9月27日の夜、S市連続傷人事件の被害者がとうとう30名に達した。内訳は少年12、成人男性18。
真正の凶悪犯は沈黙を貫いているが、偽の犯行声明やイタズラとみられる通報が増加中。
模倣犯や便乗犯も若干数出現。おおむね即日逮捕され、キツいお灸を据えられている。
長期化は避けたいものだが、解決までの道程は遠いとの認識が広がっていた。
捜査員たちは不眠不休で聴き込みや張り込み・それらの分析に没頭する。そして妨げとなる、あらゆる事物へ敵意を向けた。
一方で報道の量と熱意は減衰していた。その影響で市民たちも弛緩する。
なにせ東北地方唯一の政令指定都市。
住民登録数は100万人を超え、面積だって東京都23区より大きい市なのだ。
明日は我が身、なんて恐れていると周囲から失笑を浴びせられた。
「ステイホームは震災でも新コロでも経験してるしさ」
「今度のは人災だ」
「おまわりさんがすぐに捕まえてくれるよ」
そう噂しているうちに月齢が一周過ぎつつあった。
冷静沈着で平穏を尊ぶ市民たちの大半は、うろたえることなく、決して焦らなかった。
成人被害者の一人が治療を終え、杖か、車椅子か、義足かと選択肢を並べられる。
「そういえば後輩に義足づくりを職業にした男がいる」と思い出したので、呼んでみた。
ロビーの一角で、余人を交えず、語らうことにした。
早水:玉虫さん、お久しぶりです。
大変でしたね。どこで、どんな風に襲われたんですか。
早水:刑務所の近くですね。
玉虫:そう。あそこの住宅街を歩いてたのよ。
スマホ見てて全然気付いてなかったんだけど、男が尾いてきてたのね。
いきなり背中を突き飛ばされて、膝をついた途端に、左足をグシャッと潰されて。
その瞬間は全然わけがわからなくて、しばらく呆気にとられてたんだ。
起き上がれなくて、足をさすったら、手にべっとりと血がついた。
いきなり激痛を感じて、悲鳴をあげた。
犯人の顔どころか、姿をまったく見ていない。背の高さなんかも、わからない。
これじゃあ捕まえられないわけだよ。
早水くんも気をつけなよ。気をつけるったって難しいけど。
早水:無差別、なんでしょうねえ。
玉虫:オレ、人に恨まれるような人間じゃないだろう?
早水:……ええ、まあ。
玉虫:ハアァァ。
ところで義足ってどんなものなの?
杖よりずっと高いことはわかるんだけど。
早水:そりゃまあ。
たとえば杖だと、玉虫さんの場合は歩行中に左腕または両腕とも使いにくくなります。
車椅子は常に座っていられますし整地路面では二脚で走るよりも速く進めますが、段差があると苦労します。
義足は、なるべく従来通りの生活をしたい方にとってはベストの選択となりますね。
玉虫:たしかに一番違和感は無くなるかも。
つけっぱなし?取り外したりもできるもの?
早水:入浴時や就寝時には外してください。
日々のクリーニングに、微調整したりなどのメンテナンスも、必要です。
体の側にソケットというアダプターを埋めこんで、そこにガチッと填めこんで使用するというイメージです。
玉虫:入れ歯と仕組みは似てるのかな。
今つくるとして、壊れなければ一生もつものかねえ。
早水:玉虫さんは膝から下を切断されたばかりですけど、断端の組織が締まってくるまで一年前後かかるんです。
まずは仮義足を作ります。これで義足の扱い方に慣れていただく。
その後、本義足を制作します。
入れ歯だって10年くらいしたら真新しいものに作り直すでしょう。義足も同じですよ。
玉虫:仮義足、いらないなあ。
一年待つから、本義足だけでいいように思う。
歩行練習なんて、他の箇所に障害が無ければ、そんなに難しくないんじゃないの?
早水:費用を気にしてらっしゃいますか?
保険適用で9割負担してもらえますから、その点はご心配なく。
ただ役所へ申請する以上、ユーザーの希望は一切通りません。
ガイドラインに従って、医師の言いつけ通りに進めていってください。私もそれに沿ってしか動けませんので。
ただ、楽ですよ。
流れに沿っていただけるのなら、私たちが全部やります。