日曜日。
乙宗:うわあ。びっくりした。
どうしたのその顔。
寺坂信行:え。何か付いてる?
乙宗:死神に取り憑かれたみたいな顔してるよ。
ちょっと、話を聞こう。車は向こうへ駐めてきて。
寺坂:映画、始まっちゃうよ?
乙宗:事故られちゃ堪らないし、どうせ観ながら寝る気だったでしょ?
セラピストにはお見通しなんだよ。
だから早く車を置いてきて。
寺坂:……わかった。
数分後、室内。寺坂をソファへ横たわらせて、乙宗は紅茶を淹れる。
落ち着いたところで、尋問開始。
寺坂:前に話した、あの派遣が、不整合や逸脱を次々見つけてさ。
中には洒落にならないのもあって、管理職が慌てふためいてるんだ。
課長クラスは近くのビジホへ泊まって連日夜中まで在庫や書類を引っ掻き回してる。
僕は今日、なんとか休みをもらえたけど……
起きたときは、調子よかったんだけどなあ。
乙宗:呆れちゃうよ。自己管理不徹底甚だしい。
今日はここでしっかり体を休めること。
愚痴もぜんぶ吐き出しちまえ。
寺坂:ありがとう。
治療費をお支払いしなくちゃならないね。
乙宗:くれるの?言い値で?
だったらフルコースでサービスしちゃうわよ。
ところでその遣り手クン、今月末で辞めるって宣言してたんじゃなかったっけ。
寺坂:ああ。田村っていうんだけど。
だからこそ社長も吉田課長も、彼にこの際洗いざらいやっておいてもらおうと考えているところでさ。
同じ仕事は他の誰にもできないから。
乙宗:上は上なりにソロバン弾いてるってわけね。
じゃあそのドタバタも今月限り?
プラス1週間もすれば落ち着くってところかな。
寺坂:そう単純でもない。
田村は来月以降も何かやるつもりだ。
僕は仲間外れだが、営業の一部には話しているみたいでね。
それも探り出したいところなんだが、尻尾をつかませない。
乙宗:あらあら。
電巧堂の営業は全員POだっけ。じゃあ有資格者ばかり引き抜いて独立起業しちゃうとか?
寺坂:それも考えたけど、カマをかけたら軽く嗤われた。
そんな反乱劇は業界中にスキャンダルとなって広まるだろう。部内者の誰にとっても不利益にしかならないと。
その通りだろうね。
じゃあ、何をするつもりなのか。
乙宗:わかんないなあ。
あなたの会社、ちょっと特殊だしね。
寺坂:他の可能性としては、製作課の堀部課長を追い出すというシナリオがある。
それをするだけで社内の風通しはずっと良くなると、田村はしょっちゅう言ってるんだ。
どこまで本気かわからないけど。
乙宗:堀部さんを辞めさせたら、それこそスキャンダルになるでしょ。有名人だもの。
ウチの先生たちの間では、電巧堂イコール堀部さんだよ。
寺坂:浅野社長よりずっと古くからいる長老だし、当然かもね。
乙宗:その堀部さんを、追い出すと、良くなるの?
寺坂:田村に言わせると、彼が会社の癌らしい。
あの人ありきのシステムが組織の成長と発達を歪めさせてきたのだと。
じっさい、書類の改竄跡がこれでもかというほど出てきた。
役所が一度受理した書類を戻してくることはないけど、怖いのはクライアントだ。
訴訟を起こされたら、一件でも電巧堂は致命的なダメージを負う。
乙宗:相当なおじいちゃんみたいだし、そりゃまあ、叩けばいっぱい出てくるでしょうねえ。
寺坂:ただ、田村が契約を更新することは無さそうなんだ。
彼はまちがいなく、30日を最後にいなくなるんだよ。
社内ネットワークにはアクセスできなくなるし、守秘義務は永遠について回る。
そんなのガン無視するって手もあるけど、僕を仲間に引きこまないでできることには限界があるだろう。
そこが本当に、わからない。
乙宗:一過性の台風みたいなもので、ノブたちを引っ掻き回して面白がったらそれで充分だった、なんていうオチは?
寺坂:うーん。
サイコパスだったら自己満足が最終着地点なんていうのもありえるけど……それはまあ、なくはないかも。
あれだけ能力のある逸材なのに、実はハッタリかましてただけ、なんて残念すぎるけれどね。
乙宗:でも、そういうものじゃない?
どんなに予告編が期待させるものだったとしても、映画本編をそれ以上に面白くつくれるかといったら、難しいじゃない。
1ヶ月、もったいぶらせて周囲をハラハラさせたけど、実はそれ以上するつもりなんてありませんでした。
こんなの決して珍しいことじゃないと思うよ。