病院内の自室で、ゆっくりとキーボードを叩いている。
机上のスマートフォンが大きな着信音を奏でた。
東、相手の名前を確認し、応答する。
相手(
東:おつかれさまです。いま報告書を作成中なんですが、確認しておきたいことがありましてね。
多門:はい、どうぞ。
東:被疑者は一人だった。片足で一度だけ、
間違いありませんか。
多門:はい。まちがいありません。
東:被疑者は黒ずくめで、視認は困難だった。
その上でお尋ねしますが、武器のようなものは装着していましたか。
多門:記憶にある限りでは、むしろ余計なものは身につけていませんでした。
テレビのお笑い芸人がよくやるような、裸の上にタイツを着ただけのような身軽さに感じられました。
東:足もと。具体的には、靴。
どんなだったか記憶されていますか?
多門:すみません。そこまでは、はっきりとは。
東:足跡は鑑識係が採取しているはずですので、確認をお願いします。
特殊な、一種の安全靴かもしれない。
それにしても異常な数値が検出されましてね。
多門:と、いいますと?
東:大久保警部の脛骨および腓骨は一撃で粉砕されています。
このとき2トンから3トンの衝撃が加えられているんですよ。
人間業では、ありえません。
多門:2トン?
それは、被疑者の足の重さということですか。
東:いえ、力の単位です。
たとえば……そうですね、体重180キログラムの力士が高さ2メートルの台から跳躍し、片足で踏みつけたとしても、こんな潰し方はできません。
多門:安全靴でも無理なのでは。
東:もちろんです。だから今、被疑者が軽装だったと確認して、ますます途方に暮れているわけなのです。
多門:逃げ足の速さといい、あいつは脚力をなんらかの装置で増幅していたと考えられるわけですね。
東:映画にレプリカントって出てくるでしょう。まるで、あんなやつが徘徊しているような気分です。
多門:レプリカント!
それは、医学用語でしょうか。
東:いえ。……ええと。そうですね。
殺人ロボットとでも言えば伝わりますか?
多門:殺人ロボットですか。……なるほど。
よくわかったように思います。ありがとうございました。
東:ひとまず所見はありのままを書いて提出しますので。一日も早い解決を期待しております。
多門:ありがとうございました先生。それでは。
第4の犠牲者は、また子供だった。
ケース01・02と同じく、酸を右目に浴びせられた。
報道によると犯人はランニングウェアを着た中年男性で、少年が信号待ちをしていた一瞬の間であったという。
寺坂信行はガールフレンドと家電量販店に来ていて、テレビ売場でそのニュース速報を見た。
客のひとりが発作的に大声でわめき始める。
店員たちが集まってきて、どこかへ連れ去る。
S市内は、てんやわんやだ。パニックになりかけていると感じた。
どっと疲れが襲ってきたので、2人で同じショッピングモール内のカフェへ移動し、気分を落ちつかせる。
寺坂:やっぱりメインターゲットは男の子なんだろうなあ。
右目だけ失明させるって行為にこだわりがあるようだ。
同じ境遇にある子を抱えた父親が、健康な子を見ると肚が立って……
みたいな動機なのか?
学校でも塾でも成績トップクラスだったらしいから、その反動で、余計にね。
寺坂:親御さんも、かわいそうになあ。
……あれ、心のケアってことはOTの出番だったりするの。
乙宗:いま調整中だけど、もしかしたら。
在宅か、通院かもなかなか決められなくて、進まない進まない。
寺坂:通院するにしても、外を出歩くのが怖いんじゃあ、親が送り迎えしなくちゃいけないよね。
はあ、いろいろと難儀だ。
乙宗:そうね。
大人全般を、すっかり怖れてるっていうのも、もちろんあるけど。
片目になったばかりだから、屋内でも歩くのが危険なの。遠近感がつかめないのよ。
もちろん完全な失明よりはずっとましなんだけど、階段を降りられなくて、泣きはじめちゃったりとか。
だからやっぱり心のケアがね、どうしても。