「――俺の話を聞いてなかったのか!? いいトコのガキを攫って身代金をせしめるって計画だっただろう!? なのにお前……ッ!! よくも人質をぶっ殺しやがったな!!」
「す、すまねぇ兄貴っ!! でも、仕方なかったんだ! あのガキ、俺の鼻に頭突きを食らわして逃げようとしやがって……」
「だからって刀を抜く馬鹿がどこにいるんだ!! クソッ……!! 死んじまったら身代金も何もねぇだろうが!! どうするんだよお前よォ!!」
あたしの視線の先で、知らない男が怒っていた。
怒りながら、地べたに這いつくばって謝る、これまた知らない男を蹴っている。そしてその近くには、同じく地べたでピクリとも動かない幼い女の子。男たちやあたしには縁のない上等な着物を赤い血で汚し、その虚ろな眼は明らかに何も映していはしない。
死んでいる。つまり――裏町を根城にする
(バカな奴ら)
あたしよりもずっと大人なのに、こんなしょうもない失敗をするなんて。殺された女の子もかわいそうだ。
けれど……ともかくおかげで、あたしがここに無理矢理連れてこられたわけはなんとなくわかった。
理解して、そしてあたしは隣の、この場における三人目の男に目を向ける。怒り狂う
お前がこれを考えたんだろ、という、あたしを殴りつけた時とは大違いのヘタレっぷりに対するムカムカとした感情は、腫れた頬の痛みと一緒に噛み潰して。
あたしは怯えるあまりにふらついたというふうを装い、惨劇の舞台となった空き地に一歩、足を踏み入れた。
「ああ? なんだ、そのガキ」
乱入者に怒っていた男の手――もとい足が止まる。その不機嫌を代わりにこっちに向けてきて、傍の男が怯えを越えて凍り付いた。
が、答えなければ今度は自分があんなふうに怒られるのだと、こいつは十分わかっている。すぐに背筋を伸ばし、ふにゃっと媚びたふうに笑った。
「ほ、ほら、最近ここいらで話題になってる声マネのできるガキっすよ! こいつを、死んだあのガキの代わりにすればどうかって!」
「お、おおっ! 代わりか! よくやったぞ!」
「お前は黙ってろ! しかし……ふぅん? そうか、代わりか……」
怒られていた男が救いの手に喜ぶのを遮って、怒っていた男がずんずんこっちへやってくる。あたしの顔を覗き込み、じろじろと舐めまわすように観察してきた。
(……なんか、
向こうがあたしを観察するように、あたしも間近で怯えた顔でそいつを見つめる。それでふと思い出した。
……いや、似てはいないけど。けれど何かある度こっちを見てくる心配症のあの姿が、どうしてか今のこいつと重なった。
(……おっちゃんだけじゃない)
途端、あたしの中から何かが溢れるように、他にも色々
(さっきのビクビクしてたのは
ほんの少し前まで、みんな一緒だったのに。しかし、今はもういない。その事実がこみ上げる。
「……なるほどな。確かに、これならどうにかなるかもしれねぇ」
と、男が鼻を鳴らして引いていった。その眼が、打ち捨てられたあの女の子のなきがらを一瞬見やり、ニヤリと笑った。
「髪の色も眼の色も、ついでに年頃もかなり似てる。これで声も似せられるなら、騙されるに違いねぇ」
「ええ、ええ。そうでしょうとも! 少なくとも、身代金を手に入れた俺たちがトンズラするまでバレなきゃ十分! でしょう!?」
「ああ。後はこのガキが俺たちと口裏を合わせてくれりゃ、完璧だな」
そしてまた、その眼があたしに戻ってくる。色が変わっていた。脅しのそれだ。
「そういうわけだ、声マネのガキ。お前に、あそこで死んでるガキに化けるっていう仕事をやる。相当うまい仕事だぞ? あいつはそこそこでかい商家の娘でな、成り代われば、うまいもんもきれいな
優しい笑顔。それこそ幼い子供に言い聞かせるような、甘い言葉だ。
だがしかし、やはりそれは脅しなのだ。次いでその雰囲気は一瞬にして消え去って、代わりに冷たくあたしの首筋に突き付けられた。
「嫌だと言うなら、あのガキと同じようにお前も殺す。ついでに成り代わった後で妙なことを言いふらしやがったら、その時も殺す。商家から攫って犬にでも食わせてやる」
わかったな? と詰め寄ってくるその顔は、普通の子なら泣いて漏らしていただろう。それくらい、私のような子供には十分すぎるほどの脅しだった。
手慣れている。きっと今までもこうやって、何度も子供を脅しいうことを聞かせてきたのだろう。もしかしたらあの女の子もそうやって攫ってきたのかもしれない。
あたしのことも、この男はそうやって操るつもりだった。
けれど操られるまでもなく――これはあたしにとって願ってもない
この子に化ければ食べ物にも住むところにももう困らない。毎日の生活に食いつぶされることなく、あたしはやっと
(あたしが、生きている理由……)
それを果たさなければならない。これは、そのための第一歩だ。
いみじくも男が言った通り、あたしの唯一の特技を以ってして、
「わ、わか……ひぐっ……。わかり、ました……」
飛び切りか弱く、あたしは男に頷いてみせた。
――というところで目が覚めた。
「ほらほら、もう朝ですよ。ちゃちゃっと起きてください。のんびり二度寝するような暇はないのですから」
「むぐぅ……。なんだよぉ……もうちょっと寝かせてくれたっていーじゃんか。あんたのせいで疲れてンだからさァ」
薄い布団を剥ぎ取られ、肌を刺す朝の冷たい空気。ぶるりとくる不快感と残った眠気にうめき声を絞り出され、あたしは恨みがましい眼を、非道を働いた女へと向けてやった。
色黒で、団子鼻で、美人とは言い難い地味な女。あたしを夢の世界から叩き出したこいつは、
だからそう不機嫌を隠さず言ってやった。おのれ非道な飼い主めと。こいつが課してくる
がしかし、残念なことにこの女はこれでどうにかなるような生易しい相手じゃない。何をどうやったのか、次の瞬間には布団はもちろん寝台からも追い出され、あたしは簡素な板張りの床に顔を打ち付けることになっていた。
「全くもうだらしがない。こんなへにょへにょじゃ、先が思いやられてしまいます。雀さんの沽券にもかかわるんですから、無精は認められない!」
「痛ってェ……知らねーよ、あんたの沽券なんて。毎日毎日好き放題にしやがって……しまいにゃ無精どころか逃げ出しちまうぞ」
痛む鼻を押さえながらじとりと睨みつけてやっても、雀は気にも留めていない。床に胡坐をかいたあたしの声はあっけなく無視されて、代わりに腰に手を当てたそいつはわざとらしいくらい『怒ってますよ』と主張した。
「あんまり言うことを聞かないと、本当に処刑されちゃうんですからね! ……雀さんはあなたの飼い主ですが、同時に獄吏でもあることを忘れてもらっちゃ困ります」
獄吏。わざとらしい態度だが、物々しいその表現は冗談でも何でもない。あたしは飼い主に絶対服従の
あたしは時の上級妃、
ともかくあっちこっちを引っ掻き回した経歴を持つ身であって、何かおかしな気を起こせば即座に首を跳ねられる、そんな立場であることは確かだった。
そこを持ち出されては、強く言い返せるはずもない。
「それは、忘れてねーよ。……忘れるわけねーけどさァ……」
今までの人生のほとんど費やしてきた
「だからって、それを笠に着て人を甚振るのはどーなんだよ」
結局文句は止まらずだった。
飼い主というのなら、もう少しあたしに優しくすべきでないか。監視者としても、せめて二度寝くらいは許しだっていいはずだ。
……というか、そうだ。
「そもそも、どうしてあたしはまだ処刑されてねーんだか。そりゃーまあ、能力を買われたってのはわかるんだけどさァ……」
思えばここは、雀の非道な行いよりも理解不能だ。帝がこの状況を許したことが、今なおちょっと信じられない。
普通に殺しておいた方が面倒がなかったのではないだろうか。
「おや、主上の決定に文句がおありで?」
「文句はねーけど……あのおっさん、イカレてんじゃねーかとは思ってる」
「あらまあなんて不敬でしょう! さすが、たった一人で子の一族にケンカを売った狂犬は言うことが違う! そこに痺れます憧れます!」
「あんたに憧れられてもなー」
まあどうであれ、狂犬を生かして使う判断はあたしにとってはありがたいことである。だから正直、物言いのネタにはしつつも、別にそこまで気になっているわけでもない。
故に雀の愉快な調子にも、適当に合わせて流して終わらせた。
……というか、こいつもこいつでたいがい不敬だ。ついでに「まあすごい」と声を上げながら、なぜか袖口から旗の連なった紐を引っ張り出しているのも意味不明。時々やっているが、あの手品は何なのだろう。
(まあ、なんだっていいか)
ともかくなんであれ、あたしを取り巻く状況は変わらない。生かされたあたしの“これから”は、雀の飼い犬としてのそれ。そのための訓練は、どれだけ文句を言おうともやめることなど許されないのだ。
受け入れるしかない。安眠を妨害された末、そんな諦めを引きずり出されたあたしは結局、このつかみどころのない飼い主に深々としたため息で恭順を示すのだった。
「あ、そういえばここだけの話なのですが、あなたの徴用には
「あー……そりゃ、まあ……はい」
と思いきや。渋々文句の口を閉じたその途端、雀が実に何でもないふうにそんなことを口にした。
さっきまでの軽口と全く同じ調子で明かされた、あたしも今まで知らなかったその事実。つい反応が遅れたが、内心では気怠さが一気に吹き飛んだ。
猫猫に、子翠。砦での二人の目が、頭と心に蘇る。……本当に、つかみどころのない飼い主だ。
あたしはまたも思い通りに転がされ。そして雀はそんなあたしに、今度は花吹雪まで振り撒き始めた。
「さあそれではそういうわけで……本日も業務の開始です! 身支度を整えて、行ってらっしゃい!」
人をその気にさせるのが上手い飼い主に「はーい」と肩をすくめて応じてやって、あたしは言われた通りに支度を始める。
髪と衣装と、あと
逃げ出せば首を切られるから、という原動力ではない。疲弊した心身から絞り出された諦めでなく、呼び起された希望で以って足を進める。
そう――あたしはあの時、砦で生まれ直したようなものなのだ。
無意味で無価値だった、それまでの人生。それすら終わったその後に、彼女たちは気付いて――あたしに気付かせてくれたのである。
あたしの価値。
今のあたしは、そのために生きている。
だからあの鬼畜雀の訓練も、あるいは彼女たちの回りで起こるであろう厄介事に巻き込まれるのも、別に構わない。
それがいい。そう思える。
故に、たどり着いた目的地、壬氏の執務室の前で揃い踏みしていた
「あ、
「こらっ小蘭! ……しかしともあれ、いい時に来たね
「また面倒ごとを押し付けられる予感しかしないけど。けどまあ、子翠に小蘭に
という三者三様の笑顔を浴びながら、
「ま、あたしは猫猫の推理を聞いて動くだけだろうけどね。とにかく話を聞かせてもらおうじゃねーの。どんな面倒ごとでも、みんなでやれば楽しーだろうしな」
そう、友達に笑いかけてみせるのだった。
無理矢理ハッピーエンドに収めて終了。ラストをぶち壊すようなご都合主義でも後味ゲロマズよりはマシだと信じて押し通してまいります。
なのでこのエピローグへの批判はご遠慮願うがそれはそれとして感想ください。