翌日。1階・2階それぞれでの朝礼終了後。
堀部金丸は社長室まで昇ってきた。オフィスは経由しない。
会談を終え、降りていく。
その動きをモニターで確認した田村清顕が、指示を送る。
吉田兼亮と寺坂信行が立ち上がり、PCや資料を手にオフィスを出る。向かいの社長室へ、ドアをノックして入っていった。
田村は自席に就いたまま、モニタリングに集中し続ける。
これが戦争か。
そうです。これぞ戦争よ。
夕方、ひとりの婦人が電巧堂を訪れる。
小さな旅行用トランクを手に、玄関のモニターフォンを押す。
大野事務員が降りてきて、まっすぐ応接室へ案内した。この応接室は社長室の一角であって、原則として社長が同席する会合でしか使用されない。
婦人は、堀部金丸の妻である。
吉田と寺坂は婦人に自己紹介をして、社長の左側から詰めてゆく。堀部金丸は右側。
男4名の反対側に婦人、という構図が整う。
吉田:このたびは御足労を願いまして、誠に申し訳ありません。
婦人:はい……あの……あらためて詳しい事情を、お聞かせ願えますか?
堀部金丸、うなだれている。話したくないようだ。
それを察せられるほどの時間を置いてから吉田が、あらたまった調子で説明を始める。
吉田:弊社では現在、最大過去10年まで遡って大規模な財務調査を行っているところなのですが、書類の記入ミスや散逸が少なからず出てきてしまいまして。
その中には、厚労省や自治体への申請で受理されたものの、実際と噛み合っていなかった、というケースも間々あったのですね。
そこで、早急に、修正や再調査を行う必要が生じまして。
それで、堀部課長のお身体を、しばらくの間お預かりしたいというわけなのです。
婦人:そんなに、緊急事態ですの?
吉田:はい。どうしても今月中に書類を整えておかなくてはならない案件もございまして。
なんとか御理解をいただきたいのですが。
婦人、夫を見つめる。
夫は、きまり悪そうに目を伏せる。
吉田:多少、専門的にはなりますが、こちらの寺坂より、具体的なケースを御説明することも可能ですが……
婦人:いえ。おそらく聞いても理解できないと思いますので。
……その、漠然とした訊き方しかできないんですけれども、これは、裁判沙汰になるとか、脱税などの背任行為に問われるなどの、大きな騒ぎになりかねない状況なのでしょうか。
暫しの沈黙。
浅野:奥さん、どうか察してください。
ただ、はっきり申し上げておきます。堀部課長ご自身が悪いことをしたわけではありません。
しかし責任を負うべき立場にあり、承認のサインもすべて堀部さんの名前で作成されているため、現状のままだと堀部課長が罪に問われてしまうわけです。
そうなる事態を避けるために、至急、我々全員が結束し、一丸となって、堀部さんも会社も守ろうとしているわけです。
そのために、しばらくの間、ご主人の身柄を預からせていただきたいというお願いです。
婦人:わかりました。これ以上はお訊きいたしません。
皆さんを信じて、何も知らなかったことにします。
ところで……いつ頃、返していただけるのでしょう?
吉田:長くても今月末までです。
そのあとは有給休暇を存分に使っていただいて、すっかりリフレッシュしていただいてから、また仕事へ復帰していただきます。
婦人、ほっと安心した表情を示す。
その様子を見て、夫も緊張を緩める。
婦人が持参してきたトランクには、数日分の着替えやアメニティ類のほか、当座の現金が入っていた。
夫、これを受け取る。
やがて婦人は帰っていった。
堀部:やれやれ。吉田、さっき言ってた特別休暇ってのは本当にくれるのか。
吉田:その話はすべてが終わってからにしましょう。
じゃあ堀部さん、下へ戻ってください。
18時までに全員帰らせてくださいよ。
堀部:要は、棚卸しなんだろ?
社員総出で残業させるわけにはいかないのか。
寺坂:不正と疑われる証拠をすべて見つけ、田村がこれ以上掘り出す前に揉み消す作戦なんですよ。
極力少人数で、徹底的に浚う必要があるんです。
堀部さんは関わってる件数が多いから一番仕事量も多い。
わかってください。
堀部:あんなクソ生意気な派遣に何もかもやらせるからこんな、仲間を疑わせるような仕事が増えるんだぞ。
吉田:それはわかってますが、ここで急には止められない。
彼の優秀な部分については最後までやってもらった方がいいんです。
泣いても笑っても今月一杯です。
すべてを片付けて、スッキリして終わらせ、帰りましょう。