──水泡の中に包まれている気分だ。
冷たいモノに囲まれているというのに、妙に暖かい。酸素不足で苦しいなんて事もなく、実に快適な気分。それに心臓を貫かれたにしては息が長い。
吐血もせず、喉に溜まった血で死ぬこともなく、苦しいは苦しいが『死』を感じるかと聞かれれば、あんまり。
喋れはしないけどね。回せる筈の無い思考を回転させるだけで精一杯、落ち着きのない脳みそがせわしなく動いているのだけが分かる。
まぁ、なるほどな。ぐらいだ。
ノベルゲーや恋愛シミュレーションで、正解の道を選んだと思っていたのに道場送りにされた。色々と間違えてましたよ、色々と失敗していましたよ。そうやって後から口を挟まれる。
──その選択肢を取ったのは、『間違い』だったと。
「………………」
死にたくないと叫ぶ余力があったとして、私はどれだけ喚き散らしていただろうか。
後悔の言葉を紡ぐ時間があったとして、どんな遺言と恨み言を零していただろうか。
今までの幸福は薄氷の上にあったとして、過去に向かってどんな下らない言い訳をしていただろうか。
──多分、普通に考える暇も無く、痛すぎマジ無理死ぬなら早く死んでくれ、ぐらいかな?
死にはしない。一度死ねば二度目は無い。
その意味で言うと、私は最初の『死』らしきものから一度たりとて死んではいない。
ただ──こんな経験をして、少しも心が揺らがない時が怖い。
今私の目の前で繰り広げられた事は理不尽であり、そして取ってつけたかのような異世界譚だ。
懺悔を胸に秘めた人間の気まぐれと、小さく細い因果の糸が絡まっただけの事。面白みは無い、特に。
楽しむ前に殺されて、奪われたものは戻ってこない。…そうなると、奪われた事に悲しみも怒りも抱けない時が嫌すぎる。
丹精込めて無水カレーを作ってくれた彼女に感想を聞かれて、『食べれる』としか返せない彼氏みたいなもんだ。…自分でも何言ってるかよく分かんないけど。
実の所、愛とか勇気とか信頼とか友情とか、私は人に備わっているものが大好き。大好きなのに、その存在を感じれない、知れない。
この世に普遍的に存在している筈のものを、私は見ることも感じることも無かった。だからこそ気付きたいし、求めたい。
「……」
───。
短く言うと、ブラおじが殺された事になんの感傷も抱けなかったらどうしよう。そう思ってるだけです。
人を心の底から嫌うのなら、人を心の底から愛するべきである。人としての輝きは、そうすることで生まれる。という私の価値観。
見て欲しいものがある。時間が止まったかのような肉体が最期に握り締めされた物。それは指輪、小さい女の子が身に付けるようなオシャレの為の指輪。ブラおじからのプレゼントで、ご察しの通りだ。
──出会って一日も経って無い奴に、持たせる様なものではない。
ブラおじは最高級に気に入ったNPCだった。最高の体験をさせてくれたNPCだった。居なくなるというのは、やはりやはり、寂しいものだ。
あのキラキラ王子様系揚げ物さんにも恨みは無い。私は予測できない事が大好きでね、あんな感じで何処か突き抜けてるキャラクターも愛している。
怒涛の展開、という奴だ。
ラスボスを操るラスボスを洗脳していたラスボスが復活させた真のラスボスなんてゲームもあったが流石に過剰。
「…………」
───。
流石に息長すぎじゃない?だいぶエンドクレジット的な締め括りしてるとこなんだからさぁ、空気読んでコロッと逝ってくれよ。
心臓破けてんだよ?臓器もぐちゃられたし、血液カラッカラだし、痛いし。
吹けば飛ぶような体が更に軽くなっちゃったのに、まだ死なないなんてそんな事───、
「有り得るはずが無い。ので、私は生きている」
「生きてるはずが無い。ので、私以外の誰かの仕業」
「私以外に誰も居ない。ので、この空間の仕様」
最初と同じく目をパチリ、と開き青い空を見つめる。途中で意識を失っていたので、結局地下墓地のワープゲートまで届いたのかは分からなかったが、ブラおじが成し遂げた事を空に映るドラゴンが証明している。
思考をいつもの通り整理する。淡くて味わいっ気の無い、つまらない世界の規則を見つける。ルールと再現性の塊である現実から納得を引き出す。
納得を引き出して──飲み込む。
何一つ、納得なんて出来やしなくても。
「──惜しい!」
「────」
「正確に言うなら、この空間の仕業じゃなくて私の仕業。君は死んだ、そして私が生き返らせた」
「誰」
声がした。自分以外の喉から発せられた音が耳に入ってきた。
鼓膜を叩き心臓にまで伝わって高跳ねる、自分だけの特別が自分だけのものではなくなって、反射的に憎悪を腹へと溜め込んだ。
けれど、やけに聞き馴染みがある声だと──、
「──。私?」
灰色のパーカーにジャージ地味た長ズボン、黒髪黒目低身長の日本人。異世界じゃ私だけが該当する要素の数々が、目線の先の少女に当てはまっている。困惑する一方で、心は平静。理解不能だと喚くより先に『私』っぽくない声色へ違和感を抱き、そして発言からコイツが私ではないナニカであると仮定した。
「違う、誰だお前」
「んー。シンキングタイム!制限時間は三十秒!」
「………………。ヒントプリーズ」
「その1、二回。君はここで死んだけど、別に生き返った訳じゃない。その2、ここは地下墓地の最深部、その3、君に会いに来たのはバッドエンド後の反省室をしたいから」
───。
生き返った訳じゃない。つまり死んだ事実を肯定しながら、私がこの空間の外で活動していた事実も肯定する。瓜二つ、まんま私の姿で現れた奴が誰なのか、疑問を解凍させるには情報が足りないけれど、ヒントといいつつソレはほぼ答えだ。
人を生き返らせる上、命の複製すら行える。地下墓地の別名は『神の地下墓』。そして私の記憶を覗き見たかのような発言。
「地下墓に封印されてる神様って所?それか、古い時代の『異人』か。そのまた両方か」
「ファイナルアンサー?」
「──。私的には神様って答えてくれる方が嬉しいよ」
「ふふッ…──じゃあ私は神様だ。君の、君だけのゲームの神様。それでいい、君にそう呼ばれることに意味がある」
「……」
…なんというか、私ってミステリアス系向いてないな。童顔過ぎて風格が無い、丸っこくてひ弱そうで、有り余る雑魚さが滲みすぎかも。会話の仕方も人間生活一年目って感じ。
「私にとってこの世界に満ちている魔力は凄まじい『毒』でね。君の様に欠片も魔力が存在してない子の身体じゃなきゃ、碌に乗っ取れやしない」
「乗っ取るって、お前は邪神か何かか」
「事実をそのまま伝えることが、君への誠実さ、そして信頼を得られると判断──」
「考え方と話し方まで寄せなくていいから」
「オーマイシット」
「──………」
──顎を狙いすまして拳を放つ。
横から殴りぬけると良い、殴りぬけるついで、頭を時計の秒針が如く回転させるイメージで。暴力に頼るつもりは無かったが、殴る相手が自分ならやりやすい。
死体を乗っ取っているならば痛覚も無いだろう、ぶよっとした手ごたえと共に、自称神様は草原へと倒れ込んだ。
「何か、会話方法を間違えたかな?」
「げッ──」
殴り飛ばした方向──ではなく、再び背後から声が聞こえて振り返れば、そこに居たのは目玉と舌が飛び出た状態の『私』だった。
こうも無様で気持ち悪い姿を動かされると、本格的に気分が悪い。神だか何だか知らないが、露悪趣味にも程がある。
にしても魔力を『毒』と称する奴って、ここの神話上──、
「…ねぇ神様、貴方が歴史で語られる『神』ってこと?」
「いいや?私は紛れも無く『君』だけの神様さ」
「…──魔力についてどう思う?」
「与えられるべきではなかったもの、かな。知性も魔力も、唯の獣には過ぎた力だった」
「──。異人は、貴方にとってなに」
「私にとっての最高のスターであり、主人公であり、代弁者。コントローラーを握れず、見るだけしかできない私は、誰かが代わりをしてくれる事をこれ以上ない幸福だと感じている」
──邪神だなぁ…。
邪神過ぎるよ、邪神以外の何者でもないよコイツ。明らかに追放されてる側だよ、やばいよやばいよ。怒涛の展開ネクストステージで処理が追いつかない。
「あー、会話できるって素晴らしい!感情を表現できて、情動を伝える事が出来て!今私はとっても幸せだよ!」
「………その顔で話さないで貰えます?」
「さて、迷える子羊よ、私の愛おしい朱花小花よ!私はいつでもここに居る、そして君は全てを解き明かす!ならば!」
「──反省会っ、だぁぁぁ!!!」
「……もうヤダコイツ、会話になんない」