電巧堂正社員。営業。
すなわちPOこと義肢装具士の有資格者である。
仕事帰りにバッティングセンターへ寄ってみたら、見たことのある男と目が合った。
しかし話しかけるほどの間柄でもないので、そのままゲートをくぐる。
コインを投入し、飛んでくる硬球を力一杯、打ち返す。
ほどほどに汗ばんだところで缶コーヒーを買って駐車場へ戻ると、さっきの男がベンチに座ってこちらを凝視していた。
明らかに用がありそうだな、と察したので同じベンチに腰掛ける。
プルタブを押し開け、旨そうに一口飲む。
待っていた男(田村清顕):おつかれさまです。
ここ、よく来るんですか。
武林:気持ち悪いねえ。
通報してやろうかと思ったんだけど、用件くらいは聞いてあげようかなと思ってさ。
田村:はは。僕は怪人じゃありませんよ。
じゃあさっそく本題へ。
堀部氏について訊きたいです。
武林:ジジイについて?
どんなことを?
田村:電巧堂の長老で、実質、会社の最高権力者。
現在のシステムも彼が生み出したものでしょう。
そして、逆らえる者は誰もいない。
武林:はいはい。それで?
田村:営業課のみなさんは出先で患者からの要望を聴き出し、微妙なニュアンスまで汲み取って文書化する。
それを、製作課が形にする。
装着してからも幾度となく調整が必要だ。
これを堀部氏は随分と露骨に面倒臭がりますよね。
とくに、あなたに対しては。
武林:俺は格別、睨まれてるからね。
面倒臭がってるのは俺もだよ。あいつに対してさ。
田村:転職とか考えないんですか。
武林:30過ぎた、この齢でか?
どこへ行ったって、前職について訊かれる。すぐに探りが入るよ。
堀部が、あいつは三流のロクデナシだと言いふらす。
ジ・エンドさ。
そんな茨の道、歩きたくもないね。
田村:たしかにそうですね。
じゃあ堀部氏を排除するのが、やっぱり一番早いのかな。
武林:は?
田村:まだ構想中の段階ですが、新体制へ移行した場合、あなたに渉外チームのリーダーを任せようと思っています。そのつもりで準備しておいてください。
武林:ちょっとまて。ショウガイチームのリーダーって何のことだ。
田村:ワタルにソトですよ。対外交渉です。
ああ、障害と被るから紛らわしいのか。
じゃあもっと別の名前を考えよう。
武林:待て待て。君は派遣だろう。いったい何をしでかす気だ。
田村:派遣だから、あとくされなく、思いきったメスを振るえるんですよ。腫瘍をバッサリ。
術後の処置とリハビリは、譜代のみなさんにおまかせします。
武林:排除と言ったよな。
堀部のジジイを消すつもりか?
おい、手荒な真似はやめてくれよ。
田村:あらあら弱気ですね。意外だな。
それとも、抜かりなくやれって警告されているのかな。
ただ、いずれにせよ……
武林:いずれにせよ?
田村:忙しくなりますよ。
武林さんも、これまでのようなヌルマ湯気分では仕事できなくなります。
さっき僕は、そのつもりで準備しておいてくださいと申しましたが、覚悟して身構えておいてください、と言った方が適切だったかもしれない。
そこだけ訂正しておきます。
武林:田村くんと言ったよな。君は、何者なんだ。
田村:ただの風来坊ですよ。
じゃあ用は済んだので、さようなら。
田村、立ち上がり歩いていく。
少しして振り返る。
田村:怪人がいつまでもS市しか狩場にしない保証はありませんよ。
なるべく一人きりにはならないように。
おやすみなさい!
もちろんN市でも警戒はされていたが、S市ほどではなかった。
依然主戦場であるS市においては、コロナ禍が再来したかの如く人通りが減った。
夜の街は閑古鳥に喘ぐ。しかし絶えることはない。
「人気店でも待たずに入れて、普段よりもサービスが手厚い。だからこそレッツゴー」そう考える武者だっていた。
毎日犠牲者は誕生したが、しかし100万人都市では微々たるものともいえる。
この程度の確率ならば勝負に出る方が健全かもしれない。
そして徐々に犯行のパターンも明確になってきた。
少年ならば右目を、成人ならば左足を破壊される。
わずか数秒で怪人は消え去る。
なんだ命までとられはしないぞ。
こう考える冷静な楽天家だって、大勢いるものだ。