2週目の月曜日。
田村清顕に、顧客データベースへのアクセス許可が出る。
社長決裁だった。
寺坂信行:昨年の1月分から始めていってほしい。
僕が緑ソフトで作った一覧リストはあるけど、参考になれば使ってもらっていいし、無視してゼロからやってくれても構わない。
どうするのが一番いいと思う?
田村:あなたの前任者は日付順に並べるのを原則にしていたみたいですけど、こんなのユニークIDになりません。
識別符を新規に定義しましょう。
紙ファイル上の文字は誤記訂正まで含めて全部忠実に写しこむ、でいいですか?
寺坂:厖大な量だけど、何日くらいかかりそう?
田村:営業チームは最初からPCで作成して印刷したものを提出してくれてますが、それの元データを保存することは求めてなかったわけですね。まあいいです。
それより、このオヤジの筆跡が判読できません。
こいつの入力だけお任せしていいですか。
寺坂:
わかった、そっちは僕がやる。
田村:じゃあ、とりあえず始めます。
1月分を片付けたところで、残りをやりきるのに何日かかるか計算しましょう。
寺坂:オーケイ。じゃあ、よろしく。
電巧堂は、義肢製作所である。
この会社では営業課と呼ばれるチームのメンバーが、主に病院を訪問し、患者・医師・理学療法士らと協議を重ねる。
のち複数の専門スタッフにより義足や義手が作られる。
基本、すべてカスタムモデルとなる。
仮義足から本義足への移行、経年劣化に伴う部品交換などのメンテナンスも必要で、そのカルテ・設計図・アフターケアの記録は体系的に整理保管されていなければならない。
だが、それらが、いつまでも紙の報告書のままファイリングされていくだけという状態だった。
この業務に携わる義肢装具士、略称POは国家資格である。
1987年より制度化された。社会の需要を満たしているとはとても言えないのに、今でも狭き門だ。
無資格者は患者の身体に触れることも許されない。
電巧堂では、POの有資格者を営業と位置づけ、製作課を別に設置した。
製作課のメンバーは、無資格者でも構わない。営業課員がヒアリング・採寸してきたカルテをもとにオーダー通り制作して、営業課員へそれを渡す。あとは現場で最終調整するというシステムだ。
人材不足はある程度解消された。
しかし、うまくいかないときはどうしようもなく深刻なトラブルにも発展した。
カルテには、そんな記録も、刻まれたり刻まれなかったりする。
田村はついに、会社が決して決して表に出したがらない、禁断の領域へと踏みこんだのだ。
寺坂:うんざりしてくるだろう?
よくこれだけポカをやらかして会社がもっているよなあ、なんて。
田村:まあ、予想通りかな。
寺坂:今日は君の毒舌が炸裂しまくるんじゃないかってヒヤヒヤしてたんだ。
冷静でいてくれて、たすかる。
田村:あなたに言ったところでどうしようもない。
言うなら、言って意味のある相手へ向けて言います。
寺坂:社外へは漏らさないでくれよ。
匂わせるだけでも、御法度だ。
田村:約束したところで無意味でしょう。
せいぜい、最悪に備えて逃げる準備でもしててください。
寺坂:アハハ。やっぱ、きついわ。
……ちなみにさあ、先週いろいろたすけてもらったみたいに、この会社の現状そのものを改善していくとしたら、一緒に考えてもらえるかい?
田村:派遣に求めるレベルじゃないでしょ、それは。
だいたいあなただって、こんな会社にいつまで関わる気なんですか。
寺坂:派遣専門だとそんな風に考えるんだね。
僕はねえ、転職はもう懲りた。
そろそろ結婚もしたいからさ。すべてをリセットしてやり直そう!なんて気概は持っちゃいないのさ。
今はまだ会社に使われてる身分だけど、変革を起こして、その渦の中心に立っていられたら、もっと胸を張って、この仕事を続けていける。
そろそろ、こんな風に考えているところだよ。
田村:社畜はそんな夢を見るんですね。電気羊とどっちがマシかな。
手伝ってもいいですけど、その覚悟はホンモノですか。
寺坂:君のおかげさ。こんな風にすればシステムを変えることができる。僕はやっと、その手懸りを掴みかけたところだ。
だから今のうちに、もっと問題点を見つけ出して、徹底的に修正していきたいんだよ。