9月30日、火曜日。
19時すぎに堀部金丸は電巧堂社屋から出ていった。
国道沿いのビジネスホテルでチェックアウトの手続きをすませ、私物をすべて回収して自家用車でS市郊外の自宅へと向かった……ものと思われる。
翌10月1日の朝、堀部の妻より会社へ電話あり。
夫が戻ってこず、電話もつながらないという。
交通事故の可能性も考えられるので、警察へ届出をすることになった。
正午まえ、電巧堂へも警察官がやってきて事情聴取をしていった。
「月末は泊まりこみ同然で重要なプロジェクトに取り組んでもらっていたが、峠を越えたので昨夜はお帰りいただいたのだ」とありのまま説明する。
制服警官はテキパキとメモをして恭しく引き上げていった。
交通事故の記録とは一致しない、とだけは教えてもらえた。
事件性が考えられる以上、あとは捜査機関におまかせするしかない。
それにしても何が起きたのだろう。
会社の同僚たちには心当たりがまったく無かった。
午後、社屋の駐車場に乗用車が1台入ってくる。運転席から降りてきたのは田村清顕。
すぐに浅野長矩社長が玄関まで降りてくる。
田村、社長のあとに続いて2階の応接室へ。オフィスは経由しない。
30分ほど密室で何事かが話し合われていた。
やがて田村、出てくる。
まっすぐ玄関を出て、そのまま車に乗り、去っていった。
それから少しして、社長がオフィスへ入ってきた。
大野事務員が声をかけるが、特に用事は無いからというので構わないことにする。
しばらく座席の配置を見渡していた浅野社長、吉田総務課長に手招き。
それから寺坂へも、申し訳なさそうに、来てくれという。
2人を従えて社長室脇の応接室へ。
全員、ソファへ腰掛ける。
浅野:実は明日から正社員をひとり迎えることになった。
それについて打ち合わせをしておきたい。
吉田:急ですね。堀部さんの失踪と絡んでいるんですか?
浅野:かもしれない。
実はさっき田村さんが来たんだ。
寺坂:え?
浅野:堀部課長が消えた件をすでに知っていたし、むしろ、彼がもう戻ってこないという前提で話を進めていた。
だから、あるいは、ひょっとして……とも思う。
吉田:警察に、知らせておいた方がいいですか?
浅野:私の感じた印象でしかないからね。いずれもっとはっきりしたら、そのときに。
吉田:気をつけておきましょう。
寺坂:あの。明日から来る正社員て、田村ですか。
吉田:ちがうんだ。
堀部課長の穴を埋める形で考えているらしい。
ただ……
吉田:ただ?
浅野:いきなり製作課ではなく、当分は2階で研修をさせるようにというんだ。
それでさっき机を見てたんだが、田村さんの座っていた席があるだろう。
あそこへ大石さんを入れたい。どうかね。
吉田:私との面談をすっとばして、いきなりですか。
社長、ちょっと言わせてください。
田村はもう辞めた人間ですよ。さっきから、まるで社長が彼に弱味を握られてて逆らえずに鵜呑みでOKしてしまっているように聞こえています。
正直なところを説明してください。
浅野:……吉田課長。
吉田:はい。
浅野:さすがだ。まさしく、その通りなんだよ。
君たちも知っている通り、田村……くんには、常人離れした能力がある。まるで冷徹なロボットのようだ。
彼は、この1ヶ月で目にした我社のデータをかなりの程度暗記しており、また、はっきりとは言わなかったが持ち出しもしていることを匂わせた。
寺坂:……やっぱり?
吉田:寺坂、どういうことだ。
寺坂:明確な証拠を掴んでいるわけじゃありません。
私はずっと田村を監視していました。セキュリティチェックは特に。
ただ、……最後の一週間、それどころではない仕事量でヘロヘロになっていたので、そのときに隙はいくらでもありました。
やっぱりやられちゃってたか、と思っただけです。今の話で。
浅野:そう。迂闊だったね。
それは、ここにいる全員の責任だと考えている。
だから……逆らえなかったことを、わかってもらいたい。
吉田:やつは、この会社を乗っ取るつもりなんですか?
浅野:怖いのはユーザーからの訴訟だよ。
訴える側に田村が力を貸せば、と考えるとおそろしい。彼がその気になればもっと大企業だって狙えるだろうに、とも思うんだがね。
ただ、考えてほしい。
私は、堀部課長をあそこまで追い詰めた田村の交渉術と容赦無さを、実力としては高く買っているんだ。
実際、堀部さんについては、あれだけのデタラメをよくも何十年にもわたって!と呆れ果てている。私はむしろ、堀部さんの方に肚が立つよ。
そしてなんだかんだいって最終的に田村は、電巧堂の経営をかなり健全化させてくれたんだ。それが総括かな。
吉田:つまり、その、社長は、田村に恨まれないよう、大石とかいう男を雇い入れて、彼との関係はつないでおこうとか、そういうことを考えておられるわけですか?
寺坂:それ、いいんですか?
本当に、大丈夫なんですか?