10月2日。電巧堂。
朴訥な中年男という印象。
服装はビジネスカジュアル。背広が似合いそうな雰囲気ではない。
現代風の機械警備にも不慣れなようで、インターフォンの使い方に戸惑っていた。
始業前、事務員・大野玄咲に案内されて社長室へも行き、挨拶。
朝礼では背筋を伸ばして自己紹介。
田村の後釜だと聞かされていた社員たちは「普通の人っぽいよね」と好意的に受け止め、いくらかほっとする。
人事課・営業課の長を兼ねる吉田兼亮の元へは履歴書が届いていない。社長の浅野長矩も、受け取っていないという。
名簿に登録する必要があるので、会議室へ連れていき、2人で大石への面談を行った。
35歳。見た目よりは若い。
関東地方から引っ越してきたばかり。ずばり田村清顕の命令でだ。
定職についた経験はあまりなく、職業訓練的なことをいろいろやってきましたが、などと曖昧な返事を重ねる。
どうやら現時点では田村から明確な指示は受けていないらしい。
義肢製作所という電巧堂の業態についても深い知識はなく、まったくの新人として扱われることを望んでいる。
そんな次第で途中からはほぼ世間話となった。
田村に比べたら普通すぎるというのが浅野と吉田の結論だ。
何が狙いなのかさっぱり見えてこない。
堀部課長の仕事を引き継がせるなど論外だ。しかし勝手にお払い箱にするわけにもいかない。
順当に、寺坂信行を教育係に任命して、監視させておく流れとなる。
寺坂は、田村に初日やらせた犬公方社の汎用教材をルーティーン通り大石に与えた。
「動画やスライドが単元ごとにまとめられています。順に視聴してください」と指示。
大石は素直に従う。
普通すぎて、むしろ不安しか湧かない。
上司たちからも要警戒と注意されていたので、慎重に観察した。
意識して積極的に雑談も交わす。
寺坂:田村さんは定時になるとすぐ帰る人だったけど、そのあとで大石さんと会ってたのかな。先月の話ですが。
大石:毎日でもなかったですけど。
自分、田村さんの舎弟みたいなものなんで、いろいろ調べて回ってたりとか。
ええ、アシスタントをしてましたねえ。
寺坂:調べるって、たとえばどういうことを?
大石:言ってもよさそうなところでいうと、S市の通り魔事件についてですとか。
犯人、早く捕まるといいですね。
寺坂:僕は、S市には近寄るなって言われてたよ。
犯人は並み外れた怪力を使うっていうけど、大石さんは調査中、武器でも携帯していたの?
大石:あはは。なに持ってたって、あんなのと戦えるわけありません。
痛い目に遭うのは、まっぴらごめんです。
でも推理して誘導ができれば、おまわりさんに先回りしてもらうことができる。危険なことは、専門職にやってもらいましょう。
それにしても謎だらけですよね。
チャレンジャーを惹きつける。
寺坂さんには、その心理がわかりますか?
寺坂:田村さんて意外と冒険家だったんだな。
で、彼は今そっちへ全力を注入してるってわけですか。
大石:いや、メインはこっちでしょ。
電巧堂イノベーション・プロジェクト。
寺坂:え?……ちょっと待って。
いったい、何をやろうとしてるわけ?
大石:何をって、それを考え実行するために自分、ここへ寄越されたので。
元はと言えば寺坂さんがそうしたがってたから、と聞いてるんですけど。
寺坂:いや……その割には、僕抜きで話が大きくなってないか。
僕は会社の問題点を田村さんに語ってどうにかしたいとは言ったかもしれないが、さっぱり違う方向へ進んでるようにしか思ってないよ。
大石:ふーん。それ、田村さんへそのまま伝えますけど、やだなあ。革命家がそんな逃げ腰でいたら何も成し遂げられない。
幹部になるつもりならもっと堂々と人を操っていかないと。
寺坂:幹部……?
大石:寺坂さんには見込みがあると聞いてます。
自分、いま思ってることを言っちゃいますよ。
電巧堂社員という立場で考えると、S市の通り魔には、捕まってほしくない。もっともっと大勢の足を砕いて、義足を必要とするお客様を増やしてほしい。
違いますか。
寺坂:大石さん?
あなたは今、とんでもなくひどい発言をしたよ。
電巧堂云々はともかく、人として抗議をしたいな。
大石:そんな風にはっきりと意思表示する。大事なことです。
ただ、弱っちいな。ただの感想でしかない。
ワンモアチャンスあげます、どうぞ。
寺坂:社会人の一員として、あなたの発言に抗議する。撤回したまえ。
大石:撤回しましょう。
自分は不器用に所感述べただけですから。失礼しました。
ただ、商機には敏感でないといけません。
そのセンサーだけはね、常に研ぎ澄ませていないと。