って欲しいな〜…なんて」
「──。本当に、よく回る舌だね。愉快愉快」
──自信満々そうに話す表情の裏側を捉えられる。怯えて怖くて震えている仮面の下を覗かれるような、偽物の胆力を踏み潰すような視線で見られる。
なんという強敵だ、釣り堀の主かと思えるぐらい餌に引っかからない。連行と処断、それだけが最優先事項の仕事人なんだ。
狂言回しに笑ってくれてはいても、私の口車には欠片も乗っからないのが分かってしまう。
「………やっぱ駄目そうな感じ?」
「ああ、だめそうな感じ」
「……思ったよりノリ良いよね揚げ物さんって」
「ルゥナ・フライだ。あげもの、ではなく」
「あぁそう、カレールゥ・トンカツね」
「────」
二択。
両手を挙げて慎ましく投降するか、迷わず逃走するか。
前者は完成な安全択だ、ブラおじは助かって店にも金が入る、私は軟禁or監禁されても自害すればいい。コンテニュー復活で抜け出せたのなら、この街から…国から逃げ出そう。
後者は──多分だけど、このイカれ野郎から逃げ切るのは無理そうかな。雰囲気というかオーラというか、明らかにクソ強そうだし。どっちも殺されるか制圧されて終わり。
「…分かりました。大人しくします。ちゃんとブラおじのお店にお金入れてあげてね?最初に保護してくれたお礼、返せてないの…」
「……!ああ勿論だとも、その言葉が聞きたかった」
「ごめんブラおじ、なんか色々ステップ飛ばして……というか不時着しちゃったけど、お金だけならどうにかなりそう!」
「………──」
──しゃぁない、大人しく連れていかれますかぁ…。
前者は可能性アリで後者は詰み、基本安全択を取り続けてればゲームには負けないんだから、今ここで必死になる必要も無し。
せっかく良い相棒を見つけたと思ったら引き剥がされるのも、塞翁が馬というものです。色々お世話になりました!で終わりにしとこう、執着するのも良くない。
「では──コバナ嬢。こちらへ」
「お、おぉ…レディーファースト?ジェントルマンシップ?…ともかく、じゃあねブラおじ!お元気で!」
「────」
優雅な仕草で手を差し伸べられる。異世界に来てからというものの、かなりモテモテじゃないか私。
──手を取り、目前まで抱き寄せられる。
うわぁぁ……眩しいっ!コイツビジュが良すぎるぞッ!そんな心音が漏れ出さないように口をキュッと閉じる。手触りから感じるレザーグローブの感触が頬を撫で、吟味するかのように首筋を流れていく。
「祖父からは『シヴァルリー』そう教え込まれました」
「まぁた異人が余計な事を残し………ん…?」
「そして、祖父からはこう習ったのです」
「──二度と、異人にこの地を踏ませるな、と」
何かが破ける音がした。
ぎゅっと、硬く固まった風船が破裂したみたいな。それでいて、結ばれたモノが解かれて、壊れて、離れ離れになっていく、みたいな。
そして何かが、とても大切な何かが全て流れ落ちていく音がした。
レザーグローブの感覚は肌に残ったままで、特有の香水か香料の匂いに包まれたままで、優しくもない抱擁をされて。
冷たい、冷たくて、冷たくて冷たくて冷たくて痛くて痛くて痛くて、助けを求めるようにブラウおじさんを見た時には、
「──『王劍』ルゥナ・フライ」
「こちとら名無しだってんだ馬鹿野郎ッ!!」
「───────ぁ」
泣きそうな顔をしてクソ野郎に斬りかかった彼の顔は、多分だけど、そして陳腐だけれど、まるで自分の娘を見るものだった。
あんな無頼漢で、冒険者然としたおじさんが女々し過ぎるぜ。
なるほど、まぁ確かに陳腐で、普通で、同情するにしても……よりにもよって手を差し伸べてくれた理由がそれ?と、思わず笑ってしまいそうに、
「■■■■!?■■■■!!■■■!」
「───ぅ」
「■■■■■■■■!!■■■!■■■■■■!!!」
「─────」
「■■!■■!!■いッッ!!おいッ!死ぬな!!」
死なないよ、多分。復活するから大丈夫───なんてのが幻想なのは分かってる。あの場所が特別で、検証が全然進んでないから分からないけれど、こっちじゃ普通に死ぬ可能性もある。
……死ぬな、か。無理死ぬ。
それでも最期まで抗うのが、一流のゲー廃だ。
──地下墓への方向は覚えてる。あと数秒で終わる命、辿り着ける筈無いけど。
「っ、行けばいいんだな……!?」
「─────」
微かに見える周囲の風景が一変する。それは速度というものを置き去りにした、つまりはワープを想起させるもので、そんなもんがあるなら早く使ってくれよと文句は───吐けそうにも、無いか。
「退けっ!退け退け退けッ!!邪魔だテメェらッ!」
「───…」
「っ〜〜、もうちょい気張りやが」
「──残念だが、『速剣』ブラウ・タバタ、ここで終わりだ」
──私と同じように、ブラウおじさんの胸元から剣が生える。
それは…ダメだ。私は、私は死んでも良いけれど、他の人は──駄目だ。せっかく貴重なNPCだから、せっかくのキャラクターなんだから、駄目なんだ。
何かを握らされて、放り投げられる。
駄目だ、と言う前に投げられる。駄目だ、と思う前に離れていく。頭の中は、『何してんの』で一杯で、馬鹿な私の数百倍馬鹿な事をした彼はというと──。
「…すまな……か゛った゛…」
……はぁ。
未練ってのは、そんなもんか。
意識は閉じる。永遠の闇へ落ちていく。大丈夫、次に目覚める保証が無くても一度死んでみせたんだから、ハードルは低い。
大丈夫、大丈夫。唱えるだけ唱えて──目を閉じる。
■
「…………。──《異人の少女は殺害した。『速剣』に妨害され地下墓地の転移門に投擲された為、回収する為の部隊を編成しろ》」
「…やはり、アレは『害』そのものだったな」
何より厄介なのは──本人に悪意が無い事だ。
欲望はある。好奇心もある。自尊心も相応以上に高い。
だが、権力を欲しているわけではない。世界を変えたいわけでもない。誰かを支配したいわけでもない。ただ、自分が面白いと思ったことをしたい。そのためならば、自分より遥かに強い相手にすら噛み付く。まるで、世界そのものと自分の欲求を同じ天秤に載せているかのようだ。
──同じような人間に、一度世界は壊された。
「二度は無い。全てにおいて」
「元より、貴様らの居場所などこの世界には無いのだから」