株式会社・
M県N市に2階建ての社屋を構える。
社員、
08:15、自家用車で到着。
見慣れぬセダンが駐まっているのに目を留める。白髪で上品そうな老人が運転席に座っており、すぐ路上へと走り去っていった。
寺坂は鞄を手に、表玄関から入り、中階段でオフィスへと上がる。
寺坂の席向かいに、男が一人。
目を閉じ、瞑想に耽っているようだ。
寺坂は鞄を置いてから、彼の傍まで来て、その肩を叩く。
男、目を開ける。
寺坂:あ、おはようございます。田村さん、ですかね。今日からいらした……
田村:……はい。
まだ始業時間前ですよ。
寺坂、ひるむ。
詫びを入れて自席へ戻る。
田村はまた目を閉じて、瞑想を再開。
寺坂、納得できなさそうな顔で、その姿を見つめる。
周囲の社員も、気を遣いながら目配せを交わす。
寺坂、トイレへ立つ。
廊下で、上司の総務課長・
吉田:おはよう。もう会った?
寺坂:はあ。挨拶したら、不機嫌そうに返事されました。大丈夫なんですか?
吉田:面接ではマトモそうだったんだけど、一人きりになると途端にあれだよ。
ちょっと、困ったね。
寺坂:さっきおじいさんが出ていくのを見ましたけど、あれ、派遣会社の担当さんですか。
吉田:ああ、そうだよ。おじいちゃんの方がよっぽどしっかりしている。自分のことソレガシって言うんだよ。
いい雰囲気だったんだけどね。残念だ。
寺坂:どうするんですか。僕、面倒を見なくちゃいけません?
吉田:ひとまず、よろしく頼むよ。
辞めてもらうにしても、こっち側都合だと違約金が発生する。
田村君の方からギブアップを言わせるよう仕向けてほしいんだ。
寺坂:じゃあ、最後まで顧客情報には触らせないようにします。
吉田:みんなにもメールで周知しておく。ヤバそうだなと思ったら、なんでもすぐ知らせて。
寺坂:わかりました。
08:45始業。
朝礼で、派遣社員・田村清顕の紹介が行われる。
田村、皆の前で、ひとこと挨拶したのみ。
気まずい空気が共有される。
「使えない派遣だ」
「すぐチェンジだな」
「やれやれ」みたいな。
寺坂:えーと。じゃ、あらためてよろしく、田村さん。
今日はこの会社についてと、業務内容、それから社会的責任の基本を学んでもらいます。
このIDとパスフレーズでログインしてください。
デスクトップにeラーニングのショートカットがあるので、それを開いて、順に受講していってもらえますか。
トイレや水分補給は適宜、自分のペースで行ってもらって構いません。
質問等あったら、向かいの僕に声をかけてくださいね。
田村:声がけの方がいいんですか?
業務内容についての質問なら、チャットの方が説明しやすいですが。
寺坂:ああ、なるほど。
じゃあチャットでもいいですよ。お好きなほうで。
30分ほど経ち、寺坂の表情が険しくなってくる。
田村へ頻りに視線を送る。しかし反応は皆無。
田村はヘッドフォンを装着し、モニタを見つめながら時折キーボードを叩く。
寺坂は吉田課長へメッセージを送った。
吉田も深刻そうな表情を浮かべ、じっと田村の横顔を観察する。
10:40。吉田、席を立つ。
寺坂も呼応して立ち上がり、田村の傍までやってくる。
寺坂:田村さん、中断してください。
PCを持って、一緒に来てください。
田村、ゆっくりとノートPCを閉じ、静かに立ち上がる。
寺坂のあとに続いてオフィスを出ていく。
吉田課長は先に会議室へ行って準備をしていた。長机が中央を囲む形で並び、壁際にはホワイトボードや大型モニタが配備されている。
寺坂は自分のPCにHDMIケーブルを挿し、その画面をモニタへ映し出してから、課長の隣に座る。
田村は二人と対面する位置に着座するよう指示され、従う。
その表情はふてぶてしいほどに穏やかだ。
吉田:田村さん。
あなたは雇われている立場で、弊社へ仕事をしに来ているはずです。
それを理解されていますか?