電巧堂。昼休みの食堂。
今日も寺坂信行は仕出し弁当を食べている。
外回りから戻ってきた武林隆重が隣に来て、座った。
武林:おつかれさん。
寺坂:ああ、おつかれ……さま。
武林:田村くんは、上?
寺坂:うん。昼は食わない主義らしい。時間一杯、寝てる。
武林:初日くらいしか喋ってるとこ見てないけど、順調なの?
寺坂:順調どころじゃないよ。
いま、去年分のカルテをデータベースへぶちこんでるところなんだが、おそろしく速い上に中身をちゃんと理解してる。
部品番号を末尾しか書かないヤツ多いんだが、これを全部正確に補ってタイピングしてくれるんだ。
すごいよ。
武林:今年のは終わってるってことか。くれよ。
寺坂:今年は最後にしようと思って。
まだ3月度の報告書が揃いきってないからさ。
武林:誰だよ。トロトロやってやがんなあ。
寺坂:堀部さんの机で止まってるのも多いから。
まあ、そんなのがいっぱいある。
武林:田村君から、俺の話、聞いてる?
寺坂:は?何のことだい。
武林の話なんて、したことないけど。
武林:へえ、マジか。俺はてっきり。
寺坂:さっぱり見当つかないや。何が起きたんだ。
武林:おまえらが革命でも起こそうとしてる、みたいなイメージで考えてたんだがな。
だから俺にも準備をしておくようにと言ってきた。
寺坂:チャットで?
武林:いや。昨日の夜、店から出てきたところでばったり。
数分間話しただけだが。
寺坂:ふうん。革命ねえ。
ウチの現状をどうにかしたいんだって話ならしてるけど。
武林:そうか。わかった。
具体的に何をしてるのか知りたかったからさ。
もし決まったら早めに教えてくれ。
寺坂:おお。わかった。
武林は午後も外を回る。
彼の仕事ぶりを通して、POについて学ばせていただこう。
義肢を求める資格を持つ人を、日本では身体障害者と呼ぶ。
交通事故や労働災害、骨肉腫などの病気によって身体機能に外的障害を有する者が対象である。
幼少期から車椅子生活をしていて成人になってから何かのきっかけで義足の購入を検討するケースもある。
基本の手順として、まず医師に相談。
PTこと理学療法士がアシストする場合もある。
方針が決まったら義肢製作所にオーダーしてPOを派遣してもらう。
POは患者の各部採寸や断端の型取りを行い、また要求される運動性能・耐久力などもヒアリングして、見積もりを作成する。
あたりまえだが決してお安い買い物ではない。
保険は適用されるが、手続きはやや複雑だ。たとえば仮義足と本義足とで管轄する機関が異なる等。
仮義足とは病院内で訓練用に装着するもの。国が補助する。
退院して、日常生活で使用するのが本義足。
こちらの方が高性能を求められるしデザインだってこだわりたいのが当然であるけれども、費用の9割を負担してくださるのが市区町村であるため、審査はとことん塩辛くなる。
現実的に、医師・PT・POはがっちりと結託して患者とその家族に対し1円でも安い義肢を発注することで納得してもらうように努力する。そうしないと行政との間に摩擦を生じるからだ。
なるほどとは思うが、これから差別と偏見まみれの世間へ漕ぎ出していかねばならない当人にとってはこの上なく残酷なプレゼントであるといえよう。
POはリアルに患者本人と向き合うため、障害者が抱えこむ心の闇とも対峙する機会が豊富だ。
ところが社屋内で義肢制作だけをやっている者には、この厳しさが伝わらないし磨かれない。
カルテにどれだけ想いを籠めても「もっと簡潔に」と突き返され、虚しさだけを抱えこむ。
電巧堂の場合、この二極どちらにも物申せる人物が存在する。
彼はPO資格保持者だが臨床を離れて久しい。
高齢なのでプライドも高く、溢れんばかりの愛社精神を後輩たちに伝授したいという一途な想いで熱心に働き続けている。
製作課員はひとり残らず彼の薫陶を骨身に刻んで育てられた。
合わない者は、皆辞めた。
どうしようもなく深刻なトラブルが発生する機会なんて、豊富にあったというわけだ。