「────」
例えば、貴方が庭に銀杏拾いのロボットを飼っているとしましょう。
高い金を払い、高い維持費を払い、高い稼働費を費やす。
動いてる時間は精々、珈琲を沸かして時計の針を見つめている間ぐらいのもので、集めた銀杏は精々、湯船に浮かべた隙間から底を覗ける程度で。
貴方がどうしてそんなものを買ったかというと、映画館の座席から見た広告が網膜に焼き付いてしまったからです。
帰ってから手元の端末で見れば、安っぽいネット販売の広告でした。
温暖化のせいで秋はどんどん縮まって、庭の銀杏色は枕に身体を預ければもう見れなくなっていて、ロボットを外に出す機会は殆ど失われていて、
──貴方は、笑顔で銀杏を拾ってきたロボットに、微笑みを返してあげられますか?
「──起きな!お嬢ちゃん!」
「起きます!私はお嬢ちゃんだから!」
「────」
という訳で、盛大なプロローグも終わり私の本格的な冒険が始まるぞ!って所までやってきたぜ!
いやはや、長い長いオープニングだった。そりゃね、異世界に来たからにはチートの一つや二つ与えてくれないと困りますよ。
代わりに死ぬほど面倒な奴がストーカーになったけど。アイツガチヤバいです、早く逃げだせて良かった。私の為だと言いながら、意図的に情報を隠してる時点で私的な評価は最低値、そういう奴は大抵碌なキャラじゃない。最初に話した『騙して悪かったな』系の最たる例だ。
供物が記憶と経験ってのも怪しさを倍増させている、しまいにゃアイツ、『お陰様で受肉できたよ!下界を滅ぼしてやるー!!』的なポジションになりそうだし。
「ブラウさん、私のお店を必ず繁盛させてあげましょう!」
「──。なんで俺の名前を……というか一体何の話を」
「まぁまぁ一旦席に座って、実に、そう実に有益な話をしようではありませんか!さぁ、さぁさぁさぁ!」
「な、なんなんだよお前ぇ──!?」
■
よくあるタイムリープ系では、未来に起きた出来事を伝える事へ制限がかけられていたりする。
タイムパラドックスだの話の矛盾だの呪いだの、凡俗な理由で口を開けない事が多数。けれどセーブ&ロードは話が違う。
保存していたフォルダを読み込むだけだ、一本線のダウンロードバーを戻したり進めたりする感じ。
故に、私は加減しない。タブーとされる手段は全て使い倒す。何故ならば早くあの揚げ物野郎をぶん殴りたいから。
「──。その話を全部信じろと?」
「信じるしかないんですよ、ブラウさん。話の全ては、コレ一つで信じざるを得ない」
着席し、水を奢ってもらった所で『今まで』を全て話し尽くす。とはいっても、邪神との一連の流れに関しては省いたけど。
ブラおじを最速で口説き落とす方法は一つ、バンッ!と握り拳の甲をテーブルの上に叩き付け、指をゆっくりと解く。私の掌にあるのは──私とブラおじの血がこびり付いた指輪だ。
大切に、大切に、誰の目にも触れないようにしながらも、常に肌身離さず持ち歩いているだろう指輪が、今この世に二つ。
鬼札、切り札は最初に全吐きするのがマナーさ!…まぁ全然そんな事ないけど、ブラおじの『キャラクター性』を読み切った私にはゴリ押しが最適。
「───!!」
「うぉっと」
──分かりやすく彼の瞼が大きく開き、目に止まらぬ速さで指輪を奪い去る。
一瞬の殺意、そして一瞬の絶望を経由し、分厚い革生地で作られた上着の隠しポケットに指を差し込んで安堵した風に見えた。
自分以外の人間が持っていていい筈が無い代物は、赤黒い血に染まっている。太い指先で器用に摘んだソレから緊張張り詰めた顔で、指輪の内側、血痕の隙間から覗く文字を探す。
僅かに見えた文字は、まだ本物である事を証明しきらない。が、しかし、緊張と怒りが混ざった眉の形が、指輪の縁をなぞるにつれてなよなよしく落ちていき、
「──あ……ぁ、確かに……俺の…俺達の指輪だ…」
震える声は、確かな現実を示していた。
開かれている掌へと指輪を戻し、『考える人』のポーズでブラウは固まる。
「…何か記念に、刻んであったんですか?」
「………。世界で一番美しい言葉が、遺してある」
───。
私にはよく分からないけれど、ブラおじから世界で一番に選ばれた、空白を埋める答えはきっと、愛を告げる言葉なのだろう。
自分なりの一番を選ぶ時、自分なりに空白を埋める時、自分自身が答えを探す時、彼の様に慈しみを含んだモノを当てはめてみたいものである。
………自分の事しか考えてない奴には無理か。
「どうです?信じて貰えますか?」
「…縦に首を振りたかねぇが、ある程度は」
「ブラウさん──私は貴方に恩がある、そして私は同時にとある存在に復讐心を抱えている」
「運悪く貴方は私に目をつけて、目をつけられた。ふふっ、アハハっ……だから、これから先もよろしくお願いします…ね?」
「────」
ゲームの味わいはプレイの際の余裕の量で決まる。すべき事に追われ追われてが楽しい場合もあるけれど、今は負荷になっているものが多すぎるから……これ以上は積み重ねたくない。
その意を込めての暗黒微笑、これからは私がリードし私が道先を決めるのだ。状況に振り回されるままでは到底『楽しむ』の領域には達せないからね。
「それじゃ早速裏切り者をぶちのめしに──っと、その前に、意識が朦朧としてた時に聞こえたんですけど…ブラウさん、『速剣』って何ですか?」
「──。現役時代の二つ名さ、そんなもの路地のネズミに食わせて捨てたが」
「私が聞きたいのはその『二つ名』にちゃんとした意味があるかどうかですよ。何でお偉いさんがわざわざ呼んでいたのか、この世界なりの礼儀って奴です?」
ブラおじはかなりのヒゲオヤジで、見た目も本当に無骨な熟練冒険者だ。長ズボンに布地の上着、その上に革のプレートアーマー、髭さえ剃れば三十歳は若く見えると思う。
そんな彼の二つ名が『速剣』っていうのは、ちょいとばかし似合わない。ハンマーとかぶん回してそうだし、やはり相応の実績と実力がある訳でして──なら、称号に過ぎなくとも二つ名は自らの手札を晒している事と同義。
二つ名『重剣』とかがあるとしてさぁ?あ、攻撃が重たくて火力が高いんだー、まともにやり合うのは辞めて搦手するかー、ってなる。私の経験談だけど『毒沼』がボス前ステージなら、ボス戦にも毒消しを絶対用意したり。
名から予測できる事は多い、それを名乗り合うのだ、礼儀以上の何かしらがあって当然。
「つっても、一種の文化でしかねぇぞ?今もなんで名付けを受けるかは分からんが、俺からすりゃ便利だからとしか。地下墓じゃ別の攻略者と鉢合わせる時がある、そん時に自分の得意と出来ること、役割を一瞬で理解して貰えるし、相手からも判断出来るからな」
「──なるほど。昔は実利のみで呼びあっていた役職、役割への名称がいつの間にか文化になった感じかぁ」
「上の階級の奴らにとっては名誉でもある」
「………ちなみに『王剣』っていうのは?」
「文句無しに最強。名前の通りだ、王国の剣、その任を、強さを背負う。この国の全員が総出で掛かったとしても、良くて擦り傷ぐらいじゃねぇか?」
「草超えてバケモン」
「……アンタ、時々変な言葉使いするよな。話を聞かせてた時も」
──。
インターネットコミュニケーションしか知らない憐れな子供なんだ、許しておくれ。
取り敢えず先にあの揚げ物の強さを知れてよかった。復讐という名の嫌がらせ、その手段に関しては色々手を替え品を替えて行きましょう。アイツだけ突き抜けて強いみたいだし。
「…ふむ。出発する前に認識の擦り合わせをしておきましょう。ブラウさん。私の目的は単なる恩返し、だけでは終わりません。貴方を利用して悪どい事を成したい」
「どうも私を『異人』だと知れば、存在自体を否定してくる奴らが居る、証拠にこの世界に二度と爪痕を残さない様に、処刑人が構えている。だから──」
「待った。……話を聞いてて思ったんだが、どうやら嬢ちゃんの中で決まった事みてぇに話してるソレ、少なくともそりゃルゥナ家の私怨だ。国が大手を挙げて進めてる事じゃない」
「へぇ?」
「というか『王剣』はそう簡単に動かねぇ。あの部隊は治安組織って話でもないからな、アンタを捕らえる事自体、仕事の内じゃない」
可能性を示すように指が二本立てられる。大した動作でも無いが、自然と周囲の喧騒が鼓膜と意識から剥がれ、誘蛾灯へ誘われる様に釘付けに。──元からブラウ・タバタは凄まじい切れ者だと、コバナは評価していた。
彼なりの慈悲と加減が無ければ、三文芝居のRPもひっぺがされて、素顔を晒さざるを得なかっただろう。
しかし、聡すぎる者は時に──、
「──完全に私怨を含めた私的な判断か、『王剣』が動く事態が密かに始まっていたか、だ」
「アンタが裏切り者つった俺の友人…バアルはな、この国で誰よりも金の話に耳が早い。言葉もケツも軽い奴だが、儲け話には
「恩返しも何もしなくていい。アンタは俺の事を忘れろ、俺もアンタの事を忘れる。互いに何も無かった様に明日を生きるんだ、いいな」
「………………」
結論まで、駆け足で到着する。
私としても正解の判断だと判子を押そう、何しろ無限の命があるのはこちらだけで、こんなハイハイハイリスクの案件に手を突っ込む理由は彼に無い。
今、このクソゲーに燃えているのは私だけだし、楽しんでいるのも私だけ。その熱量は常、誰にも伝わらないもの。
彼から見た私はミダスの黄金とでも呼ぼうか、一見は魅力的な金塊だが触れれば全てを失う。
──説得のしようは無い、彼の背中には正真正銘の『命』が沢山積まれているのだから。
「全く仰る通りです、私も行動を改めましょう。ではここでお別れ──ってなるかぁぁっ!!」
「いや、なれよ」
「つーまーんーなーいぃー!私正論嫌い!!助けてあげるっつってんだから素直に受けとってくれればいいでしょ!?」
「……はぁ。──お前が俺を巻き込むなら今ここで連れ去って殺す。それでもいいならやれよ、クソガキ」
「─────」
向けられる本気の殺意が、ブラウ・タバタの拒絶を表している。
RPという『役』を被らなければ人との対話すら困難なコバナにとって、コミュニケーションについて真剣に考える事自体が『役』を降り、自らの意思で選択を行う代物であり、
「…………」
そして、大不得意とするものである。
コバナの不幸は、今まで碌に『対話』の経験を積んでこなかった事。そして、責任を背負う大の大人を相手に未だ『子供』でしかない自分は、あまりに力不足だったという事実。
完全なフリーズ。熟考の沈黙ではなく、ただ思考が停止しただけの沈黙だ。肯定も否定もせず、木偶の坊になって佇むのはこれが初めてではないが、決まってこの『フリーズ』が起きた時に事態が好転する事は無かった。
「……それじゃあな、嬢ちゃん。ココが駄目なら別の国に行って、頑張って生きてけば良いさ」
「…………」
コバナは、ブラウが離れていくのを眺めるだけで固まった表情筋はほぐれず、漸く視界から消えた頃に──『失敗したなぁ』と、苦味が口の中で広がったのを味わうだけで、
「……」
──その苦味が閃かせた一つの案は、誰もが悪手だと叫ぶ一手だった。
■
例えば、貴方が自分で思考して行動できるロボットだったとして。
やろうと思えば何でも出来る。そんな期待を背負いこの世に産み落とされた特別なロボットだったとして、どうしてか特売セールに叩き売りされてしまう。
理由はシンプルです、貴方は銀杏拾いしか出来ないロボットとして売られているからです。
どうしてそうなったのかは、メモリーに刻まれていました。
初めて肯定された行動が、銀杏拾いだったのです。期待にずっとずっと応えられなかったロボットが慰めに肯定されたのが、それしか無かっただけです。
──貴方はそのメモリーを手放して、次にいつ笑えるのかを怯えながら待ち続ける。そんなロボット生を続けられますか?
「──。よう、やく……見つけた…」
「あん?」
「貴方と、話がしたい」
酒場を飛び出し、街をかけずり周り、日が暮れて街灯が明るく輝く時間帯で、漸く私は目当ての人間を見つける。
人相が死ぬほど悪いガラ悪ヤンキー、体感だと裏切られたばかりの相手であるサクラ役。
──用事は一つ、儲け話だ。
ブラおじをギャフンと言わせる為に、私の実力を見せつける。物品の増殖を活かした商売で、イージーピージーウィン。
傍にまで近づいて、『大きく稼げる話』を口火に切る。手法はブラおじにやったのと同じく、自分の経験を話すだけ。異人である事は隠し、特別な力を持っているとだけ。
信頼されるかはどうでもいい、物品の増殖を目の前で見せてやれば、それこそ私に食い付いて離れなくなるだろう。
「───という訳なんです。どうでしょうか?私を利用すれば、どんなものであれ数を二倍に出来る。勿論それだけじゃなくて……」
「あー。そうだな!分かった手を結ぼう!すんげぇ金の匂いがする話じゃねぇか!」
「──!そうでしょうそうでしょう?いやー、有難い限りです。人との繋がりが無かったものでして」
「よっしゃ、早速商品の交渉書を持ってくるから、それ見てウチで在庫を増やしてくれ。その分お前にも分前はやるさ。……一応働き手として雇う事になるから契約書が必要だな!ここで待っててくれるか?」
「はいっ!」
すいすいと話が進んだが、逆にこれぐらい即答でも構わないと私は思う。適切に、そして確実に私を利用できるのならば、私は金の湧く泉なのだ。
いやはや、裏切られた以上信頼を向けるには怪しい奴ではあったが、中々どうして話が分かる。
思ったより気のいい人だったしね、去り際に笑顔で手も降ってくれたし、やっぱり金に素直というのは長所と短所紙一重。
「ふんふふーん…」
さぁ──ここからだ!ジャンジャンバリバリ稼ぎに稼ぎ、インフレゲーもびっくりな速度で戦力を増やしてやろうではないか!
未だ、攻略が楽しそうな地下墓に潜れない事実に唇を噛み締めてはいるが、それはそれ、コレはコレ、苦戦を重ねても最終的に勝利するのが私というもの。
「…………」
「………」
「…契約書を取りに行くなら、私もそこまで連れていけば良くない?」
「──。なんか、遅いし」
「………」
「……嫌な予感。ちょっち悪いけど隠れて様子を…」
──私には失敗の道を辿るまでのジンクスがある。
それは性根だとか、変えられない脳ミソだとかが悪さをしていて、私がゲー廃になった理由でもあった。
──固執してしまう事だ。失敗している最中は絶対に自覚できず、終わってから漸く自死を望む程の後悔を募らせて消化出来ずに胃に貯める。
認められる事に、固執する。
求められる事に、固執する。
褒められる事に、固執する。
人に当たり前に備わっている『執着』の感情が、私は一際強いようで、それこそプログラミングされたロボットの様に、同じ行為へ同じ結果を求めてしまう。
ジンクスとはつまり、固執から始まった行動の全てを指していた。
「こんばんはお嬢さん、初めまして」
「────」
「名前を聞いてもいいかな?」
「────」
「……ああ、その目…──怯えさせてしまったかな?安心して欲しい、私はルゥナ・フライ。この国で危ないものを管理している人、とでも」
「────」
「さぁ、名乗ってくれ。それとも…名乗れない理由があるのかい?それこそ、君が──『異人』だから、とか」
「──どうして」
「ふふっ、良かった──『王剣』ルゥナ・フライ。今から君を、処刑する者の名だ」