9月最終日。
田村清顕はいつもと変わらず黙々と仕事をする。
昼食は摂らずに休憩時間をひたすら瞑想し、夕刻定時に簡単な挨拶だけをして、去っていった。
オフィスの全員が、緊張をほぐして溜め息をつく。
「こんな人、前代未聞よね」
「本物のロボットだったんじゃないかしら」
などの囁きが交わされる。
M県では「ロボット」がちょっとした流行語になっていた。
S市連続傷人事件の犯人が桁外れの怪力を持っていることは被害者男性らの口から広まっており、どこかの誰かが言い出した「殺人ロボット」というパワーフレーズがたちどころに伝播したのだ。
警察は肯定も否定もしていないが、報道ではあたかも公式表現であるかの如く多用されている。
未だ死者はカウントされていないので殺人と言ってしまうと誤りなのだが、そんなことよりインパクトある方が持て囃されるので、このまま定着しそうな気配である。
寺坂:課長。リストのチェック、終わりました。
吉田:ごくろうさん。
あいつ、最後の最後までほんと容赦なかったな。
堀部さんへの追及は常軌を逸してたぞ。いくら反論の余地が無いとはいえ。
寺坂:今夜、どうします?
吉田:帰ろう。もうこれ以上、指摘事項が増えることはないんだ。
明日からは、ゆっくり片付けていけばいい。
堀部の奥さんにも、今月いっぱいでお返ししますと約束してあることだし。
今夜はお帰りいただこう。
寺坂:明日はどうします?
吉田:2~3日は休ませてくれっていうだろうなあ。おれだって休みたいもの。
ちょっと今から行って話してくる。
君はもう少し片付けを続けててくれ。
1階、製作課の課長室。
足の踏み場もないほど散らかった部屋の中で、堀部金丸は椅子にぐったり凭れながら解放感に全身を浸している。
ドアの脇で吉田総務課長が立ったまま、これからのスケジュールを読み上げる。
吉田:堀部さん。帰る前にちょっとだけここ片付けていってもらえると助かります。
堀部:いやだ。おれは帰る。
吉田:お気持ちはわかりますけど、明日も明後日も新しい書類は回ってくるんです。
どこに置いとけばいいっていうんですか。
堀部:上でとっておいてくれ。
ここは、おれが戻ってきてから片付ける。
それまでは鍵をかけておく。勝手にいじられると、どこに何を置いたかますますわからなくなるからな。
吉田:お休み、何日欲しいですか?
私や、寺坂君にも公平に回したいので、なるべく細切れにしてほしいんですが。
堀部:寺坂は、あの派遣とグルだろ。
もとはといえばあいつの責任だ。ぎっちりペナルティを与えてやらにゃならん。
わかってるよな。あいつがA級戦犯だぞ。
吉田:彼も被害者ですってば。
それじゃ、おつかれさまでした。
気をつけて帰ってくださいね。
吉田が出ていったあと、堀部は妻に電話をかける。
今日帰る、8時くらいになりそうだ、飯はいいから風呂に入ってすぐ眠りたい、などの希望をゆっくりと口にする。
問いかけに応えて「大丈夫だ、法に触れることなんてやっちゃいない、心配するな」とも返事した。
終話してからも、しばらくは起き上がらず、目を瞑ってモゴモゴと何かをつぶやいている。
薄暗くなり、営業が一人ずつオフィスへ戻ってきた。
武林隆重が寺坂信行へ声をかける。
武林:おつかれ。
田村くんは帰ったか。何か言ってた?
寺坂:別に。いつもとまったく変わらなかったよ。
綺麗さっぱり、跡も濁さず。
全然ぴんとこない感覚だ。
武林:革命起こすって話はどうなったんだ。空中分解か。
寺坂:そっちこそ何か進めてたんじゃないのか。
僕は除け者にされてる気分だったんだがな。
武林:なんだそりゃ。
おまえたちに期待してただけだよ。
ちぇ、見掛け倒しで終わっちゃったわけかい。
がっかりさせるぜ。
寺坂:そんなもんか。
まあ情報システムに関してなら今月だけで相当な改革をしたけどな。
経理や在庫管理についても、まずいところをかなり改めた。
革命といえば革命だ。
武林:ちっけぇな。
堀部のジジイをだいぶ凹ませたとは聞いてるが。
揺り戻しがくると思うぜ。しっかり身構えとけよ。