堀部金丸は刺激臭を嗅がされて目を覚ました。
簡易ベッドに寝かされている。照明は薄暗い。
ふらつく頭を整理しながら身の回りに気を配る。
パジャマ、というか作務衣のような上下を着せられている。肌着はつけていない。
両脇に2人ほど立っている。
真っ黒い服で、よく見えない。頭には目出し帽を被っているので異様に感じる。
話しかけてみようとしたところで、先に話しかけられた。
黒装束(R):立てるか?起き上がってみろ。
堀部、返事を呑みこみながら、なんとか上半身を起こす。
異常は感じないが、休み明けのようなだるさだ。
命令されたのでベッドから降り、裸足のまま冷たい床に立つ。
スリッパはないのか?と尋ねたかったが、黒装束の声には威圧感があるので、ただ無言で従った。
黒装束(L)がドアを開ける。
堀部、廊下に出る。狭くてここも薄暗い。
病院でないことはわかった。しかしまさか煉獄とか冥府でもあるまい。
指示され、先を進む。
黒装束ふたりは一定距離を保って後ろをついてくる。
把手もボタンもセンサーも付いてなさそうなドアが数メートルおきに並んでおり、そのひとつの前で止まるよう命じられた。
黒装束(R)、手許でリモコンを操作する。
ドアがスウッと横に開く。
トイレの個室くらいの空間。
廊下よりは明るいが眩しくない程度の照明が灯る。
堀部、その中へ入る。
背後でドアが閉まる。
さて、と考えていると、目の前のドアが同じようにスウッと開いた。
廊下と同じくらいの暗がり。
床と壁にほんのり夜光塗料のようなものが塗ってあり、6畳間ほどの広さだとわかる。
その中に獣が一匹いた。
堀部の立っている小室からの灯りが届くラインよりほんの少し奥で身構え、飛びかかる寸前のような態勢だった。
堀部は目をぱちくりさせたが、そいつはたちまち落胆したように腰を落とし、溜め息をついて壁にもたれかかる。
少し経って、身動きできないままの堀部へ向け、話しかけてきた。
獣:まぶしいから入ってこいよ。
新入りだから、なるべく奥で寝てろ。
堀部、前進する。
小室との境がひとりでに閉じられた。
薄く光る床はカーペットのような素材で、裸足でも滑らない。
奥へ行くにつれ、ツンとした臭気が鼻についた。
衝立のような仕切りがあり、その向こうには和式便所……のようなもの。臭いを遮断する物体は無い。
ここで寝ろというのか。
堀部は、げんなりする。
堀部:あの。あなた。
ここには、どのくらい、いらっしゃるんですか?
獣、返事をしない。
堀部はせめてもと外見から推し量る。
年齢は40代前後か。堀部と同じ作務衣を着ている。ヒゲが伸び放題。口調からして、良い育ちではなさそうだ。
ここが牢屋だとすると、長期受刑者なのだろう。
とはいっても日本の刑法に基づく留置場であるわけがない。
自分は拉致されたのだ。
ここは北朝鮮だろうか。
ありえ……なくはない。
最後の記憶は9月30日夜だが、それから何日経っているのか。
自分の顎に手を当てる。無精髭は2~3日程度の感触。
それだけでも眠らされている間に栄養補給を受けているはずだし、もっと長い期間だったらヒゲだって剃られている可能性はある。
汗や垢による不快もそれほど感じないので、清拭や排泄ケアなどの処置もとられたと考える。
そうなると……いや、そこまでするからには、それなりの目的があるはずだ。
いったい……
堀部:ねえ。情報交換をしませんか。
私はたしかに来たばかりなんですが、拉致された直前の記憶をお話できます。
かれらの正体を暴くヒントが得られるはずだ。
いかがですか?
獣は、やはり答えない。
日本語は流暢だったし、語りかけた声に軽い反応があったので耳も聞こえてるはずなのだが。
堀部は、彼の傍へ近寄ってみた。
獣:こっちへ来るな。
おれから話したいことは無い。
それから、静かにしてろ。
いずれ、わかる。
そう言うと獣はスッと立ち上がり、奥の便所へ入っていって、ジョボジョボと排尿した。
その端に小さな手洗い場が設けてあり、コックをひねると穴から水が落ちてくるのだが、ここへ頭を挿し入れて、ゴクゴクと飲む。
それから元の位置へ戻り、寝転がって、また静かにしていた。
堀部は彼からも便所からもできる限り距離をおいて、同じように寝転がって考えた。
ひどい牢獄だ。
同居人も最悪だ。
いったいここは、何なのだ。